11.試食会兼接待
「試食会に集まっていただき、ありがとうございます」
月影の里の広場。
シュークリームを配った場所は、宵闇が支配するにつれて宴の場へと姿を変えた。
「今日は、俺の故郷の食材を持ち込ませてもらいました。気に入ってもらえたら、今後も満足する量を提供する予定です」
かがり火がたかれた地上へ、畳のように積み上げられた岩の上から挨拶をする。
一瞬、「みなさん、楽しくやってください」と二秒スピーチで終わらせようと思ったが、とてもそんな雰囲気ではなかった。
俺を甘味様と崇め奉る子供たちだけでなく、里の人々全員が舞台上の俺へと注目し、しかも、好意的な表情を浮かべているのだ。
まるで、教祖様扱いである。
そんな大したこと言えないよ!
まあ、こういう挨拶は代表者の仕事だしね。それに、夏休み前の校長先生みたいに長々やるつもりもない。
「とにかく、みなさん楽しくやってください」
最後に、やっぱりイゼルローン名物で締めて、後ろにはけた。
これ、万能フレーズじゃない? さすがヤン提督だ。
「秋也さん、おつかれさまでした」
「本條さんこそ、料理大変だったでしょう」
後ろに下がった俺を、本條さんが並べた料理と一緒に労ってくれた。社交辞令とかじゃなくて、本心で言ってるんだよなぁ。
ほんと、いい娘だ……。
「そんなことないです。基本は指示を出すだけで、里の皆さんがやってくれましたから」
と、はにかみながら謙遜する本條さん。
かわいい。
彼女なら当然そう言うだろうなというリアクションだが……。
「これだけで、そう来るかぁ」
きらきらし始めてしまった。
ご飯食べる時には、さすがに邪魔だよね?
別の指輪で解決したはずなのに、なにひとつとして解決していない……。
「オーナー、逆に考えましょう。よく今まで我慢したなって、考えましょう」
「勇者の指輪って、そういう仕組みだったっけ?」
なんだか、ちょっと仕様が変わっているような気がしないでもないのだが、きらきらした現実の前には無力だった。
「それよりも、ミナギくん」
いつかのように広げられた敷物に腰を下ろしたところ、カイラさんが気遣わしげに確認をしてくる。
「本当に、長老たちは一緒じゃなくて良かったのかしら?」
「俺たちがいないほうが、気を使わなくて済むでしょ」
妙に崇拝されてるからね。
そんな俺が決定権のある長老と一緒にいたら、試食会もなにもなくなってしまう。
俺への配慮とか付き合いで仕入れを決めるなんてことは、絶対に避けなくちゃならない。いくら、原資が受け取れないと突っ返されそうになったダエア金貨だとしてもだ。
あとで挨拶ぐらいはするつもりだけど、食事は普通に楽しんでほしい。それが、お互いのためになるはずだ。
「それに、ほら。ある意味、俺たちは防波堤にもなってるわけだし」
「あ、ボクのことはお構いなくです」
視線の先には、同じ敷物に座ってすでに料理に手を着けているエルフのララノアがいた。
かがり火に照らされて、金髪と褐色の肌が妖艶にきらめく。
明るい光の下だと健康的だった美が、夕闇の中ではまた異なる魅力を振りまいている。
やっぱ、エルフ綺麗だわ。三次元離れしているところが、二次元の世界に生きてきた俺のような人種には逆に好感度高い。
「どうしたんですかぁ? ボクのことをじっと見て」
「いや、よく喰うなぁって」
「もうっ、おにーさん。女の子にそんなこと言っちゃ、ダメなんですからね?」
まあ、中身はあれなんだけど……。
目の前に、たくさんのお椀とか串を重ねられても説得力がない。
なんかギャルっぽいララノアだが、こう見えてもエルフの里の渉外担当。まさか、表も裏もないということはあるまい。
しかも、今の俺たちは、多少なりともあった月影の里とエルフの里の交易を丸ごと代替しようとしているのだ。油断していい相手ではない。
長老は、俺たちとエルフを天秤にかけたら無条件で俺たちを選んでくれるだろう。
俺とカイラさんの関係を差し引いても、緑茶なんかも地球から普通に持ち込めるわけで、エルフと交易するメリットは薄くなってしまう。
だからこそ、発生するであろうエルフの里とのあれこれは、俺がすべて対応しなければならない。
元SEが言うのもなんだが、それが商売の仁義のはず。
そういう意味では、渉外担当が来てくれたのは、ある意味渡りに船。
この場は、野を馳せる者のみんなへのプレゼンであると同時に、ララノアへの接待会場でもあるのだ。
「まあ、食べてもらうために用意したんだから、もちろん喜んでくれるに越したことはないけどさ」
「そうですよ。私も嬉しいです」
俺のフォローに、きらきら本條さんも乗っかってくれた。
「地球……故郷の味付けなので、エルフさんのお口に合うか分からないですけど」
「合います、合います。むしろ、エルフの伝統の味ですよ。遠慮なくいただいちゃいます」
今まで遠慮があったとは思えないが、ララノアは焼き鳥の串を手に取りあっという間にただの串へと変えてしまった。
「う~ん。この香ばしい調味料の香り。焦げたところが、また素晴らしいです」
「炭火で焼くと、また美味しくなるんですよね」
「甘さは旨さですねっ。お酒ともよく合います」
目の錯覚かな? 今、食べているところがまったく見えなかったんだが……。
「恐らく、私たちの意識を逸らして、その間に食べたのだと思うわ。里に部外者を侵入させないようにする、ある種の魔法と同じ原理ね」
「迷いの森とか、そういうの?」
それを個人レベルで、しかも、食べているところを見せないためだけにやる?
謝って。ロードス島のハイエルフに謝って。
「ダメですよ、おねーさんも深く追及しちゃ。これは、乙女のたしなみなんですよ」
「エルフすげー」
本條さんは、どうリアクションしていいものか戸惑っているけど。わりとトールキン原理主義みたいなところがあるから、こういうエルフは想定外にもほどがあるんだろう。
「エルフの方も、お米は食べられますか? 良かったら、焼きおにぎりもどうぞ」
ところが、ララノアに世話を焼いている。
でも、きらきらは消えていた。
そうか。立ち直るのにきらきらが必要だったのか……。
「私たちも、いただきましょう」
「そうですね。冷めないうちにどうぞ」
「ああ、ありがとう」
取り皿に料理を盛ってくれる本條さんにお礼を言いつつ、敷物の上の皿を眺める。
今回のプレゼンに当たっては、カイラさんとも相談の上、なるべく調味料系をチョイスした。
その結果が、昆布とかつお節と干し椎茸で出汁を取った寄せ鍋(みそ味)であり、大量の焼き鳥であり、香ばしい匂いを周囲へ漂わせている焼きおにぎりである。
ぶっちゃけ、どれも外れはない。美味い。
まるで居酒屋メニューのようだが、あながち間違いでもなかった。
今回もアルコールを提供しており、それは俺が《ドワーフの仇敵》で生み出した物ではなく、地球で買ってきた酒だ。
酒は付き合い程度なので適当に選んだのだが、日本酒や焼酎も人気のようだ。
若干、里の女性陣からの視線が厳しいものになりつつあるような気がしないでもないのだが、そこは男性陣の責任でなんとかしてもらおうと思う。
「このお酒も、透明でぴりっと辛口でいいですねぇ」
「それ、ジョッキで飲むものじゃないんだけど……」
日本酒だよな? 水割りじゃないよな?
「そうですかぁ? あ、英雄界の人は、お酒弱いんですねっ」
「それは違うよ」
論破できず、スルーされた。
俺には、超高級の幸運はないらしい。そもそも、高校生ですらなかった。
おかしいな。俺の中では、今でも高校球児はお兄さんなんだが。
「それにしても、びっくりです。エルフの失われた伝統料理と英雄界の料理がこうも似ているだなんて」
「文化が後退してるんだ……」
エルフは衰退しました?
ファウンデーションさえ設立していれば、こんなことには……。
「今の里の料理って、素材の味しかしないんですよねぇ。あと、お塩ですね、お塩?」
「それはそれで贅沢な話だと思うけど」
「手を加えなくても充分食べられるってことですもんね」
「活力が得られるのであれば、味は二の次ではない?」
カイラさんだけ、ちょっと常識が違う。
だが、ララノアはそこを丸っと無視した。
「飽きますよぅ。来る日も来る日も塩焼きか塩味のスープばっかり。ボクは、若いので、濃い味付けが、食べたいんです、よ!」
「それで渉外担当に……?」
「閉じこもってばかりで内しか見ていない里の現状に危機感を覚え、広く外に出て時代の変化を感じ取るために渉外担当となったのです。いいですか?」
「あ、はい」
とりあえず、うなずいておいた。
賄賂がめっちゃききそうだなぁなんてことは、決して口には出さない。顔には出てたと思うけど。
無能な外交官は歓待しろって言ったのは六韜だったっけ? 太公望って、打神鞭のイメージのほうが強い。
あれ、原作だと投げると自動的に敵の頭に飛んでいって頭蓋骨をかち割るだけの宝具なんだぜ?
「秋也さん、そろそろ……」
「もちろん、忘れてないよ」
飲食が一段落したタイミングで、俺はそっと切り出す。
「ララノアさん、ひとつ聞きたいことが」
「なんですかぁ? あ、交易を止めたいって話ですか? まあ、仕方ないと思いますよぅ」
「え? そんなあっさり?」
「むしろ、売ってほしいぐらいですからぁ」
「それは別途相談ということで……」
懸案のひとつがあっさり片付いてしまったので、もうひとつの――ある意味で本題を切り出す。
「宅見拓真……タクマ・タクミかな? この名前に聞き覚えはない?」
「タクマ・タクミ……」
まずは、相手のエルフの女性ではなく宅見くんの名前で探りを入れた。
相手の女性のことをストレートに聞くのは、最後の手段。どうしても、宅見くんとの関係に触れざるを得ないからだ。相手にも、事情があるだろうからね。
なみなみと日本酒が注がれたジョッキを置いて、ララノアは思い出そうとするかのように考え込む……が空振りだった。
「ボクは、ちょっと知らないですねぇ」
「そっか」
まあ、そんな簡単に判明するはずもないか。
そう理解していても、落胆は隠せない。
「その名前からすると、勇者ですよねぇ?」
「そうなるね」
「なるほど、なるほど」
ララノアはつぶやきながら、ジョッキの日本酒をぐいっと飲み干した。うわばみかな?
「でも、もう少しお酒があったら知っていそうな人を思い出せるかもしれないですねぇ」
「好きなだけお飲み」
「わーい。おにーさんだいすきですよぅ」
× 賄賂がめっちゃききそう
○ 向こうから賄賂を求めてきた
ここまであからさまだと裏しか感じないが……その裏は表と同じ模様にしか見えない……。
ララノアは裏表のない素敵な人ですってことでいいんだろうか?
「じゃあ、遠慮なく。あと、お土産もあったりしません?」
「どうぞどうぞ」
出し惜しみはなしだ。《ホールディングバッグ》から予備の一升瓶を取り出して進呈。これくらい、安い物。
……いやでも、ちょっと大盤振る舞いのし過ぎか?
端から見たら、俺がララノアに貢いでいるようにしか見えない。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか。ちょっと甘くしすぎたかなぁって」
俺に告白までして返事を保留してもいつも通り接してくれる本條さんにしてみたら、あまり気持ちのいいものではないだろう。
「大丈夫ですよ。秋也さんに変な下心がないのは分かっていますから」
そう言って、慈母のように優しく、暖かで柔らかな微笑を浮かべる本條さん。
変につんけんされるより全然いいんだけど……
そうやって、全部受け入れられるのも困る。
うっかりヒモになってしまったら、どうするんだ。
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