21話 暖かさ
「ねえ、お兄ちゃん。夕飯は何を作るの?」
無邪気な声が夕焼けの空に光る。
それを聞くと、兄の飯竹は少し考える素振りを見せた後、笑顔でこう答えた。
「じゃあ、今日は莉里の好きなハンバーグにしようか。」
その単語を聞いた瞬間。莉里は飛び跳ねて喜んでいた。
そうか、家族って普通はこんな会話をするんだよな……
いつの間にか自分の家族と重ねて2人を見てしまっていた。
父親とは、最近全く話していない。
あの日以来、自分の部屋からは殆ど出てこないし……
聞きたいことは一つだけあるのだが、それを聞いてしまえば、さらに父親のことが嫌いになってしまうような気がしていた。
街灯に照らされた横断歩道に差し掛かる。
「なあ、この後、一緒に夕飯でもどうだ?」
飯竹が口角を上げながら聞いてきた。
今日、初めて会話をした人に食事を誘われたのは初めてのことだった。
正直、少し驚いたが、飯竹のことをよく知るチャンスをここで逃すわけにはいかない。
「いいのか?それじゃあ、お世話になろうかな。」
「実はさ、俺の家、父親がいなくてさ、母さんが毎日働いてるんだけど、2人だけだと莉里が寂しそうなんだよ。だから助かるよ。」
彼のその優しそうな表情からは、先程の病院での行動をとっていた人間と同一人物だとは信じられない。
何故、あんなにも院長に執着するのだろうか。
「……鈴木?」
少し黙りこくってしまった僕に飯竹が心配そうに話しかける。
「あっ。すまん。俺と同じだな〜って思ってたんだ。実は俺も父親しか家族がいなくて。」
そうだったのかという表情を見せる。
何故だか、僕と飯竹は似たもの同士のように思えた。
たった1人の家族の違いで、ここまでの家族の絆に差が出来てしまうのかと。
僕は、家族のことを好きになったことがない。
母親の愛を知ることができれば、家族のことを好きになれるのだろうか……
暫く歩くと、赤い色の屋根をした一軒家に着いた。
どうやら二階建ての構造で、外には庭がある。
なんて事ない普通の家だ。
「鈴木さん。上がってください!」
そう言いながら、莉里はスリッパを差し出す。
こんなに小さな子なのに本当にしっかりしている。
どこかの真庭という奴とは違ってな。
「それじゃあ、料理を始めるぞ!」
腕まくりをしながら、飯竹が牛肉のパックを開けようとする。
その様子を見ていた、莉里は、咄嗟に牛肉を取り上げた。
「お兄ちゃん!先ずは手洗いうがいをしてきなさい!」
本当にしっかりした妹だ。
うちの家にも、一台欲しい。
「本当にしっかりした妹だな」
僕がそういうと、彼は少し悲しそうな顔をしていた。
「ああ、本当にしっかりしすぎて困るぐらいだよ。しかも、お客さんが来てるから、いつもより張り切っているみたいだ。」
なるほど、コレは大した妹さんだ。
そんなこんなでハンバーグが出来上がった。
途中からお手伝いとして僕も参加したが、めちゃくちゃ叱られた。
人の妹に……
恐らく、僕が今まで出会った人の中で一番しっかりしてると思う。
木でできたテーブルに、3つのハンバーグが並べられる。
その良い香りと、家族という暖かな風が僕の体に染み渡ってくる。
こんな気持ちは、何年ぶりだろうか……
そうだ。祖母の家で、父と祖父の4人でご飯を食べた時以来だ。
あの時は、家族とは、こういう暖かさなんだと初めて知った日でもあった。
「いただきます。」
食材に感謝を込める。
この世は弱肉強食だ。
弱いものは淘汰され、強いものだけがその利権を得る。
人は1人では何も出来ないが、集まれば肉を毎日食べる事だって出来るのだ。
そんなことよりも、この肉うまいな。
いつも家で食べてる肉と変わらないと思うんだけど……
うん。やはりわからん。
恐らく、お客さんが来たからと良い肉を使ってくれたのだろうか。
そういうことにしておこう。
飯竹の家で夕食を終えた僕は、帰りの支度をしていた。
「また遊びにきてね!」
すごく良い笑顔だ。癒される。
僕も妹が欲しくなってしまった。
待てよ?誘拐すれば……
いや、馬鹿なことは考えるな。
飯竹に殺される。
「今日はありがとう。色々付き合わせて悪かったな。」
「全然。こっちこそ夕飯ご馳走になったし、ありがとう。また、遊びに来るよ。」
そう言うと、飯竹は笑顔で答えてくれた。
帰路の途中。何かを思い出す。
そういえば!
今日なんの成果もあげてねえ!
ただ、仲良しになって一緒に飯、食っただけじゃねえか!
明日、翔太郎達になんて言おう……
必死に言い訳を考えながら、すっかり暗くなってしまった街をゆっくり歩いた。
ガチャ。ガチャ。
食器を片付ける音が部屋に響く。
「ねえ、お兄ちゃん。今夜はどこか出かけるの?」
その小さな少女は、寂しげな表情を浮かべていた。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんは何処へも行かないから。いつも夜は一緒に居ただろ?」
手を拭き、優しい表情を浮かべる。
彼の手は、洗剤を毎日扱っているからか、酷く荒れていた。
「でも、この前、私1人で夜お留守番してたよ?」
「何を言ってるんだ。夜はいつも一緒に居ただろ。」
きっと、妹は寝た後、俺が部屋を出たからそんなことを言ってるんだろうな。
今日は同じベッドで寝てやるか……
「ごめんね。遅くなって。」
どうやら、母さんが帰ってきたみたいだ。
ただいまを言わず。いつも最初の一言に謝りを入れてくる。
「お母さん。今夜はハンバーグにしたから食べて。」
帰り道にスーパーで買ってきたであろう、食材を冷蔵庫に入れながらそう話す。
「いつもありがとう。本当に助かるわ。」
「良いんだよ。たまには、お母さんを休ませないとね。」
この家族は、俺が守ると決めたんだ。
5年前のあの時……あの日の自分自身と約束をしたんだ。
この命は、家族のために使うんだ。




