54.冒険者ギルドで初依頼
「秋也さん! 海ですよ、海!」
港町だというグライト。
潮の香りがし始めた頃にフェニックスウィングから降りた俺たちは、街を一望できる丘の上にいた。
ここがグライトに入る前の最後の難所といったところか。結構な高さだったが、それに見合う価値はあったと言える。
陸側をぐるりと城壁で囲み、街路には石畳が敷かれた石造りの街。まさに中世ヨーロッパ! という街並み。
しかも、ちょっと先の港からは船が出たりしていて、まさに大航海時代って感じだ。帆船だよ、帆船。
アフリカで安く金を買って、ヨーロッパで売り払わなきゃ。
「結構、立派な街だね」
「街もそうですけど、異世界の海ですよ。日の光が当たって、綺麗です」
「それは認める」
まあでも、海自体はね……。
地球でも異世界でも、海は海だよね……。
「もう、秋也さん。感動が薄くないですか?」
と、なぜか本條さんが俺の腕を取って上目遣いで聞いてくる。
ちょっと、頬を膨らませて。
いかん。
男相手に、簡単にそういうことをしちゃいかん。
……と、言えれば良かったんですけどねー。
「子供の頃は、海の側で育ったから」
意識を過去に飛ばすことで、俺は平常心を保った。
海まで歩いて15分以上はかかるし、そんなに頻繁に遊びに行ったわけでもない。というか、夏休みは海よりもプールに行っていたことのほうが多かった。
それでも、海はそこにあって当たり前で、日常風景の一部だった。
「そうだったの? あまり、海の男という感じはしないけど」
「近所ってだけだから」
わざわざ漁港とか行かないと、海の男とかいないよね。
そもそも、就職してから海になんて行ってないし。
……あれ?
一回、海でも見に行きたいって、反対方向の電車に乗りかけたことはあったような気がしてきた……。あれは、確かシステム更新の……?
「さ、オーナー! 早速、街に入りましょう」
「そうね。ギルドへの登録もあるし、宿も取らなくてはならないわ」
「楽しみですね!」
気を使われたのだろうか?
いやでも、顔に出やすいタイプじゃないし……偶然?
結論が出ないまま、本條さんに手を引かれて正門へと向かっていく。
「いいですよ。綾乃ちゃん。オーナーが黙り込んだ時は、大抵ネガティブなことを考えているので強引に引っ張りましょうね」
「はい!」
「はいじゃないよ」
どんな通達出してるんだよ。
「的確すぎる……」
「ミナギくん、悪いことではないでしょう?」
「そこを認めるのも、どうなんだろうなぁ?」
横を歩くカイラさんの顔を見ずに答える。
気を使わせているのは申し訳ないけど、フォローは嬉しい。
でも、でもさぁ。
なんだかこう、真綿で首を絞められてるような感覚があるんだけど……。
気のせいだよな?
結局、入市手続きの行列中も本條さんは手を離してくれず、手続きが始まる段階でやっと解放された。
その手続きだが、本当に事務的なもの。コンサート会場の手荷物検査よりちょっと厳しいというぐらいだった。
もしかしたら、《リフレクティブディスガイズ》が良かったのかもしれない。
入市税として、一人銀貨一枚ずつ払い、グライト市へ足を踏み入れることを許された。
もちろん、俺が払った……わけではない。
金はある。
あるけど、ここで金貨。しかも、価値の高いダエア金貨なんて出したら面倒以外のなにものでもないということらしい。
これには納得するしかなく、大人しくカイラさんのお世話になった。
……本條さんがいなかったら、完全にヒモである。危ないところだった。
「次は、私が払ってみたいです」
「やめて」
なんで、みんな俺の世話を焼こうとするの?
と、入り口でつまずいた感はあったが、グライトの街並みは、それはもう素晴らしかった。
日本では見ない石造りの街並み。
観光地にありがちな安っぽさもなく、当たり前の話だけど、
異世界に迷い込んだみたいだ。
まあ、最初からずっと異世界だったけど。
街の人たちも、具体的にどうと表現するのは難しいが外人というのとは、ちょっと違うイメージ。
ベースは違うんだけど、妙に親しみやすい感じというかなんというか……。
露骨に異種族って感じの人はあんまり見かけなかったものの、まるで、アニメの世界に迷い込んだみたい。
そんな感じなのだ。
しかも、結構安全な感じの異世界だ。弾圧食らってる宗教の説法とか聞こえてこないし、「殺される殺される、貧乏に殺される」なんていうホームレスもいない。
良かった。
これなら、広場に入った瞬間イベントムービーが始まって火あぶり見せられるとかなさそうだぜ。
「まずはギルドでいいかしら?」
「俺は構わないよ」
まだお腹も空いていない。
そう、最近、空腹を感じるようになりましてね。驚くべきことに、三食食べるようになっているんですよ。びっくり。
だから単純に、まだ時間が早いだけということなのだ。
「秋也さん、カイラさん。昨日お話ししたとおり、まずは私に任せてもらえますか?」
「もちろん。今さら駄目なんて言わないよ」
昨日のうちにカイラさんから冒険者ギルドについてレクチャーを受け、その際に本條さんからひとつの提案があった。
素直にいいアイディアだと思ったのだが、俺にフォローができるかというと怪しい。
「ええ。もちろん、構わないわ」
「じゃあ、安心だな」
ぴんと耳を立てて、カイラさんが請け負った。
相変わらず、格好いい。もう、なんの心配もない。
これもまた適材適所である。
そうして、登録はしていないが取引に来たことがあるという、カイラさんの案内で歩くこと15分ほど。
たどり着いた冒険者ギルドの建物は三階建てで、ややすさんだ雰囲気はあるが立派だった。入り口はスイングドアで、中世と言うよりは西部劇を思い起こさせる。
「ここが……」
「ええ。冒険者ギルドよ」
冒険者ギルドが生まれたのは、今までも出てきた邪神戦役のあとということだ。
世界の危機は去ったものの、逆に統制されずにモンスターたちが勝手に活動をするようになってしまった。
当然なんとかしなければならないが、軍隊で対応するには問題があった。
モンスターは国境など関係なく自由に動くのに、軍隊ではそうはいかない。最悪、平和になった世界で泥沼の戦争が始まりかねない。
また、軍で対応する場合は即応性の問題から地方への駐屯が必要となるが、それは王も領主も嫌がった。
その結果生まれたのが、冒険者ギルド。
中立である彼らに行動の自由を認め、ある意味モンスターへの対応を任せたとも言える。
とはいえ、国もノータッチではない。むしろ、複数の国がギルドの運営に食い込んで、特定の国に有利にならないようにしている。
そういう意味での、中立だ。
また、冒険者ギルドに所属する冒険者は人頭税などの税を免除される。これは、モンスター退治という賦役を負っているからだ。
……と、なんか政治の匂いがする組織だが、それは上層部の話。
末端の冒険者は、イメージ通りの自由人というか、良く言ってアウトローな感じらしい。
期待が高まるね。
「行こうか」
「はい」
意を決して中に入ると、いかにも荒くれ者という冒険者たちと、カウンターの向こうの職員さんたちからものすっごく見られた。見られている。
珍しいかな? 珍しいよね?
一応、俺を先頭にギルドの中に入っていくが、視線がすごい。
ほとんど物理的な圧力さえ伴っているようで、本條さんやカイラさんが一緒じゃなかったら出直しているところだ。
「こちらでお伺いします」
だから、手を挙げてくれた受付のお姉さんに、思わずほっとしてしまう。
みんなでそちらに移動すると、本條さんが俺に代わって先頭に立ち軽く頭を下げた。
「こちらでご相談すべきかどうか分からないのですが……」
軽い前置きから、本題を告げる。
「この近辺にモンスターの専門家がいらっしゃったら、紹介をお願いしたいのですが」
「モンスターの専門家……。それは、依頼ということでよろしいのでしょうか?」
「秋也さん」
「ああ、はい。それでよろしくお願いします」
本條さんの作戦。
それは、いきなり登録するのではなく、依頼人としてワンクッション置くというもの。
これなら、後から冒険者登録をしても目的がはっきりとしている分、不審さも軽減できる。
効果は覿面。
こっちへの視線の圧力が、一瞬で消え失せた。
「そうですね。通常の依頼のように募集をかけることもできますが……」
受付のお姉さんが、頼りになる感じで話を進めていく。
「こちらから指名依頼という形でこれはという人材を紹介するほうが確実だと思います。その分、割高にはなりますが……」
「分かりました。ひとつだけリクエストしてもいいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「候補が複数いらっしゃるのであれば、吸血鬼に詳しいかたをお願いしたいです」
「吸血鬼を……承知しました」
こうして、依頼の手続きへと移っていく。
横槍なんか発生しない。完全に、本條さんの作戦通りだ。
それは、素晴らしいことなんだけど……。
絡んでくる先輩冒険者は?
登録時の一騒動は?
実はその辺のジイさんがギルドマスターだったりとかは?
平穏なのはいい。
いいんだけど、思ってたのと、なんか違う……。違わない?
お約束が始まらない。