69.《勇者の祝福》
「みなさんお待ちかね! 検証のお時間がやってまいりました」
マイクを持って眼帯をしたエクスが、とてもいい笑顔で宣言した。
地球がリングになるのかな?
「エクス、ちょっとテンションがおかしくない?」
「エクスは特におかしいとは思いませんね」
どこかの裁判長のようなことを言って、エクスは白衣に着替えた。
やっぱ、検証なので研究者スタイルってことらしい?
というか、ガチャが終わって冷静になっているんでね。ちょっとついていけない俺がいる。
「オーナーが順番を選ぶと差し障りが出るので、エクスが独断と偏見で決定しますね!」
そういうところだけ、気が利いてるんだよなぁ。
「というか、《勇者の祝福》前提かよ」
「他のスキルからにしたら、戦争が起きますよ?」
「起きねえよ」
まあでも、一番効果が曖昧なのは確かか。パラメータが上昇ってなんだよって話だもんな。
「というわけで、カイラさんからいきましょう」
「そういうことなら、一緒にあの人形も試したいのだけど」
「なるほど。【レクチャードール】か」
あれと対戦して、《勇者の祝福》の効果を確認するというのは理にかなっている。
それを本條さんにやってもらうのもなんだし。
さすがに、強化分まで反映されるってことはないだろうしね。
「となると、ここでは手狭だな」
「いえ、広さの問題ではないと思うのですが……」
「庭でやる?」
「そうね。誰かに見られることはないでしょうし」
まあ、見付かって困るようなものもない。
というわけで、ぞろぞろと庭へ移動。
荒れ果てた庭は運動には向いていないが、カイラさんなら関係なさそうだ。
「じゃあ、エクス」
「はい。《ホールディングバッグ》、ディスペンサーモードで起動します」
レクチャードールを《ホールディングバッグ》から出して、自立させる。昼間だからまだいいけど、夜に遭遇したらホラーである。
さて、他にやることが……ない。
……準備が終わってしまった。
「《ホールディングバッグ》といえば、先にかぶった《ホールディングバッグ》どうなるか確認――」
「さあ、張り切っていきましょう!」
「そんなに気合い入れる必要あるかな?」
いつの間にかエクスはハンティング帽をかぶって、映画の撮影の時に使うカチンコまで持っている。
どうあっても、《勇者の祝福》から検証を始めなくてはならないらしい。
そのつもりで、カイラさんも一歩前に出る。
「じゃ、じゃあ」
「え~と……」
こうして「はいどうぞ」と待ち構えられると逆にやりにくい。
TRPGでもそうなんだよ。ロールプレイをじっと待たれると、嫌なんだよ。こっちは自分のペースでやりたいのにさぁ。
「カイラさん」
「……はい」
「なんというか、その……」
ああ、もう。下手に考えてると先に進まない。
「カイラさんがいてくれて良かった」
カイラさんの尻尾が、ばっさばっさと音を立てて左右に揺れた。
「そう言ってくれるのは、嬉しいわ」
さらに……というか、こっちが本命か。
手袋の上からしている勇者の指輪から、キラキラと光を放つ花びらが舞った。
それは地面に落ちることなくカイラさんの周囲に留まり、彼女の美貌をさらに輝かす。
「……確かに、力がみなぎる感覚があるわね」
「綺麗……」
いつも以上に凜としたカイラさんに、同性で同じく美人の本條さんが感嘆の声を漏らした。
俺? 言葉もないよ。
「それで、この宝石に手を触れたらいいのね?」
「ですです」
エクスに促され、カイラさんが【レクチャードール】に触れた。
力なく立ち尽くしていたマネキンのごとき【レクチャードール】が、スイッチが入ったかのようにガコンっと動き出す。
残念ながら、カイラさんの姿に変わる……なんてことはなかったし、バフもコピーはされていない。
そして、カイラさんの美しさに感銘を受けるようなこともなかった。
先手を取ったのは、マネキンのごときレクチャードール。
問答無用。目にも止まらぬ――ぶっちゃけ俺には対応できない速さで、カイラさんへと突進していく。
本当に、自動的に向かっていくんだな……って、ことはあれ?
俺の気づきを置いてけぼりにして、レクチャードールがカイラさんへと肉薄。目の前で――姿が消えた。
いや、さらに速度を上げて背後に回ったのだ。
「カイラさんッッ!」
リアル瞬歩。コピーロボットでもさすがカイラさんだ……などと、感心している場合じゃない。
ケモミミくノ一の実力を遺憾なく発揮し、レクチャードールはカイラさんの首筋へ手刀を叩き込もうとする。
しかし、すべては杞憂だった。
「これが私?」
先手を取ったのではない。
取らせたのだ。
それが分かったのは、カイラさんが動いてから。
「私は、こんなに遅いの?」
鋭く振り下ろされたレクチャードールの腕を、カイラさんは無造作に掴む。
次の瞬間、マネキンのごときレクチャードールは、地面にたたきつけられていた。
ごめん。中割がなくて、間が飛んでるんだが。それとも、時間を消し飛ばされたんだろうか?
「いえ、逆ね。今の私が速いんだわ……」
拳を握ったり開いたりしながら、カイラさんがつぶやいた。力に振り回されているとか反動で苦しんでいる……ということはなさそうだが、驚いているのも確かだ……って、おや?
「消えてる……」
「……そうね。一回でなくなってしまったわ」
キラキラこと、《勇者の祝福》は消えてしまっていた。
「一回行動したら、効果が消えるのか……」
「一時間持続するはずだったのではないでしょうか?」
「一時間以内に、一回だけ……ってことかな?」
結果からすると、そういうことらしい。検証大事だな。
「つまり、オーナーはことあるごとにカイラさんやアヤノちゃんをほめ続けることに……?」
「常時バフ付け続ける前提って、おかしくない?」
そういうの、GMからめっちゃ嫌われるよ?
あと、なんでカイラさんはばっさばっさ尻尾振ってるの? もうやらないよ?
「まあまあ」
行動不能に陥ったレクチャードールを《ホールディングバッグ》へ収納しながら、映画監督エクスが他人事のように場を収めた。
「次は、アヤノちゃんの検証ですよ」
「そうですね。頑張ります」
「ほどほどにね」
カイラさんが時間をかき消したところを見るに、パラメーターアップの効果はとんでもないことになる気がする。
「では、オーナー。お願いします」
「あー……」
やっぱりやりにくいな!
「本條さん」
「はい」
なぜか瞳を輝かす本條さんがまっすぐに俺を見つめる。
うう……。純粋だ。
「突然、ファンタジーに巻き込まれて大変だと思うけど、ちゃんと最後まで面倒を見るつもりだから、これからもよろしく」
「え……。そんなことを仰っていただけるとは思っていませんでしたが……嬉しいです、とても」
そうはにかむ本條さんが、光をまとう。
カイラさんのように花びらではなく、五角形の星の欠片だ。
「これは……」
「やべえ……」
カイラさんもすごかった。
すごかったけど、本條さんは別格だ。
パラメーター ――つまり、能力値。
その中には、カリスマだかアピアランスだか分からないけど、魅力も含まれているんだろう。
それまで一緒に上昇し、なんかもう、すごいとかヤバイとしか言えなくなっている。
「美人過ぎると、IQが低下するんですねぇ」
電子の妖精すらあきれさせる、圧倒的な美。もしかしたら、単純な加算じゃなくて乗算なのかもしれない。
「傾国って、こういうことなんだなぁ」
そりゃ、紂王も国を滅ぼすわ。
「ん? なんだかよく分かりませんが、いきますね」
自らの美に無頓着な本條さんが、実験を始める。
さすがに、レクチャードールに攻撃をするわけにもいかない。
そのため、本條さんの綺麗すぎるとしか言えない指先は少し先の地面へと向けられていた。
「火を一単位、天を三単位。加えて、風を二単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
分量はいつも通り。
効果は――絶大。
レーザー魔法は過たず地面へ着弾し――轟音とともに盛大に土埃を巻き上げた。
自衛隊が怪獣退治に出撃したんだろうか。
現実逃避に、そんなことを考えてしまう。
「大した威力ね」
「……これ、私がやったのでしょうか?」
地面に空いた穴を見ながら、きらきらのなくなった……それでも可愛い本條さんが、驚きに目を見開いていた。
「もちろんよ。大きな武器になるわ」
「ええぇ…。いえ、狙い通りではあるんですが……。えええぇぇ……」
まあ、大惨事は大惨事ではあるが、荒れ果てた元農園なのだ。被害はないに等しい。《シャドウサーヴァント》で埋め戻しておけば、問題もない。
「世界樹の種を植えるにしても、ちょっと深すぎたな」
そう冗談を言って流そう――としたところ。
目の前に、きらきらと光り輝くモノが出現した。
クルミにちょっと似ているような気がしないでもない。
「なんだこれ……」
「ミナギくんっ」
不用心に突っ立っている俺を引っ張って、カイラさんがかばうように前へ出る。
「いえ、大丈夫です。それが世界樹の種です……が……」
「これが……。でも、エクスさん。どうして突然?」
「というか、《ホールディングバッグ》から勝手に出てきたんですけど。いやいやいやいや。どういうことですか、これ?」
デフォ巫女衣装に戻したエクスが、システム管理者として納得いかないと渋面を浮かべる。
まあ、それでもかわいいんだけど。
「……お?」
世界樹の種がすーっと移動し、再び俺の目の前に現れ――落下した。
反射的に手を出して、地面に落下する前にキャッチした。冷静に考えると、種なんだから落ちても構わなかった気がする。
いったいなんだったんだ……って、あれ?
視界が暗転し、膝が笑った。
「ミナギくん、大丈夫?」
「いや、ちょっと力が抜けただけだから」
「普通は、突然力が抜けたりしません!」
「ファンタジーだし、そういうこともあるかなぁ」
と、反論するだけの余裕が戻ってきていた。
なんだろう? 一瞬だけ吸われた? みたいな感覚だ。
「オーナー、世界樹の種が……」
「おや?」
俺の掌から消えていた。
どこに行ったんだと周囲を見回すと、穴の中が光っていた。
「自主的に埋まりにいった……のか?」
「そう見えるわね」
カイラさんも困惑気味だ。
良かった。どうやら、オルトヘイムでも非常識な事態らしい。
「とりあえず、《シャドウサーヴァント》に土をかけさせてから、水でも撒けばいいんだろうか?」
「か、回収しなくていいのでしょうか?」
「勝手に《ホールディングバッグ》から出てきた相手は、さすがにどうしようもないんじゃないかなぁ」
「そうなんですが、ジャックと豆の木のようなことになるのではないかと心配で……」
「それはさすがにないでしょ」
うん。
ないないない。それはない。
実際、なかった。
天までは、全然届いていなかった。
《勇者の祝福》
価格:50,000神威石
再購入:不可
効果:勇者が、仲間に加護を与えるスキル。
使用するには、勇者は心からの言葉をかけねばならない。
《勇者の祝福》の効果を受けた対象は、すべてのパラーメータ(ステータス)が一時間の間、[勇者の指輪の個数]倍される。
この効果は、一度、能動的に使用したら終了する。
【世界樹の種】
価格:購入不可
等級:神話級
種別:?
解説:??????????????????