04.振り出しとあがり
反応は劇的……というか、過激だった。
「ちょぉっ、ごかっ――」
瞬間的に爆発的に動いたカイラさんが眼鏡の彼の背後に回り、首を絞め喫茶店へと引きずり込む。
――というのは、眼鏡の彼の姿がなくなり、メフルザードの店から音が聞こえてきたことからの類推に過ぎない。
それくらいの早業。仮に防犯カメラがあったとしても、コマ落ちしたように見えるだけだろう。
きらきらはついてないけど、カイラさんなら衆人環視の中でも拉致など容易いというわけだ。
パネェ。
一番恐ろしいのは、その腕前じゃなくて躊躇のなさな気がする。覚悟してる幹部は違う。
「秋也さん、魔道書を」
「あ、ああ」
言われるがまま、持ち歩いていた通勤鞄から妖しい魔道書を取り出した。
同期していない俺が触っても呪われることはなく、同期している本條さんが持てば、強力な魔法の発動体となる。
「水を一単位、幻を四単位。加えて地を二単位。理を以って配合し、人の意識を逸らす――かくあれかし」
本條さんが魔法を完成させると、済んだ風鈴のような音色が鳴り響いた。
しかし、それだけ。
他に、変わった様子はない。
「幻で覆い隠すのではなく、そもそも気取られない、気付かれないような魔法を使いました」
「人払いの結界みたいなものか……」
伝奇ものかな?
このまま進化したら、炎髪灼眼なヒロインが出てきそう。
なんてことを考えながら、本條さんと一緒に店に忍び込む。
カイラさんは、奥かな?
「とりあえず、例の個室に行ってみようか」
「はい、そうですね」
「オーナー、エクスは、様子見で引っ込んでいますね」
二人で奥へ進む途中、エクスが顔を出して言った。
「ああ……。悪いけど、それで頼む」
「まったくノープロブレムですよ。それから、建物内に監視カメラの類はないようなので安心してください」
「そこまで分かるの?」
「もちろん。電子の妖精ですから」
こういうところ、エクスは変に出しゃばったりしないからいいよな。めっちゃドヤ顔だったけど。ドヤ顔だったけど。
「ここにもいませんね……」
「となると、もっと奥か」
俺たちの視線は、地面に空いた大穴に向かう。
現場保全なのか他の理由なのか、地下への入り口はぽっかりと穴が空いたままだった。
「魔法を使いますね」
「ああ、うん。よろしく」
俺が《渦動の障壁》を使っても良かったが、眼鏡の彼と会うことを考えると、変に目立たないほうが良いだろう。
……だから、おんぶにだっこされてるわけじゃないんだよ?
「火を一単位、風を三単位。加えて地を一単位。理を以って配合し、虚空を舞う――かくあれかし」
魔法を使った本條さんに手を引かれ、一緒に穴の縁から飛び下りる。
紐なしバンジーというには低すぎるが、それでも落ちたら怪我は免れない。
だが、地面から離れた俺たちは、風に舞う木の葉のようにゆっくり落ちていく。
飛行や浮遊じゃないけど、安全に下りられる魔法だ。TRPGでも、落とし穴みたいなトラップ対策で似たような呪文があったりする。
なお、落とし穴にはベトコンみたいに槍衾が仕掛けられていて、ゆっくり刺さった模様。
「……向こうから声が聞こえますね」
今回はもちろんそんな悪質なトラップはなく、声が聞こえた通路の奥へと向かう。
「カイラさん、入るよ」
果たして、カイラさんと眼鏡の彼はオーナールーム。メフルザードのノートPCや棺が置かれていた部屋にいた。
「なにが目的で、私たちに近付いたのかしら?」
ただし、眼鏡の彼は縛り上げられ、床に転がされている。データで戦いつつ、最終的にはデータを捨てそうな顔が台無しだ。
一方、それを、冷たい赤い瞳で見下ろすカイラさんの迫力といったら。
完全にこっちが悪役です。本当にありがとうございました。
……でも、カイラさんとしても手を抜けないのは分かるからなぁ。
どう場を収めたものか。
「誤解です。危害を加えるつもりなんて、欠片もないんですって。僕も、仲間みたいなものなんですから」
「……そうよね」
必死の弁明に、カイラさんが慈母のような微笑みを見せた。
あ、これ駄目なヤツだ。
「吸血鬼が一人いたのだもの、仲間がいてもおかしくないわよね」
「違いますって! そっちの仲間じゃないですから!」
床に転がったまま。制服が汚れるのにも厭わず……というか、そんなことは完全に意識の外で、必死に主張する。
「あなたたちも、魔法とか使えたり、異世界から帰ってきたんでしょう!?」
そして、半ばパニック状態になって、眼鏡の彼がクリティカルな台詞を口にした。
そこまで分かってるのか。
ということは……。
「異世界? なんのことかしら?」
「いやいやだって、耳! ケモミミと尻尾! 野を馳せる者なんでしょう?」
眼鏡の彼には、カイラさんの姿がちゃんと見えていたらしい。そりゃ、滑稽なくらいばればれだ。
……ということは、《リフレクティブディスガイズ》を持ってるか、看破できる能力があるってことになるよな。
同じ結論に至ったのか、カイラさんだけでなく本條さんの表情も険しくなる。
「それに、そっちの人は魔力持ちじゃないですか」
「へえ……」
本條さんを見ながら、一生懸命に仲間アピールするが……軽率すぎる。かばえなくなっちゃうじゃん。
カイラさんの赤い瞳が、さらに細くなる。耳も尻尾も、微動だにしない。
完全に表情は消えているが、ただ、害になるなら生かしてはおけないという絶対の意思だけは感じられた。
「カイラさん、ちょっと落ち着いて。もっとちゃんと話を聞こう」
「ミナギくん……」
唐突に俺が割って入ることで、カイラさんがクールダウン。
俺は、そんなケモミミくノ一さんと眼鏡の彼へ、笑顔を向ける。引きつってるかもしれないけど、笑顔が重要なのだ。プロデューサーさんも、そう言ってる。
「大丈夫。酷いことは……もう、してるけど、とりあえず、これ以上はしないから。ごめんね」
「いえ……。僕も軽率と言えば、軽率でした……」
ロープはほどけないけど、床から椅子へと移動させると、眼鏡の彼は安心したように言葉を紡いだ。
完全に、グッドコップとバッドコップだ。カイラさんは、これを狙ってたんだろうか?
TRPGだとたまにこういう交渉……というか情報収集もやったけど、リアルでやるとは思わなかった。普通は思わない。
「自己紹介できるような場面じゃないけど、俺たちがキミの想像通りの存在だったと仮定して、そっちの事情を説明してもらえるかな?」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
安心したのか、首が取れんばかりにうなずいていた。
「僕は、宅見拓真といいます」
「富野風でいい名前だ」
「そんな風に言われたのは、初めてです」
だろうね! 普通は、そんな感想出てこないよね!
俺も、脳じゃなくて脊椎で喋っちゃったからね!
「僕も、異世界に召喚されて……いろいろあって、帰ってきた人間です」
あなたたちと同じように……と、宅見くんは付け加える。
なるほど。俺たちがまだ“振り出し”に近い位置にいるのに対し、彼は“あがり”だったのか。
「本当に、いろいろあったんだろうね……」
「はい……。いろいろありました……」
俺みたいに。いや、俺よりも全然苦労したんだろうなと思うと、しみじみとしてしまう。
「でも、それならカイラさんに捕まったのはどうして?」
「こっちに戻ったときには、魔法は使えなくなってました。残ったのは、いくつかのマジックアイテムと金貨と、魔力を感知する目ぐらいのもので」
後衛職ならそんなものか。鉄火場からは、離れてるみたいだし。
あと、本人の性格も戦闘向きじゃないっぽい?
それに、俺だってカイラさんには抵抗なんてできない。散々、お姫さまだっこされたり、背負子に背負われたりしたことからも確定的に明らかだ。
「でも、吸血鬼がいたことは知ってたわけだ?」
「それは……遠目で見て分かったというか……」
ただ魔力を感知するだけの目じゃないんじゃ?
と思ったが、まあ、戦闘力がないんじゃメフルザードに近付かないようにするのが精一杯だだよな。
「まあ、吸血鬼のことはいいか。それで、結局、似たような境遇だから話をしたかったってだけ?」
「いえ、僕たちは異世界帰還者同盟というサークルみたいなのをやっていまして……」
異世界帰還者同盟。
ちょっとアメコミっぽさがあるな。とりあえず、このネーミングの時点でわりと好感触である。
「できれば、その集まりに招待したいな……と思って、そのあとは、ええ……そんな感じです」
これは完全に予想外。
というか、サークル作れるほど異世界行った人が帰ってきてるの?
いや、今はそれよりも異世界帰還者同盟だ。
俺とカイラさんと本條さんは、視線だけで会話する。
『信頼できるの?』
と、当然と言えば当然の意見を伝えてくるカイラさん。
『でも、このままにはしておけませんよ』
と、常識的な判断をくだす本條さん。
二人共通しているのは、俺に判断を委ねているということ。
となれば、結論はひとつ。
「分かった。俺は、皆木秋也。みんなに紹介してくれるかな?」
ここまで来て、会わないって選択肢はないよな。
次回も新キャラ増えます。