55.もうひとつのギルド
「緊張しました……」
「きちんと対応できていたわよ」
冒険者ギルドで初めての依頼を終えた俺たちは、宿を取って一息ついていた。
選んだのは北の世界樹亭という、結構な高級宿。
カイラさんの直接の師匠に当たるハバキさんから推薦されたんだそうだ。
宿の入り口に名前が入った笠がつり下げられているなんてことはなかったが、宿自体はなんの文句もない。
向こうでの俺の家よりも、ちょっと広い一部屋。
ベッドが並んでいる一角は衝立で仕切られ、布張りのソファと籐製のテーブルが置かれたリビングスペースもある。
というか、今はそこに腰を下ろしていた。
ガラスは一般的ではないようで、窓は鎧戸。開くと、潮の香りが混じった風が入ってくる。懐かしさもあり、ちょっと落ち着く。
さすがに風呂まではないが、公衆浴場もあるので問題はないだろう。最悪、大きめのたらいのようなものがあれば、水もお湯もどうとでもできるし。
ここが、しばらくの間だが俺たちの拠点となる。
結構な高級宿だが、その甲斐はあった。清潔で、応対も良かったので文句はない。
野営続きだったし、用事も済んで気が抜けるのも仕方がない。むしろ当然といったところだが、俺は釈然としない気分を抱えていた。
冒険者ギルドに出した依頼の前金だけでなく、この宿の代金もカイラさんが払った。
まあ、それはいい。仕方がない。ダエア金貨を両替するまでのことだ。
しかし。
「なんで、三人で一部屋なの……?」
「それはもちろん、エクスのためです」
ええー? 本当にござるかぁ?
思いっきり不審の視線を向けるが、港町ということでセーラー服になってるエクスには通用しない。
「仮にですが、順当に、男女で部屋を分けたとしましょうか」
「順当だという認識はあるんだ」
そうか。ああ――安心した。
「そうなると、オーナーは一人部屋になりますよね。エクスと一緒に」
「当然、そうなるだろうな」
「こうしてオーナーとエクスが話をしていると、不審者や宿代をごまかしているのだと思われてしまいます」
「筆談で良くない?」
「オーナーは、エクスとお話ししたくないんですか……?」
籐のテーブルに置いたタブレットに横座りして、「よよよ……」と嘘泣きをするエクス。
「はい。そんなわけでして」
「漫才かよ」
別にオチてないぞ。
「一部屋のほうが合理的なことは、オーナーにもご理解いただけたものと思います」
「合理性じゃなくて、倫理の話をしていたんだが?」
俺からジト目を向けられたエクスをフォローする……わけじゃないだろうが、カイラさんが尻尾を軽く振ってから声を上げる。
「安全面でも、一部屋に固まっておくのは賛成よ」
「そんな危険なんて……」
そのために、わざわざ高い宿にしたんだし。
……カイラさんのお金だけどね。
「仕事に行っただけのミナギくんが、ファーストーンで逃げ帰るような事態になった時から、私は思い込みを捨てることにしたわ」
「あ、はい」
そう言われると弱い。
だが、年若い娘さんは絶対に違う意見を持っているはず。
持ってるんじゃないかな。
ちょっとは覚悟しとけ。
一縷の望みを込めて、俺は対面に座る本條さんの顔をじっと見つめる。
見つめる……が。
「私の顔に、なにかついていますか……?」
「見とれていたのではないですか? アヤノちゃんは、めっちゃ顔がいいですからね。なんなら、エクスの待ち受けにしてもいいぐらいです」
「殺す気か」
社会的に。
それ、客観的に見たらストーカーの所行だからね? 会社で見付かったら、即通報案件だよ?
「それなら、秋也さんはカイラさんにも見とれなくてはならなくなりますが」
「そんなことはないわよね?」
イエスとノー。どっちで答えてもアウト過ぎる。それなら、はいかイエスでしか答えられない質問の方が良かったよ、月女王様!
そもそも、同室問題があっさりスルーされてるんですが、それは。
「おかしい。俺が間違っているのか……?」
アラフォーと女子高生が同じ部屋で寝起きとか、間違いなく間違いだよね?
女子高生と二人きりじゃなくて、ケモミミくノ一さんも一緒だけど。
……もっとやばない?
いざとなったら、部屋の中でテントを出すか?
「それよりも、これからのことを決めていきましょう」
「そうですね」
事案を一刀両断したカイラさんの提案に、本條さんもうなずいた。
……なるほど。
夜営のときも三人一緒だったし、この程度大した問題じゃないのかもしれない。
そっかー。
キャンプの時は、テントばらばらだったから気付かなかったわー
……距離近付いてるじゃん!
おかしいな。エクスに変なことを吹き込まれてるんじゃないか?
「とりあえず、戦闘経験を積む件に関してはギルドからの連絡待ちね」
「いきなり、変に目立ちたくないからね」
俺は、気を取り直して、カイラさんの方針にうなずいた。
カイラさんは言うまでもなく、俺も本條さんも結構強い。そんな俺たちが普通に冒険者ギルドに登録して順調にクエストをこなしていくと、どうなるか。
「いきなり出てきた強そうに見えない男女が、尋常でないペースで仕事を成功させたら嫌でも目立ちますよね……」
「成功前提なのが調子に乗っているように見えますが、客観的な事実ですから仕方ありません」
本條さんとエクスが、困ったように笑顔を見せ合う。
「うん。だから、本條さんのワンクッション置こう作戦は本当に助かった」
俺にもカイラさんにもない発想だ。
これで、ワケありだというのがよく伝わる。その後、ちょっと派手にやったって素人がと見縊られることはないだろう。
「どちらにしろ、エクスのオーナーが本気になったら目立つことになるでしょうけどね」
「そこはどうしようもない」
本條さんの理力魔法も、カイラさんの存在自体も、ある意味目立つのは当然だ。
ただ、やりようによっては軽減はできるというだけだから。そもそも、カイラさんも本條さんもいるだけで目立つので致し方ない。
「あとは、ちゃんとした専門家がいらっしゃるかですね」
「吸血鬼のことはともかく、少なくとも、周辺の有益な情報は聞けると思うわよ」
周辺にいるモンスターの特徴や分布を聞いたうえで、できれば吸血鬼対策も確認できたら最高だ。
最悪、この周辺ではろくに稼げないようなら移動することも視野に入れている。できれば避けたいけど。
待っている間にやるべきことは、ふたつ。
「まずはダエア金貨の両替ね」
「もうひとつは、魔力水晶の購入ですね」
うん、その通り。
本條さんがいてくれると、俺が喋る必要がない。楽でいいな。
「ですけど、これって同じ問題なのではないですか?」
「確かに、ダエア金貨で魔力水晶を買えたらある程度解決するわね……」
「でも、他の問題が出てきますよね」
エクスの言葉に、俺は無言でうなずいた。
希少らしいダエア金貨。
それで購入するのが、二束三文みたいな扱いの微少な魔力水晶。
怪しんでくださいと言わんばかりだろう。
「それに、金貨をすぐ魔力水晶に替えたら、いい感じの装備品が売ってたりすると困るし」
「装備品ですか……」
山ガール風ファッションの本條さんが、手を広げて自分の格好を上から下まで見回す。
そして、自分の話ではないことを思いだした。
「そうですね。カイラさんには、私の攻撃への対策をしてもらわないといけないんでした」
「直前で避けたりすればいいのではない?」
「さすがニンジャ」
でも、保険は必要だよね?
「カイラさんは大丈夫だと思っても、本條さんが安心して撃てるように配慮は必要だと思うんだよね」
「それは……」
正しいと認めたのか、カイラさんは反論の言葉を飲み込んだ。
代わりに、自らの体を抱くようにしてこちらを上目遣いで見る。
「これ以上、私になにを与えるというの……?」
「いや、そんな警戒しなくても」
そこまで嫌なの?
CRPGだと、新しい街に来たら装備品の買い換えは必須なんだが。
そこで、装備できないアイテムが売られてたりすると、新しい仲間が加わるんだなって分かったりするし。
まあ、マジックアイテムが普通に買えたりするかも分かんないんだが……。
あれだね。
モンスターに襲われてる商人の人を助けてコネをゲットとか、そういうイベントもなかったから完全に手探り状態だわ。
「街に出て、店とか回ってみるしかないか……」
「一応、コネがなくはないわよ」
「そうなの?」
たまにエルフと交易するぐらいで、結構閉鎖的なんだと思ってたんだけど。
「野を馳せる者は、里の外にもいるのよ。影人ではないけど」
「なるほど。でも、同じ種族というだけで便宜を図ってもらえるもの?」
「だから、一応なのよ」
赤の他人よりは信用はできる……というレベルかな?
でも、今の状況だと伝手があるというのは、それだけでありがたい。
「普段はハバキ先生が対応をしていて。私は顔合わせをしたことがある程度だけど、それでも良ければ行ってみる? 今からでも大丈夫よ」
「……そうだな」
時間がないわけじゃない。
でも、のんびりするのも性に合わない。
社畜だからね。仕方ないね。
「私も行きたいです」
「では、エクスはタブレットの中で大人しくしていましょう。せっかくのデートですからね」
「違うよ?」
全然、違うよ?
というわけで、俺たちは連れだって街に出た。《オートマッピング》があるので、帰り道を気にする必要はないんで気楽だ。
冒険者ギルドへ行くときに通りを見て回ったが、やはり物珍しい。
俺と本條さんは、異世界情緒溢れる街並みに目を奪われながら、海に近い街の奥へと進んでいく。
奥へ……。
奥へ……。
奥……へ……?
あれ? 迷いなくカイラさんが入っていったのは、海沿いの倉庫。
「ここ入っていいところ?」
「問題ないわよ」
つかつかつかと歩いていくと、荷物の陰に階段が隠されていた。
当たり前のように下っていくカイラさんを、俺と本條さんは顔を見合わせ、慌てて追いかけていく。
坑道のような地下を進むと、酒場に出た。
なぜ地下に酒場? 禁酒法?
ランプで照らされた地下であれば、時間は関係ないんだろう。客は何人かいるようだが、まともに顔を見れない。
でも、なにかあったときのためにタブレットだけは構えておく。
……だが、幸いなことに杞憂だった。
冒険者ギルドの比じゃないぐらい視線が集まるが、カイラさんが懐から一枚のカードを取り出すと圧力が消え去った。
ボディーガード寄りの牛耳のバーテンが軽く頭を下げると、背後の酒棚が動いてさらに地下への階段が現れた。
「こっちよ」
「あ、はい」
大人しくついていくしかなかった。
俺も本條さんも借りてきた猫である。名前はある。番号なんかで呼ぶな! 俺は自由な人間だ!
とかネタをもてあそんでいる間に、曲がりくねった板張りの地下通路を抜けたどり着いたのは殺風景な執務室。
その一番奥の壁際に、男が一人で座っていた。他に人影はない。《オートマッピング》で見たら、また違うのかもしれないけど。
「突然来て申し訳ないわね」
「黒喰様を、無下に扱うことはできぬよ」
眼帯を着けて片腕のない……見た目は、老人だった。
頭頂部から生える狼の耳が片方なくなっていて、凄惨なと表現できる笑みを浮かべている。
「あー」
これ、ギルドはギルドでも、盗賊ギルドってやつなのでは?