25話 サヨナラの夜に
僕達は散り散りになり逃げようとした。
だが、相手は狼男だ。それに対し、僕達はただの人間。
到底、脚の速さにかなうわけもなくすぐに追いつかれてしまった。
狼男の標的は…そう。
まだ幼い子供である莉里だ。
狼男になってしまえば、家族のことも分からなくなってしまうのか!
「正気に戻れ!幸太郎!」
何度呼びかけても彼は意識を取り戻すことはない。
莉里も声が枯れる勢いで、泣きながら幸太郎に呼びかけている。
気がついてあげてくれ!頼む!
このままだと…一生後悔することになるぞ!
恐怖に支配されて、足が動かない…
生まれてこのかた、命の危険に遭ったことなんてなかった。
足がぶっ壊れても良い。頼む!動いてくれ‼︎
そう願っているうちに、狼男の手が莉里の首元まで迫った。
「止まって!」
遠くの方で声がする。女の人の声だ。
ふと、目をやるとこちらへ向かって走ってくる。
幸太郎の母親だろうか。
恐らく、院長から連絡があり駆けつけて来たのだろう。
靴は酷く汚れており、スーツは酷く疲れていた。
止まったままの、獣の右腕が徐々に人の手になっていく。
最後にその姿は、僕達のよく知る幸太郎の姿になった。頬に涙を浮かべて…
「今まで、ずっと黙っていてごめんなさい。」
「違うんだ。人を殺したのは、俺の意思なんだ。
人を食べると楽になれた。俺はまだ人間でいられるんだって安心できたんだ。」
黒い空に背を向け、孝太郎は膝から崩れ落ちた。
「何度も、時が戻ればだなんて、思いながら…明日になるな。って願いながら生きてきた。
おはようと人に言うのも嫌になっていた。
誰にも打ち明けられず、一人でこのまま抱えて死ぬのかと思ってた…」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい…
例え、嘘で固められた世界でも、あなたには生きてて欲しかったの…幸せに生きて欲しかった。
人との繋がりを持って欲しかったの。」
人を殺すことで得られる幸せか。
果たして、それは本当の意味で幸せになれるのだろうか…
「母さんは悪くない。ずっと、この世界を憎んで生きてきた。どうして、俺だけ?どうして何だよ、ってね。
でもね、気がついたんだ…壊れていたのは世界ではなく、俺の方なんだ。
俺にはもう、幸せになる権利なんか無いんだよ」
足を伸ばして座っていた莉里がスッと立ち上がる。
「私は知ってたよ。でもね、お兄ちゃん本当は優しいこと知ってる。
だって…お兄ちゃんは…いつも、私の事考えてくれたから…」
この少女は、暗い世界でどれ程の我慢をして生きてきたのだろう。
自分の兄が人殺しかもしれない。
相談する相手もいない。
だが、その兄は何よりも自分のことを優先してくれる…
そして、恐らく、この少女も兄のことが大好きなのだろう。
「ごめんね。莉里。もう、君の幸せを願っていたあの頃には、戻れないんだ。」
「知ってるよ。どうにもならなかったことも…
でもね、嫌いになんてなれなかったよ…」
ついに少女は泣き出してしまった。
大粒の涙を頬から垂れ流し、この暗い世界へと落としていった。
少女の泣き声は、暗いこの世界を照らしてくれる光のようだった。
まるで、真昼のようなその歌声は明けない夜は無いことを教えてくれているような、そんな気がした。
孝太郎はその指で少女の頬をつたう涙を拭う。
「ありがとう。莉里。俺なんかのために泣いてくれて。君は本当に、優しい子だ。」
彼は優しい表情を浮かべながらも、瞳から涙をこぼしていた。
「莉里。俺は家族のことを大切に思っている。莉里はどうだい?」
「私もよ。」
幸太郎は優しくうなづいた。
「そうだね。それじゃあ、今から俺が言うことも理解できるね。」
母親の表情が暗くなる。
莉里はまだ、幸太郎がなにを言いたいのか分かっていない様子だった。
「俺はね。遠くにいかなくてはならないんだ。
多くの人を傷付けてしまったから、罪を償わなくてはならない。
だから、家族を守るためにもお兄ちゃんは、2人の元を離れなくちゃいけないんだ。」
莉里は泣くだろう。そう思って見ていたが、以外と大人であった。
泣くこともなく、彼の意思を尊重するかのように、黙って話を聞いている。
その瞳は真っ直ぐに彼の眼を見つめていた。




