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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~  作者: 藤崎
第一部 勇者(アインヘリアル)チュートリアル
84/225

84.その先へ一歩ずつ

「ふっ、ふはははは! やりました! やりましたね、オーナー!」


 勝利を祝して、タブレットの上で踊るエクス。全身でメフルザードざまぁと表現している電子の妖精には、妙なドット絵っぽさがあった。


「秋也さん……」

「っと、本條さん……」


 喜色満面のエクスとは対照的に紙のように白い顔の本條さんが、ふらふらと俺にもたれかかってきた。

 無理もない。本質的には、どこにでもいる本好きの女子高生なんだ。緊張の糸が切れたら、こうなるのも当然。


「本條さん……あー……。綾乃さんは、よくやった。他の誰かが非難したとしても、俺は絶対に味方だよ」

「秋也さん……」

「誰も非難なんてしないと思うけれど、よく頑張ったわね」

「私……私……」


 カイラさんからも優しく肯定され、堰を切ったように涙を流し、俺の胸にすがりついた。


 ……きらきらしながら。


 客観的に見るとかなりやばいシチュエーション。

 だが、今この場でだけは野暮はなしだ。ちょっとためらってから、本條さんの背中をさする。


 こんなこと、告白されてなかったら絶対にやってないな……。むしろ、セクハラを恐れて、カイラさんに丸投げしてたわ。


「オーナーが、ちょいデレを見せて……」


 見せてかないから。感極まるのやめて。


「カイラさんも、なんか申し訳ないやらありがたいやらで……助かったよ」

勇者(アインヘリアル)の従者だもの。当然だわ」


 と言いつつ、尻尾はばっさばっさと揺れている。


 ……さて、二人ともきらきらしちゃったぞぉ。もうちょっと融通きかないのかよ、《勇者の祝福》。


「はっ、オーナー。いつまでも、こうしているわけにはいきませんよ。警察か警備会社が来ちゃいます」

「街の警備隊よね? 事情を説明すれば問題ないでしょう?」

「問題しかないから」


 とにかく、ここは逃げの一手だな。最終的には、原因不明のガス爆発とかで決着するだろうし。


 本條さんに光学迷彩魔法を使ってもらって現場から――


「オーナー、地下から逃げましょう。《オートマッピング》で抜け道は確認しています」

「地下って……あの穴か」

「はい。吸血鬼の魔力水晶が落ちているかもしれません」


 ……ふむ。一理ある。そして、メフルザードの魔力水晶があったら、完全に倒したってことになるし、安心材料になる。

 だが、警察とかに見付かったら、普通にアウトな俺たちでもある。細かいことはスルーして、逃げるのも間違いじゃあない。


 どっちにしろ、悩んでる時間はないし、本條さんに抱きつかれたままで悩む余裕もない。


 本当に最悪だけど、ファーストーンで家に戻ることはできるんだ。今のうちに、確認しておくか。警察に魔力水晶を押収でもされたら困ったことになるし。


「よし。地下から行こう」

「任せてちょうだい」


 あれ?


 体が浮いた。


 そのまま、暗い世界へ連れていかれる。

 カイラさんにお姫さまだっこされたんだと気付いたのは、地下に運ばれてから。


「ちょっと待っていてちょうだい」


 俺を地面に下ろすと、本條さんを迎えに上へ戻った。

 ……カイラさん、ずっと俺を抱えるタイミングを狙ってたな?


「お、予想通りありましたね」

「これ……」

「はい。間違いありません」


 エクスの視線の先には、バスケットボールぐらいの宝石――魔力水晶があった。さらに、その周囲に、それよりは小さな魔力水晶がいくつも散らばっている。


 ついさっきまで戦っていた相手が、物言わぬ魔力の塊になっている。そうさせた俺が言えたことではないが、諸行無常だ。胸が詰まる思いがする。


 ……それはそれとして。


「でかくね?」

「あのレベルのモンスターだもの。これくらいは当然よ」

「吸血鬼だから、復活する……ということはないんですね」


 下りてきたカイラさんと本條さんが、それぞれ感想を述べた。

 文化が違う。


「清々するわね」

「これ以上、被害者が出ないということですよね。安心しました」


 いや、立場かな。


「これを《マナチャージ》するのはもったいないので、《ホールディングバッグ》に回収しておきますね」

「ええ。それよりも先を急ぎましょう」


 無理やり入り口を開けた地下道は、上り階段の反対側に鉄製の扉があった。

 恐らく、エクスが言っていた抜け道は扉の先にあるはずだ。


 鍵は――


「時間がないから壊すわね」


 ――かかっていたのかどうか分からないけど、扉は開いた。物理的に。いや、物質的にか?


 扉の向こうは、狭い事務室のようだった。もしかしたら、喫茶店のオーナー室だったのかもしれない。


 飾り気のない机と椅子。それから、ノートPC。調度品の類いはほとんどなく、代わりに黒い棺があった。


「万が一があると困るから、浄化しておきましょう」


 カイラさんが、止める間もなく最後のシルバーブラッドを棺にかける。


「ついでに、《ホールディングバッグ》に収納して、あっちに行ったら海にでも捨てておきましょう」

「そうですね」


 DIO、ディオ。名前かな?


 俺が口を挟むタイミングなんて、どこにもなかった。まるで、家捜しRTAだ。


「めぼしいものは、ノートPCぐらいのものですね。メモもひとつもないなんて、徹底してます。ちっ、もっと油断してくれればいいものを……」

「偏屈な魔術師だと、たまにあるらしいわよ」


 てきぱきと後処理という名の後処理は進められ、机の下に抜け道が発見される。


 本当に、俺なにもやることなかった。本條さんと目を見合わせて驚くぐらいのことしかできない。手早すぎるわ。ほんとに、家捜しRTAだよ。


「このノートPCはもらっていきましょう。戦利品です」


 こうして、俺たちは現場から脱出することになった。


「冒険者らしいことしてるわね」


 それ、地球だと強盗っていうんですよ……。





「オーナーのPCはLANケーブルを抜いて、代わりにこのノートPCをルータにつないでください」


 抜け道は、メフルザードの喫茶店から少し離れたビルの地下室につながっていた。

 そこにはめぼしい物はなく、本條さんに光学迷彩魔法を使ってもらってフェニックスウィングと徒歩で、家になんとかたどり着き……。


「念のため、ルータのWAN側のケーブルも外しちゃいましょう」


 その途端、エクスがやる気満々で指示してきた。ノリノリだ。

 そりゃ、電子の妖精は疲労なんてしないよな。


 とりあえず、本條さんとカイラさんには順番にシャワーでも浴びてもらうことにして、俺はエクスに付き合うこととする。


「無線LANで、タブレットからノートにアクセスするつもり?」

「はい。一見関係ないディレクトリの画像や動画まで、全部」


 死体蹴りやめたげて。


「ふふふふふ。オーナーに手を出したことを、あの世で後悔すればいいのです」


 デフォの巫女衣装に戻ったエクスが、瞳に0と1の数字の羅列を猛烈な勢いで流してクラッキングに集中する。


 さすが電子の妖精だぜ。


「あ、これただの演出ですから」

「細かいな!」


 まあでも、内部ではなんか頑張っているはずだ。


 サイバーパンク系のTRPGって、ハッカーキャラが活躍してる間、他のプレイヤーが暇になるんだよね……。


 とかなんとか現実逃避しているうちに、カイラさんたちもシャワーを終えた。

 着替えは、オルトヘイムで着ていた服を《ホールディングバッグ》に入れていたので問題ない。外に出ない限りは。


「解析が終わりました」


 全員が揃ったのを待っていたかのように、エクスが元の状態に戻る。


「ウィルスの類いは仕込まれていませんね。プロテクトはそこそこですが、エクスの敵ではありませんでした」

「ガチで電子の妖精だなぁ。それで、なにかあったのか?」

「変な画像は出てきませんでしたが、メフルザードの口座へはアクセスできそうです」

「……ネットつなぐ?」

「お願いします」


 そして、待つこと数分。


「……ちっ」

「ダメだった?」

「はい」


 悔しさをにじませながら、エクスは言う。


「口座や拠点をかなり細かく分割しているようですね。このPCからでは一億円ぐらいしか引き出せそうにありません」

「そうか……って、一億もかよ」


 うちの会社を買収しようとしてたんだから、そりゃかなり金持ってるんだろうから、一億なんて氷山の一角なんだろうけど……。


 それでも、三人で分けたって3,000万円ちょっともある。

 一万円でソシャゲのガチャ50連引けるとすると、ガチャ15万回引ける計算だ。


 絶対完凸できるわ。


「エクスとしては、『一億円ではありません。一億ドルです』と言いたかったところなんですが。残念です」

「貯め込みすぎだろ」


 空母88でも買えというのか。マッコイじいさんどこだよ。


「まあ、無い物ねだりしても仕方ありません。とりあえず、いつでも引き出せるようにはしておきますね」


 エクスが頼もしすぎる。


 それにしても、3,000万か……。


「会社を辞めようと思えるには、充分なあぶく銭だなぁ」

「秋也さん、さすがに一億円はあぶく銭とは……」

「え? 三人で分けるんだから3,000万でしょ?」

「英雄界のお金を渡されても困るわよ」


 それもそうか。

 月影の里への実物支給としたほうがいいだろうか……と考えていると、いつの間にかエクスがビジネススーツに着替えていた。


「オーナー。起業ですよ、起業」

「キギョウ? 起業か……」


 あまりにも縁遠い言葉で、一瞬、なにを言われているのか理解できなかった。


「もう、あんなブラック現場にいる必要はありません! 人はパンのみにて生くるものに非ず! あんな魔界の瘴気を真空パックしたような職場など捨てて、オーナーは大きく飛躍するのです!」


 ばーんと、エクスが身振り手振りを交えて演説する。

 国家社会主義ドイツ労働者党かな?


「ええ。私としましても、無職はちょっと説明が困難になってしまいますから……。起業するのであれば、もらうつもりはありませんでしたが、私の分け前も使ってください。もっとも、別に秋也さんが無職でも社長でも究極的にはどちらでも構わないのですが」

「私も同意見ね」


 理路整然としているようで妙に早口な本條さんと、さっぱりしているカイラさん。

 まあ、カイラさん的に俺たちは職業:冒険者という認識で、仕事はしてるって認識なんだろうけど。


「っていうか、会社辞める前提になってるんだけど……」

「辞めますよ」

「いやいやいや。突然現場から抜けたら迷惑がかかるし、引き継ぎだって……」

「それは、オーナーが考えるべきことではありません。管理者の業務です」

「あ、はい」


 正論過ぎて……というより、みんなが俺を見つめる圧力が強すぎて、勢いでうなずかされてしまった。

 そう。みんなだ。エクスだけじゃない。


「決まりですね。オーナーが社長ですよ、社長」

「社長? 俺が?」


 デュエルすればいいの? それとも、僕のタマはふたつあるほうなの?


「手始めは、月影の里への物資販売事業を本格化しましょうか。利益率は低くても、確実に儲けは出ます。古物商の資格も取って、差額で儲けるのもいいですね」

「勝手に話を進めるの止めよう? 起業の手続きとか、まったく全然なんにも知らないぞ」

「その辺は、エクスが可能な限りネットでやりますから」


 もはや、俺に退路はなかった。


 確かに、ただ辞めるんじゃなくて起業なら体裁は整うかなぁ。

 俺の中のハードルも低い。


「じゃあ、まあ……。ほんとに会社作れそうなら、今の会社を辞めるということで」

「やった! 言質取りましたよ! 嘘をついたら、綾乃ちゃんとカイラさんと結婚ですよ!」

「どういう交換条件だよ!」

「Win-Win-Winな交換条件ですよ」

「悩ましいわね……」

「急いては事をし損じると言いますし。一歩ずつですよ、一歩ずつ」

「めっちゃ含みを感じる……」


 こうして俺は、新しい道を歩み始めることになった――


「くくく。これで、オーナー更正プログラムは次の段階に進みましたよ」


 ――んだけど、早まったかなという気がしないでもなかった。


「当初の計画以上の進捗です。素晴らしいですね!」


 かなり、切実に。

倒したら一億円ドロップするモンスターの現実への実装、早くして。


というわけで、これにて第一部完となります。

感想や評価いただけましたら幸いです。


第二部は、しばし(一ヶ月ぐらい?)お休みをいただいてから再開の予定です。

なにしろ、ここまでを10~15万文字程度で書いて、続きは反響次第のつもりだったのでプロットがね……。


なお、実際には34万文字程度かかりました。倍以上だよ。


第二部異世界帰還者同盟リーグ・オブ・リターナ(仮)でお目にかかれるか……はプロット次第ですが、これからもよろしくお願いします。

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