66.成長の方向性
前話のあとがきにチョーカーとかのデータを追記しました。
もし興味があるようでしたらチェックしてみてください。
その後、カイラさんはリディアさんを伴い薬師ギルドへ向かった。ポーション作りの機材を手配すると同時に、屋敷の譲渡に関する手続きをしてくれるそうだ。
カイラさんの足取りは軽く、尻尾はゆらゆらと揺れていたと後世の歴史家は語る。
それにしても、完全に、おんぶにだっこだ。カイラさんは、好きでやっていると言うんだろうけど、ここまで頼りきりだと申し訳なくなるな。
かといって、俺が自分でやろうとすると、尻尾をしょぼーんとさせる様が容易に想像できるというね。
結果、程度は違えど社会的なあれこれには無力な俺と本條さんは、留守番として二階のリビングに残っていた。
「じー」
いや、もう一人いる。
エクスだ。
デフォ巫女衣装で、俺の周囲を飛び回っている。かとんぼか。
「じーー」
ずっとこっちを無言で見ているのをスルーしていたら、自己主張し始めた。
「じーーー」
「なんだよ、エクス」
「いえ。先ほどの首輪授与に関して、オーナーはどう思っているのか気になっただけです」
「首輪じゃない。チョーカーだ。二度と間違えるんじゃない」
名前を間違えられたギャンブラーのように訂正した。あれは断じて首輪ではない。小粋なファッションアイテムなのだ。
というか、マジックアイテムだよ。ずっと追い求めていたやつじゃん。
「でも、本人はとても喜んでいましたよ?」
「首輪着けられて喜んでるとか、さすがに訴訟ものでは?」
カイラさんをなんだと思ってるの?
「実に、エクスの意図を酌んでくれているなぁと思っています」
「なにそれこわい」
エクスは、俺たちをどうしたいのか。いや、いい。聞きたくない。
「あの……。秋也さん……。首輪だと認めていますけど……」
「はっ!?」
「ですが、マヌケは見つかったようですね」
思わず鼻を押さえてしまった。
そんな俺を、ゴゴゴゴゴゴと書き文字を背負ったエクスが嗤う。
え? いつの間にそんなオプションついたの?
「やろうと思ったら、なんかできました」
「やろうと思ってできていいものじゃないだろ」
電子の妖精パネェ。
「首輪かチョーカーかと言えば、私も首輪かなって思いますけど」
本條さん、お前もか。
「ですが、カイラさんが喜んでいたのは確かです。ええ。乙女として断言します」
「その通りです。そして、喜んでいるカイラさんの感情を、オーナーがどう解釈するのか。それが、今後の課題ということになりますね」
「あ、はい」
まあ、言わんとするところは分からないではない。
伊達に、ギャルゲー草創期から業を積み重ねてはいないからね。
でもねえ……。
アラフォーになると、その辺はね……。
「まあ、今は意識してくれたらそれでいいです」
「そうですね。千里の道も一歩からですよね!」
俺を追い詰めるようなことはせず、エクスが離れていく。
正直、助かった。
でも、本條さんまで嬉しそうなのは、なんでなんだぜ?
「というわけで、オーナー。決めましょうか、石の使い道を」
「結局、石は今いくつになったんだ?」
エクスの急な話題変更に、俺はあっさりと飛びついた。
掌の上で踊らされている感しかないが、それはあまりにも蠱惑的すぎた。
レベルアップはないけど、成長は醍醐味だよね。
「先ほど吸収した分もあわせて、57,136個になりますね」
「57,136個……か」
57,136個。
盗賊ギルドからの引越祝いもありがたく吸収し、最初の配布石を除けば過去最高となった。
現金に変換したら、約1700万円ってところか。へへへ。14万円も端数として省いちゃったぜ。俺も偉くなったものだ。
「とりあえず、最低でも。本当に最低でも《ホームアプリ》の5,000個は残すとして」
「残り52,000個ですか。いえ、往復を考えると、47,000個ですね」
「現金にすると、1400万円になりますね。車が買えてしまいます」
うん。買えるけど、庶民は4~5台買えるって表現する金額だね。
「かなり大金なのは分かりますが、どんな能力を取得できそうなのでしょう?」
「《中級鑑定》が石40,000個だったな」
「そこは、《水行師》が石50,000個だったなと言ってほしいところですねぇ」
「……ほんとだ」
配布石をほとんど使ったという認識しかなかったので、具体的な数を憶えてなかったわ。
50,000個か……。
確かに、めっちゃ役立ってるけど50,000個もしたのか……。
そして、また取ろうと思えば取れるのか。
「《水行師》ということは、他に木火土金にも存在しているのでしょうか?」
「ありますね」
「でも、もう一個《水行師》みたいな能力はちょっとな……」
「そうですね。そのままではありませんが、元素属性に関連する部分は私の理力魔法で補えますから」
本條さんの言葉に、そっとうなずく。
だが、それだけではなかった。
もうひとつ《水行師》みたいなスキルがあっても、持て余す未来しか見えなかったのだ。
確かに、ひとつスキルを取るとマクロもたくさんついてくるのでお得であることは間違いない。
でも、俺は一人……。エクスもいるから厳密には一人ではないが、それでも一回に使えるマクロはひとつだけ。
横に能力を広げて対応力を増やすというのはありなのだが、石を50,000個も使うのだ。ちょっともったいない。
というか、たぶん、マクロ憶えきれないと思う。
TRPGの高レベルキャラもそうだけど、スキルが増えると使い忘れという哀しい事故が多発するんだよね。
ゲームなら能力をA4一枚にまとめるとかで対処できるけど、現実にはそうはいかない。
「そうなると、今できることをパワーアップさせるという……あっ」
「次にエクスは、『《中級鑑定》を取るつもりですね、オーナー』と言う」
「《中級鑑定》を取るつもりですね、オーナー……はっ」
ばっちりお約束が決まった記念に、イエーイと声を揃えてハイタッチ。
サイズが違い過ぎるし、そもそもエクスには触れられないんだが。
「お二人は、本当に仲がいいんですね。横で聞いてるだけで、楽しくなります」
「おかしいですねぇ。普通に喋っているだけなんですが」
「だよなぁ」
なお、そのほうがヤバイ模様。
「しかし、《中級鑑定》ですか」
「別に悪くないだろ?」
「事前に、どの程度の情報を得られるか分かれば、エクスもそこまで反対はしないのですが……」
エクスが、肩をすくめつつ首を振るという器用な動作をして続ける。
「《初級鑑定》より、より多くの情報を得られるとしか説明がないんですよねぇ」
「《初級鑑定》で分かるの価格だけだからな。そりゃ、多くなるだろうさ」
まさか、金銭的な価値しか分からないとは思わなかったよね。
まあ、充分使えるんだけどさ。
「最終的には秋也さんの判断でしょうが、一か八かには、ちょっと消費する石の数が多いですよね……」
「それだけ当たったときのリターンが大きいとも言える」
それに、《ホールディングバッグ》で眠っている謎のロザリオの正体が分かるかも……という期待もあったりする。
まあ、分かっても役に立たないという可能性も残されているけどね。
「ですが、短期的に見るとどうでしょう? 吸血鬼――メフルザードを倒すための情報は、すでにいくつか集まっているわけですし」
「でも、情報が多いに越したことはないだろ」
エクスの正論に、俺は暴論をぶつける。
「極端な話、俺だけ一回戻って鑑定してまた帰ってくるという手もなくはないんじゃない?」
「まあ、事前に《中級鑑定》でどこまで情報が分かるか確かめてからなら、それも有益かもしれませんが……」
エクスが、微妙な笑顔で言葉を切った。
だよね。そこがネックだよね。
「秋也さんがそんなことをしたら、私もですが、カイラさんがどんな反応をするか分からないですよ?」
「こっそり行って帰ってきたら……」
「情報は共有することになりますよね?」
「ダメか……」
ダメだよね。
対メフルザードだけを考えると、攻撃は本條さんの魔法とリディアさんのポーションで充分だから、防御力を増やす? 《渦動の障壁》あるのに?
いや、それも安直か。《回避術》みたいなスキルがあれば、生存性は高められるはずだし。
う~ん。
いろいろ取れるとなると、逆に迷うなこれ……。決め手がないわ。
一回では終わらなかった成長談義。
こういうアプリあったら強いんじゃない? とか、ミナギくんにはこういうスキルを持たせるべきとか。
そんなご意見がありましたら本編に反映させますので、是非感想とかで教えてください。