16話 光の道筋
彼女は「死んでいる」と、確かにそういった。
今までの僕であれば、こんな話は信じなかっただろう。
しかし、この不思議な世界で彼女が生きていることを証明する術が無ければ、彼女が死んでいることを証明する術もない。
「君は……その、死んでいるんだよね?でも、僕は君に触れることも出来るし、話すことも出来る。これって、どういうことなんだい?」
僕のイメージの幽霊は、体が透けて触れることもできないし、話すこともできないものかと思っていた。
もし、彼女のような幽霊が存在するのであれば、この世界での死人と、生きている人間との区別がつかなくなってしまう。
「私の体は妹から借りているものなの。私がこの世界に戻ってこれたのは、妹の願いによるモノなのよ」
なるほど、体自体は生きている人間のもので魂だけがその器に入ったと言うわけか。
そのおかげで僕たちは、触れ合うことも出来るし会話が成立すると言うわけなんだな。
「でも、この体は妹の寿命も削ってしまうの。この体には、今ふたつの魂がある。一つの器に対して、二つの魂を存続させるには膨大な負荷がかかるわけ。」
そうか。彼女はもう、この世界から帰るつもりなんだ。
しかし、そんな危ない橋を渡ってまで、彼女をこの世界に戻した妹の願いとはなんだろうか。
「君は、妹さんからどんな願いを受け取ったんだ?」
そう聞くと、彼女はうつむいた。
「私ね、8歳のころ親の運転する車の交通事故で死んでるの。相手のトラックの前方不注意による正面衝突。助手席に座ってた私は助かるわけがなかった。」
彼女は静かに立ち上がり、少し笑顔になって話を続ける。
まるで、僕に気を使っているかのように。
「その日はね、妹の初めてのピアノの発表会の日だったの。薄れていく意識の中で、妹の事ばかり考えてた。妹は……歌は、気が弱いから。お姉ちゃんが居なくなっても大丈夫かなって。そればかり考えてたんだ。」
月明かりが彼女の笑顔を照らす。
しかし、その眼には力一杯の涙が今にも溢れ出しそうになっていた。
「私ね……あの日、月にお願いをしたの。妹に友達が出来ますようにって。沢山はいらない。信頼できる人が数人いればいいって。妹と助け合える優しい友達をお願いしますって。だからさ、鈴木陽太君!」
彼女の頬から数多の星がこぼれ落ちていく。
妹を思う姉とはこういうものなんだろうか。
愛を知らない僕に知る手段は無かった。
「私の妹とお友達になってくれませんか?」
ずるい……
こんなの断れるわけが無いじゃないか。
君は優しすぎるよ。
この世界で死んでも尚、妹のことを考え続けていたんだね。
心配だったんだね。
もう安心していいよ。
僕は黙って頷いた。
「ありがとう」
彼女はそう一言いうとまたベンチに座った。
「そういえば、君をこの世界に戻す時の妹の願いってなんなの?」
彼女がいなくなる前に最後の質問をした。
「私はね、早くに死んじゃったでしょ?だから、妹は私に沢山の"音”を聞かせてあげたかったみたい。」
「沢山の音?」
「そう。沢山の音。地球が生まれてから約46億年。一つとして同じ音はないんだ。音ってね、命なんだよ。」
そういうと、彼女は僕の手を取り胸に当てた。
少しばかりドキッとしてしまったが、真面目な話をしていたので、すぐに頭を切り替えようとする。
「ほら、私の音と君の音、全然違うでしょ。」
そう言われればそうだ。
僕の心臓は鼓動が早くなっているのに、彼女の鼓動は落ち着いている。
これが、この世界から消える前の心臓の鼓動なのか。不覚にもそう思ってしまった。
「生きるとは、音を出し続けること。そして、その人の行動一つ一つが歌詞になる。人生とは、歌なんだよ。」
いつも通りの彼女が戻ってきた気分だ。
柄にもなく、深そうで全く深くないことを言う。
「私の歌はもう終わっちゃったけどね。だから、私の歌の続きは、妹に託そうと思う。これからは、君自身の力で歌を作ってねって。」
彼女の体が光り始める。
月に照らされたわけではない。
彼女の内側から無数の光の粒が溢れ出してきていた。
「もう時間だね……君と会えてよかったよ!沢山話もできた。男友達がいるってこんな感じだったんだね!最後に、妹を泣かせたら呪うからね!」
「僕も……君と会えて本当に良かった!妹のことは任せて、絶対に泣かせたりしない。」
彼女は最後に静かに笑った。
その光の粒は遥か遠くの月へ向かって飛んでいく。
いかないでくれ。
その言葉を飲み込む。
僕は立ち上がって、柄にもなく手を振った。
帰り道君が迷わないように。
辛く、苦しくて、後ろを振り向いても一人ではないことを伝えるように。
僕もいつか……君みたいになれたら。
自分よりも、他の人の願いを叶えられるような人間になれたら。
君のような人に……僕もなりたい。
大切なことを教えてくれて
ありがとう。
妹のことは任せてくれ。
体から光の粒が抜けて、音の体が僕の胸の中に倒れ込む。
その心臓の鼓動は確かに音のものとは違うものになっていた。




