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1  恋の予感?①

 長い髪を洗った後、侍女が丁寧に乾かしてくれる。エイシャの燃えるような赤毛は普段はくるんとした内巻きになっているが、風呂上がりの今はしっとりと背中に垂れていた。


 なめらかな肌触りの寝間着を着た上にガウンを羽織ったエイシャがバスルームを出ると、廊下の壁に寄り掛かる男と視線がぶつかった。


 艶のある金髪はやや硬質で、彼もまた風呂上がりだからか少ししっとりとして肩に流れている。こちらを見つめる青色の眼差しは眼光鋭く、唇は真横に引き結んでいる。


「……よう、出たのか」

「ええ、お待たせ。……もう上がる?」

「そうだな。明日も一緒に城に来てもらうから、さっさと寝んぞ」

「……ええ」


 会話を交わし、二人はそれぞれの使用人を伴って屋敷の上階に向かう。


 三階にはこの屋敷の家主一家用の部屋が並んでおり、その一つがこの男の寝室だ。

 だが彼はその一つ手前のドアの前で立ち止まり、エイシャを振り返り見た。


「……じゃあ、おやすみ。何かあれば、クリスかウルバーノに言ってくれ」

「分かったわ。おやすみ、ディーノ」


 短い言葉を交わし、エイシャは部屋に入った。ここまで一緒に来てくれていた侍女のクリスには別室で休むように言い、ぽすんとベッドに身を投げ出す。


 エイシャの風呂が終わるまで廊下で待ち、そこから一緒に部屋に上がる。まるで夫婦のようなやりとりだが……そのやりとりは至って事務的だし、寝る場所は別だ。


 それも、当然。

 なぜならエイシャとディーノは夫婦はおろか、恋人同士ですらないのだから。


「……早く妖精、見つからないかな」


 白い天井を見上げて、エイシャはつぶやく。


 自分の実家は、この屋敷の隣だ。全力で走れば五分もかからずに帰れるだろう距離なのに、恋人でもない男の家に入り浸っているのには――理由があった。















 エイシャは、フォーリーン男爵家の娘だ。


 フォーリーン家は元々商家だったが祖父の代に財を築いたことにより、男爵位を授かった。いわゆる「金で爵位を買った」家なので、そのことについてひそひそと陰口をたたく者もいるのだが、フォーリーン家は下手な貴族よりよほど財産があり、資産運用もうまく行っている。


 祖父の才覚は父、そしてエイシャの兄と脈々と受け継いでおり、エイシャは子どもの頃からわりと不自由なく育つことができた。


 フォーリーン男爵家の隣には、ロヴネル家の屋敷があった。代々優秀な騎士を輩出するロヴネル伯爵家の傍系であるこの屋敷の主は、王国騎士団長を務めている。

 ここには、エイシャと年の近い息子がいた。


 騎士団長の息子であるディーノは、エイシャより二つ年上だ。

 少し硬質な金色の髪に、少年期からやや目つきが悪い方だった青色の目。あまりにこやかな雰囲気の少年ではなかったが、屋敷が隣同士ということもありエイシャは昔からディーノと一緒に遊んでいた。


 ディーノは愛想がよくなくて口も悪かったが、何だかんだ言ってエイシャの人形遊びに付き合ってくれたし、「たまには俺の方に付き合え」と言うので剣術ごっこをしたりもした。


 エイシャの双子の兄は幼い頃から祖父のもとで商人としての教育を受けていて離ればなれだったので、エイシャはディーノのことをもう一人の兄のように思っていた。


 だが二人が思春期になると、自然と距離ができた。そして顔を合わせれば喧嘩をするようになり、エイシャが十八歳になった今では会話をすることすら稀になっていた。

 エイシャとしても、いつもむすっとしているディーノと無理矢理話をするより、同じ年頃の令嬢仲間と一緒にいる方が楽しかった。









「今日はいい人、いるかしら?」

「いるといいわね」


 ある日、エイシャは友人たちと一緒に王城内にある騎士団区を訪れていた。彼女らは、男爵令嬢や裕福な商家や騎士、学者の娘など、エイシャと身分も年齢も近い者たちだ。


 エイシャたちといわゆる「本物の」貴族とは、住む次元が違う。「本物の」貴族のお嬢様は屋敷で大切に大切に育てられるそうだが、平民に毛が生えた程度のエイシャは子どもの頃から城下町にある学校に通い、十五歳で卒業した後は実家の手伝いをしつつ婚活をしていた。


 現在の王国の女性の平均結婚年齢は、二十代前半くらい。エイシャたちは皆十代後半で、そろそろ素敵な恋人を見つけたいな、と思っているところだ。


「やっぱり結婚するなら騎士よね。お給金は安定しているし、将来的にも安心できるわ」

「そうそう。貴族の次男坊とかよりは、平民だけどしっかり稼げる人の方が安心感があったりするそうだものね」


 騎士団区に向かう友人たちは、皆現実的だ。一昔前は、麗しい貴族の令息に見初められて……というものを夢に見る平民の女性も多かったそうだが、最近では「顔がいいだけじゃ食っていけない」とリアルを見つめるようになっていた。


 また、去年結婚した王女の婿ががっしりした体躯の護衛騎士だったということもあり、現在の婚活市場では騎士がかなり人気らしい。エイシャとしても、結婚するなら優しくて頼りがいのある騎士がいいかな、と思っていた。


 王城は、身分の証明さえできれば誰でも入場可能だ。その先の本城となると気軽には立ち入れないが、庭の散策や騎士団区の見学などは自由なので、エイシャたちはいそいそとそちらに向かった。


「この前デートした騎士は、見た目はいい感じだけどちょっとがさつだったのよね」

「がさつなのはだめよね。やっぱり優しくないと」

「そうそう。……あっ、エイシャ。あそこにあなたの幼なじみがいるわよ?」

「……えぇ」


 思わずエイシャは、気のない返事をしてしまった。騎士団区にて「あなたの幼なじみ」と言われて思いつく者は一人しかいない。


 前方に、騎士団の訓練場がある。上級士官から新人騎士まで様々な身分、年齢の者たちが訓練するそこに、金髪の男がいた。


 彼が纏っているのは、中級士官を示すえんじ色のマント。中級士官はその名の通り中級管理職だが、彼の二十歳という年齢を考えると破格の階級だ。


 騎士団長の息子であり、武人の家系・ロヴネル伯爵家の縁者でもある、ディーノ・ロヴネル。

 エイシャの幼なじみ――だが、彼の姿を見たのも数ヶ月ぶりだ。


(顔を合わせても気まずいだけだし、別に会いたくもないわ……)


「あら、本当。ロヴネル様じゃない」

「いいわよねぇ、エイシャは。あんな素敵な人と幼なじみで、屋敷も隣なんて」

「というかロヴネル様のこと、なんとも思っていないの?」

「ええ、なんとも思っていないわ」


 エイシャはあっさりと答えた。


 友人たちの中でのディーノの評判はすこぶる高いが、エイシャからすると微妙だ。

 確かに顔立ちはきれいだし、体つきもたくましい。騎士としての才能も高く、騎士団長を父に、伯爵を親戚に持つ、優良物件と言えるだろう。


(でも愛想も態度も悪いし、口も悪いし、意地が悪いし、格好つけだし! いくら幼なじみだからって、ディーノは絶対にないわ!)


「あの人はきっと、私のことが嫌いなのよ。……まあかく言う私も、好きじゃないけれど」

「ええ、そうなの?」

「それじゃあ私、ロヴネル様にアタックしちゃおうかしら?」

「うーん……止めはしないけれど、あんまり優しい人じゃないと思うわよ……」


 少なくとも彼女らが理想に掲げる「優しい旦那様」にはほど遠いはずなので、忠告だけはしておいた。

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