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3話 メトロノーム

 鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から細い光が差し込む。

 僕の朝はこの小さい部屋から始まる。

 最低限の生活品、傷だらけの勉強机。

 少し暖かい空気を感じながら、ぐしゃぐしゃになったベッドから起き上がる。

 僕は今、この古いアパートで父親と二人暮らしだ。


 いや、正しくは一人かもしれない。

 

 母親は僕が小さい頃に死んだ。


 その後に、父親は心を壊し、酒に溺れ、引きこもりの生活を送っている。

 父親の部屋は、酒瓶が転がり、食べかけのカップ麺とパンが散乱している。

 いつしか、大きく見えていた父親の背中も、今となっては見る影すらない。


 いつまで昔のことを引きずっているのだろうか。

 子供かよ…

 そんな視線を浴びせながら、父の部屋の戸を閉め、台所へ向かった。


 僕から見れば、この人は“生きている”と言うよりかは、何かに“生かされている”という表現の方が正しいように感じる。


 そんな父親が僕は嫌いだ。


 この家は、あの日から時が止まったままみたいだ。


 誰もいない音楽室で動いているメトロノームのように、僕だけが生きている。


 この家を見ていると、あの時の光景が目に浮かぶ。


 忘れたくとも忘れることのできない、あの時の光景をー


 僕は朝食を済ませ、家を出て学校へと歩く。


 あの日から…気になるあの人と会った日から、一週間が経った。


 クラスでは、徐々にグループができ始めていた。

 友達と会話をする人、机の上で寝たフリをする人、読書をする人、様々だ。

 

 僕は、あの二人としかつるんでいない。


 翔太郎がくれたスタンプラリーは未だに鞄の中だ。


 騒ついている教室に、水を刺すようにチャイムが鳴ると同時に、口紅を真っ赤に染めた担任が入ってくる。


 この学校の方針として、“自由と個性”が盛り込まれているからなのか、教室を見渡すと茶髪や金髪など本当に自分の個性をさらけ出している人が多い。


 担任である設楽先生は、その個性と自由を見渡すと、


 「今日も欠席は1人か。」


 と、ため息混じりに声を吐き出す。


 俺の左隣の生徒は、初日にしか学校に来ていない。


 正直顔もあまり覚えてはいない。


 先生は黒縁のメガネを直しながら話し始めた。


 「今日で、学校が始まって一週間だ。この学校の規則として、全生徒には部活動に入ってもらう。」


 「今月中には、どの部活に属するか決めておくように。以上だ。」


 恐ろしく短い朝礼を済ませると、先生は足早にその場をさっていった。


 「部活か…」


 少し嫌なことを思い出した後、


 「鈴木はどの部活に入るんだ⁈」


 翔太郎が目を輝かせて話かけてくる。


 少し間を開けて、作り笑顔でこう返す。


 「まだ、決めて無いかな。」


 その答えを聞くと翔太郎は、少しまずいことを聞いたような顔をした。


 「そっか…まあ、あんな事があればね…」


 「まあ、それもあるけど、単純にやりたい事がないんだよね」


 「翔太郎はサッカー部か?」

 

 「いや、サッカーは中学までって決めてたから!

色々なことに挑戦したいんだ!」


 少し意外だった。サッカーをしていた彼は、ものすごく楽しそうにしていたから、結局高校でも続けるものだと思っていた。


 「挑戦ねえ」


 少しニヤついた表情でゆりが現れる。


 「挑戦っていうことなら、自分で部活を作ればいいじゃない!」


 「生徒会に書類を提出すれば新しく部活を作る事ができるわよ!」


 翔太郎の目が輝きはじめてきた。


 僕は心の中で、やめてくれ、それ以上会話を続けるなゆり!とそう願っていた。


 「この学校の校風は、自由と個性!それによって、色々な部活動が存在するの。だから、新しく部活を作ることも難しくは無いと思うわ!」

 

 翔太郎の鼻息が僕の左頬を撫でる。


 「鈴木!やるしかない!」


 窓から差し込む光が翔太郎をより一層輝かせる。


 こうなってしまっては、この男は止まることを知らない。


 まるで、ブレーキのない新幹線のように。


 しかし、意外にもゆりのこの発言によって運命の歯車が動き出す。


 僕の常識の全てが、考えが、音を立てて崩れていくのは、そう遠い未来の話ではなかったー

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