79.続きと終わり
デート編、終わり。お魚に関しては、次回をお待ちください。
「お魚、美味しいですね」
日本にいたらクレープかタピオカミルクティーでも口にしているだろう本條さんが、歩きながら塩焼きの魚にかぶりつく。
骨と熱さに気をつけながら食べる姿は、見ているだけでこっちまでお腹いっぱいになりそうだ。
同じことをしている俺とは違い、上品で優雅。
絵になるとは、まさにこのこと。俺が生産型のオタクだったら、この場でスケッチを始めていただろう。
「味は、鯵に似ていますね……って、駄洒落ではないですから」
恥ずかしそうに、ふふっと微笑む。下らない駄洒落も、本條さんが口にすればシェークスピアの一篇も同然。
高貴な生まれのお姫さまが、お忍びで町歩きをしているとしか思えなかった。
ちなみに、魚の味はそこそこといったところ。地球でも、普通に食べられるだろうレベル。ゴールデンキャンサーが例外すぎたんだな。
にしても、こんなので良かったんだろうか。異世界の珍しい魚だとしても、所詮は鯵――大衆魚だ。
「どっか、店に入っても良かったのに」
「それも魅力的ですが……」
本條さんがにっこりと微笑み、上目遣いで見上げながら言う。
「どうせなら、食べ歩きというのをしてみたかったので」
「お、おう……」
すごく……お嬢様っぽいです……。
止めてくれ。そのシチュエーションは俺に効く。しかも、こう、異世界っぽさが溢れるディアンドル風衣装じゃん? それ着てるのが本條さんじゃん?
非日常過ぎて、俺の語彙力がヤバイ。
……そういう意味じゃ、告白してきたのは正解なのか? ああ、いや。俺特効があるからって、攻める必然性は皆無なんだが。
くっ。良いように踊らされている。
せめて、表面上は冷静さを保ちたい。大人として。
「それで、食べ歩きはどうだった?」
「楽しいです。悪いことをしているみたいで。でも……」
「でも?」
「なにを食べるかよりも、誰と食べるか。それは、変わらないですね」
「それって……」
遠回しな告白にしか聞こえない。
思わず、魚の串を落としそうになった。
本條さん、不意打ち好きすぎだろ。俺はきらきらしないんだよ?
アラフォーにもなって、女子高生に翻弄されるほうが悪いという意見は認める。
「あ、こっちは薬のお店みたいですよ」
俺の気持ちも知らず、本條さんが一軒の露店に駆け寄っていった。
木製の屋台に、様々な植物やらキノコの類に動物の骨にしか見えないような素材が並べられている。
貼り出された説明を見ると、症状を伝えればその場で調合してくれるようだ。ドラッグストア……というよりは、漢方薬局に近いだろうか?
「ポーションとは違うみたいだな」
原料になるのかもしれないが、ポーションよりも安価……というか、庶民的な薬も売っているようだ。
「お医者様の処方は必要ないのでしょうか?」
「江戸時代とか、診察代が払えない庶民は市販薬に頼ってたらしいから。似たような物じゃないかな」
黒田家の目薬とか、土方さんの実家の石田散薬とか有名だよね。
しかし、別に知り合いでもなんでもないのに、なぜかさん付けで呼んじゃうよね土方さん。人はみんな、生まれながらの壬生狼なのかもしれない。
「そういえば……薬の材料としてミイラが輸入されたという話を聞いたことがあります」
「逆に病気になりそうだけどな」
「プラシーボの一種でしょうか」
さすがに、精神が肉体を凌駕するのは稀だったと思うけどね。
「ひひっ。アンタらは、どこも悪いようには見えないね……」
「珍しくて見物に来てしまいました」
世界樹ご飯のお陰で、健康そのものだ。
冷静に考えると、健康診断をなんの心配もせずに受けられるのって、結構なメリットだよなぁ。
ガチャは良い文明だった。
「分かってるよ。そういう二人にぴったりの薬は、あたしの得意分野さ」
率直に冷やかしだと言ったのに、白雪姫とか茨姫に出てくる魔女っぽいおばあさんは平然としたもの。
まったく気にせず、ローブの奥でくひひと妖しい笑い声をあげる。
……あ、これは。
「本條さん、行こう」
「え? どういう薬なんですか?」
「照れることはないだろうに」
「必要ないから!」
「男はみんなそう言うんだよ。まったく、今度は一人で来なよ」
もう来ねえよ!
固い決心とともに、本條さんの背中を押して薬の屋台を離れる。
「男女二人に必要で、病気を治すためではない薬……なにかのサプリメントでしょうか?」
「そうなんじゃないかな」
「ですが、そうなると秋也さんとおばあさんの態度が不自然なような……」
「そんなことはない、そんなことはないよ」
ところで、サプリメントって耳にしたら上級ルールとかデータ集を思い浮かべるし、バリスタといったら大型固定弩弓だよね? バリスタ体験してみたい。
などと現実逃避しつつ、危機は脱した。
それから適当に店を回ったが、似たような事態が起こったり、エクスからのメッセージが来たりはしなかった。
そうそう起こってもらっても困る。
「随分と、時間が経ってしまいましたね」
「うん。最初に本屋に行って良かった」
気付けば、日が落ちかけている。
まだ夕方とまでは言えないが、そうなってからでは遅い。
そろそろ帰る頃合いだろう。
実のところ、本屋が一番時間使ったからね。ある意味当然というか、逆にそうじゃなかったらびっくりなんだけど。
「じゃあ、最後に鞄を見てから帰ろうか」
「そう……ですね。そうしましょう」
実は、二人とも店の見当は付けていたようだ。
示し合わせたように、同じ方角を目指して歩いていく。
だいぶ歩き回ったはずだが、特に疲労の色はない。
昔……というほど昔ではないが、以前の俺なら本屋だけで体力的にギブアップしていた自信がある。
それが、ここまでショッピングを続けられたのだから、ほめられていいはず。
スキルと世界樹は偉大だ。
さて。
最後に訪れた本命というか、今日の建前の店。そこで本條さんが選んだのは、意外な鞄だった。
リベットで補強しつつ、それ自体がデザインになっているもの。革の風合いが、独特の雰囲気を醸し出している。
悪くない。それどころか、結構いい。
でも、本條さんが持つにはごついというか、無骨すぎやしないだろうか。
「とりあえず買ってもいいけど、《ホールディングバッグ》にするかは地球に戻ってから決めてもいいんじゃない?」
「これも可愛いと思いますけど……」
可愛いか?
まあ、女子高生はありとあらゆるモノを可愛いと表現する生き物だからな。
「秋也さん、今日はありがとうございました。とても、有意義でした」
店を出たところで、鞄を片手に本條さんがぺこりと頭を下げた。
楽しかったというよりも有意義と言ってもらえたのが、うれしい。
実際、本はたくさん手に入ったから有意義なのは間違いないだろうけどね。
「名残惜しいですが、お屋敷へ帰りましょう」
「そうだな。それじゃ帰るか」
広場から離れ、人目がない場所へと移動する。《ホールディングバッグ》からフェニックスウィングを取り出そうとしたところで、本條さんが俺の服の裾を引っ張った。
「あの……秋也さんは、今日、どう……でしたか?」
「俺も、まあ、楽しかったよ」
少なくとも退屈しなかったのは確かだ。告白は驚いたし、今もどうすればいいのか心のしこりにはなってるけど……。
「良かったです」
心からの、屈託のない笑顔を向けられ、俺は思わず歩みを止めた。もしかしたら、心臓の鼓動も止まっていたかもしれない。
例によって例の如く本條さんはきらきらをまとってしまったが、それとは無関係に魅力的で……困ったな。
冷静になれない……。
「…………」
「…………」
二人してフリーズしてしまった。
その瞬間、エクスがタブレットから飛び出てきた。相変わらず自由だ。でも、今は正直助かる。
「いやぁ。今日は楽しい一日でしたね、オーナー」
「それ、さっき答えたよね?」
「ふふ。はははは、ははははははは。嬉しいことは、何度確認してもいいではないですか」
そうなんだけど、アニメのOPでラスボスがやるみたいに両手を広げて高笑いしながら言うこと?
「まあ、それはあとにして帰りましょうか」
「最初から帰るつもりだったわけだが」
……う~ん。てっきり、エクスはもっと押してくるかと思ったんだけど、そんな気配を微塵も見せない。妙に上機嫌なだけだ。
でも、追及するとやぶ蛇っぽいし、このまま流れに身を任せるしかないか。
というわけで、帰りも本條さんには魔法を使ってもらい、きらきらを消費してから家路についた。
そうなると当然、本條さんと密着することになるのだが、今回は武技言語の出番はなかった。なぜなら、考え事でいっぱいいっぱいだったから
そう。悩んでいた。
悩んでいる時点で、答えは決まっているという真実から微妙に目を逸らして……。