10.堕ちる二人 ◆日本国旧東京・渋谷区上空 NH.KY.syu848:649664
弾行内部は騒音も無く、いたって快適に感じる。かすかに聞こえる薄く鋭い高音以外は、人間の感じるストレッサーもほとんどない。上空から地上までを超速で下っているはずなのにGすら感じないという状況は、ハベルを驚かせるばかりである。
「何とも不思議だ」
「え、何が?」
「鉄の塊だろう。それがどうやって宙を浮いている?」
「そう言われれば本当に不思議。うーん、こういうの指定技術っていうの。東京が浮いてるのとか、あるいは最新の医療技術もそう。一般市民はおろか、政府の要人にだってその仕組みは明かされていない、情報統制された技術。握るのは世界規制技術機関だけ」
つまりブラックボックス、ということだ。時代が二十一世紀に差し掛かろうとしていた過去――いや、それよりはるか昔、十八世紀後半に起きた産業革命から「便利な物」の実態と仕組みを共に知る利用者は猛烈な勢いで少なくなっていった。すべての祖を応用し、何事をも可能にした菌械技術や微細医療技術が確立した今や、科学の肥大化は野放しでは手に負えない。だから民衆がもう一度その道具の仕組みを把握するようになるのは、いよいよ科学が大きくなりすぎて、自身の尾を咥える世界蛇のように進歩という名の退化を果たした時だ。人はそれを、石器時代と呼ぶ。
「そうだ、お腹空いてるでしょ。これあげるから」
八つに包装された菌糧だった。まさに、そっくりそのまま指定技術の賜物であるこれを恐れも知らず口に含むと、ハベルの体が少し火照る。一口五百キロカロリー超という外装の謳い文句とその味気ない味が、二人に、今はまだ発展しきった未来にいると実感させるのだった。この鉄の塊が他人を二人載せて宙を進行していると、現実がそう思わせる。
「きゃっ!?」
いきなりの激震にクレアは体勢を崩し、ハベルに覆いかぶさる。顔が至近距離にあることを互いに自覚して、クレアだけが赤面する。鼓動を速めて謝ろうとした矢先であった。
「何だ」
どんなに強固な安全を目指したとしても、世にはびこる危険のすべてを排除出来はしない。だから私という存在があるのだ。
下腹部まで振動する強烈な痺れが弾行を揺さぶる強烈な衝撃であると気づいたときには、二人の目には赤い警告ランプに照らされる互いの姿しか映らない。
「まだ追ってきてるのか」
「やば」
いくつもの強烈な衝撃が、腹の底へと伝う。座っていられない。その衝撃は時に弱く、時に熾烈に二人を襲い、身の危険が濃厚に感じられる。
「もう地上まで五百メートル。絶対に取っ手から手を離さないで」
「当たり前だ」
こんな時でもぶっきらぼうな口調のハベルに、クレアはわずかながら安心感を覚えた。実はそんなに大した事態じゃないのかもしれない、そんな顔をするが、やはり体はこわばっている。
そして、バレットは何気なく地面にたたきつけられた。終端速度からの、速度ゼロ。二人はその瞬間に何やら大声を上げたが、機体外部の緩衝構造がひしゃげる音や落下の衝撃音にかき消されてしまう。もはや何をしたらいいのかわからない二人は、そのまましばらく起き上がることもなかった。




