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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~  作者: 藤崎
第一部 勇者(アインヘリアル)チュートリアル
75/225

75.敗北ではなく、勝利には足りず

「って、それどころじゃない。逃げなきゃ」


 気付いた時には、船縁まで移動していた。実際は、勝手に後退っていただけか。


 なんとか直った俺は、本條さんの予知を無駄にしないため必死に思考を巡らす。

 神話生物から逃げるのは得意なんだ。まあ、失敗して死んだことのほうが多いけど。


 まずは、カイラさんだ。万が一にも、ショックを受けて動けないなんてことになっていたら完全に詰む。

 当然のように側にいるカイラさんへ視線を向けると――


「カイラさん――」

「生物である以上、斬れば死ぬわよね?」


 ――ある意味、正気度は削れていた。しかも、いつも通りと言えばいつも通りなのがあれだ。


「普通に無理です。本條さんも、動けるよね」

「はい……」


 カイラさんが連れてきてくれたのか。本城さんも近くにいた。ちゃんと、両足で立っている。


「昔の私だったら危なかったですが、《レストアヘルス》で体も良くなったので」


 ああ。病弱だったんだっけ。それは良かった……って、それどころじゃないんだって。


「ファーストーンを海に投げ入れるから、タイミングを見計らって海に飛び込もう。いける?」

「秋也さんと一緒なら、大丈夫です」

「問題は、相手がそれを認めるかどうかよね」


 今は光の魔剣となった【カラドゥアス】を両手に構えたカイラさんが、超巨大半魚人(ダゴン)を見上げる。


 海から出てきただけで俺たちに恐慌を引き起こした超巨大半魚人(ダゴン)は、動きを止めていた。

 でもイコールなにもしていないわけじゃない。


 なにかを探すかのように周囲を睥睨している。


 もしかして、俺たち以外が目的だったり……?


 しばらくそうしてから、腫れぼったいまぶたの奥にある黒い瞳をさまよえる栄光号へと向ける。


 ロックオンされた。


「ミナギくん、アヤノさん。覚悟だけは決めておいて」

「エクス、《ホールディングバッグ》からファーストーンを――」

「オーナー、《ホールディングバッグ》からロザリオが」

「こんなときに!?」


 世界樹の種といい、なんで使途不明アイテムは勝手に出てくるんだよ!?


「どうせ出てくるなら、空から女の子にしてくれ」


 だが、当然と言うべきか、ロザリオがこっちの言うことなんて聞くはずがない。タブレットの画面から出現したロザリオが、淡く白い光を放って宙に浮いた。


「ミナギくん、来るわよ」


 身構えるカイラさんの向こうに、超巨大半魚人(ダゴン)が見えた。


 一切表情を変えることなく、拳を振り上げた超巨大半魚人(ダゴン)が。


 振り下ろす先は……さまよえる栄光号。降ってきたのは、女の子じゃなくて拳だった。


「オーナー、超巨大半魚人(ダゴン)が女の子という可能性も残ってますよ?」

「誰得だよ! 暴力系ヒロインは最近じゃ不人気だぞ!」


 緩慢な。


 しかし、確実な死。


「エクス、《踊る水》を最大威力で!」

「……そういうことですね。受諾(アクセプト)!」


 石500個は惜しいが、背に腹はかえられないし、命にも代えられない。


 俺の真意を悟ったエクスが、海を対象に《踊る水》を発動させた。ゆっくりとで小規模ではあるが海流が生まれ、水が移動する。


 その上に乗った、さまよえる栄光号と一緒に。


「あっぶねぇ……」


 間一髪。


 超巨大半魚人(ダゴン)の水かきの付いた手はさまよえる栄光号をかすめて、大波を引き起こした。

 昔の遊園地にあった海賊船のように大きく揺れる。


 でも、それで済んだ。なんとか、ぎりぎり。


「……今は、諦めるしかなさそうね」

「そうしましょう」


 今はという部分に一抹の不安を感じるが、ツッコんでいる場合じゃない。一も二もなく賛同し、改めてファーストーンを海に投げ落と……そうとしたところ。


「秋也さん、カイラさん。ロザリオが……」


 本條さんの指さす先。


 さっき勝手に出てきておいてなにをするでもなかったロザリオが、光の繭のようなものに包まれていた。


「なにが起こって……」


 その光が、弾けた。


 弾けて無数の白い光の糸が放射され、船を包み込む。


 ……いったいなにが?


 その疑問は、すぐに氷解した。


 光が溶けると……いや、光の糸が代わりになったように甲板に空いた穴は綺麗に修復され、折れたマストと帆は新品同然に生まれ変わったのだ。


 まるで巻き戻しするかのように、さまよえる栄光号が修復されていった。


 ……最近の若い子には、巻き戻しとか通じないらしいけどね? 


「もしかして、再生がロザリオの力?」


 確かに、俺たちは誰も死んでなかったけど……。


 ……ってことは?


「QuoAAAAAAAAAAAAAAAAhhhhhhhhhhhh!!!!!!」


 耳をつんざく絶叫とともに、失墜の聖騎士(ネフィリムガード)も再び甲板上に出現した。


 だが、そのままではない。


 端的に言えば、色が違った。黒ではなく白。闇ではなく、光に包まれている。


「どういうこと……なのでしょうか?」

「……さあ? これもロザリオの力なのか?」

「一度消滅して、正しい心を取り戻したのではない?」


 顔を見合わせる俺と本條さんに、カイラさんがあっさりと言った。


 そんなことあり得る? それとも、この世界じゃ当たり前のこと?


 そのとき、地面ががたりと動いた。


 地面――それは、船とイコールだ。


「船が勝手に……」


 気付けば、さまよえる栄光号が、あり得ない挙動で舳先を超巨大半魚人(ダゴン)へと向けていた。


 幽霊船としては当然の動きなのかもしれないが、実際に目の前でやられると驚いたとしかいえない。


「ミナギくん、どうする?」

「秋也さん……」


 二人から視線を向けられた俺は、言葉に詰まった。

 正確には、海賊ファッションのエクスも入れて三人からだ。


 その間にも、船は滑るように超巨大半魚人(ダゴン)へと突進していく。


 逃げるのが正しい。

 というか、それ以外にない。


 さまよえる栄光号と失墜の聖騎士(ネフィリムガード)は、勝手に戦おうとしているだけ。


 付き合う必要も理由もなにもない。


 それでも、俺たちだけで逃げるのは間違っている。


「やれるだけやって、本当に無理なら逃げよう……って?」


 突然、目の前に船――さまよえる栄光号が現れた。


 違う。


 俺たちは乗ってきた小舟へといつの間にか移動――転送されていた。


 振り出しに戻らされた俺たちの目の前で、さまよえる栄光号は淀みなく進む。


 蘇った船の舳先には、蘇った騎士が立っていた。


 その失墜の聖騎士(ネフィリムガード)……いや、今は聖騎士(ホーリーガード)か?

 聖騎士(ホーリーガード)は兜を脱ぎ、その下に隠されていた白い肌と長く美しい金髪が白日の下にさらされる。


 あれ……?

 ……女の人……だった?


 現実か、はたまた目の錯覚か。


 もはや、それを確かめる術はない。


 完全に語彙力を失った俺たちは、ただ見守ることしかできなかった。


 光を取り戻した失墜の聖騎士(ネフィリムガード)を乗せたさまよえる栄光号が超巨大半魚人(ダゴン)に激突。


 サイズが違いすぎるため、さまよえる栄光号のほうが砕け散る……かと思いきや、そのまま押し倒し。


「私たちは、ただ偶然居合わせた部外者……というわけね」

「すごい……です」


 そして、海中へと没する様を。





「まあ、ウチも引きこもってる間にいろいろと本は読んだけどなぁ……」


 失墜の聖騎士(ネフィリムガード)聖騎士(ホーリーガード)になって、超巨大半魚人(ダゴン)とともに、海に消えたその日の夜。


 グライトの屋敷に戻った俺たちは、二階のリビングに集まってリディアさんの講義に臨もうとしていた。


失墜の聖騎士(ネフィリムガード)とバカでかいギルマンが相討ちになったとか、いくらなんでも盛りすぎやろ」

「嘘偽りない事実よ」

「ぶっちゃけ、それが一番やばいと思うわ」


 それには同意なんだけど、現実なんだよなぁ。


 あのあと、しばらく待ったのだがあれ以上の異変は起きなかった。

 一方、あるいは双方の死体が浮かんでくることも、戦いの余波で波立ったり、渦ができたりすることも。


 だから、帰路はさすがにお通夜状態だったけど、今はなんとかいつもの調子を取り戻していた。これも、ネクタルに匹敵するという世界樹ご飯の恩恵かもしれない。


「まさに、事実は小説よりも奇なり……ですね……」

「小説の場合は、ある程度の整合性が求められるから」


 まあ、ラブクラフト御大の小説にあったかは議論の分かれるところだろうけど。


「一応な、失墜の聖騎士(ネフィリムガード)とギルマンの因縁は聞いたことあるわ」

「へえ。そんなものが」


 それは、カイラさんも知らなかった情報だ。

 片眼鏡(モノクル)をくいっとして得意げな笑顔を浮かべるリディアさんの言葉を、素直に待つ。


「悪の討伐に出たっちゅう失墜の聖騎士(ネフィリムガード)の船団な。あれを沈めたのがギルマンたちらしいわ」

「普通に不倶戴天じゃん」

「だから、ギルマンの本拠地があるという海域で出会ってしまったのですね」


 折り悪く、宿命の敵同士が相まみえるところに割り込んでしまったのか。


「いやはや、オーナーらしいタイミングですね」

「俺って、そんなに間が悪いか?」

「いえいえ、カイラさんのときも綾乃ちゃんのときも、似たようなものだったじゃないですか」


 そうか……?


 ……そうかもしれない。


 しかも、ヴェインクラル、メフルザード、超巨大半魚人(ダゴン)と大物とばかり遭遇している。


 やっぱ、間が悪いんじゃないかなぁ?


「だけど、失墜の聖騎士(ネフィリムガード)が復活して闇堕ちの反対やから……昇天?」

「死んでる」


 元々死んでるけど。


「じゃあ、光戻り? とにかく、まともに戻るなんて聞いたことないなぁ」

「あのロザリオに、そういう力があったのではないかしら。別に、気にする必要があるとも思えないけれど」

「今になっては確かめようもないことですが……少し、もやっとします」


 本條さんの言葉に、俺はうなずき同意した。

 それはうだうだせずに《中級鑑定》を取っておけば……という悔恨でもあった。


 冷静に考えると闇堕ちから元に戻せるって、めっちゃ強いもんなぁ。


「ロザリオの力でなぁ。ということは、さまよえる栄光号と失墜の聖騎士(ネフィリムガード)はふたつでひとつの存在だったのかもしれへんな」

「ああ……。船が存在している限りは失墜の聖騎士(ネフィリムガード)の闇の骸は有効とか、そんな設定だった可能性があるのか……」

「あれほどの能力だものね。そう考えたほうがしっくりくるわ」


 きらきらカイラさんの不意打ちが通用しないとか、マジバグキャラだもんな。パワーソースに理由があったほうが安心できる。


 というか、だから一回失墜の聖騎士(ネフィリムガード)を倒しても魔力水晶落とさなかったのか。


「ま、収まるところに収まったし、ウチらにとっては最良の結果になったんちゃう?」

「それは確かにそうなんだけど、もうちょっと上手くできたんじゃないかなぁ……って」

「ですね……」


 報告というか警告として冒険者ギルドに概要を伝えてしまった以上、他にできることはなにもない。

 しかも、マークスさんの心労を増やしただけじゃないかという疑惑もある。


「完璧を求めるのと、完璧でないと納得できないのは別よ」


 もやっとしたものを抱える俺たちへ、カイラさんが静かに戒めた。


「それに、私たちの目的は別にあるでしょう? もちろん、短期的にだけど」

「うん。忘れてはいないさ」

「はい」


 自然と、俺と本條さんの背筋が伸びる。


「そろそろ、頃合いだと思うわ」


 はっきりとは言わなかったが、それでも俺たちには通じる。


 メフルザード。


 地球でずっと待たせている吸血鬼の真祖と決着を付ける。

 その時が、目前にまで迫っているのだ。

【改悛のロザリオ】

価格:29,500金貨

等級:伝説級

種別:その他のマジックアイテム(消耗品)

効果:品のいい銀の十字架ロザリオ

   ロザリオの近くで、善から悪へ属性が反転した者が死亡した際、自動的に発動する。

   その者を改めて悪から善へ属性を反転させた上で蘇生させる。

   ただし、その者は心からの改悛の情を抱いていなければならない。

   かつて、ある悪の神が【改悛のロザリオ】を参考に、死亡した善なる者を悪属性を得た上で復活させる【反転の王錫】というアーティファクトを作成したという伝説がある。

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