33.影人の本懐
エクスが制御する飛行バイク・フェニックスウィングは、順調に飛び続けた。
風景はどんどん後ろへ流れ、震動はほとんどない。速く快適な旅路。
にもかかわらず、順調に俺のMPは削られていた。
感触はミラージュマントで緩和されていても、近いものは近いからね! 呼吸がうなじに当たるぐらいにね!
「この《オートマッピング》で検出できるのは、体内に魔力水晶がある相手だけなんじゃないかと思うんですが……」
こんなときは、真面目な話をするに限る。色即是空、空即是色。
というわけで、《オートマッピング》にフォレストウルフが反応しなかった問題を俎上に載せた。
「ノッカーとフォレストウルフの違いを考えれば、それで正解ではないの?」
「でも、そうなるとカイラさんが《オートマッピング》に反映されたことと矛盾するんですよね」
そう。問題はそこなんだよな。
しかし、背後からは共感の気配はない。
「そうね。知らなかったのよね。人間も魔力持ちは魔力水晶を宿しているわよ」
「そうなんだ……」
それどころか、あっさりと疑問が解消されてしまった。
魔法を使える人を解体したら、魔力水晶がドロップするってことか。
趣味の悪いTRPGのシナリオで、嬉々として使用されそうな新事実だ。
「ですが、そうなると地球で『UNKNOWN』と表示されたのは、どういうことになるのでしょうか?」
ハンドルの間から、ライダースーツというよりはノーマルスーツに近い格好のエクスが疑問を呈す。
「モンスターがいた……とは、思いたくないな」
「駅ですしね。擬態していたという可能性もなくはないですが」
「妖怪人間かな?」
それならまだ、超能力者とかそういう人種が反応した……というほうが納得できる。
まさか地元に超能力者がいるとは思わなかったけど。駅で反応があったってことは、普通に電車使うんだな超能力者。
まあ、超能力者だったらの話だけど。
「それか、俺が知らないだけで世界はすでに変貌していたのか」
精霊もいるらしいし、俺が思っていたより地球がファンタジーだった可能性もある。
「つまり、アースガルズでもミナギくんに危険が迫る恐れがあるの?」
「そこまで心配する段階じゃあないかな」
「元々、オーナーの健康は危機的状況ではありましたが」
おっと、エクスさん。それは言わない約束だろう?
「気をつけるに越したことはないわよ」
「……はい」
とりあえず、《オートマッピング》に関しては、これで終わり。
その後も飛行バイクを飛ばす……のはエクスだけど、休憩を挟みつつ乗り、行きと同じく夜営をして、翌日の昼前に月影の里へ到着した。
「狭い通路でも、特に問題ないな。エクスの操縦のお陰かな」
「ふふふ。なにしろ、エクスはオーナーの手足ですから」
「思い出したように、ヤンデレっぽく迫るの止めよう?」
エクスにはわりと生殺与奪の全権を委ねているので、健やかに過ごして欲しいと思う。
「それにしても、まるで何日も空けていたような気がするわね」
停止したフェニックスウィングから降りたカイラさんが、白い髪とマフラーをたなびかせ洞窟住居を見上げた。
ロボットのコクピットから身を乗り出しつつ、ヘルメットを取ってほしさがある。
……なにはともあれ、密着状態解除だっ。
正直なところ、役得なんて思えるほど若くはない。ただひたすら、セクハラに気を使うだけだった。
大人になるって、哀しいことなの。
「シュークリーム様だ!」
「ははぁ……」
「どうかお恵みを……!」
そして、その哀しさを知らない子供たちが、洞窟住居からわらわらと飛び出してきた。
いつかの再現のようだ。
和む。
「こら! あなたたち、なにやってるの! そのシュークリーム様って、いったいなに!?」
「まあ、まあ」
シュークリーム様、いいじゃないか。チョコレートの隣の人より全然マシだからね。
というか、リアルで「こら!」って怒る人いるんだな。カイラさん、たまにちょっとレトロなリアクションするところがいいよね。
「確かに、三次元っぽくなくてオーナーには合っているように思えますね」
「その基準、どうなの?」
というか、カイラさんに失礼でしょ。
「で、なんで二人はくっついてたの?」
「今さらだろ。シュークリーム様はだっこされてたぜ」
「あああ、あ、あ、あ、あ、あなたたち!?」
指摘されてカイラさんはうろたえるが、俺は無だった。
うんうん。それもまた、異世界だね。
「ミナギくんが持ってきてくれた他のお菓子を預けてあるから、厨房で受け取っておきなさい」
「ほんとに!」
「シュークリーム様じゃない、甘味様だ!」
「ありがたやーありがたやー」
ケモミミな子供たちが、その場にひざまずき拝み始めた。
「だから止めなさいと言っているでしょう……っっ。もう、ミナギくん行くわよ!」
「あ、フェニックスウィングは《ホールディングバッグ》にしまっておきますね」
流れるような流れでカイラさんが俺をお姫さまだっこして、エクスが飛行バイクを異次元に仕舞う。
そして、俺はそのまま洞窟住居へと運ばれていった。やっぱりこうなったかという、あきらめの念。
結論から言うと……。
……ふっ。もう、慣れっこだぜ。
かがり火の光が、妖しくその空間を照らし出す。
カイラさんに運ばれていったのは、洞窟住居で構成される月影の里でもかなり下の階。底と言ってもいいのではないだろうか。
動物っぽいなにかが彫刻された壁際には五人が座っていて、フウゴと呼ばれていた虎系のニンジャ……じゃなくて影人の他は完全に初対面だ。
あのヴェインクラル……じゃなかった、なんとかクラルに比べたら劣るが、それなりの雰囲気を漂わせていた。
最初は。
余裕と不審を露わにしていた彼らも、今ではぽかんとニンジャらしからぬ表情を浮かべていた。
それくらい、カイラさんの報告は無茶苦茶で衝撃的だった。
中央に座る、いかにも長老といった風情の老ニンジャ。
立派な羊の角を生やした長老が、長いあごひげをさすりながら、ようやく口を開く。
「感服つかまつりました、勇者様」
「え? 信じちゃうの?」
年上の偉い人が頭を下げている。
それにもびっくりだが、まずあの無茶苦茶な話を信じちゃうのがびっくりだ。
大量の水を生み出したらウンディーネが復活して、湖ができてオーガが来れなくなったとか、どう考えてもおかしい……。おかしくない?
「当然よ、事実は事実だもの。否定のしようがないわ」
証拠として提出した、青いファーストーンの欠片をかざし、カイラさんが断言する。
疑問は受け付けるが、信じないのであれば容赦はしない。そんな雰囲気だ。長老にどう説明しようか迷っていた彼女の姿は、そこにはない。
その原因は、精霊からの贈り物にあった。
「その宝玉の輝き、『根源』の息吹をこの上なく強く感じさせるもの。疑う余地はありますまい」
長老だけでなく、穏やかそうな豹の耳の人や虎系ニンジャのフウゴまで目を伏せ頭を垂れる。
「あ、ありがとうございます」
まあ、事実は事実なんだし、認めてくれるならそれに越したことはないかな。
どうせ、あとで人を現地に送れば確認できるんだし。
ともかく、これで一件落着……とはならなかった。
「これ以降、私は勇者と行動を共にするわ。里の利益は尊重するけれど、第一はミナギくんのために働くものと思って頂戴」
「……はい?」
え? ちょっと待って? 聞いてないんだけど?
そりゃ、今後もこっちで活動するに当たって協力してくれたらとは思ってたけど、そこまでとは。
「これがその証よ」
と、勇者の指輪を見せつけた。
壁際のニンジャの人たちは、感嘆の声を上げる。
俺の無言の抗議は届かない。
なんか、感じるものがあるの? 俺には、全然分かんないんだけど?
「よくぞ使命を果たしたな、カイラよ」
長老が、重々しくカイラさんを称賛する。
うんうん。実際、カイラさんがいなかったらヤバいことになってたし当然だな。
「勇者の従者となるは、我らが本懐。誉れである。影人の名を汚すことなく、しかと務めよ」
「無論。この命尽き果てるまで」
え? そうなの?
命尽き果てるまで? ちょっと大げさじゃない?
翻弄されすぎて、右往左往するしかなかった。
「くくくくく……。まあ、第一歩というところでしょうか」
エクスは、悪そうな顔をしていた。二歩目は、どこへ向いてるの?
「難しい話は、これで終わりだな? 俺は祝いの準備を始めるぜ」
宴会?
おいこら、虎の人。
なんでそうなるんだよ?
それ、毎回飲みの誘いを断りまくったら、誘われなくなってガッツポーズした俺の前でも同じこと言えるの?
「フウゴだけでは、めちゃくちゃになります。ここは、わたしも手を貸しましょう」
やめて! 常識的っぽい豹の人! 手伝わないで!
「委細、二人に任す」
しかし、俺の願いは届かない。
長老の重々しい言葉で、報告は終わった。