81.猶予期間(モラトリアム)の終わり
誤字報告ありがとうございます。助かります。
「というわけで、できたでミナギはん。吸血鬼絶対殺す液や」
俺たちを研究室に集めたリディアさんが、まるで、失踪事件を起こしたミステリの女王のような名前の博士のように言った。
いくらなんでも、分かりやすすぎるわ。
「名前、もう少し考えよう?」
「じゃあ、シルバーブラッドとでもしとこうか」
フラスコのような容器を振りながら、リディアさんがチェシャ猫のように笑った。
これ、事前に考えてたな……。
俺が真ん中、左右にカイラさんと本條さんが並んで椅子に座っているところで、静かに嘆息した。まんまと騙されたようだ。
というか、どういう風に訳してるんだろうな《トランスレーション》。まあ、吸血鬼絶対殺す液がクソダサ過ぎるのは変わらないはずだが。
「できたのは三つや。どう配分するかは、そっちで決めてな」
薄暗い、リディアさんの研究室。
奥の椅子に座り、長い足を組んで片眼鏡越しにこっちを見るその姿は、とても様になっていた。
カイラさんや本條さんとは、またカテゴリが違う。
クールビューティという言葉の見本のようだ。
「でも、さすがに効果を試すのは難しかったからな。ぶっちゃけ、ぶっつけ本番や。効かなくても文句はなしやで」
「倒せたら効かなくても文句は言わないし、失敗したら俺たちは二度と戻ってこられないから文句は付けられないよ」
リディアさんの片眼鏡が、キラリと光った――気がした。
「……ミナギはん、一生のお願いや。遺書を書こ、遺書」
まあ、クールビューティには黙っていればという但し書きがつくんだけど。
「吸血鬼の一生って、どんだけ長いんだよ」
「心配無用や。お願いを聞いてもらった相手が死んだらリセットされるからな」
「それ、エルフの里でも同じこと言えるの?」
そもそも、遺書を書いてもリディアさんに財産を残すとは限らないんだが……。
まあ、本当に全滅なんてことになったら、たぶん、譲るけど。
……見透かされてる?
「大丈夫よ。ミナギくんだけは、なにがあっても絶対に生かすわ」
「その通りです。秋也さんは、私が……私たちが守ります」
「えー?」
カイラさんはニンジャだから仕方ないとしても、本條さんにまで過保護されるのはさすがにどうなのか。
今さらだけど、せめて本條さんは俺が守る……ぐらいのことは言いたい。
べ、別に、告白されたからってわけじゃないんだからね!
「確かに、ミナギはんさえ生きてれば、あとでなんとかしてくれそうなイメージはあるな」
「それ普通に買いかぶりでしょ」
ないないないと、緩く手を左右に振る。七つ集めたら願いが叶う宝玉とか持ってるわけじゃないんだし。
仮にできたとしても、たぶん、エクスの功績に違いない。
「もっとも、私はそんな心配していませんが」
「ああ……。そうね。それがあったわね」
「そうですね。確かにそうです」
さっきまでの妙な悲壮感は一変。いきなり、三人はうなずき合う。
え? なんで分かり合ってるの?
……あ、もしかしてあのときの予知?
メフルザードを倒した後のビジョンが見えたから、死なないってことなのか?
でも、どうやったらそれがメフルザードを倒した後だって分かるんだろ?
疑問だらけ……というか、疑問しかない。
説明を求めて、本條さん、カイラさん。そしてエクスの顔を順番に見回すが……。
「それはもちろん、女の子の秘密です」
エクスから、やんわりと。しかし、断固としてお断りされてしまった。まるで、企業の採用担当のようだ。
「女の子の……」
「みんな女の子ですよ?」
「リディアさんも知る権利があるのかなって、思っただけだよ」
女の子は、何歳になっても女の子だよな。
俺はロリババアもあり派なので、その辺、理解あるよ。心を通わすけど寿命で死んで、残されるロリババアを号泣させたいまである。
「う~ん。残念ながら、教えられないですね」
「そうか。やっぱ、年齢制限が……」
「いやいやいやいや。ウチはぴちぴちぴっちな17歳やで」
本当にぴちぴちな場合、そんなこと言わないんだよなぁ。
あと、ぴちぴちぴっち言われると、マーメイドが歌いそうだな。
「となると、好感度が足りなかったか」
「ええねん。ウチは、表面的な人付き合いで細く長く生きていくつもりやねん」
「それ単に、友達がい――」
「ミナギはん、吸血鬼を殺すには刃物は要らへんのや」
「あ、はい」
でも、吸血鬼って群れないイメージあるから気にする必要ないんじゃないかな? むしろ、集まると陰謀を巡らせてばっかりいるまである。
「あの……別に仲間外れにしたいわけではないのですが……」
「気にせんといて。今までの、全部ネタやし」
「あ、え? ネタ……ですか?」
もちろん、俺は理解していた。
でも、本條さんには、リディアさんはまだ早すぎたか。できれば一生涯早すぎてほしい。もちろん、リディアさんの一生で。
「それで、実用試験ができなかったのは聞いたけど、そのシルバーブラッドというのは、どの程度信が置けるのかしら?」
お仕事モードになったカイラさんが、赤い瞳でリディアさんを射抜く。
うん。これが本当のクールビューティってもんだな。
「せやなぁ……」
足を組み直し、リディアさんがどう説明したものかと悩む。
けれど、それは長い時間ではなかった。
「ウチの血をベースに、ギルドから譲ってもらった精霊湖の水を配合し、世界樹の落ち葉を一昼夜つけ込んで、陽光で蒸留した……と言えば、凄さが分かるやろ」
「なるほど。まったく分からん」
「なんでやねん!」
びしっとツッコミを入れられるが、だってねぇ……。
「それだと、吸血鬼の血の毒素が抜けてるように思えるんだけど」
「ああ……。そういう考え方もあるか」
やっと分かったと、リディアさんは片眼鏡の位置を直す。
「でも、実際は逆や、逆。めっちゃ濃縮されてるのは間違いないで。なにせ、匂いをかいだだけで死にかけたからな」
「普通に毒だ」
「人間……というか、吸血鬼以外には無害だから安心安全の高利回りやで」
「わー。詐欺っぽーい」
というか、よく三本も作れたな。
「まあ、レシピが確定するまでは苦労したけど、一度手順が確立してしまえば、一瞬でできるし」
「そういうもんなんだ」
MMOのアイテム作成みたいだな。
「避けられても効果が期待できるのは、嬉しい誤算かしらね」
「最初から当てることを考えずに、床に散らばったシルバーブラッドを《踊る水》で操作する前提のほうが確率高いかも?」
「必中の気構えではあるけれど、ミナギくんにはそのつもりでいてくれたほうがいいかもしれないわ」
だよね。当たったら操作する必要ないんだし。
「他に、言っといた通りヒーリングポーション、マジックポーション、エンハンスポーションも10本単位で用意したで」
「それは助かる」
「しかも、世界樹の落ち葉も使うとるから、効果は折り紙付きや。死んどらんやったら、後遺症もなしに治してみせるわ」
ドクターメフィストかな?
「だからって温存は悪手やで。軽傷でもばんばん使こうてな。いくらでも作るやさかい」
「うん。いのちだいじにだな」
「なんせ、ウチのポーションを買うてくれるのなんて、ミナギはんたちだけやしな。お得意様には死んでもらったら困るわ」
「死ぬつもりはありませんが、そこまでの効果があったらいくらでも買い手が付くのではありませんか?」
「ウチのポーションとか、ギルドが買い取るはずあらへんやん」
ですよねー。
そんなはずはないと思っていても、復讐に毒でも混ぜられてたら……という疑念は拭えないもんな。
「それにしても、着々と準備が整っていく感じですねぇ」
エクスの感想に、俺は無言でうなずいた。
モラトリアムは終わり。
否応なく本番が近付きつつあることに、緊張しているのかもしれない。
「ついでだから報告しておくけど、盗賊ギルドからは微少な魔力水晶を仕入れる件の内諾は得ているわ」
「じゃあ、あとで《ポーション効果遅延》を購入しておこう」
「くくくくく。大ポーションの時代の幕開けやな」
それはないです。
「でもって、他の手札はレクチャードールと枝剣の欠片か……」
「そしてとどめの一撃は、綾乃ちゃんですね」
「……はい」
膝の上でぎゅっと両手を握って、重々しくつぶやいた。
俺と同じく、緊張している。
「絶対に負けません」
その瞳には、決意が宿っていた。
そうだよな。平気そうにしてるし、なにも言ったりもしないけど、親とか友達から離れて何日も経ってるんだもんな。
しかも、その間、何度も命のやり取りをしている。
告白されたからって、気にしてる場合じゃなかった。
絶対に、本條さんを日常に返してあげないと。
それが、大人の義務ってもんだよな。
エクス「あ、オーナーが誤解してる表情してますね。都合がいいので、そのままにしておきましょう」
綾乃 「寂しくないと言ったら嘘になりますが、こっちはもっと楽しいですよ?」
ミナギくんのうわさ
CLAMP作品は『聖伝』から読んでるけど、個人的なベストは『Wish』らしい。