06.カラオケボックスの出会い(下)
「今でも同じ名称か分からないですけど、キュアディジーズ……病気を治癒するポーションとヒーリングポーションをとりあえず人数分は欲しいですね」
「妥当なところだね」
答えながら、新規顧客のリクエストを頭の中で吟味する。
サークルの人数分……最低で十本ずつぐらいか。
効果はほどほどにしてもらう必要があるけど、リディアさんに頼めばすぐだよな。
濡れ手に粟の予感がする。
「ああ、ポーションあるといいよな」
「うん。使う使わないは別として、手元にあると安心できるわよねー」
大知少年と夏芽ちゃんの二人も同意した。
あんまり深く考えておらず、便利だからあると嬉しいというぐらいの認識のようだ。
つまり、日本に帰ってきてまで危険なことはしていないということのようだ。
この二人に限って言えば、悪用するとは考えにくい。
今すぐ渡しても構わないくらいだけれど、カイラさんはそこまで能天気じゃなかった。
「止めはしないけど、加えて、秘密は絶対に厳守すること。出元がミナギくんであることは、絶対に秘匿すること。この二点は、譲れないわ」
交渉の矢面に立つ宅見くんを赤い瞳でじっと見つめ、厳しい声と表情で威圧した。
その雰囲気に、カラオケボックスにそぐわない沈黙が訪れるが……それを破ったのは眼鏡の彼だった。
「そうですね。自分自身と、本当に大切な人以外には使用しないこと。もちろん、転売などもってのほかであることに同意したメンバーにだけ渡すことにします」
「そこは、宅見くんを信じるよ」
というより、信じるほかない。
それを分かっているからか、カラオケボックスの薄い照明の下、宅見くんはしっかりとうなずいた。
まあ、俺はともかくエクスや本條さんに累が及びそうになったら、最悪オルトヘイムに引きこもるか……って、しまった。
普通にポーション買ったことがないから、市販価格が分からない。向こうに戻った時に確認しておこう。
でも、そんなに高いとは思えないんだよなぁ。もちろん、地球での価値が全然違うのは理解している。
後遺症もなく一瞬で怪我や病気を治すなんて、まさに魔法。新興宗教だって作れちゃう。
さすがの《初級鑑定》だって、そこまで加味して値段を出すわけじゃないだろうから基準が難しいんだよなぁ。
そうは言っても、いきなりぼったくり価格で卸すわけにはいかない。
となると、種類を増やす方向性かな。
「エンハンスポーションだっけ。身体能力を上げるポーションなんかもあるけど、どうする?」
言いながら気付いたけど、これたぶんドーピング検査に引っかからないよな。あからさますぎたら疑われるだろうけど、上手く使えば金メダルでオセロができそう。やっぱ、流通には気をつけないと。
「そう言われると……保険で欲しくなりますね」
困ったと、宅見くんが苦笑する。
でも、こっちの商売としては、そこそこで満足してもらっちゃ困るんだよな。
もちろん、秘密は厳守してもらうのは大前提だけど。
「メフルザードみたいなのもいるんだし、念のため持っておくのはありかなって思うけど」
「あ、そうだ。吸血鬼って、強かったんすか?」
「強すぎて、一回逃げたぐらい強いよ」
話がずれるけど、大知くんの質問に答えた。下手にごまかしたり話をそらすのも怪しいだろうし、営業の一環でもある。
適当にぼかしつつ、異世界で対策を整えてから三人で協力して倒したと、かいつまんで説明する。
「へー。吸血鬼って、吸血鬼の血が弱点なんすか」
「一回戦ったけど、あたしの蹴りで四散したわね」
「あれは、返り血が酷かった……」
と、そんな思い出話に花が咲く。
お陰で、世界樹の力で復活したとか、その辺は触れずに済んだ。
……リディアさんへはともかく、世界樹へのお供えとかもしたほういいよな。腐葉土とかでいいだろうか?
「それにしても、残機制ですか……」
「はー。それって、ずっと楽しめることじゃん。すげー」
「そうよね。バカイチは、バカイチよね」
まあ、そういうバトルジャンキー系のキャラも必要だと思うよ? うちのパーティには、ちょっと合わないけど。ますますの活躍をお祈りしています。
「そんな相手だと、確かに、怪我を治すだけじゃ意味がなさそうですね……」
眼鏡を外してから、宅見くんが嘆息しつつ言った。
「仲間に薬師……ポーション職人がいるから、相談して売れるポーションのリストを作ってくるよ」
「よろしくお願いします」
「あと……そうか。ポーション代金以外の金貨があれば日本円に両替するし、魔力水晶を持て余してたら買い取りをするのもありか」
うん。ポーションを渡すのであれば、彼らにはお金を持ってもらわないとならない。そうすれば、少なくとも経済的な理由でポーションを横流しされるリスクは減る。
……そこまで心配なら止めればいいんだけど、それはそれで異世界帰還者同盟からの不審を呼ぶし得策じゃないんだよな。
「それは、たぶん喜ぶと思います」
「見つかっちゃいけないから部屋に隠してるんだけど、結構プレッシャーなんだよな」
「それは、エロ本をカモフラージュにして隠してるからだと思いまーす」
「なぜそれを!?」
「今度、鳥類図鑑に入れ替えておくわ」
「夏芽は俺をどうしたいんだよっ」
こらこら、仲がいいのはいいけど、本條さんが赤面してるじゃないか。
ただでさえも、気後れしてるのか黙って話を聞いているというのに。
しかし、あれだな。
MMOを引退するプレーヤーから、アイテム引き取ってるみたいなノリになってきたぞ。
「そういえば、他のメンバーの方も同じ高校生なのでしょうか?」
意を決して……とまで言うと大げさだが、話が一段落したところで本條さんが問いを投げ掛けた。
それはまさに、俺が聞きたい話でもあった。
「最年長は会長ですけど……それでも、大学生ですね」
「なんか、インド行ってくるって言ってたよね。聖地巡礼? っていうので」
「俺は、エジプトだって聞いたぞ」
異世界よりもすごい気がするなぁ、インドとエジプト。
あと、その人イタリアとロンドンとニューヨークとメキシコにも行くと思う。
「最年長で大学生なんだ……。若いな……」
「そうですか?」
「そうだよ」
ほんとに、若い子しかいないないんだな。ネタ的に、バーコードな部長さんとか、買い物袋にネギを差したおばちゃんとかいても良さそうなもんなのに。
まあ、俺も確実にそっちにカテゴライズされるけどね。
なぜ学生時代の俺は、今日はちょっと渋めでいきたいから20代後半にしようかなとか言ってTRPGのキャラを作ってたんだ。アラサーとか、断然若手だよ。
「就活が憂鬱だって言ってたぜ。よくわかんないけど」
「あたしたちの時は、景気が良くないと困るー」
異世界でぶいぶい言わせていても、現実はこれだ。
俺たちは邪神や魔王の前に、政治と立ち向かわなければならないのだ。
その大変な就活で入った先がブラックだったりするわけだしね。ゆ゛る゛さ゛ん゛!!
やっぱり、現実なんて、クソゲーだな。
「就活はともかく、皆木さんが入ってくれれば最年長ですね」
「俺に会員資格あるのかなぁ?」
帰還というか、往復してるんだけど。
「そう言われてみると、確かに……」
「関係ないだろ。仲間外れは良くないぜ?」
「そう言ってもらえるのはありがたいけど、なんかポジション的に会員になるよりは、オブザーバーみたいな感じのほうが良さそうな気もするね」
新参が最年長とか、どう考えても地雷案件だ。
ああ。でも、本條さんが入りたければ別か。
この辺は、あとで確認しておいたほうがいいだろう。
「そうですね……。そのほうが良さそうな気がしてきました」
眼鏡の彼が、俺ではなく本條さんのことをちらりと見ながら言った。
うちの本條さんが、サークルクラッシャーになるとでも?
……否定できない。
こればっかりは、本人の意思は関係ないもんなぁ。TRPGサークルでも、若い頃はちょっと、そういうトラブルが……。
それ以上いけない。
「ところで、あなたたちの結社員で、戦う力を持っている人間はいるのかしら?」
「いませんよ。というか、結社員ってちょっと……」
エアーズアドベンチャーかな?
「俺も、鍛えた分は無駄にはなってないけど、あっちにいた頃みたいな力はねえな」
「全盛期のあたしだったら、さっきのキックで大知の体はふたつになってたね!」
「全盛期の俺だったら、余裕で弾いてたっつーの」
経験はなくなっていないけど、ファンタジーな力は失われていると。
完全に以前の状態に戻っているわけじゃないんだな。一種のレベルキャップのようなものだろうか?
妥当な処置なのは間違いない。でも、ちょっと引っかかるな……。
「もっとも。隠されていたら、分からないですけど」
それはそうだ。
「よし! だいたい話は終わったよな。歌おうぜ!」
宅見くんが肩をすくめ、俺が考え込んだタイミングで大知少年がマイクを手にした。
「大知、話はまだ……」
「まあ、せっかくだし」
いわゆる飲みニケーションは否定的な俺だが、嫌々でなければ一緒になにかをしたという経験は、仲良くなるには有効だ。
それに、ここから先は宅見くんと個別でやり取りしたほうがいいと思う。
というわけで、連絡先を交換してからは普通にカラオケとなった。
……が、アラフォーに最近の歌は分からない。アニソンは、ちゃんと最新のでも分かるんだけどね? さすがに、この場で披露するほど空気が読めないわけじゃない。
それでも、夏芽ちゃんの元気でポップな歌は印象的だったし、大知少年は本條さんへのアピール目的か、ラブソングを情熱的に歌い上げた……が。
その本條さんは、ガチなアヴェ・マリアで聴衆の度肝を抜いた。
カラオケでアヴェ・マリアってあり? と思ってしまったが、本條さんなら大いにありだった。
ほんと、超美形のうえに美声まで取ってたのかよってぐらい上手くて、大知少年のアピールなど消し飛んでしまった。
いつも通りなのは、平然と注文したフライドポテトとか食べてるカイラさんだけだ。
そのカイラさんも、【チョーカー・オブ・エンジェルブレッシング】があるから歌は上手いんだろうけど、残念ながら知っている歌がなかった。
でも、完全な聞き役でも楽しめてはいるようだ。
俺も、盛り下がらない程度に曲は入れたけど、基本は料理や飲み物の注文を専門にしていた。
カラオケといったらハニトだよね。
「皆木さん、こんなにいいんですか?」
「もちろん。食べるために注文したんだからね」
「いただきまーす」
「まーす」
うんうん。若い子は、どんどん食べなきゃ駄目だよ。
なんというか、こう、大人になると自分で食べるより誰かが食べてるところを眺めている方が満足度高いんだよね。
そんなこんなで数時間後。
「秋也さん、そろそろ……」
本條さんも門限を気にしだしたし、帰ろうか……という空気になったのだが。
「えー。まだいいじゃねえか」
「ここからだよね」
大知少年と夏芽ちゃんは空気を読まなかった。読めないのではないと信じたいが、結果は変わらない。
「大知……夏芽……」
扱いに困っている宅見くん。
そこで、俺は、ある曲をリクエストした。
「蛍の光だ……」
「すげえ……。やべぇ、めっちゃ帰らなくちゃいけない気がしてきた!」
冗談みたいだけど、蛍の光を聞くと帰巣本能が刺激されるのだ。ぶぶ漬けと一緒に出すと、こうかはばつぐんだぞ。
そんなこんなで、なかなか有意義な出会いだった。
もちろん、俺のおごりだったが、大人の義務だし交際費だと思えばどうということもない。
領収書も、ちゃんともらった。
エクスに怒られるからね!
勇者時代の三人のクラス
大知少年:典型的なHFO(ヒューマン・ファイター・男)。グレートソードぶん回してました。
夏芽ちゃん:脳筋系モンク
宅見くん:前衛二人のお世話に奔走する苦労人系ウィザード