07.はじめての依頼
宅見くんたち異世界帰還者同盟の三人と別れた俺たちは、何事もなく帰宅した。
まあ、そうそうヴェインクラルやらメフルザードとエンカウントなんかしてられないからな!
……二度とごめんだよ、ほんと。
途中でタクシーを拾って本條さんは送り届けたので、家にいるのは俺とカイラさんの二人。
いや、三人だ。
「やっぱり、実家の無線LANが一番落ち着きますねぇ」
「フリーWiFiじゃダメなのか? 奥が深いな、電子の妖精……」
家に帰ると同時に鞄から出したタブレット。
その液晶画面から、待ちかねたようにデフォ巫女衣装のエクスが飛び出てきた。
ファンタジーというかSFな状況だけど、もはや見慣れてしまった光景。異世界行きと同時に出現されたら、疑問に思う余裕もないよな。
「野良WiFiのセキュリティの弱さはどうとでもなります……というかこっちから乗っ取ってやってもいいぐらいですが、そもそも不安定ですからね」
「完全な上から目線だ……」
「というわけで、一部始終はちゃんと聞いていました」
ダイニングテーブルにタブレットを置いて、俺はその正面に座った。
なんだろう? 季節毎の面談か、あるいは進路指導のような緊張感だ。
カイラさんは、なにも言わずにお茶を入れるためにやかんをコンロに掛ける。
……馴染みすぎ。馴染みすぎじゃない?
「最初はどうなることかと思いましたが、無難な着地点に持ち込めたと思います」
「お、意外な高評価」
「顧客の新規開拓ができたのは、望外で予想外でしたね。ミナギ商会の収益の柱になってくれるかもしれません」
「屋号は、それで決定なんだ……」
分かりやすいけど、自分の名前が前面に出てくるとちょっと引くところない?
「勇者の遺産、どんなものが出てくるか楽しみね」
お茶を入れてくれたカイラさんもダイニングテーブルに移動し、会話に参加する。
俺はありがとうと言って、湯飲みを手にした。
カラオケボックスでも水分補給はしているけど、熱いお茶は落ち着くな。日本人なら、タピオカミルクティーよりグリーンティーだ。
ちなみに、現在、我が家では禁コーヒー法が施行されている。
原因は俺だ。
話の流れで、栄養ドリンクを飲んだ後にコーヒーをあおる『追いカフェイン』でデスマを乗り切った……とか冗談っぽく言ったら、一気に空気が重たくなったのだ。
俺は、いつの間にベタンの魔法を……?
とか現実逃避してたら、コーヒーは排斥されていた。ここはヤンファミリーかよ。
お茶もカフェイン入ってるからね? とか言ったら麦茶にされそうなので、賢明なる俺は沈黙を選んだのだけど。
ノーカフェイン、ノーライフだよ。
「遺産って言っても、そんなに数を持ち込めたとは思えないけど」
「でも、勇者の武具がいくつか行方不明になっているのは事実よ」
それ、運営が回収してるんじゃないかなぁ。
たぶん、平時には危険なアイテムもあっただろうし。んで、平気そうなのを宝箱とかガチャとかに回してる。
本條さんの魔道書は、ちょっと外観に手を入れておくべきだったと思うけどな。ちょっとというか、抜本的に。
「とりあえず、本格的な取引はポーションを渡して信用を得てからですね」
「そうだよな。いくら半分不要品とはいえ、貴重なマジックアイテムを簡単に渡してくれるはずもないし」
現金を積む方法もなくはないが、ひたすら怪しいしなぁ。
それに、記念に持ってきた伝説の剣とかが出てきたら困る。精々、はじゃのつるぎぐらいで許してもらいたいところだ。奥さんの手作り弁当を売りに出したりはしないから。
「とはいえ、あんまり高価だったら、普通に買い取りとかできないよな。資本金が吹き飛ぶ」
「逆に、危険性がありそうだったら、なにがなんでも回収しないとですけどねぇ」
「……出たとこ勝負か」
「今から気に病んでも仕方がないという意味では、その通りね」
どうか、金貨とか魔力水晶だけでありますように。
……逆にフラグになるわ、これ。
「でも、顧客が増えたら税金がまた面倒くさくなるよな?」
「そこはエクスの領分ですから。オーナーは気にしなくていいですよ。むしろ、気にして萎縮される方が困ります」
すごい。
エクスの包容力がすごい。
「いくらエクスが優秀といえど、油断はしませんからご安心を。アルカポネが検挙されたのだって脱税からだって話ですからね」
「階段から落ちるベビーカーを助けたら、許してもらえないかなぁ」
無理ですね、そうですね。
階段から落ちるベビーカーは、ないほうがいいしね。
「それよりも」
ぱんっと手を叩いて、エクスが俺たちの注目を集める。
いったい、どんな話が……?
「エクスとしては、オーナーにお友達ができたことが嬉しかったですね」
「いや、相手高校生なんだけど。お友達はねえだろ。そもそも、なに話したらいいか分かんねえよ」
「綾乃ちゃんだって、現役JKですよ?」
JK言うな。
「本條さんは、ほら。大人っぽいと言うか、落ち着いてるというか……」
「つまり、綾乃ちゃんはオーナーの守備範囲内だと?」
「そういう話じゃなかったよな!?」
「カイラさんも、同じになりますね?」
「私のことは、今はいいのよ」
なんというか、俺が本條さんの守備範囲内なのが問題というか……。
気持ちは、もちろん嬉しいんだけど……。
俺ぐらいの年になるともう、付き合うということは、イコール結婚みたいなところがあるんだけど、それを女子高生の本條さんに共有してもらうというのは無理がある。ありすぎる。
……そういう話はいいんだ。
それよりほら、いろいろ言われているが、俺は別に友達がいないとか交友関係が狭いとか、そういうことはない。
単に、仕事が忙しすぎて途絶えただけだ。
仕事の関係で高校時代からのTRPG仲間とは疎遠になってしまったが、会社の……元同僚とだってやり取りしてる。
この前だって、隣のチームの人間が親実家の金でフランス旅行に行くらしいですよって話をメッセージアプリでしたしね。
どうやら、配偶者の両親がそっちにいるので会いに行くのに金を出してもらったらしいのだが。
「ヒモ旅行ですよ」「ヒモ旅行だな」「どうやったら、ヒモ旅行できるようになりますかね?」「そういう下心がある時点で、お前にゃ無理だよ!」「ピーキーすぎたかぁ」というような具合に盛り上がったのだ。
我ながら最低だな!
でも、仲が良くないとこういう会話はできないはず。
俺が仕事辞めた件に関しては見て見ぬ振りをする優しさがあったし。精々、「デスク周り……まこと広うなり申した」とか言われたぐらいだ。
「なんにせよ、そろそろ向こうへ戻るタイミングですね」
「……だなぁ。本條さんと予定のすり合わせだな」
こっちで時間が経ってないんだからいつでもいいように思ってしまうが、ワンクッション置かないと微妙に現実に戻れないんだよね。
できれば、休前日がいいのではないかと思う。
「おや。てっきり、ごねるかと思いました」
「そんなことしないよ」
ここで、本條さんは別に向こうへ行かなくていいんじゃない? と言うほど、あるいは言えるほど、根性が座った人間ではない。もしそうだったら、今でも会社を辞めてはいないだろう。
「あっちには、本條さんの書斎もあるしね」
「ふむふむ。そういうことにしておきましょうか」
含むところがありそうなエクスに、俺は反論しなかった。
なにか言っても無駄と、コミュニケーションを放棄した……わけではない。スマートフォンに着信があったからだ。
思わず、会社からの呼び出しかと身構えてしまったが、違った。そうだった。会社とのやり取りは弁護士経由なんだった。
では、相手が誰かというと……。
「宅見くんか……」
エクスとカイラさんが、顔を見合わす。
二人にとっても意外な相手だったらしい。
待たせるのもなんだし、二人にはむしろ事情を把握して欲しいので応答した上でスピーカーホンにする。
「もしもし、皆木です」
「突然すみません、宅見です。今日はお世話になりました……」
「いや、全然。社会人には大したことじゃないよ」
と、お礼から始まったが、それだけってことはない。
「できれば、直接話したかったので……」
文字でやり取りを残したくないということか。
もしかしたら、異世界帰還者同盟に関して、あの場では言えなかった話があるのかもしれない。
「こっちはもう家にいるから、大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
緊張している気配が、スマホ越しにも伝わってくる。
カイラさんもエクスも、もちろん俺も下手に話を急がせたりせず、宅見くんの言葉を待つ。
続きは、きっかり一分後に発せられた。
「実は、そちらの世界で探してほしい人がいるんです」
「本人? それとも、子孫とか?」
沈黙。
それが破られるまでの時間は、先ほどの倍ぐらいかかった。
「……たぶん、本人になると思います」
「ということは、エルフとか寿命が長い種族なのかな?」
いや、決めつけは良くないか。魔法使いとかも寿命長かったりするのかもしれないし。
……そういえば、魔法使いにも出会ってないな。やっぱり、俺の交友関係狭すぎる。
「はい。エルフです」
「エルフなら、俺たちが拠点にしている街の近くに里があるよ。交易もしているから、人を探すぐらいのことはできると思う」
「本当ですか!?」
「もちろん、そこにいるとは限らないけど」
「そうですね。それはそうです」
冷静な。
否、冷静さをコーティングした声がスマホのスピーカーから聞こえてくる。
「実は、探してほしいのはエルフの……女性なんです」
「詳しい話を聞こうか」
ほうほう。それはそれは。
電話で正解だった。
今、俺はかなり驚いた表情をしているはずだから。
でも、仕方ないよね?
過去の勇者と、エルフの女性。
確かに、大知少年や夏芽ちゃんの前ではできない話だ。
ふと見上げると、エクスとカイラさんも愕きと同時に興味津々といったご様子。
うん。これは、協力するしかないな。
……もちろん、年長者としてだけどね?
本條さんのうわさ:最近、お手伝いさんがイキイキしていて喜んでいるらしい。




