80.金貨3,000枚の謎
「ただいま」
「ただいま戻りました」
「おやぁ?」
玄関ホールで、意外そうな顔をして俺たちを迎えたのはリディアさんだ。別に待っていたわけじゃなくて、偶然通りがかったんだろう。
というか、お酒の瓶を持ってるから台所に行ってたぽいな。だが、悪びれた様子はまったくない。それどころか、意外そうな顔をしている。
「なんで帰ってきたん? 直前でへたれたんかいな」
「時々で良いから、俺が雇用主だということを思いだしてください」
しかし、そんな懇願も鼻で笑われる。
「吸血鬼に、労働者の権利を語らせるんか?」
「共産主義の権化だったな……。この世界にも労働法ってあるのかなぁ」
冷静に考えると、労働法がある世界でも遵守はされていなかった。
……赤化革命を目指した吸血鬼たちは正しかった?
「それよりも、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
「なにか面白い物でもあったの?」
「おうふ、カイラさんいつの間に」
「本を運び込んでいたから、書斎にいたのよ」
なるほど。もう、届けてくれていたらしい。
面倒を掛けたことにお礼を言おうとしたところ、カイラさんは俺を通り過ぎて本條さんの前に立った。
「……いい結果だったみたいね」
「なぜそれが……」
「目を見れば分かるわ」
昭和のヒーローみたいなセリフも、カイラさんが言うと説得力しかない。
まあ、昭和のヒーローは、嬉しそうに尻尾をふぁっさふぁっささせたりしないだろうけど。
「その辺はあとにして、まずは台所へ行きましょう」
「じゃあ、うちは研究室に戻って」
「みんなで一緒によ」
「えー?」
出戻りに不平をもらすリディアさんだが、エクスが聞き入れるはずもない。
結局、全員で台所へとぞろぞろ移動していった。
ここは、ある程度調理器具が揃えられた状態で引き渡しを受けている。まあ、世界樹ご飯のお陰で、使用頻度は低いんだけど。
なので、まな板ぐらいは用意がある。
「エクス」
「受諾です」
まず、《泉の女神》で水を出してまな板を洗うと同時に《覆水を返す》で洗浄したうえで《踊る水》で脱水・乾燥。きちんと綺麗にしてから、金貨3,000枚の魚――メチョフを載せた。
まな板自体かなりでかいのだが、メチョフはそこからはみ出さんばかりの大きさ。
料理マンガで例えれば、卑劣なライバルによって市場の魚はすべて買い占められ、そんな中危険を押して船を出して自ら釣り上げた一匹といったところか。
それくらい立派な魚だが、さすがに金貨3,000枚、日本円で数千万円の価値があるとは思えない。
それは、リディアさんも同意見。
「大物やけど、ただの魚やない? というか、ほんまに《ホールディングバッグ》持ちやったんかい。そっちのほうがびっくりやわ」
「でも、《初級鑑定》だと金貨3,000枚の価値って出たんだよ」
「なら、この魚自体はそうでもないってことね」
カイラさんが、目で俺に行動を促す。
この魚そのものじゃなくて、なにか飲み込んでるかもしれない……って。ああ、そうか。【ディスポーザー】か。
素材はぎ取り用の武器は、当然、調理にも使える。
そして、同期している俺にしか使えない。
タブレットをカイラさんに預けてから《勇者の指輪》を外して手を洗い、遠い昔の調理実習の記憶を頼りに大きな頭を落とした。
豆腐を切るようにスムーズで、抵抗などほとんど感じない。
自分でも驚くワザマエ!
会社を辞めたら、流れ板にでもなれそうだ。そうなったら俺、ふんどしで押しくらまんじゅうすることになるんだろうか?
「秋也さん、見事なお手並みです」
「いやいや、マジックアイテムの力だから」
謙遜ではなく事実を口にしつつ腹を割き、香草と煮込むと美味しいらしい内臓を掻き出す……と。
「なんか、硬いのがあるな」
「怪我をしたら、ウチのポーションの出番やな」
「言い方!」
怪我をしないよう慎重に取り出すと……出てきたのは先が尖った金属片。どうやら誤飲してしまったらしい。
「いや、金属の割には軽い?」
「……剣の切っ先かしら? どこかで見た記憶があるわね」
なにか言う前にカイラさんが手にとって同期を試みるが、首を横に振った。どうやらまた、同期できるアイテムではないらしい。
それはいいんだけど、危ないなぁ。そういう漢探知みたいな真似は、ゲームならともかく現実ではあんまりやってほしくない。
「確かにそう見えなくもないですが……それがなぜ金貨3,000枚にもなるのでしょう?」
本條さんのもっともな指摘。結局、謎は残ったままなんだよな。
仕方ない。
ここは、《中級鑑定》を取ってもいいところだよ……な?
「《中級鑑定》ですか……」
「でも、ほら。今後もこういうことがあったりすると、必要じゃん?」
俺が《中級鑑定》を欲する波動を感じたのか、割烹着姿のエクスが難しい顔をする。というか、いつの間に割烹着に着替えてたの?
「確かに、行動範囲が広がると様々なアイテムを手に入れる機会も増えます」
「その度に、同期を試して……なんてことはやってられないよな?」
呪いのアイテムに遭遇することだってあるだろうし、そもそも、あのロザリオみたいに同期できないアイテムだってある。
「その辺は正論だとは思うのですが……」
「やっぱ、無駄遣いはダメ?」
童心に返って、クリスマス前の子供のように親を見つめる。
「ダメではないですけど……」
すると、困ったようにエクスがため息をついた。
意外なリアクションだ。
そして、返ってきた答えも意外なもの。
「石が足りません」
「……あれ?」
そうなんだったけ?
「そうですね。エクスさんの言う通りです」
俺の疑問に答えてくれたのは、エクスではなく本條さん。
「確か、《ランダムボックス》を購入する前は57,000個ほどだったはずです」
「57,123個ですね」
「そこから、《ランダムボックス》の25,000個を引いたら……」
余裕で《中級鑑定》の40,000個を割り込んでいた。
「そこからさらに、《スキル錬結》や強化してマクロを使用した分もあるので……」
実は、残る石が30,000個切っていることが判明した。
使うだけ使って、最近無収入だったのが効いたな……。
「なぜか、めっちゃ石持ってるんだと思い込んでたわ」
ガチャの結果が良くて、気が大きくなっていたのか? ヨーロッパの空気を吸うだけで上手くなれると思っていたサッカー選手のようなじょうたいだったのか?
なんか、すげーがっかり。
「おおっと。よく分からんけど、ポーション関連のスキルってのも取ってもらわんとウチのアンデンティティがクライシスやで」
さらに、リディアさんがポーション推しを始める。
「そっか、それもあったか……」
「今、大絶賛作成中やからな。このお酒も材料のひとつやねん」
「リディアさんの燃料とか言ったり?」
「……そないなことはあらへんよ?」
ギルティ。
まあ、適量なら文句は言わないけど……それよりも。
「ポーション関連は最悪切れるけど、石がないのは辛いな……」
二回目だから、ガチャ……じゃない《ランダムボックス》も石5万個になってるしなぁ。
「ウチの扱い、悪ない!?」
「石……魔力水晶のことなら、私に提案があるわ」
「スルー!? でも、重要な話っぽいから黙って聞くわ」
「今のところ、毎日財産が増えているわよね?」
意外と空気の読めるリディアさんに感謝しつつ、俺たちはカイラさんの話に耳を傾けた。
「ああ、ログボ」
「ログボ? とにかく、毎日金貨100から200枚程度増えて使い道がないのよね」
「現金じゃなくて、今のところ金目の物……宝石とか美術品だけど」
おいそれと売れる物じゃないし、そもそもそんなに現金を必要としていないというのもある。今日の本代だって、そこまでではなかったし。
「あれと引き替え……というわけではないけれど、一部を魔力水晶と交換するというのはどう?」
「それは魅力的だけど……」
まな板の上のメチョフを背にして、俺はカイラさんに肝心な問いを投げかける。
「怪しまれない?」
わざわざ、微少な魔力水晶を買うこともそうだが、その元手にも。ぶっちゃけ、怪しまれないはずがなかった。
「普通なら、そうなるわよね」
「つまり、方法がある……盗賊ギルド?」
「ええ」
自信ありげどころではない。自信満々に、カイラさんがうなずいた。耳もぴんっと立っている。かなりの確信があるようだ。
「そこまで言うなら、カイラさんに任せるけど……。危ない橋は渡らなくていいからね?」
「安心してちょうだい。最悪、この家を捨てる程度で済ますわ」
「ウチの安住の地をあっさり諦めるのやめてや」
「本の安全を確保してくれるのであれば、私から言うことはないです」
「ウチ、本以下!?」
リディアさんのツッコミが冴え渡る。ほんの数日で、遠慮がなくなったようでなによりだ。
やっぱり、一緒に美味しいご飯食べてるから打ち解けたのかな。
「でも、すぐにこいつの素性が分からないのは確かなんだよな」
メチョフから出てきた金属片をカイラさんから返してもらい……手が滑って、外して調理台の隅に置いていた指輪とぶつかった。そのまま、床に落ちてしまう。
「おっと」
澄んだ金属音を響かせた金属片を拾い上げると……どういうわけか発光していた。
それどころか、金属片から小さな人影が浮かび上がっている。
まるで、エクスのように。
(やっと、話ができましたね。勇者とその従者たち)
しかも、やけにはっきりとした声まで。いや、声じゃなくて直接頭に響いているような気が……テレパシー?
……っていうか、何事?
(心からの感謝を。彷徨う我らが本懐を遂げられたのは、あなた方のお陰です)
白い鎧の金髪美女が頭を下げるが、俺はぽかんとまともな反応を返せないでいた。
心当たりがないからじゃない。見憶えがあるから、口をぽかんと開いているのだ。
「えっと……。船と一緒に海に消えたはずでは……」
(はい。今度こそ、海の藻屑と消えました。綺麗さっぱりですね)
「ええぇ……」
軽い。軽すぎてリアクションができない。
カイラさんたちも、半ばあきれたような表情を浮かべている。
「まったく、ミナギくんと一緒だと本当に退屈しないわ」
「本当ですね。まさか、戦った失墜の聖騎士さんとお話しできるなんて」
これは、俺のせいじゃないんじゃないかなぁ?
「失墜の聖騎士……ほんまやったんかい」
(勇者のお陰で真の姿を取り戻せたのですが、そちらのほうが通りが良いのなら、それでいいでしょう。すでに、人の身であった頃の名など忘却の彼方ですし)
元失墜の聖騎士さんは、細かいことにはこだわらないタイプのようだ。ありがたい。
(剣の欠片だけと成り果てましたが、こうして奇縁が結ばれました。大したことはできませんが、力になれればと思います)
「力に?」
(はい。必要な時には、またこうして勇者の証と刃を重ねてください。一瞬ではありますが、顕現して力を振るう程度のことはできますから)
……召喚獣かな?
その気持ちは、もちろんありがたい……けど。
「でも、俺はそんなに言われるようなことしてないんじゃ?」
(そんなことはありません。それに、率いているのはアナタでしょう?)
「率いてるっていうか……」
「確かに率いられているわね」
「秋也さんがいなかったら、私はこうしてはいられませんでした」
「ウチの雇用主なのは、間違いないわな」
なぜか、総攻撃を受けている俺。
学級委員長でも押しつけられようとしているんだろうか?
(そういうわけです。ああ、申し訳ありません。もう顕現するのも限界のようです)
「あ、そうなんだ」
状況からして、超巨大半魚人と相討ちになったけど、砕けた剣の一部に力とか意識の一部が宿った……みたいな感じだろうしな。
無理をさせちゃいけない。
「気にしないで。あと、そっちの負担にならないのであれば、力を貸してください」
(ふふっ。勇者にそう言われては、粉骨砕身しなければなりませんね)
微かに微笑んで、元失墜の聖騎士さんは消えてしまった。
まさか、魚が飲み込んでるとはな……。あの辺の海域にいたのが網にかかったんだろうなぁ。
こりゃ、魚屋はおろか他の誰が手に入れても覚醒しなかっただろうし、俺が買うのが唯一無二の正解ルートだった。
機会があれば、魚はあの店で買うようにしよう……ってあれ?
気付けば、女性陣から微妙な視線を向けられていた。ホワイイセカイピーポ? いや、本條さんもいるけど。
「……なんでもないわ。ちょっと、複雑な気分になっただけで」
「他意がないのは分かっていますが……」
「あれやな。誠実さってのも、武器になるんやな」
……普通に話をしたただけだよね? ね?
「大丈夫ですよ、オーナー」
「エクス……」
「どんなオーナーでも、エクスにはオーナーだけですから」
「そこはちゃんと否定して」
まあとにかく、メフルザードに対する切り札が増えたのはいいことだ。
うん。この件も別の件も、全部メフルザードをどうにかしてからだ。
吸血鬼の真祖、待ってろよ。
【ブレイヴシャード】
価格:3,000金貨
等級:伝説級
種別:その他のマジックアイテム
効果:古の聖騎士の魂が宿った剣の欠片。
勇者の証である勇者の指輪と接触させた上で使用する。
単体に、『極めて強力な<防御無視>ダメージ(悪属性にはダメージアップ)』を与える。
一度使用すると、2D4日は休眠状態となってしまう。