78.告白の後
お待たせしました。
ミナギくんが本條さんに告白された直後。
本條さん視点から再開します。
言った。
言ってしまった。
デートの終わりに言うはずが、流れで言ってしまった。
それ自体に後悔はない。いつ言うかではなく、想いを伝えること自体が目的なのだ。身構えてしまったら、逆に、不自然になってしまっていたかもしれない。
そうなると、エクスやカイラとの女子会の存在が露見し、彼が素直に受け取ってくれない可能性もあった。
だから、良かったのだ。
無理やり理屈をつけて、本條綾乃は自らの行いを肯定した。
それは、彼女がまだ冷静ではない証拠だろう。
本屋のおじいさんと料金や配達について話をしている彼の背中を眺めている綾乃の心臓は、ばくばくと音を立てている。
女で――まだ子供でしかない綾乃と比較すれば、大きくて頼りがいのある背中。いつも見てきた背中なのに、どきどきは収まらない。
こんなに緊張し、それでいて高揚感に包まれていた経験など初めてだ。顔が熱を帯び、真っ赤になっているのが見なくても分かる。
勢い任せの見切り発車。あえて返事を求めなかったのは、彼を慮って……というだけではない。
これ以上は、綾乃としてもキャパオーバー。結果がどちらであっても、このデートが終わってしまうのは間違いない。
それは、あまりにももったいなかった。
「本條さん、家まで運んでくれるそうだからお願いしてしまっていいかな?」
「はい……。そうですね。それがいいと思います」
振り返った彼の顔が突然視界に入り、綾乃は思わず飛び上がりそうになった。
それでも冷静に対応できたのは、本に関する話だったからだろう。
せっかく購入した本と別れるのは、身を切られるような思いがする。せっかく注文できた本が、出版社在庫なしでキャンセルされたときのように辛い。
だが、こればかりは仕方がない。ここで《ホールディングバッグ》を使うのはリスクがあるし、読みたいが、デート中だ。すぐに読むことはできない。読みたいが。
告白を後悔していない綾乃だったが、最初に本屋に寄ったのは失敗だったと心の中で落ち込んだ。
「じゃあ、これからどうしようか?」
「も、もう少し見て回りたいです」
支払いと手続きを終えた彼に言われ、綾乃は反射的に顔を上げた。
彼が、「うっ」と気圧されるのにも気付かなかったのは、なんとか理由らしきものをでっち上げるのに必死だったから。
「その……まだ来たばかり……ですし」
「そうだな……」
と、悩みもせず受け入れてくれた。
嬉しい。
同時に、落ち込んでしまう。
こんなシチュエーションは、いくらでも本で読んだはず。それなのに、気の利いたことのひとつも言えないなんて。
まだまだ、本の読み込みが足りない。
「広場にいろいろ店が出てたし、適当に見て回ろうか」
「はい。楽しみです」
落ち込んだ様子など欠片も見せず、綾乃は心からの笑顔を浮かべて微笑んだ。彼が見とれているのには、残念ながら気付かない。
考えているのは、二人のこと。
こんなに早く帰っては、せっかく譲ってくれたカイラに顔向けできない。それに、一緒にいるエクスからお叱りを受けるかもしれない。
反省を素早く終えると、先に店を出た彼の後を追う。
暗かった店内から、よく晴れた外へ。
光量の変化に何度か瞬きをしたところ――綾乃は扉を閉めることも忘れてその場に立ち尽くした。
「え? え? ええ……?」
唐突に降ってきた、未来予知のビジョン。
相変わらず断片的で、結果だけを突きつけられる能力。
物心ついてきてからずっと付き合ってきた力で、綾乃は初めて赤面を強いられた。
どれくらい先なのか、分からない。
少なくとも、一年弱は先だろうか。生物的な限界を越えるのは、さすがに不可能だろうから。
「本條さん、どうしたの?」
「いえ……」
「もしかして、あれが?」
代わりに店の扉を閉めた彼が、声を潜めながら問う。
綾乃は反射的にうなずき、続けて首を横に振った。
「は、はい。でも、大したことではないので」
「そっか。聞いた限りじゃ、危機的なビジョンばっかりだったから心配したんだけど、そうじゃないのもあるのか。当たり前だよな」
確かに、彼との出会いからずっと命懸けの状況ばかり見てきた。
それは単に、人生における重大事だったということなのだろう。
この新しい未来予知も、人生の重大事には違いない。
「大丈夫です。むしろ、良いことでしたから」
あの告白がこの結果を呼び寄せたのだろうか。
「それは良かった」
いったい、どんなビジョンだったのか。
答えを待つ彼を追い越して、綾乃は先に広場へと戻っていく。
「まあ、個人的なことだから、絶対知りたいわけじゃないけど……」
その後を追いながら、彼は釈然としないと首を傾げていた。
だけど、とても言えない。
彼にも、誰にも言えない。
言えないが、今までで最高の結果。
それは、そんなビジョンだった。
なんかちょっとおかしな本條さんだったが、市場を見て回る今はいつも通りに戻っていた。
あの突然の告白と、教えてくれない未来予知のビジョンに関連はあるのか。
……まさか、死亡フラグがたったとか? 一緒にパインサラダを……さすがにないか。
そりゃそうだ。なんか嬉しそうだしな。
これは、考えてもどうしようもないタイプの問題だ。
とりあえず、忘れ……ることはできないけど、今は買い物に集中しよう。
どうせ、エクスには聞かれているんだ。後から追及を受けるのは、もはや常識。であるならば、この瞬間を楽しむべきだろう。ぎくしゃくしたままじゃ、お互いのために良くないしな。
先のことは考えない。一瞬……! だけど……閃光のように!
と、ようやく自分のペースを取り戻したところで、本條さんが立ち止まる。
その視線の先には、丸のままの魚が所狭しと並べられていた。さすがは、海の街といったところだろうか。
見覚えがあるような魚もあるし、とても食用とは思えない魚もある。後者は、出汁を取るためだったりするかもしれないけど。
「カラフルなお魚もありますね」
「沖縄の市場みたいだな」
「ああ、沖縄……ですか」
勝手なイメージだが、こう、南国ってイメージがある。
もっとも、沖縄に行ったことなんかない。むしろ、本州から出たことがないし、飛行機に乗ったこともない。
そんな俺が異世界にいる不思議。
「一度行ったことがありますが、確かに、色とりどりでした」
合ってた。
良かったと安心したタイミングで、ストラップで固定していたタブレットが震動する。
「エクスが用事みたいだ」
「……な、なんなのでしょうか?」
ちょっとだけ警戒する本條さんを訝しがりつつ、タブレットのスリープモードを解除。
待ちかねたかのように、画像付きでメッセージが出てくる。
『オーナー! そこの黄色い魚! 《初級鑑定》で金貨3,000枚って出ました!』
「マジで?」
エクスからのメッセージを目にした俺は、思わず声に出していた。不用心? むしろ、金貨3,000枚とか口にしなかったことをほめてほしい。
「一体全体、カニ何杯分だよ」
ゴールデンキャンサー算をしようとしたけど、上手くいかなかった。
それくらい、衝撃的だった。衝撃的過ぎて、こういうの骨董市とかのみの市でやりたかったんだよな……という不満も水に流した。金貨3,000枚を前にしたら、些細なことだ。
「秋也さん、あの黄色い魚のことですか……?」
「間違いないな」
画像と実物を見比べるが、間違いない。
そんなことをしていると、店のオヤジに目を付けられた、
「おう、お目が高いね。こいつは、今朝上がったばかりの新鮮なメチョフだよ」
「うん。脂が乗ってそうだ」
条件反射で、適当な受け答え。
こういうのがアドリブで出てくるので、TRPGプレイヤーは信用できないな!
「ああ、この時期は、メチョフを食べないと始まらないからね」
何者だ、メチョフ。
初鰹的なポジションなのか、メチョフ。
見た目は、確かに鰹を大きくして黄色くしたような……黄色い時点で別物なのでは?
「せっかくだ。綺麗な奥さんに食べさせてやんな。特別に金貨1枚でいいぞ」
「綺麗な奥さんって……」
「買いましょう」
おだてられて気を良くした……という演技で、本條さんが即決した。
当然と言うべきか、金貨3,000枚なんて話はおくびにも出さない。さすがだ。
……演技なんだよね?
「分かった。せっかくだから、金貨1枚で」
「毎度あり!」
嬉しそうにする日焼けした髭の主人が、でっかい植物の葉っぱで梱包してくれる様を、若干の罪悪感とともに見守る。
「なんだか、騙しているような気がしてしまいます……」
「ま、まあ、高いから良い物とは限らないわけで」
呪いのマジックアイテムとまではいかないが、危険物だって高値が付く場合もあるだろう。
それに、慣れない大金を持つと身を持ち崩すかもしれないしな。
「新鮮だから、内臓も食えるぞ。香草と一緒に煮込むといい」
「ありがとう」
食べるために買ったわけではないとは言えず、微妙な笑顔で魚を受け取った。
店を離れ、頃合いを見計らい魚を《ホールディングバッグ》へ収納。エクスはちょっと嫌がりそうだけど、言い出しっぺなので諦めてもらおう。
「思わぬイベントが発生してしまった……」
次はどうするかな……。なんかもう定食屋のチャレンジメニューもかくやとイベント盛り過ぎだ。
もちろん、メインは本條さんのあれなんだけども……。むしろ、それ以外おまけなんだけど……。
ほんと、どうしよう……。
「秋也さんと一緒だと、本当に退屈しません」
それ、俺のせいかな?
まあ、《初級鑑定》を取得したのは俺だけど……。
俺のせいだった。
ミナギくんはうろたえてますが、告白した本人は未来予知のビジョンにうっきうきで気付いていない模様。