68.《ランダムボックス》
たくさんの投票ありがとうございました。
また、お待たせして申し訳ありません。
ガチャの結果を、確かみてみろ!
「ミナギくんの自由にすればいいのではない?」
スキルガチャこと《ランダムボックス》を購入するか否か。
せめてカイラさんの意見を聞いてから決めましょう。
というエクスと本條さんからの懇願を聞いた結果がこれだった。二人とも、意外そうにぽかんと口を開けている。
かわいい。
けど、この流れは俺も予想外だ。
「ええと……。俺が言うのもおかしな話だと思うんだけど、いいの?」
「もちろん」
カイラさんはぶれない。
イヌミミをぴんっと立てて、ゆっくりとうなずいた。なんとも頼もしい所作。
「魔力水晶はミナギくんしか使えないのだし、他に必要な分まですべて使い切るわけではないのでしょう?」
「そう言われてみると……」
「そうなんですが……」
新居のリビングでカイラさんの帰りを待っていた二人も、思わぬド正論に言葉少なだ。ちらちらと、俺とカイラさんを見ては、もどかしそうな表情を浮かべている。
「こうなると、逆にあれだな……。ほんとに引いていいのかなって気がしてくる不思議……」
そして、それは俺も大差なかった。
少し時間をおいたため、冷静になったのか。なにがなんでもガチャを引きたいという欲は収まっていた。
なんて勝手な生き物なんだ、人間って。
ちなみに、リディアさんは「初日から仕事しすぎたわ。ウチは、寝る」と使用人用の寝室をひとつ占領してしまったそうだ。
まあ、カイラさんが認めたということは結構限界だったんだろう。だから、それは別に良いんだが……。
今は、《ランダムボックス》だ。
「損得で言えば、この屋敷を手に入れた時点でプラスなのだし。多少駄目な結果でも許容できるのではないかしら」
「逆に言うと、今なら失敗しても傷は浅い……ということでもありますね」
本條さんが、カイラさんに説得されつつあった。
カイラさんすごい……。
一生ついていきたくなる。
「せっかくなのだし、たまには運試しも悪くないのではない?」
「なるほど……。オーナーを縛り付けてばかりではダメということですか……」
「お母様が仰っていた男性の操縦法、頭ではなく心で理解できた気がします」
ちょっと、それは違うんじゃないかな? 特に、本條さんは絶対に違うと思う。
「冷静に考えると、最初はいいのを出して、二度三度と引かせる施策をしますよね」
「つまり、最初の一回で撤退すれば問題ない……と」
エクスの言葉に、本條さんも納得した。
してしまった。
実際、今だけ三連無料→初回十連半額→通常十連と踊らされた挙げ句華麗に爆死した経験のある俺は、口をつぐんでいた。
なお、初回十連で最高レアを引いたら引いたで、「流れ来てる」と追加で引いて爆死した経験もある模様。
……やはり、ガチャは悪い文明なのでは?
「さあ、オーナーどうします?」
「最初は無駄遣いだと思っていましたが、人生には無駄も必要だと気付きました」
本條さん、冷静さを欠いている気がする。
その姿を目の当たりにして、俺の冷静な部分が警鐘を鳴らす。
そんな勝負をかける場面じゃないだろう?
別に、今じゃなくちゃいけないわけじゃないだろう?
ああ、正論だ。
まったく正しい。
危機的な状況から一発逆転を狙って……というわけじゃない。
少ないリソースをやりくりするための苦肉の策……というわけでもない。
不要だ。必然性はまったくない。
ああ。だから。
だからこそ、純粋な気持ちで――
「――俺は、ガチャを引くぞエクス!」
「……石25,000個を消費して、《ランダムボックス》を購入します。いいですね? 本当に買っちゃいますよ? 途中で取り消せませんよ?」
「……男に二言はない」
「では、認証をお願いします」
ええいいっ。ままよっ。
勢いよく指紋認証して《ランダムボックス》を購入!
頭の中で召喚サークルが回ったりしたけれど、現実にそんな演出はない。
……現実ってなんだろ?
とにかく、タブレットにランキングが表示されるような画面が出てきて、《ランダムボックス》で取得するスキルやアイテムがカットインともに出てくるようだ。
「最初のひとつ目は……ええぇ……」
「《ホールディングバッグ》ですね……」
初手被り。
はあああ……?
かぶりありなのおぉぉぉ……?
この時点で、俺のやる気はだだ下がり。リビングのソファに身を投げ出し、次の結果を見るのを拒んだ。
完全に子供みたいだが、それでも、まだ自重したほう。本音を言えば、リディアさんみたいにベッドに潜り込みたかった。
「ほらほら、オーナー。まだ四つも残ってますよ。タップして続けてください」
「本條さん、任せた」
「えええ? 私ですか?」
「ビギナーズラックを信じよう」
そう。ビギナーズラックはある。
ソースは、俺がどうしても欲しかったキャラをチュートリアルガチャで引いて、「俺、なんかやっちゃいました?」とドヤ顔で言ってきた会社の後輩の子だ。
「じゃ、じゃあ。えいっ」
片目をつぶって、思い切りよく画面をタップする本條さん。
次にカットイン演出とともに出てきたのは……。
「《コンティンジェンシー》……? どういうスキルだ?」
「ええと……。事前に決めた条件が満たされたら、自動的に指定したスキルやマクロを発動できるそうです。あえて訳すと、転ばぬ先の杖という感じでしょうか?」
つまり、俺に攻撃が加えられたらという条件を設定したら、それに割り込む形で《渦動の障壁》が展開されるようにできるとかそういう?
だとしたら、即死回避というか、初見殺しへの対抗策にはなるのか。
いや、防御だけじゃない。
例えば《オートマッピング》と組み合わせて、特定のモンスターが射程内に入ったら《凍える投斧》を発動させるとかもできる気がする。
……これ、かなり当たりなのでは?
「どうなのでしょうか?」
「かなり強いと思う」
「そうなんですか! やりました!」
本條さんが、小さくガッツポーズ。
あまりに可愛らしくて、思わず、エクスと同じノリで本條さんとハイタッチをしてしまった。
やってから、とんでもないことをしてしまったことに気付く。
「ハイタッチなんて、初めてです……」
「なんか、ごめんね……」
体育祭とか、なんかそういうイベントで経験すべきだった初めてがアラフォー社畜相手で……。
「次は、私にやらせてちょうだい」
「ど、どうぞ」
勢い込んで割り込んできたカイラさんに、慌てて場所を譲る。
なぜか、その尻尾はぴんと立っていた。いや、ほんとなんで?
「ここを押すだけでいいのね?」
「うん。普通に」
数多あるガチャ宗教の中には乳首で押すという派閥もあるそうだが、そんなことを口にしたら俺は肉体的にも精神的にも社会的にも死ぬしかない。
とか思っているうちに、結果が出る。
「【スケープゴート】……?」
「スキルではなく、アイテムですね。《ホールディングバッグ》に入ってきました。その名の通り、致命的なダメージを肩代わりしてくれる羊のぬいぐるみです」
これは……。なぜ、ゴートなのに羊? 山羊だと、変態機動するシミュレーターになっちゃうから?
それはともかく、これはかなり高価なアイテムなのでは?
もしかして売って魔力水晶を買うことを強いられてるんだろうか? バブル到来しちゃう?
「どう考えても、ミナギくんが持っておくべき物ね」
「はい。秋也さんの物です」
「ですよねー」
俺が行動不能したら、エクスもどうなるか分かんないしな。
売るのは、お金に困ってからでいい。
売って、魔力水晶集めて、またガチャ引こうとか考えてないぞ。本当だぞ。
「さあ、オーナー。機嫌を直して、次をどうぞ」
「いつもすまないねえ」
「それは言わない約束でしょ」
と、脳を使わず会話をして次のガチャを引く。
結果は、またしてもアイテム。
だけど、これは……。
「【世界樹の種】? 葉っぱじゃないのか……」
「世界樹の葉だと、心当たりがあるのですか?」
「死者蘇生だと思うけど」
普通はそうだよね。
「世界樹といえば、邪神戦役の後、聖樹や霊樹に代わって荒れ果てた大地を再生するために天上から降臨した……と伝えられているわね。なんでも、その麓には祖を同じくするエルフとダークエルフの一族が住んでいるとか」
ファンタジーだなぁ。
そういうベタなの、いいと思う。
「でも、種か……。まさか、食べたら能力値が上がるってわけじゃないだろうし」
「なぜ植えずに食べることに……」
種と言えば、ちからとかかしこさが上がるものじゃない?
「……これは……なんなのでしょう……?」
「ええ……。エクスにそう言われると困るんだけど……」
「《ホールディングバッグ》には確かに入っているのですが……名前以外はハテナが並んでいるだけでして……」
「バグってる……」
ぼうけんのしょが壊れたのかな?
「まあ、分からないのは仕方ないか」
なんか凄そうということで、ロザリオと一緒に《ホールディングバッグ》の肥やしにしよう。
下手に植えたり食べたりしてやばいことになってもあれだし。
それよりも、最後だ最後。
「じゃあ、最後も俺が引かせてもらうから」
「どうぞどうぞ」
勢いにまかせて画面をタップし、最後に出てきたのは――
「《勇者の祝福》……?」
勇者シリーズなの? エルドランもあるの?
「勇者の指輪を身につけている人のみが対象のスキルのようですね。残念ながら、オーナーは対象外です」
「ふうん。これ、仲間ができる前に引いてたらマジ役立たずじゃん」
カイラさんと本條さんが、左手薬指の指輪をそっと押さえる。
そのリアクションはいったい……。
「効果は……ほほう。そう来ましたか。いいですねー。神引きですよ、神引き」
「エクス、悪いGMみたいになってるぞ?」
ちなみに、GMはすべからく(誤用)悪い。
なぜなら、いいGMは死んだGMだけだからだ。GMだけでなく、DMでもKPでもSTでもRLでも同様だ。
「簡単に言うと、勇者の指輪を身につけている人のパラメータが上がります」
「パラメータ? 私の変数とはどういうことでしょう?」
「あー。バイオリズムが最高になるとでも思ってください」
「要は、調子が良くなるということね」
強力は強力だが、《勇者の祝福》という名称に相応しい効果ではある。
キラ付けかな? と思わなくもないけど、まあ、それはいい。
「でも、それだけでエクスはあんなリアクションしないよな」
「ただし、勇者から、ほめられたり感謝されたりしないと発動しません」
「は?」
「つまり、発動には愛が必要です」
「なぜそこで愛!?」
ほんと、なんで愛なんだよ。
「なるほど」
「いや、カイラさんなんか訳知り顔でうなずいてるけど、理解してる?」
「やる気は出るわよね」
「ええ、そうですね」
つまり、あれ?
この《勇者の祝福》というスキルの効果を得ようと思ったら、「カイラさんがいなかったら、俺はオルトヘイムで野垂れ死んでたよ」とか、「本條さんは未来予知なんて厄介な超能力と上手く付き合っていてすごいね」とか、いつも思っていることを面と向かって言わなきゃならない……?
それ、※ただし、イケメンに限るってやつなのでは……って、そうだ!
「勇者がってことなら、エクスでも大丈夫なんじゃ?」
「ミナギくんはなにを言っているの?」
「なにを言っているんですか、秋也さん」
「オーナー、諦めてって言ったでしょ?」
俺は、その場に崩れ落ちた。まるで、不用意に潜望鏡を出した潜水艦のように。
マジか……。
あとは、持続時間が長いことに期待するしか。
「持続は一時間となっていますね」
びみょーーー。
「一時間に一回ですか」
「もう少し短くてもいいのではない?」
あれれー。おっかしーなー?
常時展開することになってるぞー?
「これがガチャというものなのね。面白いわ」
「そうですね。最初はギャンブルだとばかり思っていましたが。かなり有益でした」
うわぁっ。無垢な二人がガチャにはまってしまった? バカな。この展開は予想外だ。
「ちなみに、《コンティンジェンシー》と《勇者の祝福》だけで石8万個なので神引きと言っていいと思いますよ」
「選べないとはいえ、かなりの黒字なのね」
「残念ながら、もう一度引けるほどの石は残っていませんけど」
「盗賊ギルドに言って、微少の魔力水晶を集めてもらおうかしら」
さすがにそれは……。
うん。ガチャは、もう終わり。終わりにしよう。
おれはしょうきにもどった。
アンケートの結果は「神引き」となりました。
結果としては、神引きが13票に対し、爆死が7、微妙が5、引かないが1となりました。
たくさんの投票ありがとうございました。
不遇スキルが実は……という希望もあったりして、作者としてもいろいろ参考になりました。
改めて心から感謝します。
なかなか良い結果になったのではないでしょうか。
誰にとっての神引きだったのかなと思わなくもないですが(笑)。
ちなみに、作者もダイス(D100)を振って決めよう? というご意見を頂いたため、
突貫工事でスキル・アイテムテーブルを作ってしまいました。
1D12で。
なお、今回構想したけど出番がなかったのは、こんな感じです。
《水行師》(重複取得)→マクロの使用時、追加の石消費不要で強化できる。
【グレイル・オブ・トライ・ウィッシュ】→三回まで願いを叶えられる杯。
【スクロール・オブ・ライズアイランド】→島が降ってくる(使い捨て)。みんな死ぬ。
《アイテムクリエイト》→神威石を消費し、非マジックアイテム(一般アイテム)を作り出す。
【勇者の服】→伝説の勇者が身にまとっていた服。軽く丈夫で、身体能力や回復力を底上げする効果がある。ただし、致命的なまでにミナギくんには似合わない。
《ハイ・メディテーション》→三時間の瞑想後、三分間すべてのパラメータが三倍になる。
《ワールドルーラー》→ひとつだけ、世界の法則・認識を書き換えることができる。
次からは新規スキル・アイテムの検証回となります。
ネタバレになるので、データの類は少々お待ち下さい。