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08.感謝の凱旋

「ほわっ、ほんまにすぐ戻ってきたわ」


 久し振りに異世界――オルトヘイムで出迎えてくれたのは、行くときと寸分違わぬ姿をした吸血鬼のリディアさんだった。


「はっ!? しもうたっ」

「……なにか問題が?」

「一瞬で、なにか起こるとは思えないけれど……」


 俺が圧縮水ペットボトルを作りに行ったり来たりしたときに待つ側を経験しているカイラさんが、訝しげにリディアさんを見つめる。


 だが、吸血鬼は動じない。


「どうせなら、『三百年振りやな……』みたいな小芝居をすれば良かった。はあ、もう、最悪やわ」

「それは、要らないなぁ」

「からの?」

「徹頭徹尾要らないから」


 吸血鬼であるメリットを、そんなことでしか活かせないなんて……。なんて、リディアさんらしい……。


 ……メフルザードの撃破ボーナスで、俺たちも吸血鬼の能力を得られるんだよなぁ。つまり、リディアさんに近くなるということになっちゃうのか。


「ミナギはんなら、じゃあ、最初からやり直そうかって言ってくれると信じとったのに!」

「やらねえよ! ただじゃないんだから!」


 あくまでも能力だけで、精神的にアレな部分は引き継がれないはずだけど、多少思うところはあるな。


 そんな複雑な心情を余所に、本條さんがたおやかな所作でお辞儀をした。


「リディアさん、目的を達して戻ってくることができました。お陰で助かりました。本当にありがとうございます」

「そかそか、別にかまへんよ。仕事やさかい」


 千早重工社長(メルトダウン)みたいな台詞を口にして、リディアさんがそっぽを向いた。

 ははぁん? さては照れてるな?


 だが、それもほんの一瞬だった。


「ちょっと待った。二人とも、指輪が変わっとるやん」

「あ、こっちに来たから、もう戻していいんですね」


 本條さんとカイラさんが、いそいそと指輪を代える。

 別に、そんな最優先事項みたいにしなくてもいいんじゃないかな?


「オーナー、それは違いますよ」

「どういうことだよ、エクス」


 こっちに来て遠慮する必要のなくなったエクスが、「チッチッチ、サムライボーイ」と言わんばかりに、人差し指を振って言った。


「自慢したかったから、あえてそのままで来たに決まっているじゃないですか。二人とも、乙女ですね」

「単純に、忘れていただけです!」


 たまらず、抗議の声をあげる本條さん。


 俺も、それはないと思う。


 だって、見せつけるっていってもリディアさんだぞ? 自慢してどうするんだ?


「まったく、そんな顔してミナギはんも隅に置けないやん」

「いきなり下世話な。というか、顔は関係なくない?」

「ほな、あの指輪は特別なもんやないと言うんやな? 相当高そうやったけども」

「それは……」


 ぶっちゃけ時が消し飛んだので詳細は記憶にないのだが、特別な物ではないと言われると、それはそれでうなずけない。


 そんな俺をあざ笑うかのように、リディアさんは続ける。


「それなら、うちにくれてもええってことになるわな?」

「それはない」

「現金で」

「現金なら」

「ええんかい!」


 ああ、リディアさんは会話してて気楽でいい。

 プレゼントが現金というのも、いろいろ考える必要がなくていい。


 楽だ。


 リディアさん、わりと貴重な存在だよな。あんまり気にしなくていいし。楽だ。現金がアレなら、カタログギフトを進呈してもいいぐらいだ。


「これから、ちょいちょいと働いてもらわないといけないからね」

「単なる報酬やん。うちが欲しいのは、不労所得や!」

「分かるー」


 でも、それはできない相談だ。


「ポーションが欲しいって人がいるから、どんなのがいいか相談しつつ実際に作ってもらわないといけないんでね」

「ええけどな。どうせ、材料はミナギはんたちに集めてもらわなあかんのやし」


 それもそうか。

 まあでも、それは後回しでいいだろう。


「先に、世界樹に挨拶をしないと」

「なんや。行ってすぐに帰ってきたと思ったら、扱いがかわっとるやないの」

「当然ね。随分と世話になったもの」

「はい。感謝しかないです」

「ほう。さすがは、世界樹様やなぁ」


 まあ、世界樹そのものではないのだろうけど、命を助けられたのは間違いない。

 あのとき浮かんでいた紋章は、いつか戻るのかこのままなのかはわからないけれど。


 とにかく、日本人的には拝んでおくべきだろう。


「というわけで、みんなちょっと手伝って」


 さすがに腐葉土はあれなので、しめ縄を用意した。《ホールディングバッグ》から出した腕ぐらいの太さのしめ縄をみんなで巻く。


 あと、ちっちゃな神棚もセットした。


 そこに、向こうで買ってきたジュースとかお菓子をお供えする。

 幼女だったし、こういうやつのほうがいいはず。


「しめ縄があると、ご神木って雰囲気が出るな」

「こういうのは気持ちですからね」


 そういうこと、そういうこと。


 美味しい寿司を食べたわけではないが柏手を打つと、軽くお参りをして感謝を伝える。


 よし。こんなもんでいいだろう。


「家に入ろうか」

「そうですね。久しぶりですし」

「でも、時間は経っていないのよね」


 主観的にはマリー・セレスト状態だな。


 こうして港町の屋敷。その二階にあるリビングに集まった俺たちは、ソファに座ってだらっとしてしまった。

 肉体的に疲労はないのだが、なんかやり遂げたような満足感があって虚脱状態になっているとでも言うべきか。


 そんな俺たちを見かねたのか、リディアさんが話を振ってくる。


「それで、ミナギはんたちはこれからどないすんの? 大仕事も終えたし、3年ぐらいはゆっくりするん?」

「超越者時間を押しつけるの、やめよう?」


 俺たちはただの人間なんだ。

 三年もゆっくりしたら、その後なにもやる気が出なくなるに決まっている。ずっと、積みゲー崩しては積んでいく……積みゲーの河原に行くことになってしまうぞ。


「当座はふたつ……いや、三つか」


 俺に足りないのは、危機感だったようだ。

 やる気を振り絞って、俺はソファから立ち上がる。


「忙しいことやな」

「ひとつは、さっきも言った通りポーション作り」


 基本の病気と怪我に対するポーションのほか、どういうのが渡せるか検討したい。

 仮に向こうが受け取れないとか、やっぱり渡せないとかでも腐ることはないからね。


「あんまり戦闘向きじゃない……要するに人を傷つけたりしないポーションだと、どんなのがある?」

「せやなぁ。普通のポーション以外だと、ラブポーションとかはどない?」

「詳しく話を聞きたいわね」

「そうですね。乙女としては」


 え? そこに食いつくの? どこをどう切り取っても怪しさしかなくない?

 たまに、カイラさんと本條さんのことが分からなくなる……。


「邪神戦役前のダークエルフの薬師がレシピを完成させたらしいけどな、まあ、ほれ薬言うても、そんなに強制力があるもんやないで。元々の好意を増幅させる程度のもんや」


 夫婦生活のちょっとしたスパイスやなと肩をすくめるリディアさん。

 しかし、二人に落胆した様子はない。


 あと、エクス。満面の笑みでイエス・ノー枕抱えるのやめろ。ちゃんとそれ、裏はノーになってるんだろうな? 俺はトリーズナーだから、絶対にノゥとしか言わない男だぜ?


「効果が限定的なのは、むしろ理想的ね」

「ご、合コンで使ったら盛り上がりそうですね?」


 カイラさんは、ゆっさゆっさ尻尾を振っている。

 というか、本條さんから合コンとか聞きとうなかった……。


「ふんふん。まあ、ちょっとだけ特殊なワインがあれば作れるから、今度試供品でも渡すわ。あと、ローションにしてマッサージに使うレシピもあるんやけど」

「それ以上いけない」


 それは絶対にいけない。


「なら、他はあれやな。若返りのポーションとかどないや?」

「また危ないものを……」

「薬に負けると、逆に年を取るんやけど」


 一か八かかよ。却下だ却下。


「そんなら、身長を伸ばすポーションは?」


 RR軍の総裁かな?

 部下に撃たれちゃう。


「まあ、数センチ程度なら、なしではないかなぁ」


 高校生なら、そこまで目立たないよな? 欲しがるかどうかは別だけど。


「最大で、サイズが倍ぐらいにできるのに?」

「巨人じゃねえか」


 こっちとあっちは違うってことを、リディアさんに言い聞かせるのが先だったか……。


「じゃあ、顔変えのポーションもだめやんな」

「怖えのが出てきたな」

「飲んだら、顔を粘土みたいにちょいちょいっといじれるポーションなんやけど」

「それは、便利そうね」


 自分でやんなきゃいけないの怖い。怖くない? 下手したら、とんでもない顔になっちゃう可能性あるでしょ?


 というか、やっぱ、地球で使う機会ねえよ。


「あんまり、あんまりなポーションを持ち込むと、俺の信用が下がっちゃうから」

「となるとここはやっぱり、疲労がポンっと抜ける……」

「人の話ちゃんと聞こう?」


 とりあえず、この辺で打ち切るか。

 リディアさんには、後で作れるポーションのリストを提出してもらおう。


「話を変えるというか進めるけど、もうひとつは、エルフの里に人探しに行くことになる」

「マンサーチャーになったんか?」

「それは畏れ多い」


 まずはせんべい屋から始めないと。

 あと、糸だよ、糸。糸使いだけは、いまだに俺をどうにかしやがる。


「しかし、行っとったのって英雄界なんやろ? どういうつながりで、エルフ探しにつながるんや?」

「それは、英雄界に帰還した勇者(アインヘリアル)の依頼だからよ」

「はぁん、そかそか。そりゃ、英雄界にはおるわな。だったら、ミナギはんと知り合っても不思議はないか」


 納得したリディアさんだが、不意に片眼鏡(モノクル)の縁を触って真剣な表情を浮かべた。


「ほんで、痴情のもつれ的な話でええんやな?」

「そのワクテカした顔を見ると肯定したくはないけど、ぶっちゃけそういうことになるな」


 この辺は、許可を取ったうえで本條さんにも情報共有をしている。


 簡単に言うと、宅見くんはこのオルトヘイムでとあるエルフと恋仲になったのだ。大知少年と夏芽ちゃんには秘密で。


 しかし、まあ、若い……まあ、エルフ的には若いんだろうど、若い二人は愛し合いながらもふたつの世界に分かたれてしまったわけだ。


 エルフのほうは何百年も前の話だが、宅見くん的にはほんの数年前のできごと。


 ある程度気持ちの整理がついてはいるだろうけど、未練がないはずもない。


 そんなところに降って湧いた、ふたつの世界を往復できる存在。


 せめて、元気でやっているということを伝えたい……というのが、宅見くんからの依頼だ。


 依頼料はまだ決めていないが、死蔵している金貨なんかよりは、“貸しひとつ”ってことにしたほうがいいんじゃないかと思っている。


「手紙みたいなのを預かってきたんで、探して渡せたらいいなと。まあ、可能であればってレベルだけどね」


 正確にはビデオレターだが、リディアさんには通じないだろうから適当にぼかす。

 見ずにタブレットに保存しているが、たぶん、元気に暮らせよ。クリスによろしくなとか、そんな感じのメッセージなんだろう。クリスマスによく見るビデオレターだ。


 ……俺は小説版派だから、致命傷でセーフ。


「なるほどなぁ。なかなかロマンチックやん」

「まさか、リディアさんからそんな真っ当な感想が聞けるとは……」

「それ、もしかして恋人やったエルフの子供に渡すことになるかもしれんのやなぁ」

「最低だな!」


 そりゃ、こっちだと何百年も経ってるんだから、別の男性と結婚してるのはある意味当然というか、宅見くんも覚悟してるだろうけど……。


 それを報告するこっちの身にもなろう? 本條さんも、間違えてブラックコーヒー飲んじゃったときみたいな顔してるぞ。


「まあ、戯れ言や、戯れ言」


 青いサヴァンとか赤い人類最強はお帰りください。


「そうそう近場のエルフの里にいるとも限らんしな」


 フラグかな?


「そんで、ミナギはん。最後……三つ目は?」

「メフルザード……あっちの真祖を倒した特典で、吸血鬼の特性をひとつだけ得られることになったんで、リディアさんに相談しつつどれにしようか決めたいなって」

「それを、はよ言い」


 なぜか、怒られた。

 そして、リディアさんは立ち上がり、俺だけでなくカイラさんと本條さんまで睥睨する。


「先達として、ウチがばっちりアドバイスしたるで」


 そう言って、反るように胸を張った。

 まあ、張るほどのボリュームはないのだけど。

ミナギくんのうわさ:突然仕事を辞めたので、自殺未遂説・田舎に帰って結婚説・宝くじ当たった説などが飛び交ったが、前触れなく辞めた件に関しては職場では特に話題にならなかったらしい。

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