09.不死性を巡る議論
「ヴァンパイアの強みはなんや?」
「力が強いこと?」
俺もソファに戻り、リビングで立っているのはリディアさんだけ。
カツカツと足音を立てて移動しながら、俺の回答に対して軽く首を振った。
指示棒みたいなのを持たせたら似合いそうだ。
「なんで、間違いなく正解みたいな顔しとるん」
「王立国教騎士団仕込みの回答だからだけど」
実際、正解じゃない? メフルザードはあんまりパワー系って感じじゃなかったけど。
「もちろんそれもある。けどな、一番は死なんことや」
「あー……」
死なない。不老不死。吸血鬼の基本にして最大の特性。
思い浮かぶのは、もちろんというかまたしてもメフルザード。
残機制のタフさは、もはやトラウマの領域。カイラさんですら、めっちゃ嫌そうな顔している。あんな表情向けられたら、一週間は立ち直れないレベルだ。
それくらい、メフルザードは強敵だった。二度と顔も見たくないほどに。あんまり言うと脈絡なく復活しそうだからあれなんだけど。
「確かに、死ななければ負けはしないでしょうけど。そんなに強調するほどでしょうか?」
「それだけではないわ」
本條さんの当たり前と言えば当たり前の感想に対し、カイラさんがリディアさんの主張に補足する。
「死ななければ、あとから復讐戦を挑めるわ。相手の対策をしたうえでね」
「それは強いというか、うざい……」
脳裏に浮かんだのは、ショタ褐色吸血鬼ではなく、片腕を失ってもリベンジを挑んできたどっかのオーガ。
あれが何度も襲ってくると考えると……勘弁して。
「それに、不死には不老もついてくるのでしょう?」
「そうですね……。運営からのリストでも、不老不死となっていますね」
エクスの補足に、カイラさんがうなずいた。
「となると、寿命がないことも強みよ。極論すれば、相手が寿命で死ぬのを待ってもいいのだから」
「そこまで……。いえ、それが寿命の長い人たちの思考なのでしょうね」
「そういうことや。ウチなんて、趣味に没頭しとったら救いの手が差し伸べられたんやしな」
「不死者時間やばい」
とはいえ、それも万能ではない。
その不死性にあぐらかいてたら、世界樹の白木の杭で心臓貫かれて光で灼かれたうえに、棺を浄化された吸血鬼もいるらしいですよ。
……ひでえな。これが箇条書きマジックか。
それはともかく、リディアさんの意見は理に適っていた。
ただし、抜けもある。
「そういうことなら、不死性じゃなくて霧化の能力とかでも一緒なんじゃ?」
「そうですね。魅了の力も、上手に使えば生存性を高める助けになるはずです」
吸血鬼って弱点が多い割に……いや、弱点が多いからか、サバイバビリティもかなり高い。
まあ、不利な特徴でCP稼いでるだけと言ったらそれだけなんだけど。
「正直、普通に人間社会で生きていくには、不老不死的な能力はデメリットなんだけど」
「それはごもっともやな。けど、ウチの意見は違うで」
チッチッチと、舌を鳴らしてリディアさんが否定した。
なんなの? その仕草、流行ってるの?
「ウチにとって、もうひとつメリットがあるんや」
「リディアさんにとって?」
俺たちの注目を集めても、リディアさんは動じない。
焦らすように、俺たち一人一人に視線を向けてから、おもむろに口を開く。
「ウチが一人きりになることが、なくなるやん」
「ああ……」
冗談めかしているけど、目の奥は笑っていなかった。
「不死者の孤独……というものですね。今の私では、想像するしかありませんが」
「確かに……」
もはや人生の半分を過ぎた俺には、想像もできない領域だ。
しかし……。
「会ったばっかりなのに、そこまで入れ込まれるとちょっと……」
「ミナギはん、ウチには当たり強いな! そういうところやで!」
なんとなく、リディアさんだからいいような気がしてね……。
「でも、ちょっと美味しいなって思ってるでしょう?」
「当たり前やないか」
憤然としつつ、リディアさんは腕を組む。
お互い、業が深いな。
「でも、さっきも言った通り年を取らなくなるのはなぁ」
不死性。不老不死。
人類の夢だが、俺たち三人? 四人? それだけで獲得すると、逆に社会的にヤバイ。
「戸籍なら、エクスがどうにかできますよ?」
それでも、外見が変わらないのは一緒だし。
社会生活は困難になるだろう。
「まあ、本條さんぐらい美人なら年を取らなくても絶妙な説得力があるけど、俺じゃあなぁ」
永遠のアラフォーができあがるだけだ。
「秋也さん……」
「ん?」
あれ?
気付いたら、本條さんがキラキラしていらっしゃるんですが。
どういうこと?
「オーナー、声に出てましたよ」
「マジで?」
「マジです」
マジかー。
「ほら、録音もしてありますよ、『本條さん美人』」
「トリミングしてんじゃねえか」
というか、あれ? もしかして常時録画……はされてないにしても、録音はされている?
いやいや。そんなにストレージはないはず。
「圧縮かけてますし、向こうに戻り次第クラウドに上げているので、容量の心配はないですよ」
「やだこの電子の妖精、ちょっと無敵過ぎる」
まあ、待て。時に落ち着け。
条件はみんな同じだ。不用意なことを言わなければいいだけ。
「とりあえず、今のカットで」
「できません」
おかしいな。映画撮影するTRPGだと、フィルムを燃やしてなかったことにできたのに。
「あとで、綾乃ちゃんのデバイスに贈っておきますね」
「スマートフォンは所持していないのですが、大丈夫でしょうか?」
「この際ですから、タブレットを買うのはどうですか? オーナーの名義でSIMも契約して、経費で落としましょう」
「それは別に構わないけど、スマホのほうが便利じゃない?」
「あんなすぐバッテリィが妊娠するような欠陥デバイス認められません」
そこで対抗意識持つ意味あるんだろうか……。
「難しいことはさておき、ミナギくんの安全が確保されるという意味では賛成ね」
「それは、はい。確かにそうですね」
「でも、それでいきなり不老不死までセットになるのは、難易度高くない?」
「ええやん。みんなで不老不死になろ?」
史上初の誘い文句だな、それ。ああ、吸血鬼界だとそうでもないのか?
「動物を使役したりというのも」
「はい。運営からのリストにありますね」
疫病のメタファーらしいけど、ちゃんとあるんだ。
あっちとこっちがつながってることを考えると、鶏と卵の関係になっちゃうな。
「体の一部を動物に変化させるという能力も聞いたことがあります」
「アヤノさんは博識なのね」
「本で読んだ知識ですが」
恥ずかしそうにしてるけど、それでいいんだ。ゲームやアニメが中心の俺と得意分野がかぶらないってことだからね。
「ウチはどっちもできへんけど、やろうと思えばできるらしいな」
「取得もできますね」
コウモリの羽を生やして空を飛んだり、猛獣の下半身を生やして疾走したりできるらしい。
「あとは、地中に潜ったりできるな」
「それは、あまり聞いたことがないな」
「そうですね」
確かに、ちょっと記憶にない。
「うっかり、朝になってしもうたときにやり過ごせるやん」
八兵衛過ぎる。
「その能力は、少し興味があるわね」
「土遁の術ってやつか」
火遁や水遁などの遁は、遁走の遁。各種メディアでは攻撃手段として扱われがちだが、本来は逃走用の術だ。
「地中を移動して、相手の背後に回るとか、ギルシリスの手で地中から攻撃できるといろいろ捗りそうね」
本来は逃走用の術なんだけど、ガチ勢の手にかかるとこうなるので注意が必要だ。
「私も、秋也さんやカイラさんが求めるのであれば、反対はしませんが……」
「これはつまり、あれやな」
議論が、思い通りの方向に行かない。
そう悟ったリディアさんが、片眼鏡を光らせた。
「不死性を獲得したくなるぐらい、ミナギはんが酷い目に遭えばええんやな」
「それはまあ、間違ってないんだけど……」
両隣に座るカイラさんと本條さんを見ずに。
というか、見れずに、俺は声を潜めて言う。
「TPOは考えたほうが良かったな」
「…………」
「…………」
「二人とも、目こわっ」
名探偵のウサギ少女ぐらい怖そうだ。見れないので、推測しかできないが。
「とりあえず、リディアさんの意見は参考になったよ」
でもこれ、腐らないからって理由で目からビームを選びそうな流れだな。
「まあ、その辺を考えつつ、エルフの里の用事を先に済まそうか」
「コネはあるん?」
話題を変えた俺に食いつく……というよりは、すがるようにリディアさんが乗っかってきた。
「カイラさんの里が交易をしていたから、その線を考えてるよ」
「この街の偉いさんもコネは持っとるはずやで」
「それは、向こうの出方次第かなぁ」
月影の里には、地球からの試供品のプレゼンで寄る必要もあった。
うん。順番通りだ。
どっちにしろ、エルフの里には交易が減るってことで話をしなくちゃならなかったんだ。
宅見くんの依頼は、渡りに船だったな。
「その人は、きっと待ってくれています。そう、私は思います」
「そうなの?」
「はい。そういうものです」
根拠はない。
それを理解しつつも断言する本條さんの表情は、ひどく大人びて見えた。
急遽、書き出し祭りという企画に参加することになったので、一回更新をスキップさせていただきます。
次回は09/07の土曜日になります。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。