5話 青楽部の結成
職員室の扉を3回ノックし、扉を開く。
放課後ということもあってか、中にいたのは数人の大人たちだけであった。
他の先生たちは、部活とかで忙しいんだろうな。
そんなことを考えながら、担任である設楽先生を訪ねる。
「先生、約束通り反省文を書きにきました。でも、50枚は流石に書けないので、せめて3枚にしてくれませんか?」
自分でもあつかましいとは思っている。
でも、50枚は無理だ。書いているうちに、話が逸れて異世界転生もののラノベを書きかねない。
「あ〜、その件ね。どうせ、あの2人にハメられたんでしょ?
私、あの2人とは古い付き合いだから、分かるのよ。」
僕は、驚いた表情を見せた。
あの2人と、この先生が古い付き合いだって⁈
なんで、あいつらは僕に教えなかったんだ!
「おや?その顔は知らなかった。って顔をしているね?
私の親と、彼らの親が知り合いなんだよ。
それで、昔はよく遊んでたってわけ。」
知らなかった。
翔太郎はともかく、ゆりとは幼なじみだが、友達に関しての話はあんまりしなかったからか…
待てよ…そうなると、1つ知っておきたいことがある。
「先生って、今何さ…」
「50枚じゃなくて、3000枚にしようかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は間髪入れずに切り返す。
「初めて会った時は、女子大生かと思いました。先生って、めちゃくちゃに美人ですね。」
自分でもこの反応速度には驚いた。
今なら、あの恐ろしく早い手刀でも見切ってしまうだろう。
先生は少し満足気な顔をした後、真面目な顔でこう答えた。
「教室の中だと、そうするしかなかったのよ。
生徒に馬鹿にされてるのに、なんのお咎めも無しじゃあ示しがつかないでしょ?」
確かにそうだ。
先生が、生徒にあんなに馬鹿にされてるのに、何のお咎めも無しでは、その雰囲気が蔓延してしまう恐れがある。
「だから、ごめんね。謝るわ。」
大人の女の人のこんなに優しい笑顔を、僕は見たことがなかった。
なんだか、暖かな気持ちになった。
いや、恋したわけではないよ?
僕の身の回りに、大人の女の人がいなかっただけさ。
それより、と先生は話を続けた。
「部活を作るんですってね。顧問の先生は決まっているのかしら?」
それは、あいつらが勝手に言っていることだ。
と、言っても良かったが、僕は朝、先生が言っていたことを思い出した。
(全校生徒は、部活に所属することになります。)
まあ、どこの奴が作ったかもしれない部活に入るよりかは、仲間内で部活を作って、自由で気ままな高校生活を送ってやろうじゃないか。
という訳で話を合わせておこう。
「はい!あの3人で部活を作る予定です。」
「なら、顧問は私がやってあげるわ。部活を作る上で一番の難関は、顧問探しだから。」
僕は、ラッキーだったのかもしれない。
知らない先生に顧問をお願いするより、知っている先生が自ら顧問になると言っているのだから。
しかも、この先生であれば、あの2人の知り合いでもあるし、翔太郎の暴走の抑止力になるかもしれないしな。
「わかりました。では、申請書に先生の名前を書いて出しておきますね!」
後は、この事をあの2人に知らせて帰るか…
と、思っていた矢先、後ろから聞き覚えのある声がした。
「え〜っと、顧問は設楽先生っと。」
廊下の壁を机代わりにし、翔太郎が申請書を書いていた。
「お前、いつの間にそこにいたんだよ…」
「え?鈴木が先生に反省文の枚数の交渉をしてたところからだけど?」
最初っからじゃあねえか!
まあ、いい、これで余計な手間を掛けずにすぐ帰れるしな。
「部活名は、青春を楽しむ部と書いて、青楽部!」
「よし、これにしよう!」
そう言うと、翔太郎はその紙を僕に手渡した。
(ダサくね?)
と、内心そう思ったが、部室でダラダラと過ごすだけになるだろうし、それでよしとした。
「それじゃあ、それ渡してこい!」
やっぱり、面倒ごとは部長になってしまった僕の仕事なのか…
いや、待てよ?
「お前の兄さん生徒会長だろ?家で渡せば良いじゃねえか!」
素晴らしいアイデアだと思った。
「いや、それはできない。」
翔太郎がバッサリと切り捨てる。
僕は、不思議に思いつつ理由を尋ねる。
「なんで?2人は一緒に暮らしてるんだろ?」
「そうだけど、僕と兄はあまり仲が良くないんだ。
だから、家でも余り喋らない。」
翔太郎の目は、珍しく、花が散ってしまったかのような目をしていた。
「そうか、なら仕方ないな。紙、出してくるから先帰っていてくれ。後で追いつく。」
あいつのあんな目は、久しぶりに見たな。
本当にイヤだったんだな。
そんな事を思いながら、僕は足早に生徒会室へと向かった。
そして、まさか、あの人に再び会うことになるなんて。
運命の歯車は、加速する。
この世界が、現実ではなくなる世界になるまで。
そんなに長い時間は掛からなかった。