12.別れと再会(?)と
「それでは、頭の硬いおじさんおばさんたちに、諸々話を通してきますねぇ」
「シュークリーム片手でなければ、素直に頑張れって言えるんだけどなぁ」
「むぐむぐ」
「食べろって意味じゃねえよ!?」
そもそも、見せないように食ってたじゃねーか。
カイラさんや本條さんもあきれ顔だが、それはともかく。
宴の翌朝。
二日酔いの欠片も見せず、ララノアは月影の里から出立しようとしていた。
「おにーさんはリアクションが楽しくて、ついついはしゃいでしまいますねぇ」
「エルフなんだから、結構いい年なんだろう? 下手しなくても、俺より年上だろうし」
「ぶー。エルフに年齢の話はタブーですよ。エルハラです、エルハラ」
「そこは普通にエルフ基準で流そう?」
エルハラって、どういうことだよ。《トランスレーション》仕事しすぎだ。
「お酒以外もお土産をもらいましたし、ロングボウを装備したエルフだと思って待っていてくださいっす」
「鬼に金棒的なことわざか」
「オーガに金棒は厄介ね」
それ以上いけない。
アレが出てきかねないからね、片腕失っても元気なアレが。
まあ、水に流されて死んだから、出てくるはずはないけどね!
「エルフの伝統がーとか、言われたりしない?」
みそやしょうゆなんかも、サンプルという名の賄賂として持っていかれた。
もちろん、交渉材料と考えると安い物なんだけど……ちゃんと説得材料にしてくれるんだろうなという不安がなくもない。
「エルフの伝統で言えば、ワショクが本来伝統の一部ですからぁ。おじいちゃんおばあちゃんたちは賛成してくれるはずですよぅ」
なるほど。だから、説得はその下のワショクを知らない「おじさんおばさんたち」なのか。
世代間のあれこれは、人間もエルフも変わんないんだな。
うちの親世代も、結婚して子供二人ぐらい作って家と車を買うのが当たり前だと思ってる節があるしね……。日本の歴史上、それが常識だった期間なんてほんのわずかなのに。
「だいたい二週間もあれば、話は通せると思いますからぁ」
「二週間ですか……。早いほうと考えていいのでしょうか?」
「一瞬ですけどぉ?」
本條さんは、やや複雑な表情を浮かべたが、最後には納得した。
焦らされているような感覚だが、エルフ的には迅速なほうなんだろう。
相手次第なんだし、変に急がせても仕方がない。ここは異世界。予定自体が破綻している現場とか、休日に電話一本で呼び出すようなクソ上司は存在しないのだ。
……パライソかな?
「分かった。月影の里に連絡してくれれば、こっちから指定の場所に行くから」
「おにーさんたちは、普段からここにいるんですかぁ?」
「いや、グライトにいるけど」
それを聞いたらララノアは、なにかを企んでいるかのようににんまりと笑った。
「うちに来ても、今日みたいな料理は出てこないぞ?」
「えー? 料理とお酒目当てとしか思われてないんですかぁ? ボク、ちょっとショックですぅ」
あざとい。
だが、罠だと分かっていても引っかかってしまいたい。
……なんてことは、特にない。
確かに綺麗だとは思うが、それとこれとは別というか。
カテゴリとしては、リディアさんに近かった。
「それでは、交易も人探しも吉報を待っていてください」
敬礼に似たあざといポーズをして、ララノアは旅立っていった。
「よし。こっちは、長老と交易の話だな」
ボクっ娘ギャル系ぽんこつエルフを見送った俺たちも、月影の里の洞窟住居へと戻っていく。
その途中、
「オーナー、ちょうど今報告するつもりだったんですが、そっちの話は昨夜のうちに済ませておきましたよ」
「マジで?」
「マジです」
若干ドヤ顔の眼鏡ビジネススーツエクスにいらっと……きつつも、かわいい。
うちの大番頭、有能すぎない?
「実際には、ミナギくんが出張る必要はなかったと言うべきね。出ていくときにでも、ちょっと挨拶すればそれでいいわ」
「ということは、話はまとまったのですね?」
「その通りです。とりあえず、しょうゆとみそ600キロと食用油1トンを納入することになりました」
「……どれくらいの期間で?」
「三ヶ月毎ですね。他は随時という感じですが」
業務用だと違うパッケージなんだろうけど、1キロのパックとか1リットルの容器がそれだけか……。
ぎりぎり、《ホールディングバッグ》に入るかな? ちょっと、整理が必要かもしれない。
「一回の取引で、ざっくりですが金貨150枚程度になる予定です」
「そこまで話が進んでたのか」
しょうゆとかみそなんて、スーパーで買ってもひとつ300円ぐらいだろう? 右から左に動かすだけで、利益率50%超えているのでは……。
「おっと、オーナー。これ以上安くしても、お互いのためになりませんよ? 世界樹ちゃんのログインボーナスとかとも、話は別ですからね?」
「里としても、エルフとの交易を差し替えるだけだし、美味しい食事で労働意欲も増すのだから真っ当な取引よ」
「……そうか、そうだよな」
こういうところがあるから、実務協議を俺抜きでやろうとするんだろうなぁ。
「ふふふ。これで、また一歩、オーナー縛る物化計画が進みました。くくくく……愚かな学会の連中に思い知らせてやるのです」
「マッドサイエンティスト面はやめよう?」
というか、俺をヒモにしないで。
商売はまだできないけど、きっと憶えます!
「秋也さんは立派に成し遂げたんですから。だから、肩書きだけでも問題ないのですよ」
そして、本條さんのすべてを受け止めるような微笑が心にくる。
洞窟住居に入りカイラさんの部屋へと歩みを進めたところで、松明のゆらゆらとした光を受けた、その本條さんが問いかける。
「そういえば、尋ね人のエルフさんとは、どういう人なのですか?」
「名前は、アイナリアル。200歳ちょっとの金髪で、真面目なタイプの人だったそうだよ。当時の話だけど」
宅見くんのバイアスが入った情報だから、どこまで本当かは分からないけどね。
だからといって、まさか大知少年や夏芽ちゃんに話もできない。
「ララノアさんとは違うタイプですね」
本條さんは、ララノアとは違って正統派だと言いたかったのかもしれないが、まったく同感だ。
やっぱり、エルフはプライドが高くてツンっとしてないとね。
そして、個人的には、ツンデレならなお良い。
「……良くない報せが届いたわ」
いつの間にか、カイラさんがメモを握っていた。
え? ほんといつの間に? ニンジャだから?
俺の戸惑いを余所に、メモを松明で灰にしつつ、カイラさんは口を開く。
「今、グライトの盗賊ギルドからの連絡を受け取ったのだけど……」
「う、うん?」
盗賊ギルドから連絡? それって、普通に来るものじゃないよね?
ニンジャなら当然なんだろうか?
こういうとき、どんな顔すればいいかわからないの……。
「冒険者ギルドによって、牙の森への出入りが禁止されたそうよ」
「なにその急展開」
牙の森。またの名を、おいでよこんちゅうの森。
薬草などの資源が豊富だが、昆虫系のモンスターが支配する危険な狩場だったはず。
「牙の森の主と目されていた、キングフェザービー、エンペラービートル、ヘキサムーンウルフが立て続けに狩られ、恐慌状態になってるらしいわ」
危険ながらも秩序が保たれていた地が、混沌としてしまったと。
アクションゲームでいうと、ある日突然敵の出現パターンが変わったようなものだろうか。
無理ゲーじゃん。
「なんでまた。原因は?」
「モンスターの仲間割れ、ですか?」
「それが、どうも正体不明のオーガが狩ったらしいわ」
「オーガ……」
オーガ……。
オーガか……。
サイバーマシンの凰呀だったりとか、生まれた瞬間に産婆に命令した全人類最強だったりは……しないよなぁ。まあ、後者は普通に出会いたくないけど。
そんな現実逃避をしてしまうぐらい、俺は本気で頭を抱えた。
肺の空気をすべてため息に変え、床を見ながら首を何度も横に振る。
「オーガだからといって、ヴェインクラルでしたか? 秋也さんたちが苦労させられた相手とは限らないのではないですか?」
「主を立て続けに狩るオーガが、他にいるってのも嫌だ」
冷静な本城さんの指摘を、俺は感情で否定した。
もちろん、アレそのものも嫌だけどね。
ぶっちゃけ、トラウマだ。
たぶんメルフザードのほうが強かったとか、俺たちだって成長してるんだから大丈夫とか。
そんな理性的な判断は、まったく意味がない。
実家で飼っていた犬は、子犬の頃に使っていた柵を大きくなっても飛び越えることはできなかった。
他の柵なら、もっと高くても飛び越えられるのに。
俺にとってのアレは、そういう相手なのだ。
「なあ、エクス。これで、犯人がアレじゃない可能性ってどれくらいだと思う?」
「雪の密室で、犯人が舞空術を使ったというトリックが出てくる可能性と同じぐらいでしょうか」
それ、むしろ読みたい。
けど、可能性は実質ゼロか……。ゼロはなにも答えてくれない……。
「ヴェインクラルだと、覚悟はしておくべきだと思うわ」
ですよねー。
必ずしも俺を狙ってくるとは限らないがアレが余所様に迷惑を掛けているのも看過できない。
エルフの里のほうで動けるようになるまで、二週間。
そっちに行く前に、片付けるべき……だろうか……。
これで、ヴェインクラルが本当に死んでたら面白い。