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首相官邸の面々

   第15話 南海トラフ大地震




 熱海温泉一泊社員旅行で

結束を強めた官邸御一行。



 段々政務でも連携が強化され

スピーディーに物事が運び始めた。


 それぞれの得意分野によって適材適所に配置され、

お互いの不得意なところをリカバリーしだす。



 そんな時、

突然アメリカのジョーカー大統領から

無理難題を言い渡された。


 アメリカ国内で

日米の貿易不均衡是正の世論が強まり

日米二国間協定での、

TPPを超える好条件の通商要求を

突き付けてきたのだ。


 要求が吞まれない時は、

日米安保の在日米軍への費用負担増か、

撤退を申し渡された。



 もちろん日本の国内世論は

反発を強め、強硬論が台頭した。


 今や日本は、以前のようにアメリカ一辺倒の

依存体質から抜け出し、

TPPを中心とした国際協調路線と

強力な国際物流交易ブロックの構築に

成功している。


 いつまでもアメリカの

理不尽な要求に答え続ける必要はない。


 それがネット世論の出した答えだった。


 しかしアメリカとの良好な同盟関係を

破壊するつもりもない。


 平助内閣は交渉の対応に苦慮した。


 回答期限は設けられていないが、

早急な対応を求められている。

 グズグズしてはいられない。



 幾度も閣僚会議が開かれ、

特に井口外相の語学力と外交手腕に

全責任が重くのしかかり、

その双肩に日本の将来が託された。



 井口の顔が引きつる。


「私にどうしろって云うの?」

「大丈夫!皆がついてるから。」

背後から掃除のおばちゃんが力強く言った。


 でもその『大丈夫』には

何の根拠もない。


 ただ、自分一人じゃないって

少しだけ力が湧いた井口であった。


 官邸が一丸になってくれた瞬間かもしれない。

 



 そこにきて、

更なる不幸が日本列島を襲った。



 何と!このタイミングで

南海トラフ大地震が発生したのだ。




 この国に最大の危機が訪れた。







     第16話 地震とアメリカ対策





 6年前のネット政変以降、

南海トラフ大地震対策は

加速度的に進められている。


 政変以前の旧政治体制下では

近日中のいつかは必ず発生すると

断定されているのに、

大規模地震の対策は

何もとられていなかった。


 与党・野党など議会の不毛な対立と

省庁の無能な仕事しかできない

高級官僚たちには

そんな災害などどうでも良かった。


 

 予防的災害対策など

自分にとって業績の評価にならないし、

立場保持や蓄財には何の利益も生まない。

 起きるかどうかわからない

不確実な災害への対策やら努力なんて、

何の得にもならない。



 国民がどれだけ犠牲になろうが

(安全なところにいる)

自分は痛くも痒くもないから

何もしないのだ。



 しかし、庶民は違う。

今まさに 自分の生活圏の近未来が

危険に晒されている事が分かっている。


 そんな状態の今、

直接ネット民主制に変わり、

政治の意思決定の主体は

それまで虐げられてきた何の力もない

一般人にとって代わった。

 当然ネット庶民にとって大規模災害は、

自分の身に関わる最大の関心事となる。

 私たちが負担する税金を

そういうところに投入しないで

何処に使う?


 彼ら一般庶民は、我が身に降りかかる

災害や危機に対し、

最大の備えを最優先に取り掛かった。

 津波対策は勿論の事、

避難経路、避難所の拡充。


 それだけではない。



 機能的に活躍する

組織づくりが進められた。


 既存の役立たずの省庁主導ではなく、

それぞれの分野の現業を主体にし、

役割別に新たな災害対策組織を結成。


 有事即応体制が整備された。




 具体的には・・・


 大きな被害が想定される地域を

関東・島嶼しょブロック

(小笠原諸島など)、

静岡ブロック、名古屋三重ブロック、

和歌山大阪ブロック、

四国ブロック、九州ブロック

の6つの地域別に

緊急災害対処本部が置かれている。


 東京の総合統括本部は首相官邸地下深く

秘密裏に設立、

シャドーと命名された。

(何でシャドー?何で秘密裏?)


  *昔、イギリスの少年向けドラマ

   〔謎の円盤UFO〕という番組があったっけ。

   そのドラマの舞台が地球防衛組織『シャドー』だった。 




 現在は冷静沈着な?

竹藪平助最高司令官が指揮権を持つ。





  そしてとうとうその日が来た。

 


 地下司令部の超大型スクリーンには

各ブロックから災害状況が刻一刻と報告され、

編成部隊の出動状況が表示された。


 やはり予想通り

地震による建物倒壊の被害は殆ど見られなかったが、

高さ10mを超える巨大津波が各地で発生、

広範囲にわたり甚大な被害をもたらした。


 自衛隊を中心とする救出起動部隊。

 警察を中心とした捜索部隊。

 消防を中心とした消火避難誘導部隊。

 医療・救急を中心とした救命部隊。

 路上の瓦礫除去や物資輸送の建設・トラック部隊。

 救援物資分配・ボランティア編成統括部隊。


 などの活動が報告される。




 深刻で緊急を争う事態に

懸命に立ち向かう各部隊の名も無い人たち。




 首相官邸は対応に連日ごった返していた。



 そして・・・。


 大地震発生から1週間後、

テレビ番組の途中でうんざりする程流された

あの「AC」のCM内容が変わった。


 こんな事態が想定される前に撮られていた

首相官邸の面々による

宣伝用動画が一部使用され、

その後の災害に立ち向かう人たちの姿を

一本のメッセージとして作成、

広く公開されたのだった。


 


 ここでその当該動画を披露できないが、

内容を説明しよう。


 画面を想像して欲しい。



   *参考想定場面

    サカイ引越センターCM(1980年代)シリーズ

    これもネットで検索してみてちょ。

  




 まず竹藪平助首相が扇子を持って踊る。


 そこに流れるのが

「時給ゥ~安い~、仕事キッチリ!」


 次に平助に続き角刈り三兄弟が登場。


 そこにまた

「時給ゥ~安い~、仕事キッチリ!」


 更に首相官邸メンバーズ

(閣僚、掃除、警備・管理人などの非常勤職員)

たちによる

「時給ゥ~安い~、仕事キッチリ!」



 場面が変わり、

ジョーカー大統領や近平、

プー〇ン大統領のそっくりさんが登場。

 会議場に見立てた場面で

平助や井口外相たちが対峙し、

国を背負った喧々諤々

(けんけんがくがく)の主張を戦わすシーン。


 そこでも

「時給ゥ~安い~、仕事キッチリ!」





 でもここから雰囲気が一変。




 自衛隊、警察、消防、医療関係たちの

懸命な活躍が登場。


 「意識ィ高い~、仕事キッチリ!」




 そして・・・



 地の底から突き上げられるような

静かに、力強い曲が流れ、



 瓦礫の山を背に

崩れ落ちるように座り込む被災者。

 

 暗闇の中、一本のろうそくの光に見える

子供の顔。


 



 場面が更に一変し、

 瓦礫から救出される犬や猫たち。



 日常の避難所生活の中、

人々の笑顔が写される。



 そして最後に


『頑張ろう!日本!!』


のテロップが浮かぶ。








 この動画は大きな反響を呼んだ。



 TwitterやFacebook、Instagramなどで

世界中に拡散され、世界が動いた。



『災害に負けるな!!日本と連帯しよう!』


その潮流は国際政治をも動かす。



 平助たちは大地震対策がひと段落した後、

懸案だった対米交渉に臨む。



 世界の世論はそんな日本に味方する。







 そもそも多国間貿易協定を提唱したのは

アメリカ本人ではなかったのか?


 環太平洋貿易協定(TPP)は

アメリカ主導で進められたハズ。


 しかしトランプ大統領に時代、

自らの我儘で勝手に脱退したのもアメリカ。


 その後、空中分解し崩壊寸前に追い込まれた

TPP交渉会議。

 そんな危機的状況の中にあって日本が孤軍奮闘。

崩壊を回避しアメリカ抜きで

会議を最後までまとめた。


 そうやって身勝手なアメリカの

尻拭い役を果たす。


 そう、アメリカ抜きで

残存交渉参加国をまとめたのは

日本である。


 しかも、いつでもアメリカが復帰できるよう、

常に配慮しているのも日本であった。


 本来ならアメリカが日本に頭を下げ、

「私たちが悪かった。

どうぞ私たちアメリカも仲間に入れてください』

とお願いするのが筋でしょ!


 今やあれから日本が主導し

努力して進化させた拡大TPPには、

中国やロシアまで参加を強く希望している。



 しかし中国もロシアも日本になら

ネット直接民主制を取り入れたとはいえ、

今までの国際社会に於ける

悪魔に等しい行状を考えたら

良識を持った民度の国民が造る政府とは考えにくい。


 特にロシアはウクライナ侵略以降、

プーチンの野望だけでなく、

ロシア兵の粗暴さも世界の評価を大いに下げた。

 しかもそれらを狂信する一般のロシア人たちの国民性は

独りよがりの欲望の塊りにしか見えず、

絶望的な反民主国家との評価しかされていない。


 その悪魔の独裁国家と国民を最後まで支え続けた中国は、

もちろん同じ穴のムジナとしか見られない。


(ア!国名を言っちゃった!

もとい、彼の国です!

あくまで彼の国です!)



 当然日本の両国の国民に対する評価も絶望的に低い。


 ランクから言えば危険度の高い

(仮想)敵国とは大っぴらには言えないから

『要観察国』の最低ランクに属すると評している。



 そんなヤクザ国家を引き入れたら

せっかく苦労して作った

国際協調の強力な枠組みを

ズタズタにされてしまう。

 日本としては断固拒否するつもりです。


 アメリカはどうします?

そんな状況でもまだ我儘わがままを通し、

理不尽な態度をとり続けますか?


 さぁ、どうします?



 交渉担当の井口外相が

いつになく強気でまくし立てた。


 日本には正論と世界の世論がついている。

 更に井口には官邸メンバーズがついている。


 負ける気がしなかった。



 返答に困るジョーカー大統領代理の

アメリカ通商代表部代表 ペリー交渉担当官。





 井口外相は表情を和らげ、こう言った。

「私たちの国、日本は知っての通り、

大きな災害に見舞われました。


 産業は大打撃を受け、

総生産の半分以上が消失しました。


 この状況から現状復帰するには

早くとも5年から10年はかかるでしょう。


 でも日本の国民は誰もくじけていません。

必ず復活します。


 あなたたちアメリカの皆さんも

自らの努力不足により招いた

経済不振という不遇な現状に甘えていないで

意地を持って奮起してください。


 そして、

自分たちが常に相手より優位に立とうとする



 手段をえらばず

 「相手に勝つ」

 「有利に動く」

 「自分の欲望を満たす」


 そんな独りよがりの身勝手な発想から

脱却してください。



 私たちと共に、

幸せを掴む方法を探しましょう。


 


 この井口外相の発言は

どうした訳か、アメリカ側側近から

国家機密情報暴露組織にリークされ、

世界中に発信された。


 世界中で日頃からくすぶっていた

アメリカへの不満が爆発、

それだけに限らず、

アメリカ国内からも


「日本や他の貿易相手国への

理不尽な要求に頼っても

根本的な構造的不均衡の解決にはならない。

高圧的な孤立から脱却し、

TPPに復帰すべき」


との世論が高まる。



 ここにきて勝負がついた。


 ジョーカー大統領が折れ、

大統領声明により

アメリカがTPPに再加盟するための

国内法整備に着手すると

約束されたのだった。


 それ程拡大・強化されたTPPは

重要な意味を持つ国際組織へと進化していた。



 凱旋する井口外相。


 日本の全国民から祝福を受け、

首相官邸メンバーズからはもちろん

モミクチャにされた。


 いつも昼食におにぎりを持参する

掃除担当、青木のおばちゃんは、

「 ┐(´д`)┌

ヤレヤレ良かった!

あたしゃ、毎日近所のお寺で

アンタのためにお百度参りしてたのよ。

 だからあんたの仕事が成功したのは

その効用もあったんだって忘れないでね。」

とクシャクシャにした笑顔で言った。




 その日の夜、

国中がまだ復興途中ではあったが、

官邸では内輪だけのささやか(?)な

祝勝会が開かれた。








        第17話 カエデとエリカ





 最近、官邸内の雰囲気は

とても明るくフレンドリーだ。


 最初緊張からギスギスしていた

官邸メンバーたちも、

お互い気心が知れ、仕事にも慣れ、

お互いを思いやる気風に溢れている。


 みんな生き生きしている。




 但し、例外もある。


 カエデとエリカの微妙な関係。



 あの温泉旅行以来、

エリカとカエデは競うように

平助にべったりだった。


 鼻の下が緩みっぱなしの平助。


 でも平助はそこにのみ

溺れているわけにもいかない。

角刈り兄弟や井口や板倉との

男の付き合いもある。



 男・平助。

仁王立ちになり、

皆を引っ張る気概に満ちていた。

(短足で角刈りだけど)


 そんな日常に埋もれ、

その上エリカの牽制に阻まれて、

ちっとも進展が見られない

カエデと平助の仲。




 次第にフラストレーションが溜まる。



 そんなある日、

カエデの誕生日がやってきた。


 歳はいくつ?


 平助の同級生だもの、

どちらかが落第していない以上、

同い年でしょ?

(落第疑惑に関しては、

平助はちょっと怪しいが)



 誕生日の一週間前、

平助の私邸(むつみ荘)一階の

『蓬莱軒』で

遅い夕食のチャーシューメンを一緒に食べながら

カエデに

「今度のカエデの誕生日は

確か1週間後だったな?

 どうだ、今度こそ誕生祝に

ホテルでディナーでも?」

と誘った。


 カエデは、

「えっ!今度こそホテルで?

まさかまだ私をホテルに誘う

いやらし~い野望を

持ち続けているんじゃないでしょうね?

 それにどうせ誘ってくれるなら

『安い』とか『格安』とかは嫌よ!」

「おいおい、僕を誰だと思っている?」

「へたれの平助。」

「誰が「へたれ」やねん?

よ~し、ここでしっかり宣言したる!

来週僕がカエデを

超~~、豪ォ~華なディナーに連れて行ったる!

どおだ!参ったか?」

「別に参ったりしてないし。

平助の『豪華』なんて信じてないし。

でも本当かどうか

確かめるチャンスをあげる。


 でもエリカには内緒よ。

また邪魔されたくないし。」


「分かった、

エリカには内緒な?」


 その後の1週間は

平助の顔に締まりが消えて

液状化したスライムのようだった。


 これは何か怪しい。


 勘の鋭いエリカは

何かを嗅ぎつけたかのようだった。



 

 


      第18話

 



 



 勘の鋭いエリカは、

平助の締まりのない顔が

更に緩み切っている変化に気づかない筈はない。

 今までの経緯から考えると、

カエデとの仲に何か進展があったのか?

と考えるのが普通である。



 そうに違いない


 当然暫く様子を見ながら

その原因が何処にあるか探ろう。



(そう云いながらも)

結論に達すると

エリカの行動は早い。


 ウジウジ考え、

いたずらに時を浪費するのは

エリカの性分には合わないから。



 早速、直接確かめることにした。


(あれ?しばらく様子を見るんじゃなかったっけ?

舌の乾かぬうちに。

まあ、エリカだもんね。

じっとしていられる訳がないか)

  


 現在官邸では

重要な閣僚会議が開かれている。


 樋口復興環境大臣が発言している最中なのに、

首相秘書であるエリカが平助の元に歩み寄り

何かのメモを渡した。


 

 そのメモを何気に開く平助。

 そこには

『コラ!平助!!

アンタ、カエデと何かあったの?

 下心がダダ洩れ!!

 垂れ流しまくっているぞ!

 何があったか白状しなさい!!


 このスケベ!』


と書かれている。


 

 隣の席の田之上官房長官が

「何かあった?」

と小声で聞いてくる。

 こんな重要な閣僚会議の最中に

秘書がメモを渡してくるなんて、

余程緊急且つ、

重要な案件が生じたに違いない。


 

 平助は真顔のまま、田之上に小声で返す。

「私の身に一大事が起きたよ。

 どうやら最高機密情報が漏れたらしい。」



 会議が終わると田之上は

最近様子がおかしい平助にではなく、

エリカに近づき直接聞く。

「エリカさん、総理が最高機密が漏れたって、

とても深刻な顔をして言ってたけど、

あのメモには何が書いてあったの?

 総理に何かあったの?

 知っている事を教えてください。」

「最高機密?

そう、彼にとっては最高機密よね?

田之上さん、今後の平助総理の

行動と言動に注意を払って。

今の彼は要注意人物よ。」

「???・・・・」

「それから総理の身の回りに何かあったら、

どんな些細な事でも私に知らせてくださいな。

 これは私と田之上さんだけの秘密よ。」


 妙に色っぽい目で言った。


 近い。


 田之上は背中にゾクゾクするものを感じた。

 



 エリカは平助の今後のスケジュールを調べた。


 5日後、平助は2日間の休暇を予定している。

 カエデは・・・・、やはり同日、2日間の休暇。



 確信犯だ。



 しかし、ふたりが何処でどう過ごすのかまでは

調べられなかった。


 普通、首相の休暇は、

関係者の間では公開される。

 首相は公人であり、

その動向は総て管理されているべきなのだ。


 しかしその日は白紙のまま。

 エリカになす術はなかった。


 田之上も役務上は女房役なのに

何も嗅ぎつけられなかった。


 頻繁に情報交換するエリカと田之上。


しかし無情にも時は流れた。



 カエデの誕生日の前日。


 平助はエリカに

「明日はドレスアップ用の着替えだけ持って

蓬莱軒の前に集合な。

 ドレスはちゃんとリュックの中に入れてくるんだぞ。」

「ドレスなんて、そんな気の利いた服、

持ってないわよ。」

「じゃあ、何でも良いよ。

よそ行きの服な。

 でも来るときはジーパンとかジャージとか、

動きやすい服装で来るんだぞ。」

「何、たくらんでいるの?」

「あぁ、それから

来るときは靴もスニーカーとか

カジュアルなやつな。

 でも替えのヒールを忘れずに。」

「何か分からないけど、分かった。」




 そしてとうとう誕生日当日。



 カエデが蓬莱軒に着くと、

既に平助が待っていた。


 平助の横には見慣れない自転車。

それも珍しい二人乗りだった。


 「おはよう!カエデ。

さあ、これに乗ってサイクリングだ。」

「なによ、このチャリ、二人乗りジャン?

サイクリング?高級ホテルでディナーじゃなかったの?」

「もちろんそうさ。

 ホテルまでの道のりを、二人でこのチャリに乗って

ゆっくり過ごそうと思ってね。


 いいだろ?」


「えぇ~!

私自転車漕ぐの嫌だ~。

だって疲れるし。

 平助が漕ぐんだったらいいけど。」

「そう言うと思った。

根性無しでヘタレのカエデの事だから

その辺は計算済みさ!」

「誰がヘタレよ!

ヘタレはアンタでしょ?

失礼しちゃう!!」

「よく見ろよ。

このチャリは、ただの二人乗りじゃないぞ。

 特注の強力電動アシストつきだ!

 例えカエデが全く漕がなくとも

快適スイスイだぞ!!」


 カエデは唖然として声もでない。


「このチャリ、どうしたの?」


「某自転車メーカーの試作品を借りてきた。

 最先端の試作機だってよ。

 僕が借りたいって言ったら

『竹藪平助首相が乗るのだったら喜んで』

と言って貸してくれたよ。

 これに乗ってホテルまでレッツラGO!!だ!!」

「あんたって・・・(‐‐;     

そんな事で職権を使ったの?

 まあいいわ。

 ちゃんとレンタル料金払うんでしょうね?」

「もちろんさ。

1泊2日で5000円だって。」

「なんか微妙ね。

でもそれなら職権乱用にはならないでしょう。

 もちろん総てポケットマネーよね?」

「もちろんさ!このクリーン平助様に任せなさい。

 今日のような雲一つない青天の日は、

絶好のサイクリング日和だしな。

 それじゃぁ、出発進行ダァ~!」

 リュックを背負ったふたりが

滑るように出発した。



 それを少し離れたところに停めてあった

あの見慣れた懐かしい

送迎用改造軽自動車の中から

田之上とエリカが見ていた。


 実はいくら調査しても埒が明かないコトに

痺れを切らした田之上が、

何と!内閣情報調査室に調査を依頼したのだ。


 それってどうなの?


 そっちも職権乱用じゃね?



 知らね。




 颯爽と走るふたりのチャリ。


 その後ろをつけてくる軽。


 何故かどちらも楽し気だった。


 それにしても、エリカはともかく、

田之上官房長官までが

首相の休暇に合わせて休んで良いの?



 それも知らね。



 途中、昼食など

何度か休みながら夕方前には

横浜の高級ベイホテルに到着した。


 一休みした後、

ドレスアップした平助とカエデ。

 ホテルの最上階のレストランに入る。


 ボーイにいざなわれついた席。


 どうした訳か隣の席には

田之上とエリカが居た。


 凍り付く平助とカエデ。


「なんで?」


「どういたしまして。」


「・・・・・・。」

 声が出ない二人。

 でも、ここで「どういたしまして」って何?



「調査に手間取りましたよ。

後程、残りの仲間も到着します。

盛大にやりましょう!」

もう田之上の手にはワイングラスがあった。


「夜景がきれいね。」

エリカが二人を見つめ、

抜け駆けと置いてけぼりにされた恨みから、

皮肉気味にポツリと云う。


「残りの仲間?

何で君たちが合流する?

今日は僕とカエデのプライベート誕生会だぞ?」


「それだけ?

その後は?

それだけでは済まないでしょ?」


「皆で二人の将来を祝うために集まるのよ」


「でもエリカは・・・・」


「私は良いの。

 私、考えちゃった。

 平助は善良だし真面目だけど、

スケベだし、短足だし、サルマタケだし。

 それに比べ、田之上さんは

男臭いけど足が長いし

仕事早いし、いかつい顔の割に意外と優しいし。

 だから田之上さんと付き合おうかと思っているの。」


 それを聞いた田之上が

「えっ!ホント?」

 嬉しそうな、素っ頓狂な声を出した。


 かくして平助・カエデ、

田之上・エリカのカップルが誕生した。


 間もなく官邸メンバーズが集結し

カエデの誕生会が、

突如カップルが二人誕生した

『カップル誕生会』に変更された。


 これで良いのか?

 これで良いのだ。







        最終回





 アメリカが貿易不均衡問題で

全面的に非を認めTPPに加盟する準備に入った。


 それはTPP加盟条件を総て満たし、

国内産業を条約批准に適合できる構造に

変革する事を意味する。


 アメリカでは建国以来、

最大の産業革命が起き始めていた。



 それと同時に、

それまでアメリカのみならず、

全世界を陰で操り支配し続けていた

 FRB(連邦準備制度理事会=アメリカ中央銀行)

をはじめとするアメリカユダヤ資本や、

フリーメーソンの支配層が

急速に力を失い始めるキッカケとなった。


 日本の直接民主制の動向に刺激を受け、

アメリカ民主党も共和党も、無党派層までの間で

政治見直し運動が活発化された。


 それにより、不正や無駄、

理に適わない政策が見直され、

それらを執行してきた機関が粛清される。


 まず手始めに、

世界中の外交工作に(常に)失敗し続けてきた

CIAが解体され、

 支配層の意向が反映される手段が失われる。

 それにより民意が

ストレートに生かされるようになった。


 それにより対立していた白人と有色人種、

それぞれの融和が図られ、

次々と問題解決の糸口が見いだされ

実行に移された。


 ただ、アメリカにはイギリスに次ぐ

議会制民主主義の原点としての自負があり、

ネット直接民主制への移行は考えられない。

それがアメリカのプライドだった。



 アメリカのTPP加入は、

全世界の行く末を大きく変え得る大事おおごとである。


 TPPそのものの出発点は

単なるブロック貿易圏の構築に過ぎなかったが、

その組織を活かし、発展させることにより、

EUを凌駕する一大経済圏となり、

しかもEUに匹敵する強固な国家融合組織へと

発展させる可能性が見えてきた。

 現に今、インドとイギリスを加盟させ、

将来的にはEUとも連携を目指し

機能不全になった国連に取って代わる

国際連合組織になりつつある。



 前回少し触れているが

中国、ロシアは蚊帳の外にいたままでいた。


 それは当然の措置であり、

彼らが変わることが無い限り、

永遠に加盟はあり得ない。


 傲慢で自分勝手で

悪行の限りを尽くし、

旧共産社会を目指す国でありながら、

常に全世界に不平等と理不尽を

まき散らした国と民族。


 あれから6年以上経過した今でも、

世界中から嫌われ、

襲撃や暴行のターゲットにされ続けている。


 そんな彼らに世界は

冷ややかな目を向け、

「自業自得でしょ」

としか思われていない。




 動物以下の欲に支配された彼らを

尊敬し、交流を深めようとは

誰も思わなかった。


 可哀そうだが仕方ない。



 国を治めるのも

国と国が交流するのも

信用と徳と親愛が無ければ

成立しない。


 そんな簡単な事を見落としてきた人々には

今後明るい未来は存在しないのだ。



 では何故竹藪平助内閣が成功したのか?


それは官邸チームがまとまり、

お互いを信用し、連携し、

共通の目標に一丸となったから。


 誰か秀でた一部の人が

目を見張るような仕事をしたからではない。


 6年前の政変以前は

政界も財界も官僚も、

お互いがライバルであり、敵であり、

足を引っ張るのが当たり前の世界だった。

 自分の事しか考えない人間しか

上へ上ることができず、

従って『ろくでもない』悪党しか

支配層に登れなかったのだ。





   後日談



 平助とカエデ、

田之上とエリカがめでたく結ばれ、

一年の任期を全うした。


 日本のネット直接民主制は

全世界に好意的に認知され、

平助は双肩にかかっていた責任を

何とか果たすことができた。



 あの時平助とカエデが乗った

二人乗りの電動アシスト自転車は

その後、大いに気にいられ、

レンタルから買い取りに移行した。

 11万円とこちらも微妙な値段だったが、

二人の大切な思い出には違いない。


 そして平助は総理大臣満了後、

元のメンマ製造会社に戻り、

パートの準社員から

功績を買われ、正社員に昇格となった。


 田之上はそれまで勤めていた宅配会社から独立、

自ら新たに配送会社を設立し。

カエデと二人、二人三脚で

会社経営に邁進した。



 その他の官邸チームのメンバーたちは、

今でも定期的に集まり

親交を温め合っている。



 因みに平助とカエデ。

今でも蓬莱軒の2階に住み、

≪スーパー激安≫まで

ふたりで仲良く買い物に出かける姿が見られる。



 あの二人乗り用改造電動ママチャリ

【流星号 2号機】で。






      おわり











      スピンオフ①




財務省主計局長 佐藤鯖江の場合




 今から数年前、

あの日は冬の寒さが一段落し、

冬の最中だと云うのに

さながら11月の小春日和を思わせるような

季節外れの穏やかな一日だった。


 鯖江の夫 石松は、

仕事で大型商業施設ショッピングモール

のテナントへの商品の配達途上、

急に飛び出してきた猫を避けるため、

急ハンドルを切った。


 その時の大事故で

鯖江が救急病院に駆け付けた時、

既に虫の息だった。


 鯖江は半狂乱になって、

石松にしがみ付く。

 一緒に駆け付けた幼い子供ふたりは、

小さいながらもその空気から

事の重大さを何となく理解する。


 それまで昏睡状態に見えた石松の目が開く。

 「おお、庄吉(5)・・・、

瑛太(3)も来てくれたか・・・。

 鯖江、済まない、こんな事になっちまって・・・。

後は頼む。この子らを何とか

一人前になるまで育ててくれ。


 庄吉、後は頼むぞ・・・。

お前はもう立派な男だ。

 母と瑛太を守ってくれ・・・。

 いいな正吉、

 できるよな。

 頼んだぞ。


 鯖江、

俺がお前たちに

良い人生を送らせてやれなくて済まん。

 せめて草葉の陰から

いつもお前たちを見守っているからな。

 アバヨ・・・・。」


 生命維持装置から

ピーという音がいつまでも流れる。


 これからどうして生きて行けば良いのか?

幼い子供ふたり抱えて。

 しかも瑛太は弱いながら障害を持っている。


 その日から鯖江は人が変わった。

最初の1週間は廃人状態に。

 その後、生活に追われる現実に追い立てられるように、

鬼の如く働き始める。


 幸い、見かねた年老いた母が田舎から出てきて

庄吉と瑛太は任せろと言ってくれたので、

多い時は一日仕事3つを掛け持ちすると云う、

ハードな生活を繰り返した。


 丁度そんな時だったろうか?


 海外では大きな危機が迫っていた。








    第3次世界大戦の危機







 北京オリンピック開催まで

あと数日と迫ったあの日。


 ヨーロッパでは武力紛争が一触即発の状態にいた。


 

 ロシアのプー〇ンの呼びかけに呼応し、

中国も極東地域で立って欲しいとの要請は

幾度となくあった。


 でも習〇平は渋っている。


 国内経済が破綻寸前の最悪の時。

自らの失策から国際的に孤立し、

台湾海峡を挟み、緊張状態にある。

 国内の噴青(ふんせい:憤る青年=中国のネット右翼)

たちの跳ね上がった主張は次第に過激化、先鋭化し

国内世論を戦争へと向かわせている。


 その声は習○平でも抑えきれない程

無視できない状態にある。


 それは非常に危険な兆候であった。

 でも今の中国に台湾や日本を攻め、

アメリカと戦争し、勝てる見込みはない。


 ようやく世界第2位の経済大国に上り詰めたとはいえ、

まだまだアメリカとの戦力差は大き過ぎる。

 習〇平が思い描く世界制覇の計画は、

2035年まで国力と軍事力を高め、

その規模と実力でアメリカを凌駕し、打ちのめす。

 今は世界中を舞台にゆるゆると

少しづつ水面下の侵略を続けながら全面衝突は避ける。

 

 今は我慢の時なのだ。


 しかも現在、拡大経済成長政策の無理が祟り、

大失速の危機にある。


 その状態のまま、国家の威信を賭けた

一大イベント『北京オリンピック』を

迎えようとしているのだ。


 ここまで無理して準備してきた

国家高揚のイベントを

戦争で台無しにされてはかなわない。


 大体多くの日本人は中国とロシアを

固い結束で結ばれたレットチームと認識している。

 国際紛争の場でも国連の対立でも

常に国際的合意の必要な案件に反対するのは中露。

 何度も言うが

人権蹂躙したり、自由を圧殺したり

犯罪行為を繰り返すヤクザ国家や

政権を支援するのは常に中露だから。


 確かにこの世のありとあらゆる悪を

協力して蔓延させている両国であるが、

でも少し別の視点で見てみると

必ずしも一枚岩ではない実情が見えてくる。


 どちらも覇権主義国家であり、

その餌食にしようとしているターゲットの国々は

その多くが重なっているのだ。


 つまりお互いが侵略のライバルであり、

自分より先に自分がターゲットにする国を

奪う行為を当然良くは思わない。


 中国の進める一帯一路や

借款や社会インフラ支援で相手国を借金まみれにし、

雁字搦めの状態に追い込む支配術で暗躍する中国。


 それに対し、

旧ソ連時代の復活を目指し

周辺国に軍事侵攻を繰り返したり、

親露政権を樹立させる工作を常套手段とする

プー○ン政権。


 特に中央アジア諸国での覇権争いは

お互い看過できないのだ。



 そうした背景もあり、

習〇平は電話会談で

プー〇ンに自重するよう説得していた。


 どうしてもやらかすなら、

せめてオリンピックが終わってからにして欲しいと。


 でもプー〇ンは人の話など聞かない男。

国益確保の好機と見たら

ためらわず戦争を仕掛ける強権発動野郎だった。


 シリアのアサド支援や

クリミア半島奪取の時も、

アメリカや西側の説得を一切聞いていない。


 でも習〇平は当然そんなプー〇ンの我儘に

付き合うつもりはない。

(自分たちも十分我儘で独りよがりだが)

 大切なオリンピックという

国家イベントを台無しにされてまで

国の命運を賭けた戦争に巻き込まれるのはゴメンだ。


 石松が息を引き取ったその日、

習〇平はプー〇ンに対し、強硬に申し入れた。


 「もし、オリンピック(パラも)の期間中、

戦闘行為を興したら、

 中国はそれまでの盟友関係を廃棄し、

ロシアを敵とみなす。」


 

 どうして同盟国に対し、

そこまで強硬な態度をとる?


 実は前回の北京オリンピックの開催期間中に

ロシアはグルジアに軍事侵攻している。

(北京オリンピックは2008年8月8日〜8月24日、

グルジア侵攻は同年8月7日〜8月16日)

 

 中国にしては

「またか」との思いが強い。


 だから習〇平は本気だった。

でも彼の強硬な申し入れもあの狂人には無力だった。




 ただペンタゴン(アメリカ国防総省)

に潜入していたロシア側スパイの情報によると

 今までの悪事のツケを強制的に払わせるため、

極めて巧妙で強力な戦術と最新武器を使用し

プー〇ン暗殺と

現有ロシア国土の占領・分割プラン、

ロシア民族への人権を無視した罪を償わせるため

厳しい処罰を行使する作戦実行が近い情報が

プー〇ンに伝わると、

 ウクライナに展開していた侵略ロシア軍を、

段階的に撤収させる行動を見せた。

 もはや敗北決定的だった戦況に

追い打ちをかけるような情勢プラス

プーチンの側近のクーデターが

あったのかもしれないが。


 但し、公式には強硬姿勢を全く崩しておらず、

危機的状況は変わっていない。


 

 第三次世界大戦の危機は

こうしてスレスレ回避されたのだった。


(現時点では、こうなって欲しいという作者の願望として

ストーリーに組み込みました)



 この世界情勢に全くの無力な日本。


 国民は漠然とした不安を抱え、

不甲斐ない日本の政府に不信感を持つようになった。


 コロナワクチンの自国生産すらままならず、

アメリカ製ワクチン頼みなのに、

その供給スピードは第一回目の接種も、2回目の接種も、

3回目の接種すらOECD加盟国最下位だった。


 政府の対策は心もとなく、

生活困窮者が次第に増えても

全くの無策に等しい対策しか取れていない。


 特別給付金の支給も大切だが、

もっと根本的な労働環境、生活環境、

社会インフラの整備が急務なのに、

何一つ手を付けていない。



 そんなときに鯖江は慣れないパート労働者の世界に

飛び込まざるを得なかったのだ。






  佐藤家の人々と仲間たち





 「ただいま。」

「あ、カーちゃんお帰り!!」

庄吉が駆けつけしがみ付く。

遅れて瑛太が駆け寄る。

「庄吉、瑛太はいい子いい子してたかい?」

「うん、瑛太は俺が顔を覗かせると

ほっぺをぴちゃぴちゃさせて喜んでいたよ。」

「俺じゃなくて、ボクでしょ?

何処でそんな悪い言葉を覚えたの?」

そこに昌枝ばーちゃんが口を挟む。

「近所の悪ガキ友達のせいさ。

近頃の子は自分から進んで

悪い言葉を使いたがるからね。」

「悪ガキじゃないやい!

翔平と群治は面白いんだぞ!!」


 集合住宅の一室の片隅の

小さな仏壇に手を合わせ、

鯖江は石松に問いかけた。

「あんた、こんな大変になる前に

自分だけ先に死んじゃって狡いね。

 あたしゃ今日は疲れたよ。

明日もそのまた明日も今日の繰り返しなのかい?

そう考えるとシンドイね。」

 すると仏壇の向こうから、

石松の声が聞こえた気がする。

「それもいいじゃないか。

それに明日は今日と同じじゃない。

 俺から見たら、

庄吉も瑛太も毎日少しづつ成長しているぞ。

 そんな我が子の成長を間近に見られるなんて

そんな幸せは無いんじゃないのか?

 俺なんて草葉の陰からしか見られないんだからな。」

「あんた、ちゃんと見てくれていたんだ。

 生前は頼りない旦那だったけどねぇ。

 これからもよろしゅう頼むよ、

石松の旦那さん!」


「人にものを頼むときは、

もう少し待遇を考えて欲しいね。

 せめて仏壇に供物を添える時は、

おちょこ一杯の酒かビールも添えてくれると嬉しいんだが。」

「あんた、何言ってんの?

 酒?ビール?

あの世に逝ってまでその物欲は治らないんかい?

 ほんとあんたは筋金入りの煩悩の塊りだね。」

「悪かったな。

煩悩の石松ったぁ、この俺の事よ!」

「呆れた、この人、開き直ってるよ。

 あの世に逝っても変わらないねぇ。

 そんな馬鹿に惚れた私ぁ大馬鹿だね。

 こりゃぁ、これからも苦労は絶えないみたいだ。

 さぁ、明日も頑張るか・・・。


 そこでクネクネ遊んでる芋虫兄弟たち!

もう寝る時間だよ。


 ところで母さん(昌枝ばーちゃん)

今日の子供たちの晩御飯は何だったの?」

「今日は庄吉の好きな唐揚げと、

瑛太の好きなコロッケだよ。」

「なんだ、揚げ物ばかりじゃん。

作ってもらってこんなこと云うのなんだけど、

ちゃんと栄養のバランスも考えてね。」

「だって同じ油で揚げるんだもの。

 一石二鳥だろ?

 それに私だって揚げ物ばかりじゃかわいそう、

そう思ってレタスとブロッコリーも

一緒に出したからね。」

「そう・・・。ありがとう母さん。」


 そう言いながら鯖江は考えた。


(そうだ、パートの仕事を一部変えよう。

 スーパーマーケットなら総菜コーナーもあるし、

ワザワザ他の食材を買いに行く手間も省けるし、

(年老いた)母さんの負担も減らせるかも?)


 そうした経緯から鯖江は

≪スーパー激安≫で働くようになった。


 彼女はそれはそれは一生懸命働き、

3年を過ぎる頃、総菜コーナー売り場の

チーフを任されるようになる。


 そんな立場に立つこと数年、

ついに彼女にも職場の責任者からお声がかけられた。


「ねぇ、鯖江さん、

今度の政府高官一般公募に応募してみない?

 時給も今より上がるみたいだし、

ちょっと遠くなるけど通勤手当も実費×2倍だって。

『普通の主婦でもできる』

ってキャッチフレーズだし

鯖江さんだったらピッタリだと思うけど。」

「普通の主婦って何よ!

私ぁスーパー主婦よ!」

「訂正します!

『スーパーで働く主婦です』の間違いでしょ?」

 隣で聞いていた職場仲間の雅代さん(40)

がチャチャを入れた。

 職場の同僚の仲間たちが

何処からかワラワラ集まり談笑が始まった。

「このスーパーからスーパースターが出るのね?」

「ばかねぇ、まだ早いわよ!

それに、スーパースターじゃなくて、

スーパーの主婦でしょ?」

「あら、そうかしら?

だって鯖江さんはその強烈なキャラクターでしょ?

 面接官はその顔を見るだけで一発で採用請け合いよ。

 何せ強烈だもの。」

「失礼ね、私の何処が強烈よ!

 マックスファクターの申し子と呼ばれ、

『釈迦曼荼羅―ノ』のお立ち台の舞姫と呼ばれた

この私に向かって。」

「ほら、やっぱり強烈じゃない?

長い年月を経ても

その伝説は少しも色あせてないのね。」

「何か複雑!それって褒めてくれてるの?

 全然嬉しいと感じないんだけど。」



 会話に参加せず、後ろの取り巻きだった男衆は

『釈迦曼荼羅―ノ』のお立ち台の舞姫だったと聞いて

思わずワンレンボデコンの鯖江の姿を想像し、

ひとり、またひとりと無言で去っていった。


 かくして果敢且つ無謀にも、

鯖江さんはネット政府が公募した臨時雇いの

政府高官募集キャンペーンに応募した。





 そこで竹藪平助達閣僚との運命的な出会いを経験する。

  (平助とカエデはスーパー激安の常連で、顔見知りであるが)



  







  





     田之上官房長官の場合



 

 田之上 憲治(32)官房長官は北海道出身。

ついこの前まで宅配業を生業なりわいとしていた。

 憲治の名は、憲法を以って国を治めると書く。

親がそんな高邁な理想をこんな愚息に託したのかは不明だが。

 まさに『親バカ』とはよく言ったものである。


 3人兄妹の長男で、一番手のかかったバカ息子だった。

 でもそこは長男なりに自覚を持つようになり、

孤軍奮闘、バカ息子はバカ息子なりに

頑張る人生を生きる事となった。


 彼の実家が傾いた時、まだ17歳。

何とか高校は卒業させてもらったが、

大学まではとても無理と思われていた。

 しかし担任の熱心な進路指導もあり、

二部(夜間)の大学の推薦を受ける。

 彼は隣町の公立大学二部の経済学部を卒業するまで

郵便局の配達アルバイトで学費と生計の一部を支え続けた。



 夏はまだ良いが、冬の北海道の配達は過酷を極める。

 一晩で40cmの大雪が年に数度あり、

朝起きたら雪かき、そして出勤。

 二輪バイクで雪の中をかき分け郵便を配達。


 バイクで配達と軽く言うが、

雪の中を二輪で配達するのはこの世の中では

郵便配達と新聞配達くらいである。

 大雪の中を漕いで歩くような配達も大変だったが、

特にツルツル路面

(俗にいうミラーバーンやブラックアイスバーンなども)

を走行するときなど、

明らかな自殺行為と同等に思える曲芸だった。

 だってバイク専用スタッドレスタイヤとは言え、

ただのゴムタイヤだよ。

 ピカピカに磨き上げられた氷の路面を

バランスを崩さず、全く滑らずに走れる訳無いでしょ?

 子供でも分かるよね。


 現実に彼は配達途上の走行中スリップして転倒、

後続車が慌てて急ブレーキをかけるも、

あと30cmで頭を轢かれるところだったような経験を

年平均3度はしている。

 何だか無駄に命を懸ける仕事をしているように思えたが、

その時はこれしか仕事が無かった。

 

 そして夕がた仕事が終わると

大急ぎで大学に向かう。

 彼はそんな生活を5年間続けた。

 その間、高校生の弟と妹の学費を助け、

自分の通う大学の学費を賄う。

 ある意味、実に充実した青春時代をおくる事が出来た。

 (彼の人生に対する皮肉です。)


 そんな彼にも数人の苦楽をともにした友が居た。

 仕事を終え、大学の授業を終え、

友のひとり、河本 秀樹の下宿で

各々の今の現状と将来を語り合うのだ。

 そういう時は特にもう一人の友、

安嶋 本之と3人で、

若しくはもう一人の友斎藤 学を交え、

四人で厳冬の寒々とした4畳半の部屋の中、

アラジンのストーブ一基を囲み

だるまさん(ウイスキーボトルの形状が、

ずん胴なのがその語源)

を空けるのが唯一の楽しみだった。

 早く帰って寝りゃ良いのに

そんな一見無駄な生活を続けていたので

いつも寝不足、授業の時など

目を開けたまま眠る特技を習得していたほどである。


 憲治の友は全員、

彼女いない歴=実年齢

の悲惨な生い立ちを背負った悲しい面々でもあった。

 そりゃぁ学内にも女学生はいたが、

非常に絶対数が少なく、

男子に人気の高い女子学生は更に少なく、

その希少価値から競争率は宝くじ並みであった。


 そうした事情から、彼らにとっては

かけがえのない青春時代であったにも関わらず、

彼女作りは早々に諦め、

日本の将来と自分の仕事について、

高尚な理想を追求すべく、

秘密結社『酒が飲める酒が飲める酒が飲めるゾ社』を

高らかに結成した。


 裂きイカと寒ダラ(タラの干物)、柿の種を肴に

河本 秀樹(俳優の松重豊 似)が憲治を捕まえて云う。

 「今日のお前はいつもよりショボくれてるな。

 どうした?財布でも落としたか?

 最もその中身もお前と同じショボくれてるだろうがな。」

「やかましい!!

ショボくれていて悪かったな!

 こんなに毎日雪と戦っていたら

疲れ果ててショボくれもするさ。

 アー、もう雪は嫌だ!

雪の降らないところで暮らしたいョ。」

 「俺は雪が大好きだ。

だって裏山のスキー場で

スキー三昧の暮らしができるからな。」

 安嶋 本之が言った。

彼は中学時代、

背が小さく『豆タンク』と呼ばれていたが

高校時代、急に背が伸び憲治と同じになった。

 何と本之は憲治の中学、高校、大学と

腐れ縁の同級生である。

 だからお互い恥ずかしい過去を知る

一番の悪友でもあった。

「だって今は、昼はお互い仕事を持ってるし、

夜は大学に通い、その後はこうして

安下宿でたむろしてるじゃないか。

 いつスキーに行くんだよ。」

 斎藤 学がツッコミを入れる。

「安下宿でわるかったな。」

でも此処が安下宿ではないと

言ってくれる援軍は現れない。


 ところで斎藤 学。

 こいつは学者肌で蝶々などの昆虫収集を趣味に持ち、

その他音楽好きであり、

どういう訳だか

バーツラフ・ノイマン指揮

チェコフィルハーモニー管弦楽団の

ドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』を

ただひたすら聴き続ける同好会を結成。

 憲治も秀樹も本之もそのメンバーに

強制参加させられている。


 「今は我慢の時サ、

卒業したら会社を作り社長になって

スキー三昧の暮らしを絶対実現させて見せる。」

 それを聞いた三人は同時に

「オー!」と唸り、

盛大な拍手をした。

 他の三人も決してスキーは嫌いではない。


 それがキッカケでそれぞれの夢を語り始める。


 憲治の番になり

「僕は卒業したら世界征服する。」

「世界征服ゥ?」

「そう、世界征服。

宇宙人ゴアのような円盤を作り

『ムハハハッハ!』と笑いながら世界を征服するのさ。」



   *参考1966 マグマ大使

    マグマ大使の悪役『宇宙人ゴア』参照

    (ネットで検索してみてね)


「バカか、お前は。」

「そう、僕はバカさ。

そして、恵まれない子供たちに

できる限り手厚い支援を差し伸べるんだ。」

 

 それを聞いた3人は

ハッとして目を下に落とし、シーンとなる。

 彼らは全員家が貧しく、

辛い子供時代を経験しているから。


 恵まれない子供たちの実際の生活を

自ら経験し、今も尚、周囲の生活環境の中

嫌と言う程見てきている。

 

 世の中の矛盾、不平等、不条理の世界を

この年になるまで意思に反して渡り歩いてきたのだ。


 此処に居る誰もが

それ等と戦ってきたし、

いやでもこれからも戦い続けるだろう。


 その意識が無言の共感を呼んだ。


 その日から憲治のあだ名は『ゴア』と呼ばれた。


 憲治=ゴアは卒業後

とある会社に就職したが、

不器用で朴訥な性格から、いくつも職を変えている。

 「自分にできる仕事はないのか?

情けない・・・。」

 そう思い続けながらようやくやっとありつけた職が

宅配の配達だった。

「昔取った杵柄。また配達の仕事に舞い戻ったか・・・・。

でもここでまた投げ出すわけにはいかない。」

 彼は必死で働き続けた。

 【白猫香川】の宅急便で

夏も冬も配達し続ける。


 彼はその配達先で

社会の縮図をいくつも目撃した。

 生活苦で一家離散する家族。

 孤独死して数か月後に発見されるアパートの住人。

 親から放置され、いつも汚い身なりの女の子。


 目頭を熱くし、ただ佇むだけしかできない自分。

憲治は配達で暮らしてきてはいたが、

自分にできるもっと違う何かを探していた。


 そんな時、加藤事業所長から

お声がかかった。


「今東京でネット政府が公募した臨時雇いの

政府高官募集キャンペーンが始まって、

この事業所にも案内がきた。

 ついては君を推薦したいんだが、どうかな?」

「私にそんな恐れ多い職務が務まるなんて

到底思えません。無理無理無理!辞退します。」

「でも東京は田之上君の嫌いな

大雪が降ることは無いよ。

 降っても雪の中を漕いで歩くほどではないだろうし。

 そもそも、配達の仕事じゃないし。

 責任ある未知の仕事なのは確かだけど、

サポート陣もしっかりしていると云うし、

何なら友達を誘って一緒に挑戦してみたら?

 いるんだろ?田之上君を助けてくれる友達が。

 待遇も今より良いと思うし、地方出身者には

住居・その他も用意してくれるそうだし。

 田之上君は真面目だし、

コツコツ積み上げて成果をあげるタイプだし、

社会に対する正義感に満ちあふれているし、

うってつけの人材だと思うよ。」


 その言葉を聞いて憲治は

大学時代の三バカトリオの顔を連想した。

 そして彼らの協力を得られそうなら

挑戦してみるか。との気になった。


 そしてその結果が天下の内閣官房長官であった。


 嘘でしょ?

 本当です。

 首相専属教育係の板倉が、当然のようにそう言った。


 内閣官房とは

首相を助け、内閣府を切り盛りする責任部署。

 また内閣官房の職務は、

行政府のほぼすべての領域に及び、

その長官たるもの、

内閣総理大臣の女房役と呼ばれ、

国務大臣を以ってその任にあたる。

 つまり行政の一番のキーマンであるのだ。

彼には国務大臣秘書官がひとりと

特別職の大臣補佐官ひとり、

各省庁から秘書官事務取扱があてがわれる。



 読者の皆さんはもうお気づきと思うが、

その嫌な予感は思いっきり当たっている。


 つまり田之上官房長官の補佐役に

河本 秀樹、安嶋 本之、斎藤 学の三バカが

招集されたのだった。


 本編では記述が無かったが、

竹藪平助と杉本が角刈りにしたとき、

実はこの三バカ達もこころざしを同じゅうするため

角刈りにしている。

 この時ほど内閣で角刈りが流行った時は無かった。






 


     エリカの場合




 エリカは子供の時から親に恵まれなかった。

 父は売れない作家でエリカが幼い時、

離婚を契機に生き別れとなる。


 新しい父はろくでなし。

 御多分に漏れず、

貧しく不幸を絵にかいた生い立ちを背負ってきた。


 ふたつ下の妹は

両親から放置された挙句、

病を得てこの世を去っている。


 まだ小学校に上がったばかりのエリカは

幼い妹の最後を看取ったただひとりの肉親である。

 自ら空腹に耐え、

妹サヤカに最後の水を与える。

 「お姉ちゃん・・・、

ママとパパはいつ帰って来るの?

サヤカ、もう眠いの。

疲れちゃった・・・。

 暗い・・。何も見えない・・・。

お姉ちゃん、もう寝るね。

お休み。」

 それが最後の言葉だった。



 神様・・・・。

 

 でも此処には神様は来てくれなかった。

 ママもパパもいてくれなかった。



 その後エリカは施設に預けられる。


 高校卒業後、

エリカも憲治同様、昼は事務職、

休日はスナックで働きながら

二部の大学に進み卒業までこぎつける。


 彼女は妹を救えなかった十字架を

一生背負って生きてゆく。


 だから世の中の理不尽を最も嫌い、

その最も弱い立場の群像の中、

必死で生きて来た。



 彼女も大学では政治と経済を熱心に学び、

腐った政治の巣窟に住む人種を観察すべく、

銀座あたりの高級クラブのホステスになるべく、

努力の全てを傾注した。


 その甲斐あって、念願のホステスになり、

政治屋や腐った高級官僚の生態を

つぶさに見極める機会に恵まれた。


 彼女が板倉に見込まれたのは、

決して偶然ではない。


 彼女の観察眼や政治・経済、一般常識など、

一流ホステスに必要な全ての要素と能力を兼ね備え、

尚且つネット政府に必要な人物像、思想背景など

全ての要件を備えた人物は

そう簡単には見つからない。



 かねてから人材を探し続けた成果が

エリカであった。


 つまりエリカは只の『浮かれ街美人』

ではないのだ。



 エリカが平助にお熱を上げていた頃、

憲治にとってエリカは天井人であった。


 高嶺の花であり、

声をかけるどころか、近づく事さえ憚れる存在だった。


 時々憲治は平助に嫉妬交じりでこう言った。

「あ~あ、僕も平ちゃんみたいに美人秘書がほしかったなぁ。

ボクの秘書たちは皆、いかつい男どもだし、

 奴らボクの言うことなど屁のように扱い、

全く従わないし。

 ホントに失敗したよ。」

「嘘つけ!

本気じゃないくせに。

 あんなに気の良い奴らと仕事が出来て

僕からしたら羨ましさの極みだよ。

 僕は友達が少ないから、君のように

昔からの友が手伝ってくれることは無いし。

 彼らに感謝しろよ!

この罰当たりが!!」


 横で聞いてたエリカがクスっと笑った。



 そんなある日、

エリカが憲治に平助の調査を依頼してきた。

 それがあの温泉旅行事件であり、

横浜のホテル事件であった。


 狭い軽の送迎用公用車で

平助とカエデの二人乗りチャリを追跡中、

ふたりはよもやま話に花を咲かせた。

 こんなチャンスは滅多にない。

憲治は必死で話を繋げる。


「エリカさんは何処の御出身ですか?」

「私は埼玉の南の方。

 田之上さんは?」

「僕は北海道です。」

「へぇ、北海道!!

私、一度も行ったことないの。

 知り合いは皆遊びに行ってるし、

私も一度くらいは行ってみたいなぁ。」

「是非行ってみてください。」

(本当は自分がご一緒して案内しますよと云いたい。

 でもそんな事言える勇気もない)


「北海道ってとっても寒いんでしょ?

雪も多いって聞くわ」

「多いの何のって・・・。

 もちろん東北や北陸の豪雪地帯のように、

もっと降る所はたくさんありますけどね。

 寒さ自慢なら何処にも負けないですよ。」

「あら、寒さって自慢するところ?

変なの!

 でも私は埼玉生まれの東京育ちだから、

寒さも雪もあまり縁がなかったの。

 だからやっぱり行ってみたいなぁ。

 小さい雪だるまを

作ってみたりなんかしちゃったりして。

 ナンチャッテね。」

「その時は私がちっちゃいのなんて言わずに、

大きな大きな雪だるまを作って差し上げますよ」

(アッ!言っちゃった!!どうしよう???)

一瞬慌てたが開き直った憲治は、

いつにない程不似合いな真顔になっていた。

 (しかし長年雪と格闘してきた

暗い過去を持つ身でありながら、

どの口で言う?

 つくづく呆れた奴だと自己嫌悪に陥った)



(どうしよう、ドキドキしちゃう。

 私は平助が好きだったのに田之上さんの事も

気になってきちゃったわ。)

 

 お互い意識し合い、会話が途切れ途切れになる。


 もうこの辺で平助たちの追跡は止めにして、

どうせ場所は横浜のベイホテルって分かっているのだから、

先回りして待ち受けようと云う事で合意を見た。


 その後の展開は本編に記した通りである。




 ここで取って付けたようではあるが、

恒例のこの時代の国際情勢について

付記しておく。


 


 第三次世界大戦の危機が叫ばれて久しいが、

一方の当事者・ロシアは今崖っぷちにいる。


 ロシアの経済は石油と天然ガスが支えており

それ無くして語れない。

 しかしその資源は枯渇しつつあり、

他にこれと言った産業を持たない国である以上、

このままでは座して死を待つ状況にあった。


 そこにもってきて欧米からの経済制裁の動きは

致命傷となる。


 今立たねばいつ立つ?

プー〇ンは非常に焦っている。


でも彼は決して開けてはいけないパンドラの箱を

開けてしまった。

 ウクライナ侵略の再開である。

 しかも西側が干渉したらどうなるか分かってんな?

と脅したのだ。



 『俺の国には核があるんだぞ』と。

それは裏を返せば、『核を使うぞ』との同義語だ。



 それまでプー〇ンを支持してきた国民は

此処で気づくべきだった。

 しかし彼らは自分たちの欲とプライドにしか目がいかない。

彼の真意に疑問を持ち始めるどころか

自分たちさえ良ければ

他の国を踏みにじっても平気な国民だった。

 だからウクライナへの再侵略が始まり

どれだけ残虐行為が報じられても

自分たちに都合の悪い情報は総てプーチンの言う通り

フェイクとして処理してしまう。

 その結果、西側から制裁の圧力を強められればられる程、

プーチンの支持率はウナギ上がりに上がり続けた。

 彼らは救いようのないバカだった。


 馬鹿は死ななきゃ治らない。


 その言葉は本当である。





 一度でも核を使用すれば、

報復で核ミサイルが雨あられのように自国にも降ってくる。

 そんなことは誰でも知っている常識である。

 しかし彼は封印していたハズの言葉を発した。

 ロシアのバカな国民は確かに強いロシアを欲している。

だから一部の狂気の野心家の蛮行に

自らの身を委ね運命を任せても平気だった。

 自分たちの身を核の脅威に晒してもだ。


 今までは一部の反政府勢力が

蚊の羽音のような抗議をしても

政権にとって全くの屁の河童であったが、

 まともな頭をもった軍の将校たちや

一部の特権階級の中では

うまい汁を吸い、政権を支持してきた

自分たちも巻き添えを喰らって

破滅するのは『聞いてないよ!!』

と思い始める。


 次第に疑念の渦は広まり、

追い落としの策が密かに練られるようになってきた。



 また中国でも水面下で

政権倒壊の危機が迫ってきている。



 現在の中国は多民族国家の体を成しているが、

その実は漢民族が支配権の全てを握っている。


 しかし近年、チベット、

ウイグル地区の少数民族の

反政府勢力育成のため、

アメリカCIAが暗躍している。

 

 主だった指導者を国外に連れ出し、

戦闘訓練と資金援助を補助する作戦、


 更に政治政策指導者育成のため、

留学支援をする作戦と、

ありとあらゆる方策に着手している。


 アメリカには中国側のスパイも大勢いるが、

反政府勢力の工作員育成も

盛んに行われているのだ。


 イザ戦争が始まれば、

国内の破壊工作も同時に頻発する仕組みは

とうに整っている。



 ロシアも中国も現在瀬戸際の崖っぷちで

最後のあがきをしようとしているのだった。


 その直後、日本では

ネット政変が起き、

こんな時何もできなかった無能な政府は倒れ、

そこで権力を揮ってきた

無能で強欲でプライドの塊りの

政治屋と官僚は失脚する事となった。



 ママチャリ総理大臣はそうした背景の下

産まれた奇跡だったのです。









  



   官邸管理人 新井の場合 


 



 新井 三郎(75)は首相官邸の管理人を任される前、

まさに瀕死の生活環境に居た。


 彼は若い時分、人並みに結婚もし、

娘がひとりいた。


 しかし勤める会社からリストラされ

人生の転落を味わう。

 職を転々としながらも、何とか家族を守ろうと

必死で頑張ってきたが、

職を変えるごとに収入が減り続け、

とうとう妻から三行半みくだりはんを突き付けられた。

「この、甲斐性なし!!」

それが妻の最後の言葉だった。

 娘は中学校を卒業する間際であったが、

父親を疎んじるお年頃。

 当然母について家を出た。


 散々母に父の悪口を聞かされ続け、

父に対して良い印象がある訳がない。


 その後三郎は娘からも絶縁され、

一度も会うことなく現在に至った。



 それでも家族と心の支えを失っても

めげずに一生懸命働き続けた三郎。

 だが年々病状が進行し悪化する糖尿病を抱え、

思うようには働けない。

 イザ年金を貰える年になった時、

月に換算して6万円に届かない金額しか貰えなかった。


 しかもその少ない年金から

国の年金政策により、去年は0.4%、

今年も更に0.4%削減された。

 不景気が祟り、

来年も0.4%減らされる予定と云う。

 

 これでは暮らしてゆけない。

 ただ座して死を待つのみなのか?


 三郎は勇気を振り絞って役所に赴き、

最後の頼みの綱、生活保護の申請をした。


 しかし、窓口の役人は三郎の申請書を受け取らない。

 生き別れの親族がいると云う理由で。

 

 でも不甲斐ない父に愛想を尽かし

出て行った元家族が

今更面倒を看てくれるはずもない。

 案の定、年老いた元妻を抱えた娘に扶養を拒否され、

三郎は再度生活保護の申請をしに、

窓口に顔を出した。


 しかし担当係官は前回同様、

申請書の受け取りを拒否し、

席をたち事務室奥に立ち去った。

 彼には最初から申請書を受理する意思は無かったようだ。


 働けない崖っぷちの暮らしを支えてくれるはずの

最後の砦のセーフティーネット。

 でも彼にそのシステムは機能しない。


 ワシは生活保護を受けられないのか?

心を打ち砕かれた。


 恥を忍び、勇気をかき集め

二度も挑戦したのに冷たくあしらわれたその扱いに、

三郎のプライドはズタズタに引き裂かれ、

惨めさ、無様さをいやと云う程突き付けられ、

三度目の申請に行く気には到底なれなかった。

 とうとう生活費は尽き、住む家を追われ、

全ての生きる希望は絶たれてしまった。

もう野垂れ死ぬしかない。


 でもそうなる前に

橋の欄干から身を投げよう。



 生きる苦しみはもうたくさんだ。

 

 

 

 そんな時、彼に声をかける者がいた。


 後に首相専属教育係兼、

首相官邸スタッフチーム全体のアドバイス係となる

板倉だった。

 板倉は三郎を一時自宅アパートに保護し、

今後の受け入れ先探しに奔走した。



 彼がそんな状況に陥っていた時だった。

 ネット政変が起きたのは。  


   


 三郎のような年金難民はたくさんいる。

 だがそれまで冷酷に見殺しにしてきた

無策な政府は倒れ、

一刻も早い救済措置をとるべく、

新生ネット政府が動きだした。


 でもそれには根拠となる財源が必要。

 まずは緊急対応として

予備費から暫定予算が計上され、

欠陥だらけの年金制度の改善が図られる。

 月5万円台の年金では憲法が謳う

『健康で文化的な生活』を保障したと云えるのか?


 否!


 年金生活者は現役時代、この国の発展に寄与し、

今活躍している責任世代を懸命に育て、

立派に受け継がせて来たではないか!

 だから彼らは

本来ならこの国の功労者として

もっともっとたたえられ、

褒賞されるべきではなかったのか?


 庶民の労苦を肌で知る

有権者たちが主体のネット新政府は、

それまでの国の過ちを認め、

国民に謝罪した。


 新生ネット政府が掲げた方針と目標。

 それは二つの重点取り組み事項であった。


 第一にこの国の宝物として、

次代を担う子供たちの保護育成環境の拡充。


 第二に国の尊い殊勲者として

長年努力を積み上げてきたであろう

低所得年金生活者たちを手厚く保護する。



 それまで不備だらけだった

国民生活インフラ整備の政策に大転換した。




 その方法。

 子供の居る家庭に対し、

貧困の度合いを係員が調査し支援するため、

必要な生活支援を行う専門部署を

各自治体に創設。



 また年金生活者にも所得に応じた支援を行う。


 年金額だけでは不足する人たちの

生活資金の助成だけでなく、

介護、医療などの支援を

きめ細かく実行する仕組みを整え、

ただ生きるためだけの生活支援ではなく、

人生の最後と云える、老後をエンジョイできるような

人間の尊厳を守る政策がとられた。


 ただ、その財源をいつまでも

国の借金に頼る訳にはいかない。

 恒久的財源確保のためには

国が富まなければならない。


 それ故、本編第12話で紹介した通り、


* (参照資料)

ママチャリ総理大臣 ~時給1800円~ 第12話、第13話


 国主導の産業振興が図られ、

シェア40(各産業世界シェア40%を目指す)の掛け声の下

半導体・家電・造船・自動車などの他、

主要各産業の復活と税制改革が平行して行われた。


 その結果日本の産業は復活し、

経団連など国民から搾取の限りを繰り返してきた寄生団体は

急速にその勢いと発言力を失った。





   税制改革の道のり




 それまでこの国の税制は

国民生活の実態に即さない不公平なものだった。


 それも巧妙に段階を追って拡大させ、

目立たぬよう仕組まれていた。


 1974年までの所得税は累進課税方式で最高税率75%、

住民税の最高税率は18%で合計93%だった。

 金持ちはそれだけたくさんの税金を払っていたのだ。

 それが1984年最高税率が引き下げられ所得税70%に、

住民税18%と合わせ88%に引き下げられた。

 更に1987年60%、1989年50%、1999年に37%まで

引き下げられた。

 2015年に45%とUPされたが、

その後住民税が10%に減額されている。


 現在の富裕層の税制は

他の先進諸外国と比べ、そん色ないレベルであるとの

財務省や財界の主張が根拠とされてきた。

 しかしそれならば、

生産利益の分配も公平に成されるべきである。


経営層が経営資源を投入してきたのだから、

当然利益獲得は優先されるべきとの主張は、

1800年代前半の

イギリスなどの劣悪な独占資本主義の発想から

一歩も出ていない。


 今は社会インフラと法的労働契約制度が発達し、

雇用者と労働者は対等であると保障され、

企業活動で得られた利潤の分配も

公平であるべき。

 しかしどれだけ企業が潤っても

労働賃金は据え置かれ、

正社員雇用が抑制され、

地位や立場が不安定な非正規社員ばかりと様変わりした。


 その結果、

1990年のOECD加盟国のGDP指数を100とした場合、

20⒚年の指数は日本のみが98と下回っている。


 国民所得が貧困化し、

儲かる企業だけが莫大な企業内留保を貯め込んでいるのだ。


 富裕層優遇措置が進む一方、

低所得者層は非正規労働者として

劣悪な労働環境に晒され、低賃金に甘んじ、

税金も消費税UPなどで更に追い込まれ、

目も当てられない凋落状態にあった。

 

 バブル当時、

日本人の90%が中流意識を持っていたが、

そんなの嘘・幻だったのかと

思わせるような激変に見舞われた。


 そして年金の低収入構造が意図的に図られ、

老人=低所得者と云うイメージが定着。

 老人とは貧しく、社会から見て

介護や医療など、社会制度のお荷物となり、

厄介な存在と見なされるようになっていた。



 そんな状況になったキッカケがある。


 ある時期からそれまで経済界を牛耳ってきた

各経済団体を構成する有力大企業が

こぞってこけてしまったのだ。

 平成の大不況と中国、韓国の台頭である。


 その状況に長らく苦しめられてきた日本。


 いつまで国民は耐え忍ばなければならないのか?


そこに追い打ちがかけられるように、

コロナウイルスの世界的パンデミックが襲い掛かった。


 飲食業や観光業、芸能文化活動など

幅広い業界が深刻なダメージを負う。


 その結果、社会活動全体が沈殿する。


 そこに登場した新生ネット政府は、

それまで産業を支えてきた技術集団、

町工場、中小企業を国家主導で

マッチングさせ参集させた。

 そうして構成した新たな企業体が

日本復活の原動力となり、

無能・無策な旧勢力に取って代わった。

 その結果、それまでの有力企業だった

経営陣や資本家が政府から勝ち取ってきた

優遇税制などの既得権益は白紙に戻される。


 公平な税負担と

公正な処遇を改革が実現されたのだった。


 ただ、有力資本家の既得権益を

はく奪しただけでは、

彼らの資産は海外に流出してしまう。

 そこで政府はその防止策として

増税(70%に)はするが、

その分、顕彰等の名誉授与を以ってたたえ、

 顕彰碑を政府の名の下に作成、名誉を与えた。

 (新たな経済界用叙勲ポストと考えて良い)

 そして都心の一等地にずらっと銅像ならぬ、

立派な顕彰碑が立ち並んだ様子は壮観であった。


 でもそれでも流出する流れを

完全に止める事が出来ないため、

政府は飴と鞭の政策を執る。

 国外への資本流出を企図する企業に対し、

日本国内での企業活動を大幅に制限する

規制策を施行したのだ。

 (G7,G20での合意を取り付け済み)

 要するに、日本国内で儲けた利益を

みすみす国外へと持ち出させませんよ、

と云う事。


 そうした政策の結果、

国際競争力は大幅に強化され

税収は伸び、その対価として労働環境の改善と

セーフティーネットの拡充を実現させた。

 つまり一部の特権階級のみが

利益を得て来た仕組みを、

公平な分配へと転換し、

今まで報われなかった

真面目に、真摯に仕事に取り組む人々に

光を当てたのだった。


 これらはネット政府だから実現できたこと。

主権と云うより実権を

名も力も無き一般の国民が握らなければ

自分たちの生活環境改善のための施策などに

目は向けられない。


 新井 三郎は

そうした政策の転換によって救われたのだった。






   三郎の娘






 三郎がまだ若い頃、

慎ましくも幸せな家庭を維持出来ていた。

 娘が小学生の時、

夏休みの宿題に童話に登場するキャラクターの

人形を作ることにした。


 でも上手く作れない。


 思い余った娘は父に応援を頼む。


父三郎はそんな可愛い娘の頼みを

無下に断る筈はない。


 二つ返事で娘の人形制作を手伝った。


 その時のモチーフは白雪姫に登場する

7人の小人たち。


 もちろん制作の主役は娘なのだから、

紙粘土のこね方から塗装まで

アドバイスはするが、手直し等、

それ以上の介入は最小限に留めた。


 だが、それでも人形たちの出来栄えは

親の欲目を差し引いても、

素晴らしいと云えた。


 颯爽と学校に提出する娘。

案の定、教室内では大評判だったそうである。



 それを契機に味を占めた娘と父は

時折おとぎ話のキャラクター人形を作っていた。


 それ等思い出の人形は、

成長した娘からは、もう見向きもされない。

 そんな可哀そうな人形たちでも

離婚し、全てを失った三郎にとって

残された唯一の楽しかった思い出として

かけがえのない宝物となった。


 彼はその後、どんなに辛くとも苦しくとも、

何を失っても、

その人形たちだけは手放さず、必死で守った。

 そう、それは彼にとって、

残された段ボールひと箱分だけの

唯一の財産であったのだ。

 





    首相官邸管理人






  三郎が首相専属教育係の板倉に

官邸の管理人を任された時、

腰を抜かさんばかりに驚き、狼狽した。


 だが官邸管理人と言っても、

実質的な実務は何も要求されない。


 官邸の入り口ゲートには

厳重な警備がいるし、官邸の建物内には

防災危機管理センターが存在し、

SP詰所もある。

 実際の管理運営は総てそれらの部署が執り行い、

管理人は只のお飾りなのだ。


 だが、それらの物々しいセキュリティー体制は

来館者への無言の圧力となり、ストレスとなる。

 庶民宰相を謳う首相の執務場所は

庶民から親しまれ、慕われなければならない。


 そうした事情から

人当たりのよさそうな好々爺の三郎が

来館者に笑顔で挨拶する事で

親しみと好印象を与えるための存在として

白羽の矢が立ったのだった。


 官邸での彼の仕事ぶりと評判は

すこぶる良い。

 クシャクシャの笑顔で接し、

不思議と人の心を和ませるのだ。

 七福神の布袋様を連想させるが

そのやせ細った貧相な姿なので、

実は似ても似つかないのに。


 だから出入りするスタッフたちとは

自然に打ち解けた関係ができる。


 早朝、掃除担当のおばちゃん達が

いつものようにガヤガヤと楽し気に

世間話をしながら出勤する。


 「三郎ちゃんおはよう!」

管理人 新井三郎なのに、

管理人さんでも新井さんでもなく、

三郎ちゃんと呼ばれ、砕けた友達関係を築いていた。


 「おや、お春さん、

今日はいつもより華やかな格好だね。

 もしかして仕事終わりにまた

皆でカラオケにでも行くんか?」

「ヤダね、違うよ。

カラオケくらいでこんなオシャレはしないよ。

 今日は孫の慎吾がやってくる日なので、

仕事が終わったら待ち合わせして

一緒にレストランに行くのさ。

 その後、写真屋さんに寄って

七五三用の記念撮影をするんだって。

 だからね、とっときの一張羅を着ていくのさ。」

「そら良かったな~。

今から孫に会えるのが楽しみだね。」

「三郎ちゃんにおすそ分けと云っちゃなんだが、

今日も差し入れのおにぎりあげるね。

 こっちがシャケ、ほら、こっちが梅だよ。

いくら糖尿だからと云って

せめて一日一食くらいはまともな食事を摂らんとね。」

「そいつはありがと。

いつもすまないね。」

「ホントに済まないと思うなら、

今度みんなで行くカラオケに付き合いな。

 サブちゃんはいつもパスするから

皆がっかりしているんだから。」

「へ?今日はワシの呼び名が

三郎ちゃんからサブちゃんに格上げかい?

 それとも格下げかい?

残念だが歌は自信が無いんだよ。

 また今度誘ってくれよ。」

「呼び名が格上げか格下げかは

アンタの心がけ次第だよ。

 それとカラオケなんて、

私ら皆下手同士、

誰もサブちゃんの歌に期待なんかしてないさ。」

「そうかい?

ワシの歌はホントに下手だからね。

 ずっと昔、同僚に誘われ断れず歌ったが、

その歌を聴いた同僚はその晩、

夢に出てうなされたそうだ。

 それでも良かったらね。」

「そうかい・・・。

皆で検討してみるよ。」


(それでも良いとは言わないんだ・・・。)


 三郎はそのような一日を過ごし、

数年にわたり管理人の仕事を全うした。


 そんな彼だから官邸で仕事をする

全てのスタッフに愛された。




 次第に平助やカエデやエリカ、

杉本や田之上たちはもちろん、

警備員やSPの面々などからも

「やあ、サブちゃん」

と気安く声をかけられる存在となった。


 だからカナダサミットの時も

アメリカとの外交交渉の時も、

皆で手に汗握り応援した。

 三郎にとってその時の仲間たちは

かけがえのない存在だった。



 75歳となり、

寄る年波には勝てず、

とうとう退職する日がやってきた。

 すっかり腰が曲がり、

物覚えが悪くなったサブちゃん。


 カエデとエリカから花束を貰い

三郎の一生で一番と思われるような

満面の笑みを浮かべ官邸を去った。



 ウラ寂しい6畳一間のボロアパート。

退職した後も、サブちゃんの部屋には、

官邸メンバーズが様子を見に

ひっきりなしに顔を見せた。

 その都度顔をクシャクシャにして

迎えてくれるサブちゃん。



 ある日平助とカエデが

サブちゃんの部屋のドアをノックしても

返事が無い。


 留守か?


 次の日も、次の日も返事なし。

 さすがに不信に思って

大家さんに言ってドアを開けてもらう。


 するとサブちゃんが布団の上で寝たまま動かない。


 枕元には段ボールから出したと思われる

手作り人形が並べられ、

ラジオカセットが置かれている。


 彼の死顔は天上に向かって

それはそれは幸せそうな表情を浮べていた。


 その状況を見て

平助は三郎の最後が浮かんだ気がした。


 三郎にとって

この人形たちは宝物だったのだろう。

 最後の力を振り絞り枕元に置く。

 人生の最後に大切な宝物に囲まれ、あの世に逝こう。

 


 平助とカエデは三郎の死を確認し、

すぐさま救急車を呼んだ。


(こんな時、呼ぶのは救急車なのか?

 あれ?110番?

 だってサブちゃんはもう明らかに死んでいるし。

 ええい!この緊急時にそんな事で迷っていられない。

 四の五の言わず、救急車を呼ぶのだ!)


 カエデがスマホで119番する間、

平助はサブちゃんの周囲を注意深く観察した、


 そして待つ間、平助は

多分死の間際まで使われていたであろう

使い古された

いかにも安そうなラジオカセットの中身を

確認しようと思った。


 イジェクトボタンを押し、カセットが飛び出す。

そこにはラフマニノフの交響曲第2番と書かれた

ラベルが貼ってある。






 おそらく最後に彼が聴いた曲であろう。


 そう言えばサブちゃんは管理人室で

いつもこの曲を聴いていたっけ。



 そう・・・・

サブちゃんは最後に

娘との思い出の人形と

官邸の温かい仲間たちの思いやりに包まれ

一番好きな曲に送られ、天に召されたのだ。



 うっすらと涙の跡がある。

それは彼の一筋の涙の跡が、

人生を全うした者だけが持つ

生命の厳かな最後を現わしていた。


 平助はテープを巻き戻し

改めて聴いてみる。




ラフマニノフ 交響曲第2番 第3楽章





 幸せとはお金ではない。


 サブちゃんは財産と呼べるものは

何も持っていなかった。

でも大切なものはしっかり離さずにいた。


 それは思い出と思いやりと

素敵な仲間たちとの絆である。


 そこには平助達が目指していた

理想の生き方が確かに存在し、

その生き様を目の当たりにした気がした。




  おわり


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