71.休暇は終わりぬ
「ようこそ、ウチの研究室へ」
「一日しか経ってないのに、随分と様になったなぁ」
世界樹そばを食べて元気爆発。眠気が吹っ飛んだというリディアさんに連れられ、彼女の城へと足を踏み入れた。
ログインボーナス実装した世界樹(仮)を放置していいのか。
そういう疑問もあるだろう。
でも調べようがないし悪い世界樹でもなさそうなので、とりあえず静観するしかないのが現状だ。
明日以降は実を付けたりしないかもだし。
「昨日、薬師ギルドの人間が一生懸命機材を運び入れていたわよ」
「そして、夜になってウチが好き勝手したっちゅう話やな」
そう言って、胸を張るリディアさん。
不健康の極み乙女だが、吸血鬼っぽいライフサイクルではある。
そして、吸血鬼でもないのに朝から朝まで働いていた社畜もいるので問題ない。
……俺、日本に戻って元の生活に復帰できるんだろうか?
「オーナー、また社畜生活に思いを馳せてますね?」
「人間、贅沢を憶えると駄目だなと思ってただけだよ」
というわけで、リディアさんの研究室。
しかし、その部屋……というか小屋は、女性らしさも吸血鬼らしさも皆無だった。
石造りで窓のない部屋は、壁に掛けられたいくつかのランタンで妖しく照らされている。
だが、灯は点っていない。
「ヒカリゴケの一種で明かりを採ってるんや」
「へえ……。そんな便利な物が」
「窓のない地下室じゃ、あんまり火を使いたくないからな」
「そういう自虐ネタ、笑えないから控えよう?」
「ほんま!?」
壁はタペストリーや絵画ではなく、乾燥した植物――ポーションの素材が無造作にかけられていた。
いくつかある作業台の上には乳鉢に試験管や卓上コンロなどが置かれ、使い始めたのは昨日からにもかかわらず薬……漢方薬のような匂いがする。
棚にも、ポーションの原料っぽい植物やキノコやなにかの骨っぽい物が空き瓶に乱暴に詰め込まれていた。
いかにもといった室内に、テンションが上がる。テーマパークへ来たみたいだ。
「というか、リディアさんってガチなポーション職人だったんだ?」
「おおっと、今、聞き捨てならへんセリフが聞こえたで」
笑いながら、リディアさんが俺を鋭い瞳で射抜く。
その目の奥は、まったく笑っていなかった。
……あれ? 地雷踏んだ?
「ウチかて、クッソ長い引きこもり生活を無為に過ごしてきたわけやあらへん」
「秋也さんが言いたいのは、よくそれをギルド側が許したな……ということではないでしょうか」
「なるほど。そういうことな。それは一理あるわ」
本條さんのフォローに、リディアさんの眼光が和らいだ。
ありがとう! そして、ありがとう!
「まあ、気が咎めたんやろな。外に出る以外のことは、大抵やらせてもらったわ」
少しだけ遠い目をして、リディアさんが言った。
これは自虐とかじゃなくて、単なる事実だったようだ。
「最初は差し入れの本に影響されて、小説を書き散らしたりしとったなぁ」
「本当ですか!?」
「だが、三年で飽きてもうた」
才能があったのなら残念だけど、そうでなければ見切りを付けられて良かったとも言える。
難しいところだ。
「楽器もやったし、絵も描いたし、写本とか本の装丁作りにはまった時期もあったわ」
「写本に本の装丁ですか!?」
「自分、やたら本に食いつくなぁ」
妹に接するような雰囲気を醸し出して、リディアさんは目を細めた。
「で、最後にはまったのがポーション作りってわけやな。最後になったのは、ミナギはんが出してくれはったからやけど」
「とりあえず、もうしばらくの間はポーション作りブームを維持してほしいなぁ」
「善処するわ」
そば美味かったしなと、リディアさんがからからと笑った。
「もっとも、自由になんでもかんでも作れたわけやない。しっかり、監視はされとったけどな」
変なポーションを作られて逃亡されてはかなわない……といったところか。
「一回、いろいろ混ぜて爆発させたことがあったから、まあ当然なんやけど」
「そういうお約束はいらないなー」
「せやかて、ミナギはん。ウチにも、プライドっちゅーもんがあるんやで?」
「なにかやった記憶はないんだけど……」
カイラさんと本條さんに視線を送って確認するが、二人とも首を振ったり傾げたり。心当たりはないようだ。
「エクスはんから聞いたで。《ポーション効果遅延》やったっけ? せっかくポーション関係の能力があるのに、ガチャとかいうヤツのお陰でスルーされそうやって」
「あー。まあ、事実といえば事実だな……」
ガチャで満足したというか、まだ《コンティンジェンシー》の検証もできていないまである。
「そんなんポーションがかわいそうやん? まるで、ウチまでいらん子みたいやん?」
「そんなことないけど……」
「まあ、耐毒剤とかは世界樹の実があれば要らんような気もするけどな!」
「毎日実が生るとは限らないし」
生ったとしても、毎日そばはちょっと辛い。
「それから、エンハンスポーションも……そのきらきらがあれば、要らんけどな!」
「俺にはきらきらつかないから」
きらきらきらきらって、お菓子のおまけのシールかな?
というか、常時つけておくというその前提を疑おう。
「ウチとポーションのために、ウチは頑張るで」
「おお、やる気だ」
「というわけで、時間とお金をください。あと世界樹の素材も」
「あ、はい」
標準語で頭を下げられたので、思わずうなずいてしまった。
「どうにも、条件が曖昧ね……」
「攻撃を受けたらと言葉にすると簡単ですが、実際の発動条件を探るのは厳しいです」
「俺のために、面倒くさいことになって悪いね」
「ミナギくんのためだもの」
「秋也さんのためですから」
「ん? うん……?」
なんだか間違ってない? いや、いいのか……?
なんとなく背筋が寒くなるような感覚があったけど……たぶん、気のせいだな。そうに決まってる。
「攻撃に限定すると、事故は防げないんだよな」
「そうね。トラップや跳弾のような意図しない攻撃では《コンティンジェンシー》は発動しなかったものね」
恐らく、トラックにも無力だろう。まあ、殺意があったら別だろうが……。
世界樹の生えた我が家の庭。
……まあ、我が家という自覚も認識も薄いのだが、そこで最後のスキル検証を行っていた俺たちは、車座になって頭を付き合わせていた。
やっぱり、《コンティンジェンシー》みたいな条件発動型は使いこなすのが難しい。
「そんなに厳密な条件付けが必要なんでしょうか?」
本当にそう思っているのか。それとも、議論のとっかかりを狙ったのか。エクスが、今までの努力を台無しにするようなことを言った。
「とりあえず、攻撃をされたら《渦動の障壁》が展開する。それで最低限の安全は確保できるのでは?」
「でも、それでは不意打ち程度にしか使い道がないのよ」
戦闘が予想される状況だったら、事前に使っているはずだからね。
そして、カイラさんが一緒にいる状態で不意打ちを受けるとか、あり得なさそうな気がする。
「だから、事故にも対応できるようにしたいのですが……」
本條さんが愁いを帯びた表情を浮かべる。
映画かなにかの一場面かと思うほど。やっぱ、美人だなぁ。
「オーナーが驚いたら……では、条件エラーになりますねぇ」
「そもそも、驚いたらバリア張るような生物になりたくないんだけど」
日常生活送れなくない?
ガチャで大当たりしたらバリアとかになっちゃうよ?
「かといって、秋也さんが傷ついてから……では遅すぎます」
「そもそも、事故というシチュエーションが広すぎる」
ゲームだったら、その辺の条件設定は多少緩くてもいいんだよな。トラップに引っかかったらで処理できるはずだし。
「防御にばかり気を取られるのが間違いなのでは?」
千日戦争に陥りかけた俺たちに、デフォ巫女衣装のエクスが人差し指をぴんと立てて発想の転換を要求する。
「【スケープゴート】もあるので最悪の事態は防げますし、ポーションにも期待していいはずです」
ゴート……山羊なのに羊のあれか。
結局、鑑定してないんだよな……。
「先に、《初級鑑定》で確認してみるか」
「では取り出しますね」
エクスが《ホールディングバッグ》を操作する気配を察して手のひらを開くと、光を伴って羊のぬいぐるみが現れた。
やっぱ、山羊より羊のほうがかわいいからいいか。山羊とか、ゴートシミュレーターしか出てこないし。細かいことは考えない。
ぬいぐるみを地面に置いて、タブレットで撮影。《初級鑑定》の結果は……。
「ほほう。金貨33,333枚だそうです」
「すげえ。ユニークアイテム特有な値段設定だ」
というか、日本円換算で億超えてるよ、億。一円置くんじゃないよ、一億円だよ。それ以上だよ。
やはり、バブル到来させるべきなのでは?
「その値段ということは、間違いなく本物ということですね」
「特に疑ってはいなかったけど、確定すると安心感があるわね」
まあ、この二人が売却を許すはずもないけど。逆の立場だったら、俺も絶対止めるし。
「というわけでですね。エクスが言いたいのは、防御だけに振るのは間違いなのではないかということなのです」
「攻撃にも割り振れと?」
「そもそも、オーナーは後衛ですからね」
攻撃か……。
「たとえば、《吹雪の飛礫》を撃ったら、もう一発追加で《吹雪の飛礫》が発動するとか?」
“れんぞくま”みたいな感じになるな。
「ですがそれでは、そこまで火力が必要でない時にも《コンティンジェンシー》が発動してしまうのでは?」
「そうね。オーバーキルでも構わないと言えば構わないのだけど……」
「それなら、石を追加で消費した時に一緒に発動と条件を設定すれば……いけますね」
エクスも含めて女子三人が和気藹々と話し合う。
その間、俺は黙っていた。
女子の間に割り込むような不作法を控えていたわけ……ではあるのだが、メインは別のこと。
「これ、《スキル錬結》も噛ませたら四回攻撃になったりするのでは?」
「ああー。そんなアプリがありましたね」
俺とエクスだけが分かり合っても仕方ないので、カイラさんと本條さんにも説明。
「なるほど。設定できる上限はあるけれど、三つの行動を組み合わて一呼吸で発動できるのね」
「つまり、本を読む・歩く・周囲に気を配るという行動を組み合わせると、安全に歩きながら本が読めるということですね?」
歩きスマホですらない……。
まあ、それはともかく。
たとえばだけど、《スキル錬結》で《吹雪の飛礫》・《凍える投斧》・《純白の氷槍》を設定。でもって、これの使用を《コンティンジェンシー》の条件にしてさらに《吹雪の飛礫》を発動させるとあら不思議。四回攻撃のできあがりだ。
「オーナーが憧れ、そして諦めてしまった必殺技がついに日の目を見ることに……ッッ」
「いや、そこで感動されても困るんだが」
「そういうことなら、防御にばかりリソースを割り振るのは、確かに問題ね……」
腕組みしてカイラさんが、考え込む。
もしかしたら、ヴェインクラルのことを考えているのかもしれない。
だが、それも短い間。
腕組みを解いて方針を定める。
「とりあえず、机上の空論でないか確かめましょう」
「また、庭に穴を開けるの?」
「いいえ、実戦でよ」
「メフルザード戦前の実戦練習……というわけか」
つまり、試し割り。
……ムエタイでも用意するんだろうか?
とりあえず、休暇は終わり……かな。
【スケープゴート】
価格:33,333金貨
等級:伝説級
種別:その他のマジックアイテム(消耗品)
解説:手のひらサイズの羊のぬいぐるみ(なぜか)。
血を垂らして同期する。
同期した所有者が致命的な不幸に見舞われた際、その身代わりとなって燃え尽きる。
《コンティンジェンシー》
価格:30,000神威石
再購入:不可
効果:指定した条件(状況)が発生すると、それに対応する形であらかじめ指定したスキル・マクロを自動的に発動させることができるスキル。
ただし、あいまいな条件は設定できず、ある程度具体的に設定しなければならない。
発動できない条件の場合、設定自体ができない。
指定できる条件はひとつのみ。自ら解除するか、発動したら新たな条件を設定できる(同じ条件でも良い)。