56.すれ違いの思惑
途中から、別視点がふたつ入ります。ご注意ください。
「相変わらず、どうして私たちを立ててくれるのかは分からないけれど……」
自覚も感心もなさそうに、カイラさんがつぶやく。
でも、付き合いがちょっと長くなってきたから分かる。
戸惑ってるわ、あれ。
「今日は、取引に来たわ」
と、懐からダエア金貨を一枚取り出してテーブルの上に置いた。
それを訝しげに隻眼で見つめる盗賊ギルドの偉い人(推定)。
「両替なら、両替商に行ってほしいものだが……」
「これが1000枚ほどあるわ」
「…………ほう」
眼帯の野を馳せる者が動きを止めた。かなり驚いているようだ。
裏組織の偉い人が素直に感情を表すのはどうなのかとも思うが、まあ、いきなり1000万円ぐらいの取引を持ち込まれたらそうなるよな。
ダエア金貨自体が希少ってのもあるだろうし、カイラさんが持ってるなんて想像もしていなかったというのもあるかもしれない。
「これを通常の金貨に替えてほしいの。ただし、手数料はなしで」
「……っっ」
思わず声をあげそうになったが、ギリギリでこらえた。
ダエア金貨は、普通の金貨より二割ほど高い価値がある……らしい。
だからといって、手数料なしで両替をしろというのはあまりに一方的すぎる。
しかし、カイラさんがジャイアニズムに目覚めてしまったというわけでもないだろう。きっと、理由があるはず。
「その代わりというわけではないけれど、一部は魔力水晶での支払いでも構わないわ。ただし、微少に限って」
「微少で?」
「微少で」
ああ、さすがカイラさんだ。
俺は、あっさりと手のひらを返した。
微少な魔力水晶は、一個銅貨5枚。金貨1枚で20個買える計算だ。《初級鑑定》で調べたのだから、これは間違いない。
間違いないが、これよりもっと安く仕入れる方法もいろいろあるはずだ。
特に、盗賊ギルドみたいな組織なら。
「もちろん、非合法な方法や誰かを犠牲にするようなやり方は受け付けないわよ?」
「……分かっている」
この方法なら、微少な魔力水晶を集めても俺たちは怪しまれない。
なぜなら、取引を担当した偉い人(推定)への利益供与という立派な名目が存在するからだ。少なくとも、持ちかけた相手はそう感じることだろう。
「それで、本当はなにをさせたいのだ?」
商取引に伴う利益供与。
キックバックというやつだ。
あれだな。サイバーパンク系のTRPGでたまに見るやり取り。
……いいねぇ。
いきなりで驚いたけど、これTRPGとかでよくやってたやりとりだよ。それがリアルで見れるなんて、ぐっとくる。
などと感動していると、カイラさんは直接向こうの疑問には答えず本條さんと正面から向き合った。
「アヤノさん、私を撃ってちょうだい」
「はい、撃てばいいのです……え?」
「例の光の魔法でね」
「ええ? え? 秋也さん……」
「カイラさんにも考えがあるんだと思うよ」
どんな考えか?
それは俺にも分からない。
まあでも、カイラさんが下手を打つことはないだろう。
「分かり……ました」
本條さん用のバックパックから例の魔道書を取り出し、隻眼を見開いた盗賊ギルドの偉い人(推定)がなにか言う前に、素早く呪文を唱える。
「火を一単位、天を二単位。加えて、風を一単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
右手の人差し指をカイラさんに突きつけ、その指先からレーザーが射出された。
普段よりも出力は落としているみたいだけど、それでもレーザーだ。
狙いは過たず、レーザーはカイラさんの肩の辺りを……通り過ぎた。カイラさんを撃ち抜いたんじゃない。通り過ぎたんだ。
壁にじゅっと焦げ跡と穴ができる。
一方、当然と言うべきかカイラさんは無傷。
通り過ぎたって言うか、避けて元の位置に戻ったってことかな? つまり、質量のない残像だ。これには、鉄仮面もにっこり。
って、見てからレーザー避けてるんだけど!?
人類の革新かな?
「仲間の呪文使いは、まだ未熟なの」
「お、おう……」
壁に空いた穴をちらっと見てから、隻眼の男は唇を舐めた。きっと、乾燥してかさかさなんだろう。
気持ちは分かる。
「下手に巻き込まれたらたまったものではないから、天属性の防御手段が欲しいのよ。手頃なマジックアイテムを見繕ってちょうだい」
「……分かった」
たっぷりと沈黙をしてから、それでもなんとかうなずいた。
「実物になるか情報になるか分からないが、用意する」
「私たちは北の世界樹亭にいるわ。留守にしていれば、伝言を残しておいてちょうだい」
カイラさんは一方的に言い放つと、机の上に置き去りになっていたダエア金貨を回収して踵を返す。
「二人とも、行きましょう」
俺も本條さんもコクコクうなずくことしかできなかった。
ヤバイ。カイラさんがイケメン過ぎる。
ハードボイルドだよ。
……ほれちゃいそうだ。
いやまあ、もちろん身の程はわきまえてるけどね?
「行ったか……」
黒喰たちの姿が見えなくなると、隻眼の男は安堵の息を吐いた。組織を束ねる者として良くないことは自覚している。
それでも、止めることはできなかった。
壁の穴へ視線をやり、もう一度ため息を吐く。
「怪我はしていないな?」
「……危ないところでしたが」
「ならいい」
護衛を潜ませていた壁――いや、隠し扉。
そこから視線を正面に戻して隻眼の男は言い捨てた。
護衛は容易く刺客に変わる。
だが、それを警戒したわけではないだろう。単に、人がいるのは分かっていると伝えたかっただけ。
そう。黒喰にはそれだけなのだろうが、男の肝はこれ以上ないほど冷えた。
勇者と思われる男まで連れた、いきなりの訪問。
ダエア金貨の両替という意外な切り口。
そして、天属性防具の話。
どれひとつとっても刺激的すぎて、最初から最後まで向こうのペースだった。お陰で、組織の長としての威厳もなにもあったものではない。
だが、隻眼の――グライトの暗部を取り仕切る――男に不快感はなかった。
「影人の……。それも、黒喰のやることだからな……」
あるのは、憧憬にも似た思い。
親から子へ、代々語り続けられてきたおとぎ話。
虐げられる立場にいた野を馳せる者たちを勇者が解放し、のみならず邪神戦役で重要な役割を担ったという民族の神話。
その過去を今に体現する影人たち。
森を捨て街に住む野を馳せる者だからこそ、あこがれを抱かずにいられない。
それに、実際恩もある。
同族意識があるのか。それとも、他の理由からか。
影人の里は、男たちの生業に“協力”してくれることがある。
定期的にあるものではないが、グライトの担当のようになっていたハバキは、盗賊ギルドからの依頼を受けて困難な仕事をあっさりとこなしてくれた。
彼がもたらしたいくつもの死で、どれだけの不幸が未然に防がれたことだろうか。
そして、仲介者である盗賊ギルドの地位も自然と向上していった。
様々な事情から、カイラからの依頼を断ることなどあり得ないところなのだが……。
天属性の防具、もしくはアクセサリー。
これはなかなかの難題だった。
実のところ、ほとんど需要がない。
少し考えれば分かることだろう。天属性の攻撃をしてくるモンスターなど、ほとんどいないのだから。好きこのんで求める冒険者などいない。
遺跡や迷宮で発見されることはあるが、分解して素材にされてしまう。
となると、方法はふたつ。
ひとつは、一縷の望みに賭けて市場を漁るか。
もうひとつは、一部のモンスターから奪い取るかだ。
天属性に脆弱性を持ち、アイテムを装備する文化のあるモンスター。
即ち、吸血鬼から。
「ヴァンパイアか……」
とはいえ、その辺にいくらでもいるわけではない。ゴブリンやオークなどとは違うのだ。
辺境で支配者のように振る舞うか、あるいは人の集まる街中に溶け込み狩場を構築しているのが吸血鬼の常。
少なくとも、このグライトに吸血鬼の狩場があるなどとは聞いたことがない。
「いや……。そうか。そういうことなのか……?」
それでも、吸血鬼はこのグライトにいるのだ。
だからこそ、黒喰がやってきた。ダエア金貨の両替というらしくない取引を隠れ蓑に。
だいたい、あの黒喰に、そんなアイテムが必要とも思わない。目の前で、しっかり避けていたではないか。
恐らく、同行していた勇者が関係しているはずだ。
未知の魔法を使った。いや、使わせた美女は目くらまし。
そこまでして連れてきたのだ。
つまり、このグライトに、吸血鬼がいるという確かな確信を持っている。
その情報がどんな意味を持つのかまでは分からないが……。
きっと、おとぎ話で語られるような冒険譚につながるに違いない。
そう思うと、隻眼の男の口角は自然に上がっていた。
「受理はしましたが、本当にこのまま処理を進めてよろしいのでしょうか?」
グライトの冒険者ギルド。
エルフの里から南。つまり、この島の大部分を管轄とする一大支部。
そのギルドマスター執務室で、ふんわりとした巻き毛の受付嬢が不安そうに確認を取っていた。
いや、確認というよりは提言に近い。
「違法性はない。断れるようなものではないはずだが?」
それが分かっていても、なお、壮年のギルドマスターは首を縦には振らなかった。
怜悧な表情に、迷いの色はない。
「ですが……」
「下手に拒否したほうがデメリットが大きい」
「承知しました」
受付嬢のほうが折れた。
この場合、どちらが正しいとも断言はできないのだ。責任者の判断に従うしかない。
「では、どのように処理を進めましょう?」
冒険者ギルドを訪れ、登録するのではなく依頼をした少女。彼女は、伝承に謳われる勇者で間違いないだろう。
なにしろ、連れていたのはただの野を馳せる者ではない。北の森に存在するという伝説の影人。それも、高位の影人に違いない。
……と、見せかけ、本当の勇者は一緒にいた男のほうだ。こちらを警戒していたのか試していたのかは分からないが……。
それはともかく、あのときギルドにいた冒険者たちもそれに気付いていたに違いない。だからこそ、不躾な視線をぶつけていたのだ。さすがに、カウンターへ移動すると自重したようだが。
「賢者を紹介もできますが……」
「不要だ」
受付嬢の提案を、ギルドマスターは切って捨てた。
細面にはなんの表情も浮かんでいない。
「ここに適任がいるではないか」
「それは……」
確かに、ギルドマスター以上の適任者はいないだろう。
だからといって、直接応対するなどありえない。
普通なら。
ただモンスターのことを知りたいということであれば、将来有望な冒険者だと相好を崩せば良かった。
しかし、吸血鬼の情報をと挑発されては、余人に任せるわけにはいかない。
「どこから嗅ぎつけられたのか……」
ギルドマスターと一部の職員だけが知る、支部の後ろ暗い秘密。
誰もがどうにかしたいと思いながら、現実が許さなかった。
勇者と影人は、それに一石を投じることになるだろう。
だが、代案もなしに正義を押しつけられるだけであれば、相応に対処しなければならない。
冒険者たちの命を預かるギルドマスターとして、それは義務だった。
豪快に地雷を踏み抜いていくスタイル(無自覚)。
そろそろ、勘違いタグをつけるべきかもしれない。