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10 ディーノの気持ち

 ディーノ・ロヴネルは、わりと何でも器用にできる男である。


「ロヴネル様、練習メニューが終わりました」

「おう、了解。じゃあ、あっちで積み荷の運搬をしているからその手伝いに回ってくれ」

「かしこまりました」

「ロヴネル様! 二人負傷者が出ました!」

「怪我の程度を確認して、応急処置をしろ。すぐに医療班も呼んでおけ」

「了解です!」

「ロヴネル様、備品整理簿に不備があるようで……」

「ああ、見せてみろ」


 中級士官として部下を監督する立場にあるディーノのもとには、入れ替わり立ち替わり騎士たちがやってくる。

 彼らに指示を出しつつ、ディーノは少し離れたところでうずくまって作業をしている小さな背中を見やった。


 今は少年の格好をしているが、彼女はれっきとした女性だ。もしディーノがうかつに妖精を助けたりしなかったら、彼女がこんな砂埃が激しいところで手の汚れる仕事なんてすることはなかった。


 だが彼女――エイシャは「なっちゃったものは仕方がないわよ」と明るく笑い、「ディーノ一人が背負うことはないんだからね」と言って、進んで仕事をしている。


 ディーノに余計なことをしてくれた妖精をシメたいが、まずはイェスペルたちがその妖精を見つけて捕獲してくれなければ話が始まらない。

 ディーノはまず、自分とエイシャの体が入れ替わることがばれないようにした上で、エイシャが困らないように手を尽くす必要があった。


「……よな。何だかんだ言って、なじんでいるし」

「だよな。しかもよく見ると結構、可愛い顔をしていたな」

「えー、おまえ見たのか? いつも帽子を被っているから、顔が見えないのに」

「この前ちらっと見えたんだ。そうしたら、恥ずかしそうにうつむいて……可愛かったなぁ」

「おいおいおまえ、そういう趣味があったのか!?」

「そうじゃない! だが、おまえだってエイルの足のラインがきれいだとか言っていたじゃないか」

「それはまあ、ついつい目に入ってしまって――ひいっ!?」

「……おまえたち。うちの小姓にいかがわしい目を向けていたのか」


 さっと振り返ったディーノが凄むと、おしゃべりをしながら歩いていたらしい下級騎士たちがぎょっとした。まさか彼らも自分たちのすぐ脇に、エイルの雇い主であるディーノがいるとは思わなかったようだ。


「ロヴネル様!?」

「そ、そういうわけではありません!」

「ほーぅ?」

「ただほら、エイルって女の子みたいな顔をしているじゃないですか!」

「おい馬鹿、それじゃ何のフォローにもならないだろう!」

「……。……次にエイルに不埒な視線を向けてみろ。てめぇの行いを一生後悔するような目に遭わせてやる」


 ディーノがドスのきいた声で唸ると若い騎士たちはぴゃっと飛び上がり、「かしこまりました!」「失礼しました!」と逃げていった。


 足がもつれながら走っていく騎士を見送り、ディーノははぁ、と大きなため息をついた。


 エイシャ本人は、よくやっている。だが……いくら少年の服に身を包もうと、どうしても彼女の女性らしさは漏れ出てしまうようだ。


 最初ウルバーノが準備してくれた男装用衣装を着たとき、ディーノはスラックスだけ替えるように言った。

 なぜならあのぴっちりとしたパンツだと、エイシャの太ももからふくらはぎにかけてのラインがよく分かってしまうからだ。


 あれはよくない、と本能的に思い、もっとだぼっとしたスラックスに替えさせた。

 エイシャは「あっちの方が動きやすかったわよ」と不満げだったが、あの脚をそこらの男たちに見せれば、先ほどいかがわしい発言をしていた騎士たちが可愛く思えるほどの大惨事が起きていただろう。


 ……気軽な気持ちで「男になってみないか?」と尋ねた自分が、浅はかだった。

 ディーノが思っていた以上に、エイシャは女性らしい魅力にあふれていたのだ。


「……あの、すみません。僕、もう行かないと……」

「いいじゃん、ちょっとくらい。……わ、おまえ、腕細いなぁ! やっぱり俺たちと訓練した方がいいんじゃねぇの?」

「わ、ぼ、僕はこれでいいのです!」


 ……少し目を離した隙に、エイシャはまた別の騎士に絡まれていた。しかも相手の男は、エイシャの細い腕をしっかりと掴んでいる。


「……おい、貴様。その手を離せ!」

「……げ、ロヴネル様!?」


 エイシャの腕を掴む騎士をひねり上げて放り投げてから、ディーノは腕をさするエイシャを心配そうに見下ろした。


「大丈夫か? 痛くないか? 気持ち悪くないか?」

「はい、大丈夫です。ディーノ様がすぐに来てくださったので」


 無言で腕をさすっていたエイシャだが、ディーノの顔を見上げてふわっと笑った。


 ……おそらくこの笑顔のように、ふとした拍子に見せる素顔が騎士たちを惹き付けてしまうのだろう。


「無理はしなくていい。……きついなら、やめてもいい。他の方法を探そう」


 こそっと耳打ちすると、エイシャはむっとした様子でディーノの耳たぶを引っ張った。


「やめたりしないわよ。やると決めたら、きちんと最後までやりきるわ。……それに、何かあればディーノが来てくれるんでしょう?」


 思わず、ディーノは目を見開いてざっとのけぞった。

 自分を見上げるエイシャは、微笑んでいて――その顔はどう見ても、女性のそれだった。


「……。……おまえ、その顔を見せるな」

「えっ、そんなに醜かった?」

「そうじゃない。弛んだ顔だと舐められるから、もっときりっとしていろってことだ」

「あ、なるほど。分かった、きりっとするわ」


 ディーノのごまかしの指摘を疑うことなく受け入れたエイシャは、むん、と気合いを入れて唇を尖らせた。

 どうやらこれが彼女にできる最大限の、「きりっと」した表情らしい。


 ……小姓として連れ回せば諸問題が解決すると思ったのだが、どうやらそれ以上の問題が山積みになったようだ、とディーノは思ったのだった。

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