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05.カラオケボックスの出会い(上)

「本当は十人以上いるんですけど、とりあえずの顔見せで二人だけ呼んでいます。みんながみんな、近くにいるわけでもないので……」

「それはそうだ」


 集まるのは、メフルザードの喫茶店からは数駅離れた場所にあるカラオケボックスとなった。

 その廊下を歩きながら、俺は当然だねとうなずいた。異世界帰りがそんなに固まってたらびっくりする。


 それに、いきなり全員で会うのはお互いにとってリスクがある。そういう意味でも、当然のことだった。


「二人とも、僕と一緒にあっちへ行った幼なじみでいいやつですから安心してください。ちょっと、バカですけど」


 そう表する宅見くんだったが、眼鏡の向こうの瞳には親愛の情があった。


 まあ、最初から心配はしてないけど、大丈夫だろう。大丈夫じゃない場合はカイラさんがなんとかしてくれるし、俺は余裕を持って対応すべき。


 単純な役割分担だ。


 そのカイラさんは、最後尾で油断なく俺たちを見守ってくれているようだった。

 一方、初めて入ったってわけじゃないだろうけど、本條さんは興味深そうに周囲に視線を走らせている。


 ……いや、普通に初めてな気がしてきた。


 俺、箱入りのお姫さまに悪い遊びを教えている駄目な男になってない? あ、今、脳内エクスが、「責任を取れば大丈夫ですよ、オーナー」って言ってた。


 と、危機感を憶えたところ、宅見くんが立ち止まった。どうやら、待ち合わせの部屋に到着したらしい。防音の扉越しに、歌声のようなものが聞こえてくる。


夏芽(なつめ)大知(たいち)。お客さんを連れてきたよ」


 軽くノックしてから中に入ると、お坊さんみたいな名前のアーティストの曲がちょうど終わるところだった。


「歌ってるなよ……」

「せっかくカラオケボックスにいるんだから、そりゃ歌うだろ?」


 宅見くんと、もう一人の少年が気安い様子で言葉をぶつけ合う。

 仲は良さそうだ。


 その二人を尻目に、私服の少女が手を挙げた。


風見(かざみ)夏芽(なつめ)です。よろしくお願いします!」


 と言って、わざわざ立ち上がって90度のお辞儀をするショートボブの少女。礼儀正しいというか、ちっちゃくてかわいい系の顔に似合わず体育会系?

 そう思ってよく見ると、照明が暗くて目立たなかったが、うっすらと日焼けしているように見えた。


「風見さんだね。皆木秋也です、よろしく」

「年上の人にさんづけなんてされたら、こそばゆいです。気軽に夏芽ちゃんと呼んでください」

「分かったよ、夏芽さん」

「夏芽ちゃんです。さんづけとか、可愛くないですから!」

「あ、うん」


 身長と反比例する女子高生パワーに押され、俺は思わずうなずいていた。というか、うなずかされていた。

 やべえよ。話通じないよ。そもそも、なに話したらいいのか分かんねえ。


 その点、本條さんって、すごい大人だったんだなぁ。


 と脅威と感慨を憶えていると、宅見くんと言い合いをしていた少年が立ち上がった。細マッチョな野球部っぽいイメージがある。

 顔は整っているとまでは言えないが、人好きのするいい笑顔だ。容貌よりはカリスマにCPをぶち込んだというところか。


十河(そごう)大知(たいち)。大きく知ると書いてタイチっす」

「そごう……。ああ、十河(そごう)存保(まさやす)十河(そごう)ですね」


 本條さんが一人納得する。


 先に自己紹介した夏芽ちゃんは頭上に疑問符を浮かべていたが、俺の知識にある名前だった。


 十河(そごう)存保(まさやす)

 三好一族に連なる戦国武将。豊臣秀吉の四国征伐後は、仙石秀久の与力大名となる。その後、九州征伐に参戦し、戸次川の戦いで戦死。


 俺の中で、戦国難読武将トップ5に入る存在だ。

 まあ、正式な読みが判明していない明石全登よりはましだろうけど。


「名前じゃなくて苗字のほう反応されたのは、初めてだぜ。まあ、よく分かんないけど、よろし……く」


 本條さんに話しかけていた大知(たいち)少年の動きが止まった。

 顔が真っ赤になり、心臓が大きく高鳴る。


 それは、恋に落ちる音。


「付き合ってください!」

「不可能です」


 まあ、すぐに恋が壊れる音がしたんだが。


 それにしても、不可能ですって、告白のお断りで聞いたことねえな。

 未来も可能性もゼロだ。無しかない。


「だとしても! そこをなんとか!」


 なおも、大知(たいち)少年はめげなかった。


 ……けど、それは成功を保証するものではない。


「無理です」


 と言って、本條さんは俺の背後に隠れた。

 普通なら感じちゃいけない体温とか芳香とかに襲われ、思わず硬直してしまう……が、それどころじゃない。


「カイラさん、手出し無用だよ」

「そうね。あちらに任せましょう」


 カイラさんが静かに制裁を加えるのではないか。

 そんな心配は、杞憂に終わった。


 なぜなら、先に動いたのは夏芽ちゃんと宅見くんだったからだ。


「このバカイチ!」

「失礼すぎるだろ!」


 夏芽ちゃんがショートパンツからすらりと伸びた足でミドルキックを放つと、宅見くんもローキックで追撃。


 哀れ、大知くんはその場に崩れ落ちた。


 そこから目を離し、宅見くんが眼鏡のずり落ちを直しながら言う。


「すみません、皆木さん、本條さん。こいつ、ほんとバカで……なんというか、考えなしで、バカで……でも、悪いやつじゃないんです。これで悪いやつだったら救いがないというか、そうだったら簡単に見捨てられるんですけど……」

「そうだ! 悪気はない。愛しかないぜ!」

「あたしもタクも、喋っていいなんて言ってないんだからね?」


 夏芽ちゃんが、なおも言い募る大知くんの後頭部を掴んでカラオケボックスの床にすりつける。


「あたた。確かに、初対面でこれから大事な話があるってタイミングだったのは、悪かったけどさ」

大知(たいち)、身の程を知れよ!」

「TPOの問題ですらなかった!?」


 俺もビックリだよ。


「そうよ。だいたい、うちのモモはどうするのよ」

「夏芽のとこのモモは、インコじゃねーか」

「そうよ。バカイチには、もったいないぐらいよ!」

「ああ、うん。ごめんなさい……」


 大知くん、ちょっとシンパシーを憶えないでもないけど、関わってると話が進まないな。


「本條綾乃です」

「カイラ、野を馳せる者(セリアン)よ」


 同じ感想だったのか、本條さんとカイラさんが軽く自己紹介。

 それにあわせて、俺たちは異世界帰還者同盟リーグ・オブ・リターナーズの三人とは反対側のソファに座る。


「とりあえず、そっちの話から聞いてもいいかな?」

「はい」


 眼鏡を外し、クリーナーで拭いてからかけ直す宅見くん。


「と言っても、先ほど軽く説明した以上のことはありませんよ」

「俺たち三人まとめて別の世界に飛ばされて、邪神の眷属っつったっけ? とにかく、悪いヤツぶっ飛ばしただけだよな」

「うんうん。大変だったけど、今にして思うと楽しかったよね」


 どうやら、この三人は王道冒険を繰り広げたようだ。

 きっと、やべえオーガにターゲットロックオンされたりとか、海に出たらもっとやべえモンスターに巻き込まれたりはしていないに違いない。

 したとしても、ちゃんと倒しているんだろう。偉い。


「役目を終えた僕たちは、世界樹が降臨したとき、まとめて地球に戻ってきました。他の客人(まろうど)もたぶん一緒だったはずです」


 うん? 話が噛み合わないぞ。


「えっと、俺たちは邪神の眷属とかに会ってないよな? また別の世界なのか?」

「いえ」


 カイラさんが短く否定した。

 事前に宅見くんから聞いていたのか、カイラさんが野を馳せる者(セリアン)だと知っても残る二人からは特に反応はない。


 が、その耳と尻尾に視線が釘付けだった。


 気持ちは分かる。


「恐らく、彼らは邪神戦役の頃に召喚された勇者(アインヘリアル)だと思うわ」

「確かに、邪神の眷属と戦っていましたけど、そういう呼び方はしていなかったような? 単純に客人(まろうど)と呼ばれていました」


 くいっと眼鏡を直して疑問を呈する宅見くん。


「そうね。邪神戦役からは数百年が経過しているのだから、名称も変わると思うわ」

「マジかよ」


 真っ先に反応したのは大知少年だった。

 そりゃ、帰ってから何年も経ってないだろうに、向こうは何百年後とか知ったら、驚き以外のなにものでもないな。


「ええー。じゃあ、もう、王様とか姫騎士さんとか、みんな死んじゃってるんだ」

「いや、エルフのみんなは生きているだろうけどね……」


 ちょっと、しんみりしてしまう。


「まあ、そりゃしゃーねーわ。でも、俺たちが頑張ったから何百年後があったわけだしな」

「ええ。オルトヘイムの民の一人として、感謝しているわ」


 カイラさんが深々と頭を下げた。


「なんか、あたしたちのやったことがつながってるんだなって思うと、嬉しいね」

「夏芽にしちゃ、まともな感想だぜ」

「バカイチと違って、あたしはセンチメンタリズムを感じずにいられないんだよ。乙女座だからね!」


 ぎゃーぎゃー言い合う、大知少年と夏芽ちゃんを優しく見守る宅見くん。

 なかなかいい関係のようだ。


 十年後ぐらいに同窓会で再会してドロドロしそうだな、とかは思っていない。絶対に。


「秋也さん、次はこちらの話ですね」

「ああ、そうだな」


 空気を変えてくれたカイラさんと本條さんに心の中でお礼を言いつつ、こっちの背景をかいつまんで説明する。


 とりあえず、エクスの存在は触れずに、行ったり来たりしているうちに吸血鬼メフルザードに目を付けられて倒したとか、その辺を。


「え? 皆木さんたちは行ったり来たりしてるんですか?」

「まあ、まだそんな回数ではないけど。結構、代償が重たいし」


 そんなことができるとは思わなかったのだろう。

 夏芽ちゃんなど、隠すのも忘れてぽかんと大きく口を開けている。


 でも、往復できることを伝えないと、戻れないのを承知の上でカイラさんをこっちに連れてきたことになっちゃうからなぁ……。


「そもそも、俺はおまけというか……」


 エクスが本体で、俺はエキストラなNPCというか。


「あの……。めちゃくちゃ不躾で申し訳ないんですが……」


 ようやく衝撃から立ち直った宅見くんが、声をひそめて言う。


「ポーションとか、何本か融通してもらえませんか」

「ポーション? ああ、なるほど」


 身内が怪我か病気をしたときの保険として、確保しておきたいということか。


「絶対に悪用はしませんから」

「そこは、お互い似たような境遇だから信頼してるよ」

「ありがとうございます。それで、支払いなんですが……」


 最初の数本は善意の無償でも構わないが、あんまり一方的に与えるのはお互いのために良くない。

 そして、彼らの支払い方法に心当たりがあった。


「あわよくば換金できたりしないかなって持ってきた金貨があったりするんで、これでお願いできませんか?」

「それは全然問題ないけど……」


 思わず、本條さんと顔を見合わせる。

 どうやら、同じことに思い至ったようだ。


 これ、顧客の新規開拓に成功しちゃったんじゃない?

カイラさんの噂:皆木家に居候中のカイラさん。寝るときは、押し入れの中……と見せかけて、天井に張り付いているらしい。

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