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16 エイシャ、混乱中①

 エイシャは自分がディーノに恋をしていると、自覚した。

 自覚すると、これまではどうとも思わなかった一つ一つの出来事に過敏に反応してしまうようになった。


 たとえば、ディーノと交互に風呂に入るとき。


「んじゃ、先に入ってくる。悪いけど、廊下で待っててくれよ」

「う、うん。ゆっくりすればいいからね」

「おう、ありがと」


 着替えを抱えたディーノがそう言って笑うと……どくん、と心臓が高鳴ってしまう。

 そしてバスルームの外の廊下にの椅子に座っていると、これまではほとんど気にならなかった衣服を脱ぐ音やディーノが「ん」と小さく息を吐く音などが、やけにはっきりと耳に届いてくる。


(わ、わー! 私、なんでこんなことに……)


 壁一枚隔てた先には恋する人が裸になっている……と思うと、顔がほてるのを止められない。そして、そんな主の変化に気づかないクリスではない。


「……あの、エイシャ様。どうかなさいましたか」

「……あ、あの、クリス。クリスにだけ言うんだけれど……聞いてくれる?」


 そう、エイシャにはクリスという心強い味方がいた。両親や双子の兄には気恥ずかしくて話せないことも、クリスになら相談できた。


 ディーノが湯を浴びている音を極力意識しないようにしながら、エイシャはクリスにこそこそと耳打ちをした。


「……なるほど。エイシャ様もついに、恋の自覚をなさったのですね」

「えっ、ついに、ってどういうこと?」


 やれやれとばかりのクリスに問うと、彼女は苦笑した。


「このクリスは、気づいておりましたよ。……思春期にエイシャ様とディーノ様が仲違いをされたのも、お互いを異性として意識する年頃になり、恥ずかしくなったからだと。そして今回も、エイシャ様が他の者の前では絶対に見せないような甘えた顔でディーノ様を見ていることにも」

「ええっ、私、そんな顔をしていた!?」

「していましたとも」


 クリスはにっこり笑い、自分の頬にぺたぺたと触れるエイシャを見つめた。


「きっとディーノ様もエイシャ様のことを憎からず思っていらっしゃるでしょうし、エイシャ様の恋が成就する日も遠くないかもしれませんよ」

「……それは、ないわ」

「なぜですか?」

「ディーノは、好きな人がいるそうなの」


 一気に頬の熱が冷めてエイシャが苦く笑いながら本日の出来事を説明すると、クリスはゆっくりと首をひねった。


「……ええと、確認ですが。ディーノ様のその発言について、お尋ねにならなかったのですか?」

「聞くに聞けないから……」

「……その、ディーノ様のおっしゃる『本命のやつ』というのがエイシャ様だという可能性も十分あるのでは?」

「ええっ、それはないでしょう」

「でもディーノ様が『やつ』と呼ぶような女性って、あまり多くないと思うのです。それも、親しみを込めた感じで『やつ』と呼ぶのならば……それこそ、幼い頃からの関係であるエイシャ様くらいでは?」

「……」


 青天の霹靂、目から鱗、とはこのことだろうか。


 てっきりエイシャは、ディーノが想いを寄せるのはエイシャの知らない美しい女性――だと思い、勝手に失恋した気持ちになっていた。

 だがクリスの言うことももっともで、ディーノが「本命のやつ」と呼びそうな間柄の女性はそうそういない気がする。


(……えっと。それじゃあもしかしたら、ディーノは私のことを……?)


「でも、ディーノは『意識してもらえねぇ』って言ってたし……」

「それはまあ、エイシャ様が恋を自覚したのがその直後なのでしょう? だとすればディーノ様からすると、エイシャ様はご自分のことを幼なじみ、友人くらいにしか思ってくれていないと判断するのも仕方ないことでしょう」

「……」

「そもそも、ですね。私はディーノ様のことを何でも知っているわけではないのですが……いくら妖精の『祝福』があるとはいえ、ディーノ様は好きでもない女性を軽々しく抱き寄せたり守ったりしないと思います」


 あ、とエイシャの喉から声が上がる。


 ディーノはこれまで、エイシャが困ったときにすぐに飛んできてくれた。

 それは、妖精の「祝福」を受けたことについて自分に責任があると感じているからというのもあるだろうが……その相手が他ならぬエイシャだったから、というのもあるのではないか。


(え? そ、それじゃあ私たちはもしかしたら……)


「……両片思い、というやつ……?」

「可能性は十分ありますね」

「……。……ど、どうしよう、クリス。私、ディーノの顔を見られる自信がない……」

「俺がなんだって?」


 どうやら思いのほか長い間、クリスと話し込んでいたようだ。


 やおらバスルームのドアが開き、ほかほか湯気を上げるディーノが出てきた。風呂上がりだからか髪はまだしっとりしており、ざっと着ただけという感じのシャツのボタンは大半が外れたままで、鎖骨周りの筋肉や腹筋が惜しみなくさらされている。


 彼の背後から「風邪引きますよ!」とウルバーノが母親のように注意をしているのをうるさそうにしながらタオルで髪を拭いていたディーノだが、正面にいるエイシャが真っ赤な顔で硬直していたためか、動きを止めた。


「……そんな顔で固まって、どうした」

「……いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おい!?」


 座っていた椅子を蹴倒す勢いでエイシャは立ち上がり、そのまま飛び出してしまう。

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