61.赤き血の代償
「いや、今のは……」
マークスさんの鉄面皮に、悔恨にも似た感情が浮かぶ。
しかし、それも一瞬のこと。
あっという間に取りつくろい、鋭い瞳で俺をにらみつける。
「なぜ、そのことを知っている?」
「そう言われても……」
後には引けないと、マークスさんが圧力を強めてくる。
そっちにも事情があるんだろうけどさぁ……。
困る。
そもそも、俺はなにを知っているんだろう? 質問したのはこっちだよね? 疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか?
困惑する俺を、とぼけているとでも考えたのか。
さらに厳しい視線で、俺を射抜くマークスさん。
かなりの威圧感。
だが、不思議と怖くはなかった。
ヴェインクラルやメフルザードに比べたらなんのことはないし、むしろ、本番試験前の課長のほうが怖いまである。
……変な修羅場くぐってるなぁ、俺。
「勇者がそのことを知って、なにをするつもりだ?」
沈黙を保つ……というか、急展開に置いてけぼりになってリアクション不能な俺に苛立ってか、マークスさんはさらに言葉を重ねていった。
やっぱ、勇者ってのは、バレてるのか。
それは別に良いけど、ごめん。ちょっと、理解が追いつかない。だいたい、なんで俺は追及を受けているんだ?
薬師ギルド。ポーションとかを作る創薬師の団体。
しかし、俺たちにとっては天属性の防具を所有しているらしいという情報のほうが、重要度が高い。
そして、なぜ所有しているのかという疑問の答えとして、吸血鬼となにがしか関係があるのではないかという仮説にたどり着いた。
それがマークスさん――冒険者ギルド的に地雷だったらしい。
……なんで?
「中途半端な正義感で首を突っ込むつもりであれば、及ばずながら相応の対処をさせてもらうしかない」
その口振りからすると、冒険者ギルドと薬師ギルドは共犯……とまでいかなくても、協力関係にあるようだ。
そして、なんらかの悪事に手を染めている?
そこまで言われたら、こっちも手を引けなくなってしまう。
俺だけだったら見て見ぬ振りをすることはできたけど、本條さんの前でそういうことはできないし、したくない。
「……そうか。情報を流したのは、盗賊ギルドか」
「そちらこそ、なにを知っているのかしら?」
普段と変わらない。
いつも通りのカイラさん。
だが、重圧……プレッシャーが半端ない。
地球の重力に魂を引かれた俺でも感じるほどだ。
本條さんも、さぞや驚いているに違いない……と、思いきや。
「及ばずながら……というのは、こちらも同じです」
例の怪しい魔道書を抱え、マークスさんに敵意すらこもった視線を向けていた。美人がやると、怖い以前に絵になる。思わず、感心してしまった。
というか、あの……。
なんなんですか、この状況。
なんで俺が守られるポジションに? しかも、一触即発ですよ?
なんなの? 二人は、俺の母親なの?
おかしいですよ! カイラさん!!
「こちらの不用意な発言で混乱をさせてしまい、申し訳ありませんでした。謝罪します」
とりあえず、謝った。
謝るのは優位に立った人間がやることだと内海課長は言っていたが、そこまで面の皮は厚くない。
現代社会は、とりあえず謝っておかないと話が進まないことが多いんだよ!
「……分かった。そうだな」
冷静さと鉄仮面を取り戻し、マークスさんも矛を収めてくれた。
「こちらも冷静さを欠いていたようだ。謝罪しよう」
「はい、受け入れます」
頭を下げ合い、とりあえず、手打ち。
一旦、危機は去ったけど……。
ここから、どうなるか……だな。
「過剰反応だった。可能ならば、腹を割って話し合いたい」
「いきなり脅しつけておいて? 果たして信じていいのかしら?」
「ギルド側の人員を他に呼ぼうとしない。それを誠意だと受け取ってもらえれば幸いだ」
確かに、万が一暴力で解決なんてことになった場合、人数的にはこちらが有利だ。
逆に言うと、人数しかアドバンテージがないとも言える。
「でも、ここはそっちのホームだし、ギルドマスターって冒険者上がりで強かったりするもんなんじゃ?」
「もっと荒くれ者が多い支部には、そういうのもいるがな」
マークスさんは違うらしい。
カイラさんが苦笑しつつうなずいたので、確かなようだ。
こういうときに、《中級鑑定》とか《上級鑑定》なんだろうなぁ。
「納得です。三国志演義であれば、呂布や関羽が皇帝にならなくてはならない……ということになってしまいますから」
「ロードス島は例外か」
よくよく考えると、ベルドにファーンにカシュー王と最強が王様やってるのは、さすが呪われた島って感じだった。モスも竜騎士いるし、アラニアもあれで魔法戦士いるし。
カノン頑張れ、超頑張れ。
「秋也さんも読まれているんですね」
「俺の世代だと基礎教養って感じだけど、本條さんも読んだんだ」
聞き及ぶ読書傾向からすると、ちょっと意外な感じがする。
「はい。和製ヒロイックファンタジーの古典ですよね」
「古典……」
古典……? またまたご冗談を。
最近とは言わないけど、まだまだ現役じゃない? 違う?
これが若さか……。
っと、思いっきり脱線した。
そんなときに頼りになるのが、カイラさんだ。
「ミナギくんは、対話が望みなのね?」
「望んで戦ったことはないよ」
「それじゃ、聞かせてもらえるかしら? 薬師ギルドの秘密というものをね」
カイラさんの赤い瞳に射抜かれて、マークスさんは覚悟を決めたようだ。
前置きなしに、核心を語る。
「薬師ギルドは、吸血鬼を所有している」
その事実は、俺たちから言葉を奪い去るに充分だった。詳しい状況はまだだが、ニュアンスから察して余りある。
なんなの? 吸血鬼って、そういう星の下に生まれてるの?
そんなことを考えて、精神のバランスを取るのが精一杯。
「秘密裏に雇っている……というわけじゃないんですね?」
吸血鬼がポーションを作ってるのは、外聞が悪い。だから、公開していないだけ。
そんな蜘蛛の糸のように細い希望は、あっさりと切れる。
「その魔力と生命力に溢れた血を、ポーションの素材にしているのだよ」
「ああ……」
リァノーンかよ。
不快感が表に出てしまい、それを察してか、カイラさんの耳がぴんと立つ。
目で、「やるならやるわよ?」と聞いてきた。
いやいや。なんでそうなるんだ。
俺も視線で、ダメだよと意思表示。
とりあえず、耳をぱたんと閉じてくれた。
「そうでもしないと、とても需要を賄いきれないという話だ」
「人権がどうのと言うのは傲慢なのでしょうが、それでも酷すぎます」
人から血を吸わないと生きていない。
その前提がある以上、所有されている吸血鬼を一方的にかわいそうな存在と決めつけることはできない。
できないけど、納得できるもんでもないよなぁ。
「条件付きで同意は得ていると聞いている」
「条件? 血を抜く代わりに、血を供給してるって?」
それは、まったく情状酌量の余地にならない。
「だが――」
「現実としてポーションがなかったら冒険者が死ぬだけでなく、治安も維持できない……か」
「――そういうことだ」
なるほど、なるほど。
分かる。分かるよ。
でもさ。
「ちゃんと代替案を準備してるんなら、その言い訳にうなずくのもやぶさかじゃないですけど?」
返ってきたのは、鋼のような沈黙。
何十年続けてきたかは分からないけど、つまり、そういうことらしい。
「あきれた話だわ」
カイラさんが首を横に振ると、一緒に白い髪が揺れた。
あまりの怠慢に、カイラさんにしては珍しいリアクションが発生してしまった。
「でも、そういうことなら話は簡単ね」
「え? ああ……。そう、そうですね」
分かり合ったカイラさんと本條さんが、揃ってこっちを見る。
俺が言うの?
まあ、俺しかいないか……。エクスがいても、そう言うよな。いや、表に出てこないだけで、ずっといることはいるんだけど。
「そういうことなら、解決策があります」
「なんだと? そんな都合のいい話が――」
「ちょっと前に水の精霊殿を復活させたら湖が湧いたんで、原料をそこから運んできたらどうです?」
「は?」
「ウンディーネがポーションの素材にしたらすごいって言ってたんで、大丈夫だと思います」
「ちょっと待ってくれ。ウンディーネ? 理解が追いつかない」
鉄面皮を手で覆って、マークスさんが懇願した。
なんか、キャパオーバーしちゃったみたいだ。
今が攻め時だ。
「運ぶのは結構大変でしょうけど、加工するまではただの水なんだし、山賊に狙われるとかそういうこともないと思います。コストはかかるでしょうけど、後ろめたさがなくなるメリットのほうが大きいんじゃないかと」
「復活させた? 水の精霊殿を? それ以前に、この近くに水の精霊殿があったなど、聞いたこともない」
「事実よ」
カイラさんが、的確なアシストを送ってくれた。ナイス。
「疑うのなら、場所を教えるから人を遣って確かめてみたらどう?」
カイラさんが耳をぴんと立て、ドヤ顔でそう言った。
尻尾を、嬉しそうにふさぁっと動かしながら。
あ。アシストじゃなくて、自慢したいだけだ、これ。
やっと、話がつながった……。
伏線回収にこんなに時間がかかるとは。
またまた、昨日は日間総合ランキング入りしていたようです。ありがとうございます。
更新ペースは上げられず申し訳ありませんが、これからもよろしくお願いします。