63.目指したつもりがない一国一城の主
結論から言おう。
家を手に入れた。
念のため、もう一度言おう。
家を手に入れた。
なにを言っているか分からないと思うが、俺もなにを言っているのか分からない。たぶん、催眠アプリでマインドコントロールされてるんだと思う。誰得だよ。俺を騙して、誰が得するんだよ。
というわけで、俺が騙されていないことが立証されてしまった。
いやまあ、水の精霊殿の情報の対価ということなので、理由がないわけじゃないんだが……。
とにかく、まだ最終的な承諾はしていないものの、家が手にはいってしまったのは紛れもない現実だ。
しかも、普通の一軒家ではない。
「家というか、屋敷だよな?」
「立派な洋館ですね」
現実逃避を止めた俺だったが、結局立ち尽くしていた。
俺たちの物になったらしい邸宅の前に。
ここまで運んでくれた馬車は、ご自由にご覧くださいという言葉を残して、すでに遠くへ去っている。
自由にって、《初級鑑定》使ってもいいの?
……いや、止めておこう。価格を知るのが怖い。
「水の精霊殿の情報のお礼に、家を譲ってもらえると聞いてきてみたら……」
詐欺じゃないと分かっていても、にわかには信じられない。
グライトの街から少し離れた郊外の屋敷。海が近く、道は整備されているが、周囲にこの屋敷以外の建物はない。
オープンワールドだったら、軽い気持ちでひょっこり侵入してるところだけど……。
「これって、現実なんだよなぁ」
破風造りの白い洋館。二階建てで、奥行きもかなりありそう。というか、まず庭が広い。今は放置されているけど、小規模なブドウ園とワインの醸造所もあるそうだ。
貴族かよ。
かといって、建物に華美さはなく、質実剛健な外観は庶民からすると好ましい。窓には、貴重なはずのガラスが惜しみなく使われていた。
「窓は、玻璃鉄のようね」
「普通のガラスと、どう違うの?」
周囲の確認を終えたカイラさんの説明によると、ガラスのように透明な鉄というか、鉄のように硬いガラスという不思議な金属らしい。あと、魔法との親和性もあるとか。
「玻璃鉄……。不思議なところがいいですね……。気分が高揚します」
「ええ。セキュリティ上、実に好ましいわね」
「一瞬でメルヘンが……」
カイラさんは存在自体がファンタジーやメルヘンなので、大目に見て差し上げて。
「怪しい仕掛けもなかったわ。監視もなさそうだし、裏はないみたいね」
「そこは最初から疑ってないんだけどさ」
外観のチェックを終えた……というか、これ以上引き延ばせなくなった俺たちは、マークスさんから受け取った鍵を使って、館の中に入る。
最初に歓声を上げたのは、本條さん。
「秋也さん、童話みたいなお屋敷ですね」
「ああ。実にファンタジーだ」
入ってすぐは、やたら広い玄関ホール。ぶっちゃけ、ここに住める。足下の絨毯とか、めっちゃふかふかだし。赤いし。
頭上には立派なシャンデリアが釣られていて、正面には左右に分かれた階段が。当主の肖像画がないのが不思議なぐらいだ。
いかにもお金持ちの屋敷って感じのエントランス。
TRPGで、こういう館をよく探索したわ……。
それが目の前にあるとなると、自然とテンションが上がってしまう。
ホラーなら、夜になったらいろいろ出てきそうだよな。とりあえず、部屋の角を埋めて鋭角をなくそう。
「さすがはオーナーですね。労せずして、資産をゲットするとは」
今までタブレットの中で大人しくしていたエクスが、家の中に入った途端に出てきて俺を無闇に褒め称える。
メイド衣装になってるのも、その一環? 芸が細かいな。
「立派な一国一城の主ですよ、一国一城の主」
「主って、別に俺だけの物じゃないだろ」
「え?」
「え?」
もし譲渡を受けても、この三人の共同所有だ。
そう当たり前のことを言ったはずなのに、本條さんと顔を見合わせてしまった。
超絶かわいいが、色っぽい意味はない。欠片もない。アラフォーと女子高生に、そんなものが発生する余地はない。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいに。
「登記……という制度があるかどうかは分かりませんが、少なくとも名義上は秋也さんの物ではないでしょうか?」
「名も実もミナギくんの物でしょう?」
「いやいや。いやいやいやいや」
その理屈はおかしい。
「水の精霊殿を復活させたのは、カイラさんも一緒じゃん」
「私がいったいなにをしたと言うのかしら?」
「むしろ、カイラさんがいなかったら俺にはなにもできなかったレベルだと思うんだけど……」
驚いたと目を見開き、そして、ふっと微笑んだ。
それっきり、カイラさんはなにも言わない。
どうしようもない人ね、みたいなリアクションで済まされた……だと……?
なんで、俺がおかしいってことになってるんだ。おかしい……おかしくない?
「些細な問題はともかく、せっかく手に入れた家なんですから、いろいろ見て回りましょう」
「エクスさんの言う通りです。書庫とかきっとありますよね、書庫が」
一瞬でテンションを上げた本條さんに引きずられ、俺たちは屋敷を見て回った。
一階には、この玄関ホールの他、パーティルームに台所に応接間に遊戯室に書斎。それから使用人用らしき部屋がいくつか。
そう。待望の書斎だ。
壁一面に作り付けの本棚が設えられた書斎があったのだ……が、残念ながら、本は残されていなかった。
そりゃそうだよね空き家なんだからね……とは、本條さんの落胆っぷりを見ると言えない。
「オーナー」
出番ですよと丸投げするエクスに背中を押され、俺はフォローを試みる。
「ほら。こっちで本を買えばいいさ。なんなら、地球から本棚に入りきらなくなった分を持ってきてもいいし」
「はっ、そうですよね! ありがとうございます。ありがとうございます」
と、拝む勢いで感謝されてしまった。
どっちの提案に、より感謝のウェイトがあったのかは……謎だ。
二階はプライベートスペースのようで、寝室が六つにリビング。それから、浴槽つきのお風呂があった。
まあ、排水さえちゃんとしといてくれたら、水もお湯も俺がどうにかするんだけどね。
寝室の布団も新品になっていて、ここだけじゃないが、すでに手入れされていた。その気になれば、今日からでも住めそうだ。
至れり尽くせりとは、まさにこのことだろう。
「随分と手回しが良いわね。感心なことだわ」
「ちょっと畏れ多いんだけど……」
所詮アラフォー社畜な俺は、そこまで開き直ることができない。
だって、家だよ、家。サラリーマンがローンで家を買うって、昭和の都市伝説じゃないの?
「何LDKだよ」
「その場合、パーティルームも一部屋として数えていいのでしょうか」
「……普通の一軒家を基準にするのが間違っていたか」
でも、俺はそれぐらいしか定規を持っていないんだ……。
なんだろう、この落ち着かない感覚は。メインシナリオをクリアしてないのに、DLCのサブストーリーに入ってしまったようだ。
うっかりDLCで追加された地域に迷い込むと、ラスボスの取り巻きよりもレベルが高い盗賊とか出てくるから要注意だぜ。
「ところで、綾乃ちゃんはあんまり驚いていませんよね? 綾乃ちゃんの家も、これくらいの大きさなんですか?」
「まさか、そんなことはありません」
そりゃそうだ。
「ですけど、父の友人にはこれくらいのお屋敷を所有されている方もいらっしゃいますね」
さすが、本條さんは格が違った。
でも、嫉妬とかやっかみの感情はまったく湧いてこない。むしろ、もっと高級な生活をしてほしいまである。
「それで、オーナー。この家、本当にもらっちゃうんですか?」
「正直、断るのも拙いと思うんだよな」
吸血鬼のリディアさんとの会見は無事終了し、その後、冒険者ギルドのマークスさんを通して、この家の所有権を譲渡するという打診があった。
実質的に強制とまでは言わないが、向こうは断られるとは思っていないだろう。
それだけ感謝され、同時に情報の拡散を恐れているという証拠だ。
そんな状態で突っ撥ねたりしたら、あらぬ誤解を招きかねない。俺は単に、メフルザードをどうにかしたいだけだったのに……。
「でも、めっちゃ資産価値あるよな、この家」
「代価としては、妥当なところではないかしら?」
「いやいや、それはないでしょ」
「もうひとつの解決策を提示していたら、こんな家じゃ済まなかったわよ」
「もうひとつの解決策ですか?」
俺が疑問を差し挟む前に、本條さんが反応した。
それはいいけど、俺置いてけぼり。
いったい、なんのことだろう……?
「あの湖の元は、ミナギくんが作り出した水じゃない」
「あっ。そういうことでしたか」
え? どういうこと? カイラさんと本條さん、なんか分かり合いすぎじゃない?
「秋也さんが《水行師》のスキルで作った水を提供すれば、吸血鬼……リディアさんの血の代わりになったということなんですね……」
え? そうなの?
言われてみると、できそうな気はするけど……。
「でも、確証はないから」
「証明するまでもないわよ」
そのカイラさんの信頼は、どこから湧いてくるのか気になる。
でも、本当に俺の水がポーションの素材になるなら、《スキル錬結》と《シャドウサーヴァント》で自動的に水は作れそう。
石油王ならぬ、水王になれたのか……。
「オーナー、本当に水王を目指しますか? 砂漠に行けば確実ですよ!」
「止めとくよ。語呂悪いし」
それに、結局、労働してるしな。
俺が目指しているのは生涯年収を稼いだらそれを食いつぶしていく悠々自適な一生であり、供給を止めたら各方面に迷惑を掛けるような稼ぎ方ではない。
ないのだ。
「それに、俺たちの目的はメフルザードをどうにかすることだしね」
「……ですね」
本條さんは、ごめんともありがとうとも言わず、ただうなずいた。
いいことだ。
「ところで、ミナギくん。この家の管理をするため、里から何人か連れてこようかしら」
「あー……。それがあったか」
確かに、この家に住むとなると人手は必要だ。ある程度は《シャドウサーヴァント》でどうにかなるだろうけど、石がかかるからね。それなら、人を雇ったほうが安い。
「だけど、他人が一緒にっていうのは――」
「あ、オーナー。《オートマッピング》に反応がありました。お客様ですよ」
「私が対応するわ」
カイラさんが即座に動いた。
それを呆然と見送りながら、俺はエクスに尋ねる。
「知ってる人?」
「すぐに分かりますよ」
この反応、知ってる人だな。
その答えは、すぐに判明した。
ものの数分で戻ってきたカイラさんが、淡々と報告をする。
「盗賊ギルドから、引越祝いだったわ。魔力水晶が樽で届いたから、あとで回収しておいてちょうだい」
「はやっ」
知ってる人は知ってる人でも、そっちかよ。
しかし、このスピード感はさすが盗賊ギルドと言うべきか。
プレゼントも俺的には嬉しいけど、そんなにもらえるようなことしたっけ……?
「それともうひとつ。いえ、もう一人かしら」
「や、来てもうた」
「は? リディアさん?」
カイラさんの陰から、ひょっこり出てきたのは片眼鏡の吸血鬼。
薬師ギルドの地下室から出てきた彼女は、なぜかメイド服を着ていた。
……ぶっちゃけ、あんまり似合ってはいなかった。
作者としては、完全に執事面なカイラさんのほうが気になるところ。
総合評価3,000pt突破してました。ありがとうございます。