7話 さようなら。はじめまして。
彼女のその涙は、夕焼けに照らされて赤く燃えていた。
「どうして泣いているの?」
単純な疑問を口に出してしまった。
泣いている女の子を前にして、その発言はないだろ。と数秒前の僕を叱ってやりたい気持ちになった。
「これは…色々な事を思い出してしまった涙なのです。」
彼女は、そうあっさりと答えた。
まるで、何度もその記憶をなくしているかのように…
「罪の涙なのです。その罪を犯してでも、叶えたい夢があった。その涙なのです。」
彼女は、涙目でそう話す。
何を言っているのかさっぱりわからない。でも、彼女が辛い思いをしているということはわかった。
僕の彼女に対する第一印象は、「綺麗な声で、とても変わった人」になった。
彼女は、僕を試すかのように涙声で質問をした。
「あなたには、今夢がありますか?」
突拍子も無いその質問に、僕の頭は少し混乱する。
しかし、頭が元から空っぽの僕は、すぐに頭の中を整理した。
「夢か、そうだな。公務員にでもなろうかなって漠然と考えているよ。」
普通に生きて、普通に死ぬんなら安定した職業が良いだろうと、安直な考えだ。
自分でもつまらない人間だと思ってる。
きっと彼女は、不満そうな顔で「つまらない人。」って、そう言うんだろうな。
しかし、彼女の答えは、そうでは無かった。
「何をおっしゃっているのですか?私がお聞きしたいのは、将来就きたい職業ではなく、夢をお聞きしているのです。」
ますます、僕は彼女のことがわからなくなった。
これは、僕の頭が堅いから理解ができていないだけなのだろうか?
「夢というのは、自分が生涯をかけて成し遂げたい。叶えたい理想の事だと考えています。
あなたは、生涯をかけて公務員になりたいのですか?」
その答えを聞いて僕は、ハッとした。
この人は、「洗脳」されていないんだ。
大人は、子供に対して、夢を持てと言う。
そのくせ、大人は子供に対して、現実を突きつけるんだ。
「そんなものになれるわけがない。もっと現実を見ろ。」
というふうに。
夢に見た、スーパーヒーローも合体ロボも特殊な力も現実には存在しない。
テレビで見た芸能人だって、スポーツ選手だって普通の人にはなれない。
そして、成長して知っていくんだ。
僕たちは、《普通の人間》になるしかない。という事を。
そして、同じような事を自分の子供にもするんだ。
こうして世界は回っていく。
いつだって、夢を語るのは子供で夢を壊すのは大人なんだ。
誰もが誰かの特別な人になりたいのに。
でも、この人は違う。
きっとこの人は、自分の世界を持っているんだ。
誰かに、馬鹿にされても気にせず、それでも夢を見続けているんだ。
夢の本質を知っているからだ。
僕は、知りたくなってしまった。彼女の夢を。
彼女の理想を。
「もしかして、あなたには、夢がないのですか?」
彼女が詰め寄る。
僕は、頷くことしかできなかった。
普通に生きて普通に死ぬ。
そんな事しか、考えていなかった人間に、生涯をかけて成し遂げたいことなんてあるわけが無い。
確かに、普通に生きる事。これを夢として語ることもできたであろうが、これを夢にする事は、彼女に失礼だとそう感じてしまった。
彼女は、僕の答えを聞くと少し悲しそうな顔をした。
少しの沈黙が、時間の流れを変える。
何か、話さなければと、僕の口が咄嗟に開く。
「君には、夢があるの?」と。
彼女は、少し考えた後にこう口にした。
「あります。この夢を叶えたら死んでも良いと思っています。ただ、この夢をあなたに伝える事は、今は出来ません。」
物凄く冷たい口調で言われた気がする。
叶ったら死んでもいい?そんな覚悟のある夢を持つ人間が、この世界に存在していたんだと驚いてしまった。
僕の身の回りには、夢を語る人間がいないから…
そして、次の彼女の言葉で僕は完全に彼女に惚れてしまうことになる。
「やはり、貴方の目はお綺麗ですね。」
また、突拍子の無い事を。
こんな、夢も希望もない人間の目のどこが綺麗なんだ。
そう突っ込みたくなる気持ちを押さえて、僕の口がまたもや勝手に動いてしまう。
「そんな…君の声も綺麗だよ」と。
人生で、こんな台詞吐いた事16年間で一度もない。
穴があったら入りたい。
誰か俺を屋上から突き落として殺してくれ。
そんな気持ちになった。
恥ずかしさで、下を向いた僕の目は、恐る恐る彼女の顔をとらえる。
僕の目に映ったのは、優しい目から流れ、頬を伝っていく一つの細い涙であった。
不味い事を言ってしまった。という気持ちはなかった。
なぜなら、彼女は笑顔だったからだ。
それにしても、この人はよく泣く人だ。
そういえば、と彼女は話始める。
「申し遅れました。私は、1年A組の浜辺すみれです。貴方のお名前をお聞きしたいです。」
ここで、まさかの自己紹介か!
この人は、話したいことだけを話している気がしてきた。
「よ、陽太。1年B組の鈴木陽太です!」
少し焦りながら名前を教える。
「出会った時から、気になってたけど、同い年なのでタメ口で結構です!」
敬語で伝える。なぜか、相当僕は焦っているらしい。
「わかったわ!」
最高の笑顔で彼女はそう答えた。
花が咲いたかのような綺麗な笑顔だ。
夕暮れの太陽が遠い山の影に隠れる。
風が空に囁いて、暑さを避けていた月が顔を出し始め、1日の終わりを示す。
この瞬間だけは、暑さも、風の寒さも感じなかった。
今日は特別な日だ。
好きな人の最高の笑顔を見れた日だから。
僕は、幸せというものを少しは知ることができたのだろうか…