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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~  作者: 藤崎
第一部 勇者(アインヘリアル)チュートリアル
73/225

73.失墜の聖騎士(上)

 さすがに、ある程度大きな船を借りて行くのかと思ったのだが、その予想は外れた。


 カニ漁こと、ゴールデンキャンサーを狩りに行くときと同じ小舟で出港。人目に付かなくなったところでフェニックスウィングを出して曳航し、ギルマンの住処へ向かった。


 波は穏やかで、潮風はさわやか。

 太陽の光も柔らかく、航海日和と言っていいだろう。


 だが、俺の心中はレジャー気分とはほど遠い。


 ギルマンとの戦いを間近に控えて緊張しているから?


 いいや。戦いは戦いでも、自分との戦いだ。


 ホバーバイクの運転席で操縦に集中する……態で、密着する本條さんの存在を頭から必死に消そうと頑張っていた。


 ……けど、おやぁ?


「……冷静に考えると、本條さんも舟に乗っていれば良いのでは?」

「揺れると、酔ってしまうので」

「それもそうか……」


 土壇場で閃いた必殺技は、なんの役にも立たなかった。

 お陰で、追い払ったはずの本條さんの柔らかさとか温かさとかをまた意識してしまう。きらきらがついていたら、俺は犯罪者の烙印を押されていることだろう。


 ミラージュマント、お前の厚みだけが頼りなんだぜ……。


「幸い資金はあるんだし、ちゃんとした船をチャーターしたほうが良かったんじゃ」

「無関係な船員を巻き込むのは、不本意でしょう?」

「まあ、それは確かに」


 本條さんに続いて、カイラさんにも論破されてしまう。


 実のところ、《水域の自由者》があるから船も要らないんだよな。まあ、ずっと歩きっぱなしは辛いけど……。


 でも、クトゥルフには漁船じゃない?


「ナビゲーションはエクスにお任せですよ。冒険者ギルドから提供された地図は、《オートマッピング》に組み込み済みです」

「便利だな」


 ものすごい精密な海図ができあがってしまうのではないだろうか? 地図業者で稼ぐのもありかな……ダメだ。厄介事の匂いしかしない。


「なので、オーナーは快適な(・・・)海の旅をお楽しみください」

「くっ。やっぱ故意犯……」

「信念に基づいた行動なので、確信犯でも誤用ではないですよ?」


 信念という言葉を使う度に、その人への評価を下げるってヤン提督も言ってたでしょ? まあ、愉快犯よりはまし……いや、もっと厄介か?


 とかなんとか、海の旅というかフェニックスウィングは浮いているので空の旅というかを続けること一時間ほど。


 ギルマンの住処があるという海域……の手前で、霧に遭遇した。


 正確には、行く手に霧が立ちこめていた。これが空なら、青空の一角に雲が浮かんでいるというだけなのだが、明らかに異質だ。


「あんな風に霧が発生するとか、あり得る?」

「ない……とは言い切れないですが……」


 科学知識からもたらされる常識も、ファンタジーの前には無力。


「さまよえる栄光号と失墜の聖騎士(ネフィリムガード)……」

「え? なにそれ?」


 ちょっと中二過ぎない?

 そういうの、大好物なんだけど。


「いえ。連想してしまっただけよ。まさか、そんなはずないわ」

「あー。《オートマッピング》に、UNKNOWNの反応が複数出ていますね」


 ということは、モンスターがいるのは確定か。


「って、エクス。一旦止めよう」


 霧が徐々に近付いているのに気付き、慌てて指示を出す……が。


「とっくに止めています。ですが、勝手に引きずられている状態です」

「マジかよ」


 ホラーじゃねえか!


 ギルマンのコズミックホラーに比べたらましかもしれないけど……ましか? ラブクラフトとキングのどっちがましかなんて、究極の選択過ぎるだろ。


「秋也さん、舟へ移りましょう」

「そうだな」


 タブレット片手にフェニックスウィングから降りて、久々にカイラさんと顔を見合わす。

 だが、ゆったりまったりしている場合ではない。


「カイラさん、仰っていたさまよえる栄光号と失墜の聖騎士(ネフィリムガード)とはなんなのでしょう?」

「なんかすごい、強そうな感じなんだけど……」

「ええ。里に伝承が残っていたの。まあ、水の精霊殿のことは失伝している里ではあるけれど……」


 だからといって、さまよえる栄光号と失墜の聖騎士(ネフィリムガード)がしょぼいのかというと、全然そんなことはない。


 邪神戦役の頃、海の向こうに巣くう邪神の眷属を滅ぼすために出港した、ある聖騎士が率いる船団があったのだという。

 しかし、目的地に到着する前になんらかの理由で船団は壊滅。


 未練を残した聖騎士はアンデッドと化して霧とともに海をさまよい、生者への怨嗟の声を響かせ続けている。

 その霧に囚われた船と人は、堕ちた聖騎士の刃と怒りをその身に受けて波の下へと送られ――要するに、殺される。


 それが、さまよえる栄光号と失墜の聖騎士(ネフィリムガード)の伝承。


 邪神戦役の頃というのは昔々という枕詞と同じ意味なので、そこは論ずるに値しない。それと同じ、海のフォークロアである……はずだった。


 思いっきり、霧に巻き込まれてなければね!


 すでに霧の中に入り込み、周辺は真っ白。すでに向こうのテリトリーに入っているようなものだ。

 頑張れば抜けられるかもしれないけど……。


「ギルマンから、標的を変えましょう」

「そうなるよね」


 さすがに、これを放置して予定通りギルマンと……とはいかない。


「ギルマン自体ではなく、仮想メフルザードが目的。であれば、相手が変わっても構わない……ということですね」

「ええ。むしろ、失墜の聖騎士(ネフィリムガード)のほうが都合がいいわ。まだ決まったわけではないけど」

「では、進路このままでいいですか? 向こうに、船が漂っているようですが」


 視線を向けると、エクスの言う通り奥に帆船の影が見えた。

 幽霊船か……。でも、さまよえるオランダ人(フライングダッチマン)でも飛べないオランダ人ノンフライングダッチマンでもなく、悪堕ちした聖騎士が乗ってるかもしれないんだよなぁ。


「伝承通りの位置に、水と時の神の聖印が描かれているわ。確定だと思って」


 かもしれないが、現実になった。

 覚悟を、決めよう。


「とりあえず、《水域の自由者》をかけ直しておこうか」

「持続は一時間のままでいいですか?」

「うっ。一時間延ばす度に、石10個だっけ」


 指輪のお陰で、消費は俺一人分で済むんだ。ケチケチせずやっちゃおう。


「じゃあ、8時間で」

「了解です。《水域の自由者》実行します」

「それから、カイラさん以外に《渦動の障壁》も」


 本條さんも、今のうちに光球を生み出して明かりを確保している。カイラさんは、【カラドゥアス】を抜いて両手とマフラーに持たせ増殖を終えていた。


 あとは……。


「ミナギくん」

「秋也さん」


 指輪のお陰で、二人になんか言わなきゃいけないんだった。


「あー……」


 自分でも顔をしかめるような変な声を出しながら、天を仰ぎ。

 つまり、二人の顔は見ずに俺は必死に頭を回転させる。


「カイラさん」

「はい」

「俺たちのために、いろいろやってくれてありがとう。でも、無茶だけはしないでね。これ、俺の感覚での無茶だから。カイラさん基準からは落としてね?」

「善処するわ」


 不安だ……。

 でも、分かってくれたと思う。エクスもなにも言わないし、花びらのようなきらきらに包まれてるし。大丈夫。


「本條さんは……変に気負わず……リラックスは無理かもしれないけど、とにかく安全マージンをしっかり取って頑張ろう」

「はい。最善を尽くします」


 分かっているんだろうか……。

 とりあえず、本條さんも星形のきらきらが出てはいるけれど。


 しかし、怪しい魔道書ときらきらは、ほんと相殺って感じだな。


「オーナー! 船からなにかが出てきます!」

「なにかって……」


エクスの警告を受けて視線を上げると、半透明のなにかが群れとなってこっちへ向かってきていた。

 ぼろをまとって、カトラスを手にした人型の……足がない! 分かりやすい幽霊だな!


「私に任せてください」


 カイラさんが【ギルシリス】……マフラーを伸ばして、俺が適当な攻撃系マクロを発動させようとしたところ本條さんが毅然としていった。


 一言。


 その一言に込められた圧倒的な説得力に、俺もカイラさんも動きが止まる。


 例外は、こっちへ向かってくる幽霊たち。


「――GIGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA」


 生者を憎む声にならない声をあげ、こっちへ降下してきた。


「火を三単位、天を九単位。加えて、風を二単位、地を四単位」


 そこに、魔道書を手にした本條さんの美声が朗々と響き渡る。

 そしてそれは、幽霊たちにとっては、セイレーンの歌声となった。


「理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」


 事前に灯していた光球からレーザーが射出され、幽霊の一体を撃ち抜いた。


「――Oooooooooooohhhhhhhh」


 金切り声をあげ、ぼろをまとった幽霊が薄くなり消えていく。


 成仏した……のか?


 だが、それで終わりじゃあない。

 霧と幽霊を貫いたレーザーは、当たるを幸い。弧を描いて次々と幽霊をボロ布のように切り裂いていった。


 ……これ、カイラさんでも避けられないのでは?


 幽霊が消え、魔力水晶が落下するのを眺めながら呆然とする俺。


「おっと、《マナチャージ》です!」


 魔力水晶が海に落下する直前、エクスが回収してくれた。俺にはもったいない相棒だ。


「お見事ね」

「上手くいって良かったです」

「いやぁ、すごい。格好良かった。最高」


 フェニックスウィングにまたがったまま、後ろを向いて本條さんを褒め称える。


 完全に、ロボットアニメだった。男の子って、こういうの好きなんでしょ……という概念の具現化だ。


「そんなことないです……。もう、秋也さんはほめすぎです」


 ……また、本條さんがきらきらしちゃってるんだけど。


 発動条件、ちょっと緩すぎない?

ギルマン「助かった……?」


まだ油断してはいけない。

というわけで、次回で戦闘は終わるはず。

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