14.交差する気持ち
冒頭三人称。あいつの出番です。
様々な事情から、殺意を向けられたオーガ――ヴェインクラル。
そんな事情は知らず。知っていたとしても、意に介さず。ただひたすらに、自らの目的へと邁進していた。
即ち、万全な状態での勇者との再戦へと。
「弱い! 弱えなぁ!」
オーガが、カエル頭部を持つモンスター――フロッガーを片手で持ち上げていた。
攻撃的な悪臭を放っているが、気にした様子はない。
「地上なんて、この程度か。最初に、あんな当たりを引いたオレは、相当の幸運だったってこったな」
オーガは首を掴んだ手に力を込め、ぎりっぎりっと圧迫していく。
片手なのはそれで充分であると同時に、腕が一本しかないからでもあった。
「ゲコッ、ゲコォォォッ」
フロッガーの王は、激怒していた。
一方的に民を鏖殺し、至尊にして不可侵な存在である王を手に掛けるとは無礼千万。その罪は、命でも贖いきれない。
必ずや、この不埒なオーガを排さねばならない。
その決意とともに、長い舌でオーガを打ちすえ、溶解性の体液を吐き出した。
だが、屈強なオーガへなんら痛痒を与えた様子はない。
感情が分かりにくいフロッガーの王が、顔を引きつらせた。
このオーガ、屈強にしても度が過ぎている。あまりに異常だ。
「アイツには及ばねえ。まったく及ばねえよ!」
本来であれば、敵の攻撃が弱いのは歓迎すべきである。
にもかかわらず、オーガは怒り猛っていた。
理解不能。
あまりに理不尽。
「弱いヤツは死んどけ」
「ゴケェッ」
それが断末魔の叫びとなった。
「ほらよ」
一片の感慨もなく、オーガは死体を地面に投げ捨てる。
こてん、こてんと、いっそリズミカルに転がっていったその先には、フード付きのローブで全身を覆った不気味な存在がいた。
「ヴェインクラル、ご苦労」
死体を前にしても、それは平静そのもの。
路傍の石に対してすら、もう少し感情の起伏がありそうなものだ。
「生きとし生けるものには、それぞれひとつは特技があるものだな」
「そいつは、てめえも同じだろ」
「最初から、自らを除外したつもりはない」
そう言い捨てて、目的である舌を切り取るため、ナイフを手にしてしゃがみ込んだ。
その動きで、フードの向こうに藪睨みの目が覗いた。
そして、しわだらけで乾いた老人のごとき緑の肌。
ゴブリン。
このオルトヘイムで害虫のごとく忌み嫌われるモンスター。
しかし、口調からは凶暴さではなく理性が感じられた。
それも当然。地上を徘徊するゴブリンとは違う。
地下世界へ追いやられ、邪工と呼ばれる異形の錬金術を発展させたモノだった。
そんなことは、オーガ――ヴェインクラルには関係ない。
王の命を無視して単身地上を訪れた修羅種の目的は、ただひとつ。
「おい、本当にこいつらの素材でオレの腕が元に戻るんだろうなぁ?」
「はぁ? あほうか? 元に戻るわけないだろう」
「おい、説明と違えぞ」
怒気が物理的な圧力さえ伴って周囲を支配する。
しかし、ヴェインクラルの半分もない痩身矮躯のゴブリンは平然としていた。
「元より上になるに決まっているだろうが、近視眼め」
「ああ? オレに余計なことをするんじゃねえ」
ヴェインクラルはヴェインクラルとして、あの勇者を超えなければならない。
そこに不純物を加えるなど、言語道断。
「新しい腕のお陰で勝ったって、自慢にもなりゃしねえだろうが」
「あほうめ。それならば、武器も防具も捨てろ。酒も飲むな。真っ裸で、生肉と水だけ食って生きろサル」
痩せぎすのゴブリンの舌鋒は鋭く、極論ではあるが正論でもあった。
「それとも、また水に流されたいのか?」
「……チッ」
ただひたすらに、腕力で我を通してきたヴェインクラルも、これには折れるしかない。
「だが、オレも信念を曲げる以上、中途半端なモノじゃ納得しねえぜ?」
「愚か者め。誰に口を利いている」
フードの向こうで、ゴブリンが醜い唇を皿に歪める。
「この邪工師ザグナが、この地で手に入る最高の素材で貴様の腕を修復するのだ。その水使いの勇者など鎧袖一触に決まっている」
「ああ、信じてやるぜ」
ヴェインクラルは笑う。
牙をむき出しにして、楽しそうに嬉しそうに笑う。
「《雷切》、返してもらわねえとな」
それは、思い人との逢瀬を想像して笑うのと、本質的に同じものだった。
「……件のオーガが、沼地の王を倒してしまったそうよ」
ファーストーンでグライトの屋敷に戻った俺たちが受け取ったのは、さらなる凶報だった。
「ほー。そんな報せやったんか」
二階にあるリビングで待っていた……というよりはすっかりだらけていたリディアさんは、盗賊ギルドからのメッセージを聞いても軽く感心するだけ。
俺も、相手がヴェインクラルでなければ、そんなリアクションだっただろう。
「情報の伝達にタイムラグがあったようですねぇ。これだから、ネットのない世界は」
「俺の半生を否定するの、やめてもらっていいですか?」
ちょっとしたことを調べるのに、本を買ったり借りたりしなければならない時代もあったんですよ!
今でも、図書館技能は現役でしょう? キャラ作の段階で、89%にするでしょう?
「困ったわね……」
「そうですね……」
カイラさんと本條さんが、ソファに腰掛けながら同じリアクションを取る。
なんか、まったく似てないのに姉妹みたいだ。まあ、二人とも滅多に見ないレベルの美人だというのは共通してるけど……。
それはいつも通りなんだが、フウゴとあんな話をしたからだろうか。
なんとなく、二人の顔を見づらい。
だから、この凶報はある意味で天佑でもあった。
いや、やっぱそんなことはない。アレには、もう、二度と会いたくなかったよ。
「あのオーガを迎え撃つのが、難しくなってしまったわ」
「先手を打たれてしまいました。作戦を考え直さないといけませんね」
「なぜそんなに殺意に溢れて……?」
もしかして、フウゴから話を聞いてる?
いや、それなら宅見くんからの依頼にも、もっと積極的にならないとおかしい。
もちろん、俺との結婚を望んでいるという仮説が正しければの話だけど。
「それは――」
「――私たち、自身のためよ」
「そう、そうですね。畢竟、究極的に、最後の最後にはそうなります」
……なんだろう?
二人ともやる気だ。やる気に満ちあふれている。
下手したら、殺る気ですらある。
「ほんなん、あれやろ」
ある程度事情を把握したリディアさんが、だらっとソファに垂れながら、やる気なさげに言う。
「ミナギはんがひょいひょいっと外に出たら、向こうから寄ってくるんやない?」
「それ、囮というか、生贄だよね?」
言ってることは正しいけど、言い方ぁ!
「それはできません」
「そうね」
「え? 必要があれば、囮ぐらいやるけど?」
もちろん積極的にやりたいわけじゃないが、安全マージンを確保したうえであれば拒否はしない。
「ヴェインクラルは倒します。ですが、それは最低条件です」
「安全に、確実に封殺する。それが、現実的な目標よ」
「はー。それは、えらいこっちゃな」
なんか、過保護じゃない?
エクスも、なんか満足そうにうなずいてるし。まるで、弟子が自分を超えていったのを喜んでいるようだ。
わけがわからないよ。
「でも、あいつを殺しきるのも難しいと思うんだけど。メフルザードのときとは、勝手が違うし」
強さという意味では、たぶんあの真祖のほうが上。だが、吸血鬼には弱点がいくつもあった。勝てたのも、そこを上手いこと突いたからだ。
まあ、世界樹のお陰と言えばそうなんだけど。
翻って、ヴェインクラルには弱点らしきものはない。
強いて言えば隻腕ということになるだろうが、あの戦闘狂だ。片腕を失ったのではなく、隻腕という個性を得たとか言ってても驚かない。
「せやな。それに結局、どこで戦うのか。いや、戦えるのか、か? それも分からんしな」
「この近辺だと……残ってるのは、海か」
あのダゴンに挑むか?
ヴェインクラルなら、普通にやりそう。
「それが有力でしょうけど、そうとは限らないわ」
「他に、どこかあったっけ?」
「視点の違い、でしょうか。月影の里や、エルフの里は私たちにとっては決して“狩場”などではありませんが……」
「そうか。ヴェインクラルにとっては……」
力試しなのか。それとも、なにかの素材を求めているのか。
それは分からないが、ヴェインクラルにとっては、なんの違いもないはずだ。
「まあ、もう腕試しは充分で、俺を狙ってくるという可能性もありそうだけど……」
「……あ」
不意に、本條さんの動きが固まった。
「ん? どないしたん?」
リディアさんが可愛らしく首をひねるが、俺とカイラさん。そして、エクスはすぐに気付いた。
「もしかして、未来が?」
「はい、見えました。でも、これは……」
困惑顔でも美人は美人だったが、その口から語られる予知は衝撃的で。
「なぜか、あの……。オーガだと思うのですが……私たちが戦っています……」
「それは、やりたくないという点を除けば、当然だと思うんだけど?」
「ですが、ビルが見えるので……恐らく、地球で……」
「……なん……だって……?」
それは、俺の顔を引きつらせるに充分すぎるものだった。
今回の正式なサブタイトルは、「(ミナギくんへのヴェインクラルとカイラさんたちの)交差する気持ち」。
ミナギくん総受けすぎる
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過去に本作品も参加した、肥前文俊先生主催の書き出し祭りが本日から始まっています。
藤崎は、リザーバーとして第四会場に参加しています。
連載しようと考えていた自信作ですので、どうか探してみてください。
・第七回 書き出し祭り 第四会場
https://ncode.syosetu.com/n0224ft/




