カエデとエリカ、平助の三つ巴の恋
第6話
平助の所信表明演説の後、
カエデと秘書のエリカの平助に対する
言葉遣いに変化が見られた。
カエデが平助を呼ぶとき
「サルマタヒコ」から「平助君」に戻った、し
エリカは目を見て話すようになった。
また先日は晩御飯のおかずが一品増えたし、
何と!あのカエデが化粧をしている!!
更にふたりとも話すときの物腰が
柔らかくなったような気がする。
今日は官邸での執務の合間、
3時のおやつに『午後3時の紅茶ミルクティー』と
『大正の超特大プリン』が出された。
どうやら私の嗜好を
カエデからエリカに伝えられているらしい。
でも出来れば、せめて紅茶は
ペットボトルのまま無造作にもってくるのではなく、
ティーカップも持ってきてくれると嬉しい。
甲斐甲斐しい物腰で
「プリンと紅茶でございます」
と出しながら言い、ワザワザ
「ホントはお出しするのは
秘書である私の仕事ではありませんが。」
と付け加える。
「あ、ありがとう。」
どういう風の吹き回しだろうと
警戒気味に応える。
「ところで総理、貴方は顔に似合わず
演説が上手いのですね。
私からプラス3点の評価をあげます。」
と云う。
「プラス3点ってなんね?
エリカから3点貰ったら何かいい事があるんか?」
「100点貯めると私から超豪華景品が進呈されます。」
「超豪華景品?
それはなんね?」
「それはまだ秘密です。」
また平助の悪い癖、
大人の妄想にドップリ浸かるような
意味深なエリカ様のお言葉を頂き、
ご満悦な平助であった。
「デヘ、デヘ・・・。」
閣僚会議の間中、
頬の筋肉が緩みっぱなしの平助に
官房長官の田之上が
「何かいい事あった?」
と小声で聞いてくる。
「これからいい事がやって来るんですヨ。
俄然仕事を頑張ろうと気力が湧いてね。」
「え?それって何かあったな?
狡いぞ!ボクも一枚かませて!」
「シッ!皆睨んでいるよ !」
何食わぬ顔で会議を続行する平助。
それ以上話題に触れぬよう、煙にまいた。
しかしその日の夜は居酒屋『はしご酒』で
田之上とSPの角刈りの杉本という
いつものメンバーで次の会議が開催される。
この日の議題は
杉本のヘアースタイルが
何故角刈りなのか?だった。
彼は語る。
「自分が角刈りなのは
尊敬する先輩師匠が角刈りだったから。
その人は凄い人で
伝説の身辺警護人(SP)だったな。
その人はクイーンの専属で、
来日コンサートの度に警護を担当したんだ。
クイーンって知っとるけ?
フレディ・マーキュリーの。
その先輩の仕事ぶりや
所作や考え方にフレディが共感して
チリチリの長髪から同じ髪型にしたって
有名な逸話があるんだ。
そんな先輩だから
自分も憧れてね。
この世界に入ったのも、角刈りなのも
その人の影響なのさ。」
「へえ!」
二人から『へえ』が3回押された。
影響を受け易い平助と田之上は
翌日、髪形を角刈りに変えた。
その顔を見るなり、
カエデが『プッ!』と吹き出し
涙目で笑いながら
「よく似合ってるよ!平助。」
と云った。
何か馬鹿にされてるなぁ。
そんなに似合ってない?
自分じゃかっこ良いつもりなんだけどな。
第7話
遡ること数年前。
202X年は激動の年だった。
あの国で開催された冬季オリンピックは
コロナパンデミックの傷も癒えぬのに
蔓延させた責任も取らず
厚顔を貫き開催が強硬された。
世界的なブーイングのまま幕を閉じ
禍根を残す。
更にあの国は
オリンピックが終了した途端、
台湾と尖閣諸島に突然軍事進攻してきた。
しかしそれは自衛隊、台湾軍、
アメリカ軍の実力阻止に会い、
目的を達せぬまま断念する。
その結末の波紋は大きく、
当然日本との関係は悪化する。
公設ネットアンケートは
その怒りから炎上した。
当然日本は断交を決断、貿易を遮断した。
もちろん経済は大きく混乱したが、
この期に及んで経済的損失や
他からの調達困難資源の問題などで
躊躇してはいられない。
日本は攻撃を受けたのだ。
尖閣侵攻の時は国防に関わる非常時なので
先代内閣は一時政務凍結され、
非常時用に常に待機していた
緊急事態シャドーキャビネット(影の内閣)
が発動された。
侵攻による軍事行動が終息すると
直ちに当時首相職等を担っていた
数代前の内閣が復権。
政務に戻る。
でもこれからが大変。
戦後処理に莫大なエネルギーが費やされた。
頻繁にネットアンケートが開催され、
次々と今後の対応策が発表される。
半導体やディスプレイ製造など
断交により不足した基本産業分野を補うため、
国内産業強化策が策定される。
・町工場復興育成施策。
・派遣労働改正法による
製造業労働者の再正規社員化と
職場環境安定化と産業体質改善策。
・台湾プラスTPPとの更なる連携強化策の推進による
あの国の侵略阻止包囲網の形成。
などが次々と実施された。
そうした歴代の内閣が引き継いだ状況を踏襲した
平助の内閣も多忙を極める。
その後竹藪平助内閣がどうにか軌道にのり始め、
ひと段落ついたところで
外遊話が持ち上がった。
2か月後にはカナダでサミットが開催される。
もちろん主要議題はあの侵略主義国への対処。
平助にそんな交渉の大任を任せるには
あまりに外交経験不足。
それ故まず外遊経験を積ませ
外国人との会話と外交術を体験させる事となった。
それには相応しい国を選定する必要がある。
平助が目指すべき政治スタンスに鑑み、
南米のある国が選ばれた。
その国の元大統領は
世界一の貧乏元首と呼ばれていた。
彼は自らの報酬を
貧しい国民に分け与え、
自分は自らの農場から得る僅かな収入で生計を立て
清貧生活を続けながら政務に邁進した人物。
そんな国に行って
慎ましさと国務に対する誠実さを
学んでこいという訳だった。
彼から学んだ事は
「私たちは多くの富、科学、技術が発展した時代に居るが
『私たちは幸せか?』」との問いかけや、
「周りの人たちと愛情を育む事などに人生を使ってほしい」
と呼びかけだった。
その国は日本と比べると貧しいのかもしれない。
でも日本の国民たちは彼らの国より
幸せに暮らせていると胸を張って言えるのか?
平助は政治が人を幸せにする万能の方策とは思わない。
でも誰もが幸せを掴みとるための機会は
平等にあるべきであり、そのための社会制度は
整備されるべきであると常々思っていた。
彼の国の元大統領は
「幸せとは富や物質に執着する事ではない」
と云った。
大切な事は他にある。
それはそうであろう。
でも平助は思った。
理不尽な貧困は悪であるとも。
不正義な悪が社会に蔓延し
それが原因で人々から希望や
努力しようとする意欲を奪ってはならない。
幸せとは富や物質ではないとしても、
国民の生活意欲が後ろ向きでは
果たして幸せと云えるのか?
お金だけに目を奪われず、
国民が皆、笑顔で暮らせる社会制度を作ろう。
日本に向かう帰路、
エコノミークラスの狭い座席の上で
平助は新たなプランを練っていた。
一月後はサミットに臨む。
外交と内政に心を新たにした平助だった。
そんな平助に
カエデから思わぬプレゼントがあった。
それは高度な翻訳機能がついた
最先端ハンディ通訳機
「喋れる君」だった。
これでサミットの間中、
英語やフランス語、ドイツ語などを
話せないという理由で
メンバーから孤立する懸念は無くなった。
「ありがとう~!カエデ!!」
と喜び勇んで抱き着こうとした平助を
ピシャリ!と平手打ちを喰らわせるカエデであった。
第8話
今日はいつになく、仕事が早く片付いた。
多少季節外れだが、カナダサミットを目前にして
かねてから約束していた
内輪だけの牡蠣鍋パーティーをする事にした。
もちろんそれはサミット壮行会を兼ねてはいたが、
素人外交に大いに不安を残す平助に、
色々レクチャーするためでもあった。
首相官邸の小会議室のテーブルと椅子を
部屋の隅に追いやり、
何処からか用意した炬燵を
2セット並べ真ん中に置く。
今日のメンバーは1のテーブルに
私、平助の他、いつもの田之上官房長官、
角刈りの杉本、外相の井口
(元『いっぱいしゃべれる英語塾』講師)、
2のテーブルにお目付け役の板倉、
財務省主計局長の佐藤のおばちゃん、
更に何故か、呼んでもいないのに
カエデとエリカが紛れ込んでいた。
それぞれのテーブルには
グツグツ煮え立った鍋と
缶ビールやレモン酎ハイやらが
賑やかに並んでいる。
酒も入り、縁もたけなわの頃、
カエデや佐藤のおばちゃんが絡んできた。
カエデ「こら、平助!
最近我々庶民に対する態度がなっていないぞ!
私に対する感謝も足りないし。」
(カエデ・・・、目が座っているぞ!
飲み過ぎじゃないか?)
間髪入れず佐藤のおばちゃんが、
「そうだ、そうだ!!
たまにはスーパー≪激安≫にも顔を出しなさい。
総理になった途端、お高く留まって
買い物もできなくなったのかい?
他のレジ仲間も
最近全然平助の顔を見てないと
苦情の申告があったぞ。」
何だか不満のはけ口の標的が
自分に向いているようだ。
平助はおもむろに
胡坐から正座になり
襟を正した。
そこに調子に乗ったエリカが
臨時の議長を申し出る。
ここからネット政変以前の
国会答弁を真似た
擬似質疑応答が始まった。
エリカ議長「内閣総理大臣 竹藪平助 君」
平助が手をあげる。
「エー、その件に関しましては
内閣官房局と日程の調整等
すり合わせをいたしまして、
国民の皆様のご期待に応えるべく、
鋭意努力する所存でございます。」
佐藤局長「議長!」
エリカ議長「財務省主計局長
佐藤鯖江 君」
「総理は鋭意努力するって毎回言っているけど、
全く進展していないのはどういう訳ですか?
国民はその点に大いなる不満を持っているのです。
今回の総理はキャバクラ
カラオケだのにうつつを抜かし、
国民生活に全く目を向けていないじゃないか?
との疑念をもっている現状を直視すべきでしょう。
ちゃんと責任を取るべきではないですか?」
平助 (あんたは官僚代表だろ?
政府側の人間じゃん!
何で野党側に立った追及してんねん。
腹立つ!)
平助「議長!」
エリカ議長「竹藪平助君」
「え〜、キャバクラやカラオケの件は
私の不徳の致すところとして
誠に遺憾に思っております。
国民の皆様に対し、
謹んで心よりお詫び申し上げます。
目下内閣の閣僚及び、
各省庁の主だった官僚が総力を挙げ、
国民生活の実情の厳しさに鑑みた
政策に取り組むべく、
新たな要望アンケートの策定に
取り組んでいる最中である事を
ご報告申し上げます。」
井口外相「総理!総理!!」
エリカ議長「外務大臣 井口竹蔵 君」
「遺憾に思うって毎回毎回言ってるけど
その新たな要望アンケートって
いつ出来るのかタイムスケジュールを
国民の前で明示すべきでしょ!
大体、総理個人の不徳の件で追及してんのに
何故に要望アンケートが出てくんの?
この、イケズ!」
平助 (外相の井口まで
何でワザと英語訛りで裏切るねん!
しかも何かオネエっぽいし)
以下省略
此処での不毛な答弁は、
一旦切り上げたい。
(はぁ、(*´Д`)・・・)
第9話 サミット(先進国首脳会議)
平助は成田空港に居た。
たくさんのマスコミに囲まれ
意気込みを聞かれる。
平助は神妙な顔で、
「私、竹藪平助は、
一般人の国民代表として恥ずかしくないような
外交を成し遂げる事をここにお約束いたします。」
様々な懸案に対する質問もあったが、
ここも省略。
国際線北ウイング758便の
一般搭乗口から入っていった。
「またエコノミー?
国際線のエコノミーは搭乗時間が長い分、
身体が痛くなるんだよね~、
何とかならないの?」
「ならね。」
冷たく一言にて言い放つ。
最近板倉は私に対し、敬語を使わない。
「チッ!」
心の中で舌打ちした。
飛行機の中では、
覚えなければならない議題や懸案が
たくさんある。
狭い空間で書類を広げて読むのは
疲れるし、窮屈なんだよね〜。
しかし、
せめて最低限の知識を持たなければ
各国の首脳たちに馬鹿にされる。
読んでおかない訳にはいかないし。
日本における国際紛争の
安全保障問題はともかく、
地球環境問題と難民問題は
繊細で微妙な問題であり、
下手な事は決して言えないのだ。
(以前国際環境会議で
二度も日本を名指しで
「化石国」と揶揄した理不尽で
無礼な国際勢力があった。)
3度乗り継ぎ首脳会場の
カナダ南東部、プリンスエドワード島
シャーロットタウン空港に降り立った。
そこは平助にとって
一度は行ってみたかった場所である。
今回は観光ではなく、
国家を背負った重要な仕事で来たのだから
浮かれている場合ではなかったが。
厳しいチェックを終え会場内に入る。
そこでまず、
首脳たちが一堂に会する機会に遭遇した。
平助に緊張が走る。
平助は勿論英語を解せない。
ハンディAI翻訳機『喋れるクン』
だけが頼りである。
でもこの機械、結構優れもので
こんなシチュエーションでも大いに役に立った。
外国語が飛び交う中、
機械が会話を拾ってくれる。
「あ~!解る、解る!
凄いぞ!これ!!
他の首脳たちが何を喋っているのか
瞬時に翻訳されてやんの!!
これは使えるぞ!!
どれどれ・・・。」
まず、近くにいたカナダ首相が
フランス大統領と話す内容にピントを合わせた。
カナダのペンス首相が平助をチラチラ見ながら
「あの日本の首相はさえない顔してるね。
ついこの前までただの一般庶民だし、
多分全然政治の事など分からないだろう。
今回も対日政策交渉はちょろいね。」
フランスのルイ・シャルル大統領も軽く頷く。
「そうだな、今回も地球環境対策の拠出金を
沢山巻き上げてやるさ。」
平助は悔しく、泣きたい気持ちになった。
怒りを押し殺し、二人に近づく。
「やあ、お初にお目にかかります。
今回の会議、どうぞお手柔らかにお願いします。
ところでこの会場となったプリンスエドワード島って
とても良いところですね。
私はすっかり気に入りました。」
翻訳を通した平助の言葉を聞いたペンス首相は、
何食わぬ顔で
「我がカナダの誇るプリンスエドワード島へようこそ!
私達の『アン』も
貴方を歓迎していますよ。」
と応えた。
(フン、この無知な日本人には
この意味が分からないだろうよ)
※ アン:言わずと知れた『赤毛のアン』の舞台。
プリンスエドワード島は世界中からの
観光客でにぎわう、物語の聖地である。
しかし平助は偶然にも、
熱烈な赤毛のアンの愛読者だった。
小学校時代、友達が少なかった平助は
ろくに宿題や勉強もせず、
小学校や児童会館の図書室で
『名探偵シャーロックホームズ』シリーズや
『怪盗ルパン』シリーズ、『海底二万里』、
『アルプスの少女』など、
世界の名作を読み漁っていたのだった。
だからプリンスエドワード島に来るのを
楽しみにしていたのである。
「とても嬉しく思います。
『e』付きのアンだけでなく、
ギルバートやマリラ、
ゴク、マゴクや、シャーロッタ4世、
夢の家やジム・ボイド船長、スーザンベイカーや
美人のレスリー・ムーアに会えるような気がします。
イングルサイド(炉辺荘)のモデルの家って
実在するのでしょうか?
それから私もウォルター兄さんみたいに
アンの娘リラに「リラ・マイ・リラ」
と呼びかけてみたいですね。」
と、平助は目を輝かせて言う。
※ どれも物語に登場する人物や物。
但し、あの有名な赤毛のアン第一話のみではなく、
第10シリーズまで読み込まないと
咄嗟に出てこないセリフである。
ペンス首相は言葉に詰まった。
まさかこの短足のさえない
パンピー(一般ピープル)日本人が
我がカナダの誇るアンの物語について
ここまでの知識があるとは思っていなかったのだ。
(油断した。こいつは迂闊に
侮った態度はとれないかも?)
ペンスもルイ・シャルルも身構えた。
今回のサミットでは一般討議の前、
平助にも演説の機会が与えられた。
平助は日本の政府から託された
政策を一通り披露した後、
自分の言葉でこう締めくくった。
「我が国にも数年前、
国際紛争による戦禍が押し寄せました。
その時の尖閣諸島問題は
一応の解決を見ましたが、
双方の国民に不満はくすぶり続けています。
領土問題は国家の一大事項。
そう簡単に解決できる筈はありません。
もちろん私たち日本の民にとって
彼の国の主張は看過できません。
正当性は我にあります。
その双方の立場を踏まえた上、
彼の国の反発を覚悟で
敢えて私は彼の国の国民に訴えたい。
貴方達に問う!
国の幸せ、
国民ひとりひとりの幸せとは何か?
人を騙し、押しのけ、強引に奪い、
よりたくさんのお金を、
得る事が幸せなのか?
より広い領土を
力ずくで奪う事が幸せなのか?
今一度考えていただきたい。
他人の幸せを踏みにじり不幸にし、
自分の幸せを追求する事が
果たして本当の幸せを得る
結果に繋がるのか?
私はつい最近、
南米のある国を訪問しました。
その国の元大統領は清貧の人でした。
自分の報酬を貧しく困窮した民に施し、
誰もが幸せに暮らせるよう
常に努力を惜しまない
偉大な政治家だと思いました。
彼曰く、
「人生は短い。そして
すぐ目の前を通り過ぎてしまう。
命より高価なものなど存在しない。」
「貧乏な人とは
少ししか物を持たない人ではなく、
無限の欲に溺れ、
いくら得ても満足しない人の事だ。」
「人は物を買うとき、
お金で物を買っているのではない。
そのお金を貯めるための
人生を割いた時間で買っているのだ。」
「私たちは進歩し発展させるために
生まれてきたわけではない。
幸せになるために
この世に生を受けたのだ。」
※ ウルグアイ元大統領 ホセ・ムヒカ氏
『世界で一番貧しい大統領来日「幸せとは」』より
「ご承知の通り、私の国日本でも
そんな理想的な境地に
達しているわけではありません。
自分たちも出来ていないくせに
そんな偉そうに語るな!
と仰りたい気持ちも分かります。
でも、それができなければ、
人類にとって未来は無いのです。
地球環境も難民問題も
解決できない原因は、
人類の強欲にあります。
私たちの国は
政治の実権を国民の手に取り戻しました。
今まで国民主権と云いつつ、
その実権は国民の代表に過ぎないはずの代議員と、
国民の公僕であるはずの官僚が握っておりました。
その実権を彼らから取り戻し、
自ら国権の主権者として間接民主制を取りやめ、
直接民主制を敷いたのです。
もう我々は自分たちの願いから乖離した
政策はとりません。
自らの責任で自ら希求する
理想の政治を実現する力を得たからです。
これからは政策の実行者による
不正を許しません。
今までの政治がはからずも許してきた
弱者の人格と生活権を不当に堕としむ
理不尽な社会の仕組みを許しません。
私は見ての通り
ただの普通の庶民です。
私の国日本国はそんな私のような
何の力も能力も持たない一般人が
首相になり、この壇上に立っても、
こうして一国の代表者として
その責務を全うできる仕組みを
確立する事ができました。
次に私たちがするべきことは
不正と理不尽を正した後、
国民全員が幸せを求め、
獲得できる自由を勝ち取る事です。
それは煩悩や欲望を貪る
鬼畜のような生活を意味するではなく、
自分を高め、他人を尊び、
共に幸せを実現できる社会を
実現してみせる事です。
流した汗の正当な成果を実感し、
幸せを達成できる社会です。
私は彼の国だけではなく、
全世界に向け、
この理念を発信したい。
実現に向け、共に立ち上がる人たちと
手を取りあいたい。
格差も戦争も環境破壊も
解決できるのは人類の英知だけです。
今日私はそのために
この会議に参加しこの壇上に立ちました。
ひとりでも多くの賛同を得られる事を
期待します。
以上。
日本国内閣総理大臣 竹藪平助。
この発言は全世界に流れた。
そして彼の国は当然のように
この発言に対し反発し
炎上した。
余談だが、平助総理は帰国後、
余計な発言で国益を損ねたとの理由で
『お前の母ちゃん出ベソ』
20時間浴びせかけられる刑に処せられた。
時々処刑室から「ギョエ~!!」
との奇声が聞かれた。
可哀そうに・・・。
しかしその後、
彼の国にも冷静に平助の発言を評価し、
自国の人権侵害と閉鎖的、
強権的権力集中主義の政治体制に
批判的な勢力が芽生え始めた。
あの平助でも一国のトップになれるんだ。
彼の国は憲法より党の指導が上位にある。
党の指導って何だ?
ろくな政治もできなかったくせに
党の指導?
国民を馬鹿にするにも程がある!!
見た目さえない平助でも、
彼の国に変革の種を撒くことができたのだった。
第10話 ネット言論統制
数年前の尖閣諸島争奪紛争は、
日本の奪還作戦成功による一応の既決をみた。
しかしその後の処理が捗らず、
未だ平和条約は結ばれていない。
と言っても本来、彼の国とは1978年に
平和友好条約を結んでいたハズなのに
彼の国の突然の尖閣武力侵攻をきっかけとして、
一方的に廃棄された経緯がある。
そんな国との間に新たな条約を結べるほど
信頼関係を構築できるわけがない。
だから双方の国民には
互いの国との平和を訴える機運など全くなく、
国交は断絶したままだった。
そこにきての平助のサミットでの演説は
彼の国に大きな論争を引き起こす。
曰く、あの生意気な小日本を
再び武力で鉄槌を下し、
今度こそ息の根を止めるべきとか、
核ミサイルでもぶち込んでやるべきとか、
かなり感情的で、極端で物騒な意見が台頭した。
当初彼の国のSNSでは
そのような怒りのコメントが
画面を賑わしていたが、
まず彼の国SNS大手の代表格
We〇hat(ウー〇ャット/微信)が、
次にWei〇o(ウェイ〇ー/微博)、
Bai〇u(バイ〇ゥ/百度)のチャンネルで
変化が現れる。
それまでは日本の宰相を
貶める目的の
平助のスナップ写真が多くUPされていた。
即ち、就任当初の軽自動車の前席に、
窮屈そうに大人3人で乗っている写真や、
その後のママチャリで通勤する写真。
更に大衆居酒屋で、他の一般客と
楽し気に乾杯するシーンや、鼻をほじるシーン、
ほろ酔い加減でネクタイのねじり鉢巻きをし、
カラオケを歌うシーンなど。
(如何にも下手で音程を外していそう)
そのうち、(カエデなどの追求を受け)
スーパーで買い物をするスナップ、
商店街の通りかかりのおばちゃんと
満面の笑顔で談笑するシーン、
どこかの小学校の運動会で
借り物競争や障害物競走で疾走するシーン、
運動会に参加したどこかの知らない一家に紛れ、
楽し気に一緒に弁当を頬張るシーンなど、
おおよそ一国家の宰相の日常とは思えない
一般人と変わらない写真が登場した。
多分それらの写真は、
日本国内に潜入した彼の国の
工作員の諜報活動による
スキャンダル盗撮写真の一環が
故意に流出されたものだろう。
しかし、彼らはやり過ぎた。
あまりに屈託のない平助の表情や、
まったく緊張感のない笑顔だらけの
周囲の雰囲気は、無警戒で無防備過ぎる。
更に平助のリラックスし呆けた顔は、
彼の国のネット民を呆れさせた。
翻って彼の国の主はどうか?
どこに行こうにも、
最強の軍管区の屈強な
一個師団の護衛に守られ移動する国家主席。
(少々大げさかな?)
いつも厳つい顔で
権威を保とうとするその姿。
どこもかしこも厳重警戒。
重装備の兵士の立哨と監視カメラ網。
そうしなければテロから
身を守れないくらい
多くの民に憎まれた元首って、
悲しくないか?
言論を極度に統制し、
国中の隅々まで監視し、密告を奨励し、
国の指導に反する者は、
どんな些細な違反でも
容赦なく処罰される。
一例をあげる。
ある女子高生がショッピングの最中、
赤信号を無視して交差点を渡る
街頭監視カメラが写したと思われるシーンが
翌日のニュース等で大々的にテレビ放映去された。
その様子は 各階層から追及され、
その娘はたったそれだけのことで
学校に居られなくなったと云う。
たったそれだけ?
国民は良い行いをしなければならない。
少なくとも公共の場では
道徳的な行動をとるべきである。
信号無視など以ての外。
人間失格の烙印を押されたのだ。
自由を奪われた監視社会。
国民は一刻も油断できない
息がつまる想いの中、暮らしていた。
しかしその反面、
一部の権力者や資本家は
信じられない程の力を持っている。
金と権力でやりたい放題、
この世を謳歌していた。
ことに彼の国が数年前開催した
オリンピック前夜、
有力だった巨大企業『恒〇集団』が
未曾有の巨額負債を残し倒産した時は、
多数の国民が被害を受けた。
それに加え、都市部と田舎の
構造的な経済収入格差。
都市部の戸籍を持つものは
エリートの暮らしが約束され、
農村部の戸籍出身者は
一生劣悪な低賃金労働者の生活に
甘んじなければならない。
『恒〇集団』倒産が招いたバブル崩壊は
貧しい者たちを更なる貧しさに放り投げられた。
一方、特権階級は優遇され
手厚く守られる国家経済体制。
その上、彼の国はひた隠しにしているが、
少数民族に対する差別や弾圧・残虐行為は、
被差別民族の反発、反抗を招いた。
その国に住む多くの国民の不満は
頂点に達していたのだ。
そんな背景もあり
平助の呼びかけはジワリジワリと
ボディブローのように効いてきた。
小日本の宰相、竹藪平助への蔑みが
やがて自国への批判に変質した時、
彼の国の言論監視機関
『中央ネット監視統括処』が動いた。
自国の政治体制批判につながる
コメントは次々に削除され、
ついには日本の政治や
竹藪平助に関するニュースや
情報までも遮断された。
過敏すぎる反応により
完全な政治批判と
言論の封じ込めにより
彼の国の自由は完全に圧殺された。
『天安門』の時のように。
だが彼の国の一般庶民たちは
あの時とは違った。
弾圧はもうたくさんだ!
自由を奪い、国民を家畜のように
力で飼いならす党と政府。
いつまでも思いのままにはさせない。
抵抗。
昔、『造反有理』という言葉を吐き
この国を変えた一派が居たが、
今こそ本当の意味での
『造反有理』を叫び、
立ち上がる時ではないのか?
※ 造反有理
1966年~76年まで続いたクーデター。
社会の仕組みに反抗するのは理由があるとの意。
貧しい農村青年が、試験の答案用紙に
理不尽な社会制度を批判したコメントを残した。
それがクーデター一派に利用され、
スローガンとして国中に広がった。
全国の一般ネットが一斉に動いた。
新技術を駆使し、
削除された抗議のコメントを次々に復活させる。
政府がネットの言論統制システムを行使するなら、
それを掻い潜りシステムを無力化するシステムを
庶民の一般技術者たちの手で開発し、
対抗したのだった。
今や彼の国は日本やアメリカを抜いた
世界一の技術大国を自認している。
皮肉にもその技術は
自らの首を絞める結果にも繋がったのだ。
いくら言論を遮断しても、
自由を圧殺しても、雨後の竹の子のように
政府批判の嵐は止まない。
彼の国4000年の歴史をみると分かるが、
ひとたび王朝や政府への
不満が爆発し反乱が起きると、
手を付けられない程の力を持つ。
そうして歴代の王朝は滅びて来た。
そして気の毒な事に、
国民を指導してきたあの党は
御多分に漏れず瓦解し、
党と政府は断末魔の叫びをあげた。
その後暫く彼の国は
混とんとした勢力争いに終始する事になる。
しかし、一度庶民が手にした自由を
再び失うのはまっぴら御免だ。
名も無きネット民たちが主体的に動いた。
小日本のように
国民が主権を持つ
直接民主制を打ち立ててはどうか?
自分たちの国は自分たちで作る。
とうとう実力者たちではなく、
名も無き庶民が実権を握った。
彼の国でも人口17億の壮大な実験が
始まろうとしている。
第11話 カエデの恋?
カエデはジャ〇ーズに首ったけである。
スマホの待ち受けはもちろん拓哉。
時々スマホを見ながら
平助の顔と見比べる。
そして平助に対し、
顔をしかめ、口をななめに尖らす。
渋い顔。
「おい!何 見比べてんだよ!!
僕の顔に何か文句あっか?」
「別に、何も。」
「何か感じ悪いな。
言いたいことがあるなら云えよ!」
「平助に云ったって
何も変わらないじゃん?
平助が突然白馬の王子様になれる訳も無いし。」
「何を言ってる?
白馬の王子様?
この僕がカエデの白馬の王子様?
何で?
それに内閣総理大臣じゃダメか?」
「時給1800円以下の大臣じゃ、
ボロアパートの引っ越しもできないじゃん?
しかも午前中は時給1030円だし。」
「残念でした。
先月から東京都の最低賃金も引き上げられて、
午前中の時給は1041円に上がったんだぞ!
どうだ!凄いべ⁈」
「フッ!」
「フッ?今、鼻で笑ったな?
この前のサミットの功績で
毎月300円の年金もついたんだぞ!
どんなもんだい!」
「え?あの時の演説は
国益を著しく損なったと
ペナルティを受けたハズじゃ?」
「ところがゴッコイ、
その後あの国に政変が起きた事で、
緊張する国境警備に罹る
費用が削減されたから
一転して手当が出るようになったのさ。
いうなれば僕は
この国を救ったヒーローなのさ。」
「へぇ、何と冴えない顔したヒーローだ事。
テレビで見るヒーローって
もっと颯爽とした姿で、足も長くて
キリリとした顔をしているものよ。」
「へぇ、でもこの前、
カエデったら僕の演説をテレビで見ながら
ウルウルした目で
うっとりした顔してたの知ってるぞ。
デレ~としてたって報告があったぞ
ホントはボクの事好きなくせに。」
「何、自分に都合の良いように
あり得ない事をでっち上げてんのよ!
この嘘つき!!
私が平助を好きになる訳ないじゃん!
勘違いにも程があるわ!!」
「なに顔を真っ赤にしてムキになってる?
何なら試しにチューしてみっか?
とろけるような気持ちになるぞ。
ん?ん?・・・。」
ワザとに顔をカエデに近づける。
思い切り力を込めて突き飛ばし、
「このセクハラスケベオヤジ!!」
明らかに狼狽えるカエデであった。
しかし次の日の昼食用の弁当は
珍しくカエデの手作りで、
蓋を開けるとご飯の上に
「桜でんぶ」が大きなハートマーク状に
ちりばめられていた。
弁当の箱の上に二つ折りのメモが添えられて
「罰として今度の休日に
海にでも連れて行きなさい。
このスケベオヤジ!」
と書かれていた。
にやける平助。
その表情をエリカは見逃さなかった。
第12話 Joker大統領
彼の国のネット政変は
『第二天安門政変』と呼ばれるようになった。
政権が倒れる時。
近平が言った。
『アイヤー!平助のせいで
ワイの政権が倒れてしまったアルヨ。
政権どころか、党も何もかも
失ったアル。
平助は同じ『平』の字がつくのに
極悪非道の男アル。』
自分の非を棚に上げて
日本の庶民出身の平助を
詰る近平であった。
政変後の動乱と
その後のネット民による実質政権奪取は、
日本にとって
軍事脅威の回避を齎した。
尖閣諸島侵攻作戦は、
彼の国が推し進めた右肩上がりの軍拡の末、
実行された軍事行動であった。
軍事力を行使した侵略は、
それを実行するためには
強力な権限を持つ政権である必要がある。
しかしネット民によって
再構築された政権では、
侵略戦争という強力な
軍事行動を統率できない。
その一方で着々と拡張された戦闘能力と
ハイスピードで成し遂げられた技術革新性は
無傷で残り健在である。
また依然彼の国の一般人には
反日勢力が敗戦の腹いせから日増しに増殖し、
ネット庶民政権が落ち着き、
全権を掌握した後は
再び牙を剥きだしにする危険性は残る。
しかし、日本同様、
彼の国もネット政変を成功させ、
全く同じ仕組みとは言えないまでも
直接民主制という同じ根幹の政治形態を
とり始めた国である。
今すぐ一部の極端な考えを持つ者が
実権を持つことはないだろう。
そういった情勢分析と診断をした結果、
一応当面の間は彼の国からの
喫緊の危機は去っただろう。
そういう結論に達した。
しかし同時に
周辺国への影響も増す事となった。
以上、日本国政府が導き出した見解である。
そしてこの時、
彼の国の政変に一番過敏に反応したのが
ロシアであった。
いずれも以前は共産主義を標榜した国であり、
世界各地の犯罪的非民主主義国家や勢力を
積極的に支援し、テロを支持した
悪の巣窟と呼ばれたヤクザ国家である。
しかも両国とも侵略により国土を広げ、
現在進行形で支配した民族に対し、
ジェノサイドを実行している悪魔の国でもある。
また、当然自国民に対しても
締め付けや非道な政策がまかり通っていた。
単なる期成法に則した
ぬるま湯的弾圧に留まらず、
一部の権力者が処断した
暗殺・処刑が当然のように行われる国。
そうした平然と行われた犯罪行為も、
ひとかけらの心を持った人間なら
うしろめたさも感じたろう。
彼の国の独裁政権崩壊は、
次は我が身に降りかかるだろう
災難と感じていた。
要するに同じ穴のムジナの最後を
自分の身に当て嵌めたのだ。
ウクライナ侵略と残虐行為が全世界に発信され続け
ブーイングと戦況悪化が国の統制に緩みを生じさせ、
さすがに一般国民の困窮が長期間続くと
あれだけ高支持率を誇ったプーチン政権にも陰りが出て来た。
来る日も来る日も内外からの暗殺者たちに怯え、
自らの身の安全のみに没頭し、
国民を顧みる事が無くなった。
次第にあれだけ愚かだった国民も
流石に不満を覚えるようになった。
そのロシア国内の風潮の中
まずロシアの有力紙
イズベスチヤ(新聞の意)紙が、
続いてロシア及びウクライナ語で展開された
ノーボエ・ブレーミヤ(曖昧さ回避の意)
(NV:Novoe Vremya)グループの
新聞、雑誌、ニュースサイトが
大々的に特集を組み、取り上げられた。
日を重ねるごとに国民の不満は増長され
政権非難はネットに限らず、
あらゆる手段で暴徒化し手が付けられなくなる。
その結果、
永く続いたプー〇ン独裁政権は崩壊、
彼の国に続いて
ロシアにネット直接民主制を敷いた政権誕生。
国民は「ハラ―ショ!」
と云ったかどうかは知らないが
ロシア提灯をぶら下げ行列を作り行進した。
(どんな提灯?)
・・・・らしい。
その後半島の領有をめぐり争った
クリミア紛争以降、
ロシアと袂を分ったウクライナまで飛び火した。
その辺の顛末はご存じだろうから
これ以上は省略する。
でも戦闘により荒廃したウクライナ国土。
平助はその復興を願い是非視察したいと思った。
その時平助は板倉に、
「今度の外遊はウクライナに行きたい!」
と云った。
あれだけ戦闘による荒廃が
無残に残る情景を目にしたら
誰だってそう思うだろう。
しかし普段の平助の行状から
全くしんようを得られない彼は
「ウクライナには美人が多いそう」
との評判が存在する故、
スケベ根性丸出しとの魂胆を邪推され、
見透かされた。
板倉に一言
「ダメ。」
と云われる。
更に追い打ちをかけるように、エリカが
「今度、もっとカッコいい男が
総理大臣になった時に行ってもらいましょう。
平助じゃ、日本の恥になるから。」
「誰が日本の恥やねん!
日本のアランドロンと呼ばれた
この平助様に向かって
何と不敬な奴!!」
「アランドロンって誰?
今回の発言は
相談役のカエデ様にご報告申し上げます。
悪しからず。」
そう言われて脛に傷持つ平助は、
「へへ~!お代官様、お許しくださいまし。」
全面降伏した。
それはさておき、この一連の国際情勢を
目の当たりにした各国首脳や庶民たち、
この勢いは全世界に及ぶようになるのか?
と誰もが思った。
それ程インパクトのある重大な政変であった。
しかし、そうはならなかった。
確かに直接民主制によって
それぞれの国に於いて、
その影響から数々の制度改善の動きがあった。
だが熟成された議会制民主主義諸国は
議会や国家体制への満足度は高く、
自国への政治の期待度が高いため、
多くの者たちが現状維持を望み、
議会による代議員制度の撤廃若しくは
縮小までの変化は望んでいなかった。
特にアメリカ合衆国や西ヨーロッパ諸国は。
ここにきて平助はことあるごとに
アメリカのJoker大統領と
オンライン接触を図り、
理不尽な不均衡や
不平等条約・制度の改善を訴えたが、
国益第一主義の合衆国大統領には通じなかった。
その名の通り、
バットマンに登場する悪役そっくりな彼は、
いかにも冴えなく貧相な平助に対し、いつも
「ヘイ!平助!!ちゃんと喰ってるか?
アメリカ産牛肉をもっと買って
たくさん喰いなさい。」
と言ってくる。
そして
「あぁ、平助の収入じゃ、
そう易々と買えないか?
可愛そうに・・・。」
「低所得者で悪かったな!!」
ワザと『喋れるクン』を通さず
日本語で答えた。
アメリカの民主主義は
建国時からの国是であり、
議会制民主主義と大統領制の牙城であった。
更に圧倒的な経済力、軍事力を背景にした
白人にありがちな自分本位の覇権主義は、
極めて堅牢である。
特に数年に渡るお祭り騒ぎのような大統領選は
アメリカの風物詩。
見た目超ド派手なJokerは
大統領候補者としては一番目立ち、
最適任者だった。
お祭り騒ぎで日常を忘れさせてくれる大統領選。
アメリカ国民の誰もが
その習慣を手放そうとはしなかった。
そしてそのアメリカ国民。
国民の大多数が頑なに
銃の所持を希望し、
国民皆保険に反対し、
人種差別を止めようとしない。
それらは全て国民に与えられた権利であり、
自由の証であると思っているから。
そうした考えの彼らにとって、
Joker大統領に限らず、
覇権主義、アメリカ第一主義を
標榜するのは当たり前であった。
当然先の大戦の
敗戦国に過ぎない日本に対しても
理不尽な要求をいくつも
平気で突き付けてきている。
それでも平助と日本のネット民たちは
その巨大な力に屈しなかった。
まず手始めに、
創設間もなかった当時のデジタル庁が
進めていた情報管理システム構築から
アメリカの巨大企業、
Googleや他のGAFA等を
締め出すことに成功している。
私たち日本の国民は
国家を構成し根幹である
国民たちの個人情報一切合切
(いっさいがっさい)を
アメリカに売り渡す気などはない。
『アッカン・ベ~!』
自分たちの意思と総意で
決然とアメリカの情報支配を拒否したのだった。
そんな強気に出ることができたのは、
環太平洋経済連携協定(TPP)に於いて
アメリカ脱退後日本が主導権を握り、
数々の困難を乗り切り、創設に成功。
更に連携を強化した次のステージに
移行させたことにより、
アジア太平洋地域のリーダーとしての地位を
強化できたからに他ならない。
その後TPPには新たにインド、
EUを脱退したイギリスを新たに迎え入れ、
名実ともにEUを凌ぐ
一大国際経済連携網が完成している。
更に2022年1月に発効した
RCEP(地域包括的経済連携)
(→日本及び、東南アジア諸国連合、オセアニア
中韓など15カ国で構成される連携協定)
から隣国と彼の国が尖閣紛争後、
その対立を契機に抜けた今、
環太平洋及び、
東南アジアの実質的単独盟主となった日本。
盟主として相応しい国力を再生し、
参加国に後悔させないよう
様々な施策を講じなければならない。
そうした事情からも
斜陽だった国内主要産業の
大幅な立て直しが図られた。
まず、ネット政変後、
国内の政策決定権を握る閣僚・官僚たちから、
国力衰退を招き、
国民所得減退を招いた張本人たち
売国的政策を推進した者を行政の場から追放し、
その元凶となった反日国家からの
留学・交流・技術移転を
禁止する政策へ転換。
国内からの構造的革新技術の流出を阻止した。
また、日本の誇る先端技術保有企業の
部外への情報開示制約強化。
それ等と平行し、庶民への士気高揚策として
国民所得改善施策を発表。
非正規社員の正規化及び、
不必要と判定された
企業内留保の保持に対する規制措置。
具体的には
企業内留保資金を一定限度内レベルに抑え、
その結果生まれた余剰資金を
事業発展に貢献した従業員への
正当報酬の還元義務化と、
逆に事業が上手くいかなかったときの
経営リスクへの保証策として
無謀な投資に該当しない不採算による赤字への
国家補てんの保障。
更に具体的に発表された施策。
『シェア40』
それぞれの分野で国際市場シェアを
40%に引き上げる目標を掲げ、
国家を挙げて達成に寄与する。
例えば、
見る影もない程に落ちぶれた家電産業や
半導体産業を復活させるため、
日本の伝家の宝刀である技術集団、
町工場、中小企業を国家主導で参集させ
新たな企業体を結成。
下請けが同時に元受けとなる
大企業組織化改革。
かつてのSONY、Panasonic、
東芝、シャープ、SANYOに代わる
花形電気加工企業創設に下町企業を活用、
再生・育成させた。
更に日本のお家芸だった
造船などの重工業復活も
素材見直しや
国内最先端技術を結集し、
安価での造船を可能に。
それに国の役割を新たに加え明瞭化。
加盟各国との物流手段に
新造船された輸送船を無償・有償貸出提案。
例えば5隻購入契約を締結した場合、
そのうち1隻は無償、1隻は有償で貸し出すなど。
それら国際競争力を向上させる
様々な施策を講じ、
営業実績の積み上げと、
シェア向上を図った。
それに加え、厳しい国際競争に
なんとか踏み留まってきた
自動車産業を加え、
工業大国復活を成し得た日本。
日本は再び立ち上がった。
太平洋戦争当時、アメリカの奸計から
ほぼ孤立無援の戦いを強いられた日本。
それ以降もアメリカには
数々の煮え湯を飲まされてきた。
でも今は、その太平洋やアジアを舞台にした
連携協定の盟主になることで、
アメリカの不当な圧力を
跳ね返す事ができるまでになったのだ。
アメリカの常套手段
CIAの圧力など、
様々な妨害工作を受けても尚、
日本の民意の力は決して屈しなかった。
何故屈しない?
それはお金(経済)だけに主眼を置かず、
そこに暮らす皆に合った様々な幸福を模索したから。
自分の国民だけでなく、
共感する全ての国の人たちが力を合わせ、
国を超えた幸福の実現を目指したからであった。
平助が総理大臣を務めた日本は、
その時飛躍的な進化と成果を
あげる事ができた。
第13話 社員旅行?
そのご褒美に
平助は休暇を貰った。
かねてからの約束
カエデを海に連れて行く。
ある製茶メーカーが経営する
温泉ホテルグループ
(1泊ひとり8000円、
食べ放題、飲み放題付きプラン)
に予約を入れ、
新宿から無料送迎バスが出発する。
平助はカエデと熱海で一泊し、
江の島海岸で楽しむ計画を立てた。
カエデの水着姿を想像し
思わずひとり口からよだれを垂らす平助。
しかし・・・。
ふたりだけの水入らずの旅行のつもりが、
蓋を開けると送迎用の大型バスは
乗合のはずが何故か貸し切り。
バスの行き先表示には
『首相官邸御一行 様』となっている。
「え?」
平助が約束のバス停に到着すると、
そこには教育係の板倉の他、
いつものメンバー、角刈りの杉本、
田之上官房長官、井口外相、
佐藤鯖江主計局長に
エリカが居る。
その上、官邸職員である嘱託管理人さん、
パートの掃除のおばちゃん、
その他閣僚・閣僚たち。
総勢60人の大所帯だった。
思わずカエデに聞く。
「聞いてるか?」
「聞いてないよぉ~」
ふたりは目を丸くした。
するとエリカが言う。
「おめでとうございます。
平助首相の業績がプラス100点に到達しました。
その目覚ましい業績を私から板倉さんに奏上、
政府の首相雑費から予算を割き
その実績を表彰し、
貢献した全てのスタップを労うため
ここに熱海一泊旅行を敢行いたします。
謹んでお受けください。」
「尚、宴会の後は、
参加メンバー全員で、平助首相の大好きな
夜どおしカラオケ大会も企画されています。
是非お楽しみください。」
満面の笑顔のエリカが言った。
平助が描いていた
カエデとの二人だけの甘い夜は
その瞬間消え去った。
第14話 恋の行方と結束
カエデと平助が顔を見合わせ
ヒソヒソ話をする。
「ねぇ、ちょっと平助!!
どぉ云う事?」
「知らねぇよ。
エリカに格安温泉旅館の予約を頼んだら
どういう訳かこうなったらしい・・・。」
「格安?
あなた、私との初めてのドライブ旅行が
何で一泊なの?
しかも温泉じゃなくて
海にドライブって言ってたのに、
どうして団体旅行の送迎バスなの?
平助はしけたママチャリだけで
車なんて持っていないのは知ってるけど、
レンタカーでも借りて行くと思っていたのに・・・。
しかも格安旅館?日帰りじゃなかったの?
下心見え見えだし、
私と初めて一緒に過ごす時間を
安く上げようだなんて・・・。
このスケベ!!
アンタって最低ね!」
「そんな風に言うなよ。
もしもの時のために
宿泊手段をリザーブしていただけじゃん。
大体ボクの『流星号』を「しけた」って言うな!」
「もしもの時って何よ?
どんな緊急事態が起きる訳?
あんたが何もしなければ
何もおきる訳ないでしょ?」
「それは・・・、ほら、そのぉ、あれだよ。
あれがおきたら・・・」
「あれって何よ?」
そこにエリカがやってきて
話に割り込んできた。
「まあまあ、そこのおふたりさん、
そんなところでヒソヒソ揉めてないで
早くバスに乗りましょう。
皆さんお待ちかねよ。」
バスの窓から掃除のおばちゃんたちが
笑顔で手招きする。
「平助さん、早くおいで!
おにぎり握ってきたから一緒に食べましょ!」
後ろの座席の窓から
「お新香とゆで卵もあるよ!」
いかにもバスの中は騒々しそうだ。
平助はカエデの腕を掴み、
「しゃぁない、乗ろう。」
有無を言わさずカエデを引っ張るようにバスに乗る。
昇降口から2段ほど階段を上り
運転席横からバスの後部を見渡すと、
よく見慣れた面々が既に着座している。
最後部の座席には
田之上官房長官と角刈りの杉本が
もう缶ビール片手に鼻の頭を赤くしていた。
「こっち、こっち!」
杉本が立ち上がり、両手で招く。
途中、空き座席には大きなクーラーボックスが
いくつか鎮座している。
平助は田之上と杉本の間に座り、
カエデはひとつ前の席に着く。
カエデは不機嫌そうな仏頂面で、
「何でこういう事になったの?」と
エリカを問いただす。
「だって平助首相が
熱海の温泉で休養したいって言うから。
どうせなら今まで頑張ってきた仲間たちと
皆一緒の方が楽しいし、
親睦にもなるでしょ?」
「エリカ・・・!」
眉間にしわを寄せ、目を細め斜めから睨みつけ、
「ヤッパリ、エリカの企みね。」
「ヤッパリって・・・。
企みって・・・
人聞きの悪い!
企てって言って。」
「どっちも同じじゃない!
どうやらあなたは私のライバルのようね?」
そこに平助が
「ライバル?何の事?」
「ううん、何でもない」
二人揃って返事をする。
平助は首を傾げながら、
前に座る掃除のおばちゃん軍団から
おにぎりとお新香とゆで卵を貰いご機嫌になる。
席に戻りおにぎりを頬張りながら
星のマークの500ml缶を
プシュ!!と開ける。
「プハ~!」
「ところであのたくさんのクーラーボックスは何?」
「あの中には宴会後の二次会用に
鯖江さんがスーパーの社員割で調達してきた
蟹やらホタテやらアワビ、
刺身が満載されているんです。」
板倉が説明する。
やがてバスが動き出すと
エリカが運転席横まで移動し、
「皆様、
ようこそ首相官邸バス旅行にお越しくださり、
ありがとうございます。
本バスは、ここ新宿を出発後、
一路、熱海温泉観光ホテル
「至極のいざない」まで
直行いたします。
途中、一度だけドライブインにて
トイレタイムを設けますが、
お酒が過ぎますとトイレが近くなりますので
程々にしてくださいますよう、
お願いいたします。」
「それはエライこっちゃ!」
糖尿の官邸管理人さんが言った。
糖尿病患者は糖を含んだ尿を体外に排出するため、
利尿剤を処方される人もいる。
きっといつも柔和な顔をした管理人の新井さんは
トイレが近いのだろう。
飲みかけのワンカップを
カップホールダーに名残惜しそうに収めた。
それにしてもエリカって
銀座のホステスをやる前は
バスガイドだったのか?
そう思わせるほど、上手な案内だ。
途中、エリカのバスガイド並みに上手な歌で
「東京のバスガール」を聴かされ、
エッ?カエデって
こんなに艶っぽい歌い方が出来たっけ?
また少し惚れ直した平助。
それにしてもこの二人って歳はいくつやねん?
歌う歌が古すぎる!
恐るべし!
カエデとエリカ!!
「平ちゃん、口からよだれが出てるぞ!」
杉本が指摘し、
田之上が「カッ、カッ、カッ!!」と笑う。
「そこの角刈り三兄弟!
(平助も田之上も杉本も
フレディ・マーキュリーの身辺警護人に習って
角刈りを続けている。)
そこだけ盛り上がってんじゃないわよ!
私も交えなさい!」
井口おねェが嫉妬するように言い放つ。
かくしてバスの中の宴会は終点まで続く。
途中、平助は板倉に問う。
「この社員旅行(?)の費用はどうしたの?」
「官邸に勤務した月から徴収している『官邸互助会費』
500円を積み立て、
不足分は政策成功報酬特別手当から士気高揚交際費として
支出しています。
だからご心配なく。
後で給料から差し引くなんていいませんから。」
「あ、そう。
あの鯖江女史が持ち込んだ蟹も、
その費用から出てるの?」
「そうです。
格安の割引価格だったので
その分節約できました。」
それを聞いて平助は少し安心したのか、
今夜はとことん楽しもうと決心した。
もちろんその夜は
乱れに乱れるほど、
盛り上がった宴会とカラオケ大会になった。
次の日の朝、
二日酔いの平助、田之上、杉本の
角刈り三兄弟に加え、井口おねぇが一緒になり
朝の露天風呂に浸かる光景があった。
それは何故か顔を真っ赤にし、
一列に浸かる温泉サルたちのようにも見えた。
ああ、朝日がきれい。
この世に生まれてきて良かった。
素直にそう思える平助達であった。