03.消し飛ぶ時間
「こんなことしてて、いいんだろうか……」
休日。
もはや俺にとっては意味のなくなった言葉だが、土曜日は世間的に休日だ。
それくらいは、元社畜だって知ってる。
電車のダイヤは変わるし、通勤客も人も少なくなるからね。いなくなるじゃなくて少なくなるってところに、闇を感じないでもないけど。
とにかく。
本條さんの休みに合わせて、俺たちは出かけることになった。指輪とか買いに。
釈然としないものがあったりなかったりするが、約束は約束。それに、きらきらの暴発は死活問題だからね。
今は駅で待っているところだが、俺たちは、まったく全然視線を集めることはなかった。
「さすがニンジャ……」
「どうかした?」
改札の前で俺と並んで立っているカイラさんが、不思議そうにこっちを見てくる。傍目にどう映るかはさておき、完全に気配を消しているのは俺のボディーガードに徹しているからだろう。
「こんなに人がいるのに、完全に忍んでいるのがすごいなって」
「気配を消すことぐらい、どうということはないわ」
カイラさんはクールに答えるが、尻尾が持ち主を裏切っていた。
そういうところだぞ。
それが人目を引かないのはすでに、指輪を外しているから。
加えて、《リフレクティブディスガイズ》の効果だが、カイラさんの存在自体が目立たないのはニンジャだからとしか言えない。
やろうと思えば、そのまま人にも機械にも察知されず改札を抜けられるのではないだろうか。
「お待たせしました」
「いや、今来たところだ……よ」
反射的に返してしまい、失敗を悟るが遅い。まさか、ギャルゲーやエロゲーにどっぷり浸かった過去が、こんな風に帰ってくるだなんて思わなかった。
恥ずかしい。
「ふふふ。いいですね、こういうの」
休日なのに制服姿の本條さんは、すべてを許す聖母の微笑みで俺を包み込もうとする。
今はタブレットの中で潜んでいるエクスも、サムズアップしていることだろう。きっとではなく、確実に。
「あー、ええと……。なんで制服で?」
露骨に話題を変えようとしたが、結果として、それはさらなる困惑を呼ぶだけだった。
「校則で外出時は制服と決まっていますから」
「休日も?」
「はい。余程の事情がなければ、ですが」
「え? ガチで?」
「そんなに珍しくはないですよね? 小説を読んでいると、それなりの頻度で出てきませんか?」
それは、フィクションだからですねー。
まあ、ラピュタも本当にあったんで、そんな学校があっても不思議じゃない。
「本條さんがそれでいいなら、俺は構わないけどね」
「え? 変? 変じゃないですよね?」
「似合っているよ、もちろん」
まるで、本條さんのために存在するかのように……とまでは言わず、俺はこれからの予定を思い浮かべる。
休日に待ち合わせだが、予定は指輪とバッグの購入のみ。
本来なら映画とかどっか行くのが定番なのだろうが、俺にそういうのを求めてはいけない。
「オーナー、そういうところですよ」
と非難の声があがったものの、とりあえず、すぱっとショッピングだけで撤退することにしたのだ。
本條さんをあんまり連れ回すのも問題だからね。
というか、制服じゃそんないろんなところ行けないよね? アキバなら、逆に溶け込めるかもしれないけど。
とりあえず、エクスはともかく、カイラさんも一緒だ。よもや、俺たちの関係が邪推されることはあるまい。
……まあ、ある一面では邪推ではなかったりするんだけど。
「銀座でいいんだっけ?」
「はい。他のお店は知らないので」
「大丈夫だ。俺は宝石の店自体を知らないからね」
分かるのは、銀座の宝石店って高いんだろうなってことぐらいだ。
宝石に関する知識もあんまりない。知っているのは、ルビーとサファイヤが同じ鉱石だってことぐらいだ。ところで、コランダムとトランザムって似てない?
オタクのたしなみとして、宝石のモース硬度ぐらいは分かるんだけど。宝石を購入する、あるいは選ぶ場面で役に立つことはないだろう。
あと、宝石は月人が狙ってる。
「私も、お店に直接行くのは初めてなんです」
「そうなの?」
「はい。いつもは、商品を持ってあちらから来てくれるので……」
これは訪問販売ですか? いいえ、外商です。
マジでガチなお金持ち家庭じゃん。
……どうしたものか。
「いや、今は指輪か」
思うところはいろいろあるけど、こういうのは下手に考えすぎてもためらってもいけない。一点突破で切り抜けるのだ。
「そうですね。秋也さんのは、私とカイラさんで選びますから」
切り抜けるのだ?
「え? 俺も? 俺は全然必要なくなくない?」
「せっかくですから」
「そうね」
理由になってない。
でも、抵抗は無意味だっていうのは分かる。
「では、早速ですが出発しましょう」
カイラさんと本條さんが俺の手を引いて、改札へと向かった。
そこから先のことは、よく憶えていない。
そして俺たちは、地元に戻ってきた。
とある行列に並びながら、俺は思う。
俺は指輪を買ったのだろうか。
それとも、すべて夢だったのだろうか?
分からない。俺は、亀のようになにも分からない。
超スピードだとか催眠術みたいなちゃちなもんじゃなく、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だが、本條さんとカイラさんの指には、キラキラと輝く指輪があった。
指輪、買ってたわ。俺の薬指にも収まってるし。
一目して豪華! って感じじゃなく、落ち着いた普段使いにできそうな感じのやつだ。まあ、普段使いする用途なんだから当然なんだけど。
値段? 記憶の彼方だね。
これからは、現実かどうか確認するために、香水でも持ち歩こうかと思う。
「これが噂のタピオカというものですか……」
戦利品をしげしげと眺める本條さん。
行列から離れた俺たちの手には、プラスチックのカップが握られていた。
「透明なのに軽い容器ね」
「感心するのは、そっちじゃないから」
カイラさんの小ボケは和む。本條さんも、嬉しそうに笑っている。
ついに例のブームは俺の地元にまで波及し、いつの間にかタピオカミルクティーの店がオープンしていた。ここまでくると流行も終わりだなと思わないでもないが、せっかくなので踊らないと損だ。
そう思えるようになったのは、年を取って劣化したからだろう。
アラサーの頃なら、絶対に斜に構えて近付こうとしなかったわ。
流行の服が嫌いってわけじゃないけど、美少女と美女と一緒にタピるなんて想像もしていなかった。
「では、いただきます」
ある場所へと歩いて向かいながら、太いストローに吸い付く。
タピオカ初体験……だが。
なんだろうか、この味。
なぜか、デジャブがあった。
「この味、どこかで……」
ミルクティーよりも、抹茶とか小豆が似合いそうな……。
「あ、白玉?」
「原料的に、そんなに間違ってはいないはずですね」
「つるんとして、なかなか悪くないわね」
カイラさんが言葉以上に気に入っていることは、その尻尾を見れば明らかであった。
食感としては面白いが、そんなに大騒ぎするようなものかな……というのが、率直な感想だ。でも、ブームなんてそんなもんだろう。
それに、タピオカを飲みに来たわけじゃない。それも目的のひとつではあるが、本命は例の喫茶店だ。
「ひどいものですね……」
もちろん俺たち全員でやったことだが、直接的に手を下したという自覚がある本條さんが、“惨状”を目にして痛ましそうに言った。
「そう?」
一方、カイラさんは平常運転。特に気にした様子もない。
これは性格と言うよりは、文化の違いというやつだろう。
「店の人には悪いけど、保険とかは下りるらしい」
「そう……ですか。それで納得すべきなのでしょうね……」
メフルザードの店は、当然というか、営業できる状況ではなかった。
オーナーがいなくなったのも問題だが、それ以上に、店がちょっとやそっとじゃ復旧しそうにない。
店の外側のガラスは割れているのかブルーシートで覆われ、中に入らないよう三角コーンとバリケードテープで立ち入り禁止にしてある。
かなり物々しいが、もう、立ち止まる人間はほとんどいない。被害者もないとなれば、そんなものだろう。
ガス爆発ではないかということで、報道も収束しつつある。ほんと、ガス会社には足を向けて寝れないな。
犯人は現場に戻るじゃないが、俺たちが捜査線にあがることもなさそうなので、こうして確認しに来たわけだ。
でも、それは早計だった……というか、警察以外の存在を完全に失念していた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「あの……突然声をかけて、申し訳ありません」
立ち去ろうとした俺たちの目の前に、ブレザータイプの制服を着た少年が立ち止まる。
線は細いけど、知的で委員長とかやってそうな眼鏡をかけた高校生だ。学園バトル漫画だったら、トランプで戦いそうなタイプ。
本條さんに視線で問うが、首を横に振られてしまった。知り合いじゃないらしい。
じゃあ、なんだ? ナンパしそうには見えないけど……。
困惑する俺たちに向けて、眼鏡の彼が爆弾を投下する。
「これやったの、あなた方ですよね?」
その瞬間、逆光で眼鏡が輝いて見えた。
女性二人を連れて三つの指輪を買ったミナギくんのことを、店員はどう思っただろうか……。




