53.順調な旅路
ゴブリン退治とキャンプから戻った俺たちは、今度こそ本当に月影の里を後にすることになった。
エルフの里を抜け、この近辺だと一番の港町グライトへ。
そこで、俺たちは冒険者になるのだ!
その前に、別れの挨拶をしなくちゃいけない。
「甘味様、次はいつ来るの?」
「落ち着いたらな」
というわけで、例の広場には、無限シュークリームを受け取った(今日も配った)子供たちが、俺と本條さんを取り囲んでいた。
ケモミミロリショタに囲まれるという、一部の人には垂涎の的みたいな状況。
「楽しみがなくなっちゃう」
「これからが本当の地獄だ……」
だが、惜しまれているのは俺ではなくシュークリームなのは確定的に明らかだった。
そこに釈然としないものは……特になかった。
子供たちが喜んでくれたのなら、それで良かった。幸福の王子も同意してくれることだろう。
「大丈夫です。きっと、すぐに戻ってきますから」
まあ、本條さんは普通に可愛い子供たちにめろめろって感じだけど。
ちゃんとしゃがんで、子供と目線を合わせてるし。そこのところからしてもう、俺とは違う。
いろいろハードな境遇なので、彼女が子供たちの髪とか耳を撫でている光景を見ると、ちょっと安心するね。
完全に保護者視点だけど、これも大人の責任というやつだろう。
大人と言えば、里の大人たちもこの場にはいる。
いるが、子供たちに遠慮してか、遠巻きにしているだけだ。まあ、そっちはカイラさんが応対してくれているんで構わないと言えば構わないんだが。
適材適所というやつだ。
「すぐって、どれくらい?」
「明日?」
「秋也さん、明日はいけますか?」
「普通に無理だと思うよ」
本條さんがポンコツ化しておられるぞー。
世の中にはね、限度ってやつがあるからね?
「カイラさんから話を聞いた限りだと、さすがに一週間とまではかからないみたいだけど……」
一週間弱という目安は、もちろん、順調ならという前提だ。
まあ、月影の里~エルフの里~グライトというルートは普通に交易とかで使っているらしいので、危険はないとも言っていたけど。
ちなみに、このオルトヘイムにも一週間という単位は存在する。地球と同じ七日で。
その一週間を4回で一ヶ月。一年は28×12の336日となる……らしい。
太陽暦とか太陰暦とか、そういうのはない。神から授けられた唯一の暦だそうだ。農業とかちょっと困りそうな気もするが、その辺は魔法とかでどうにかしているのではないだろうか。
俺は家庭菜園レベルでも興味がないのでスルーしてるけど。
そういうのは、農業系アイドルが異世界召喚されたときにやればいいんだ。
「フェニックスウィングのお陰で旅程は短縮できそうですが、エルフの里を抜けないと冒険者組合のあるグライトの街には行けないそうですから……」
「そこで足止めとか受けなければ……というところか」
エクスの補足に、俺はちょっと顔をしかめた。
正直、これ以上はフラグになりそうで怖い。
落石とかモンスターがいたりで街道がふさがれているってイベント、よくあるよね?
ただ、逆に言うと、グライトという港町にたどり着いて拠点が決まったら、ファーストーンで容易に行き来は可能だ。
そうなれば、ウンディーネの湖にも、月影の里にもファストトラベルで帰ってこられる。まあ、湖に行く用事は、思いつかないけど。
……その分のファーストーン、ちょっともったいなかったのでは? まだ13個あるから、全然、余裕だけどさ。
「ミナギくん、そろそろ行きましょう」
「うん」
里の大人たちとの別れ、あるいは打ち合わせを終えたカイラさんが戻ってきた。
いつもの純白の忍装束。残念ながら俺や本條さんの登山スタイルとは調和していないが、この上ないほど似合ってもいる。
……いや、待てよ?
山ガールなカイラさんも、ありだったかもしれないな……。
地球に戻ったら、本條さんにカイラさんの普段着を見繕ってもらうとか、そういうイベントありなんじゃない?
まあ、冷静になろう。《リフレクティブディスガイズ》があるんだし、そんな無駄遣いをする必要は……。
あり、だな。
街道をグリフォンが塞いでいるので倒さなきゃいけないとか、そんなイベントなんかより、全然ありだよね?
……別に、さようならだから、ありありあり言っているわけじゃないよ?
と、心の中で自分に言い訳しつつ、フェニックスウィングを《ホールディングバッグ》から取り出した。
男の子を刺激するフォルムを見て思う。
また、本條さんとのタンデムが始まる……。
「オプションパーツでサイドカーとか手に入らないかな?」
「気持ちは分かりますけど」
ひょっこり出てきてエクスが言う。
「カイラさんを乗せるのが先では?」
「ですよねー」
車だ。次は、宝箱に車の鍵をお願いします。なんなら、ダーツ投げてもいいから。
大丈夫。ゴールド免許はまだ失効してない。なにしろ、免許の更新は貴重な有給取得理由だからね。
有給に理由はいらない? 知らない法律ですね……。
「失礼します……」
「こちらこそ」
諦めて先に乗った俺の後ろに、本條さんが入り込んでくる。
遠慮がちに。しかし、しっかりと俺の腰に手を回して密着した。
クールになれ、皆木秋也。
なにも、これが初めてじゃあない。
だから分かっているはずだ。ミラージュマントを装備しているので、危険性は軽減されていると。
それに、これはただの移動。
俺はまぶたを閉じて、心を落ち着ける。
ふるべ ゆら ゆら と ふるべ。
アブトル・ダムラル・オムニス・ノムニス・ベル・エス・ホリマク。
ブーレイブーレイ・ン・デード。血の盟約に従いアバドンの地より来たれゲヘナの火よ。爆炎となり全てを焼き付くせ。
……よし。
もはやお経とか関係なくなったけど、俺は冷静だ。
「もう大丈夫そうですね。それでは、出発しましょう」
エクスがエンジン的な動力を始動させ、フェニックスウィングが浮かび上がる。
俺が、たっぷり戸惑ってからの出発だ。
ホルダーから浮かび上がる、ライダースーツエクスが、超楽しそう。
だが、俺も社会人。挨拶を欠かすわけにはいかなかった。
「それじゃ、行ってきます。まあ、また来ますけど」
「お世話になりました」
「甘味様、気をつけて!」
「モンスターが出たら、カイラ姉ちゃんに全部押しつけていいからな!」
「アヤノちゃん様も、しっかりね!」
子供たちには、笑顔を向けるだけでスルー。やる気満々になっているカイラさんを前に、否定の言葉なんて口にできない。
少し離れた場所にいる長老とかに頭を下げてから、飛行バイクが走り出した。その横を、つかず離れず軽やかにカイラさんが随伴する。
そして、二日後。
俺たちは、夕方頃エルフの里に到着した。
だが、交易用の出島みたいなところで、ログハウスみたいな商店や宿が並んでいるだけ。
エルフ情緒とかそういうのはなく、見た目はキャンプ場に近い。
ちょっとがっかり。
「でも、秋也さん。閉鎖的なほうがエルフという感じがしますよね」
「それはあるかも」
「むしろ、人間風情が、我らの領域に足を踏み入れるとは! みたいに追い出されたいですよね」
それはどうだろう?
本條さんのエルフ観が古典的過ぎる。
しかし、ちょっと当てが外れたのも確かだ。
実はダエア金貨の両替や微少の魔力水晶の購入も考えていたんだよね。
こうなると、月影の里と交流があることが逆に悪目立ちしそうだ。
痛くない腹を探られるのも面白くないしね。
観光はせず、放火もせず。食料の補充をしたほかは取引もせず、翌日にはエルフの里を出発した。
さらに、三日後。
俺たちは、昼前にグライトの街に到着した。
特に、何事も無く。
……あるぇ?
いや、順調なのはいいんだけど……。
逆に不安だ。
俺の人生は、こんなになだらかじゃないはず。
……いいの?
エルフの里……素通り!
本條さんのエルフ観は、指輪とホビットで形成されています。