20話 嵐の前の静けさよ
さて、そんなこんなで僕は今、飯竹をストーカーしている。
いや、正しくは正体を暴こうとしている。
翔太郎の見立てによれば、狼男の鋭い嗅覚や抜群の運動神経が使えるのは、狼男に返信している間であるとの見解だ。
ゆえに、このストーカーはバレる可能性が低い!
「あれ?そんなところで何してるの?」
制服を少し着崩し、気怠そうな表情の飯竹が話しかけてきた。
「確か、おんなじクラスの鈴木君だよね?」
こうして、僕のストーカーミッションは終わりを告げたのだった。
ここは町外れの少し開けた小さな商店街。
隠れられる隙も逃げ込める裏路地も無い。
ここは大人しく、話を合わせることにした。
「いや〜、実はさ、この先の病院におばあちゃんが入院しててさ、今日はお見舞いに来たんだよね!」
僕のおばぁちゃんが入院しているのは本当だ。
でも、こんな形でおばあちゃんを使ってごめん!
少しばかりの罪悪感が、僕の胸を突く。
飯竹は、さっきまでの怠そうな表情から一変し、同族を見つけて喜んだような顔をした。
「そうだったのか!いや〜、実は俺もあの病院でお世話になったことがあってさ!
今日はそのお礼に院長に会いに来たってわけよ」
話を合わせようとは思ったが、目的まで合ってしまうとは……
「丁度いいじゃねえか!一緒に行こうぜ!お前とも仲良くなりたいしな!」
飯竹は、僕の小さくなった背中を叩きながら歩き始めた。
病院につき、受付の前に来ると、さっきまでの態度とは一変し礼儀正しい人のふりをしていた。
いや、もしかしたら、コッチが本性なのだろうか。
「お久しぶりです。咲さん。院長はいらっしゃいますか?どうしてもお礼がしたくて。」
受付の看護師は、飯竹と目が合うとまたか、と言う表情を見せた。
どうやら、飯竹は何回かこの病院に礼を言いに来ているらしい。
「どうして!どうして、院長は俺に会ってくれないんですか!」
何故か、飯竹と院長を合わせたく無い看護師に対して、怒りが募ったのだろう。
受付カウンターが壊れそうな力で机を叩いていた。
「おい、やめろって、また来ればいいだろ!」
今にも暴れてしまいそうな飯竹を必死になだめる。
「来てるんだよ!何回も!来てるんだ!命の恩人にお礼を言うことがなぜ許されないんだ!」
もしかして、こいつは何回もお礼を言うのを断られていたのか?
そんなのおかしく無いか?
医者は命を救った人たちにお礼を言われたく無いのだろうか?
いや、そんなことはないはずだ。
この話には、何かしら裏がある。
そう確信したのは、廊下の奥に隠れていた院長の表情を見た瞬間だった。
酷く後悔したかのような。
そんな目をしていた。
院長は飯竹を一瞥した後、足早にその場を後にした。
今すぐ追いかけて、真実を確認したかったが、こいつを静止させるのが先だ。
「俺のおばあちゃんは、院長と仲が良いから、なんとか掛け合ってみるよ!だから、大人しくしてくれ!」
飯竹は、それでも少し暴れた後、疲れたかのように暴れるのをやめた。
「本当なんだな?」
人を信用していない表情を見せる。
人間がこんな表情をするのは、初めて見た。
背筋が凍った。
蛇に睨まれたカエルとはこのことを言うのだろう。
「勿論、本当だ。長い間入院してるからな。それなりに付き合いがあるはずだ。」
納得がしていない様子だ。
飯竹は一言。「そうか」と言い、少し付き合えと、病院を後にした。
ちょっとしたボヤ騒ぎを起こした病院から、どれぐらい歩いただろうか。
学校を出た時はまだ、街を照らしていた太陽は元気をなくしていた。
街灯が薄暗い街を照らしていた。
こんなに歩かされるとは思わなかった。
何が、少し付き合えだよ。だいぶ付き合えじゃねえか。
「なあ、まだ歩くのか?」
痺れを切らして、飯竹に問いかけた。
少しはみ出たシャツをしまいながら
「もうすぐつく。」
彼の表情は、今までとは違ったものになっていた。
本当にもうすぐであれば良いんだがな……
そんなこんなを考えているうちに、飯竹の足が止まった。
「着いたぞ。」
あぁ。ここは知っている。幼稚園だ。
この幼稚園には俺も通っていた。
できたばかりの幼稚園で中は、とても広く遊具も新しいものばかりを取り揃えていた。
「迎えに行ってくる。」
飯竹は一言そういうと、黒い階段を降りていった。
あれから、5分ぐらいたっただろうか。
ずいぶんと暗くなった空を見上げて、今夜の月は少しかけているな。とか呟いてみる。
すると、階段の方から話し声が聞こえてきた。
「おにいちゃん!今夜のご飯は何?」
この世の汚れも知らないような、無邪気な声が聞こえる。
「待たせたな。妹の莉里だ。」
飯竹の隣に立っていたのは、あどけない表情を浮かべる1人の少女だった。
「はじめまして!お兄ちゃんがお世話になってます。莉里です。」
なんということでしょう。
さっきまで、病院で暴れていた人の妹とは思えないぐらい、しっかりとした子だ。
「はじめまして、鈴木って言います。よろしくね。」
少し軽い挨拶をした後、3人で帰路についた。
「なあ、君が見せたかったのって妹のことか?」
少し不機嫌そうに聞いてみた。というか、不機嫌だ。
こんだけ歩かされて、実は妹を見せたかっただけでした!って言われたら、流石の僕も切れてしまいそうだ。
「そうだよ!」
飯竹は満面の笑みでそう返す。
妹もその表情を見てか、笑顔になっていた。
本当はここで少し怒ってやろうと思ったが、こんなに笑顔なやつを今、怒れるわけがない。
また、今度にしてやろう。
僕は密かに右手の拳をポケットにしまった。
2人は本当に仲良さそうにしている。
こんな奴が狼男なわけがない。
たとえ、狼男だとしても、常に近くにいる家族にその真実を隠し通せるものなのだろうか。
それと、飯竹を見た院長のあの表情。
少し調べてみる必要があるな……
疑問と謎は深まるばかりだった。
「ねえ、おにいちゃん!今日は星がきれいだね!」
無邪気な声が静かな空間を照らす。
「ああ、そうだな。これで満月だったら、最高なんだけどな!」
大きな手が少女の頭を撫でながら、そう答える。
思えば、満月なんてあの日以来、見てないな。
僕が人に優しくなろうと誓ったあの日。
あの日の満月は本当にきれいだった。
僕の横で2人の家族が幸せそうに手を繋いで歩いている。
その光景を見ても居心地が悪くならない。嫉妬心も無い。
むしろ、この時間が永遠に続いて欲しいとさえ、思っている。
僕は、ほんの少しだけ。
昨日の自分よりも優しくなれた気がしていた……




