番外編その3 ミナギくん、転職する?(後)
一番好きなクリスタニアリプレイは、傭兵伝説クリスタニアです。
後編もよろしくお願いします。
ララノアがやってきて、ドワーフのことを依頼した日の夜。
ちゃっかり夕飯を食べて客間に引っ込んだエルフの族長と入れ替わりに、リディアさんが起きてきた。
吸血鬼としては、わりと遅めの目覚めといったところだろうか。
「楽ができて、ええやないの。なにが、そんなに不満なん?」
「俺が楽しちゃ悪いだろ。押しつけてるだけじゃん?」
そのリディアさんと差し向かいになって、ゆるゆると晩酌しつつ情報共有を図っている。
俺はハイボール。リディアさんは、なぜかホッピーだった。酒場放浪記でも見たの?
「その考え方が間違いなんよ。押しつけてるんやなくて、任せとるんや」
「理屈は分かるけどさぁ」
感情が納得できないというか。
悪しき人材派遣会社と同じことをしてるんじゃないかという、罪悪感がさぁ。
いや、中抜きとかはしてないけども。むしろ俺が金を出してるけど……それは、人を雇う以上は当たり前のことだしな。
「ポーション作りは、ウチにお任せやん。それと同じで、どんっと構えとればええやないの」
「適材適所か……」
確かに、酒のつまみは本條さんに用意してもらったものだ。
俺が手を出しても、余計な手間を増やしただけだろう。
「なかなかいいことを言いますね。もっとお酒飲んでいいですよ!」
「へへへへへ。この程度で良かったら、いくらでもやらせてもらいますやさかいに」
「下衆ぅ」
眠る必要のないエクスが、かしゃかしゃとシェイカーを振った。
手つきは、かなり様になっている。
ただし、グラスに注がれたのはノンアルコールのジュース。やっているのは、ドリンクバーでジンジャーエールとオレンジジュースを混ぜるのと同じことだ。
「あちらのお客様からです」
「あちらのお客様って誰だよ」
「実際は、嫌われる行為らしいですね」
「ただしイケメンに限るってやつだな」
というようなやりとりがあってから、数日後。
ドワーフたちの真意が判明した――という報告を受けたのは、リビングのソファで寝っ転がりながらゲーム機でオープンワールドのRPGをプレイしていたタイミングだった。
「ドワーフの秘宝?」
「ええ、ゴブリンに盗まれたそうよ」
さすがに、ホムラかヒカリのどっちにするか悩んでいる場合ではない。本体をスリープさせて、報告を聞く体勢に入る。
「まったく由々しき事態ですよぅ」
「ドワーフざまぁとかじゃないんだな」
いつもより二割増しぐらいでシリアスなララノアに、評価を上方修正させた。
その頭の片隅で、ゆゆ式は唯と縁の幼なじみトークに疎外感を憶えるゆずこがいいよねとか考えたりしてないんだからね!
「ゴブリンが出てきたとなると、話は別ですぅ。まあ、ちょっとだけ思ったりはしましたけど」
「ゴブリンというと、あのゴブリンですか……」
手早くお茶の準備を調えてくれた本條さんが、会話に参加する。
「ゴブリンか。懐かしいと言って良いのか、どうか」
「複雑な相手ですね」
しかし、ゴブリンにそんな知能があったっけ? 死体を嬲っていたやべーやつらというイメージしかないんだけど。
あれ、ゴブリンと言うよりレッドキャップだったよね。アウターゾーンに出てきたやべーやつら。
「つまり、ただのゴブリンじゃないってことですよぅ」
「ヴェインクラルの協力者だったゴブリンだったようね」
「マジか……」
ヴェインクラルの義腕を作った……んだったよな? そういや、確かに行方不明だった。
ヤツが生きてたら盗難ではなく強奪になっていただろうから、その点に関してだけは不幸中の幸いだが。
「そのゴブリンが、エルフの森のあたりに逃げ込んだわけか」
そりゃ、ドワーフたちが問答無用で押しかけるよな。協力を要請するなんて、恥の上塗りだろうし。
「よく聞き出せたもんだ」
「秋也さんが、冒険者に依頼した成果がありましたね」
「ええ。冒険者の中にドワーフがいたのは良かったわ」
「その上、精鋭の野を馳せる者に囲まれたら意地も張れないですよぅ」
本條さんが淹れた紅茶に、ララノアがミルクと砂糖を投下していく。コーヒーと間違えてない?
「そして、地下世界への道が開いていることが判明したわ」
「……それはマジでヤバイ案件なんじゃ?」
地下世界。オーガをはじめとする『虚無の眷属』の本拠地とつながる道があった。
ということはつまり、ヴェインクラルみたいなのが大挙して地上へ押し寄せてくるわけだ。そりゃ、全部が全部あんなのじゃないにしても……。
「水の精霊がいるところと同じですか。それは、びっくりですね」
さすがのエクスも予想外だったようだ。ウンディーネへのキャラかぶりも忘れて、素直に驚いていた。
「幸いなことに、通路自体は小さなものだったわ。それこそ、ゴブリンが通れるかどうかという程度」
「だからこそ、見過ごされていたとも言えるですぅ」
「それを、ドワーフたちは知っていたのか」
「いえ」
カイラさんが首を横に振り、白い髪がさらさらと揺れた。
「あの周辺で秘宝の反応が途切れたから、拠点を作って探していたようね」
「ゴブリンの代わりに、地下への道が見つかったというわけですか。やれやれですね」
「なるほど。エルフたちに説明もできないよな」
探すのには協力しても、発見したら使えないように埋めるだろうし。
そうなったら、ドワーフたちは秘宝を取り返せなくなる。
「そもそも、秘宝ってなんだったの?」
「あの連中、生意気にも黙秘しやがったですぅ。まったく、立場ってもんを理解してないですよ」
いらだたしげに、本條さんが焼いたカップケーキを両手で掴み。
そして、もしゃもしゃとむさぼる。
アニメみたいな食べ方するね、キミ。
「無理に聞き出しても禍根を残しそうだから見逃したけれど……」
「いや、秘密にしたいならそれで構わないよ」
俺が知りたいなら手段を選ばない。
そう言われる前に、手綱を引いた。
「そう……」
カイラさんは、めっちゃ残念そうだった。
掛かってしまっているかもしれません。一息つければいいですが。
「ああ。秘密にしたいという気持ちは、分からないでもないしね」
なにかあったら、HDDはドリルで破壊してください。
それだけが、私の望みです。
なお、すでにエクスに中身は筒抜けだろうという指摘は自動的に却下する。
「なるほど。そこで、秋也さんの判断が必要になったというわけですね」
「確かに。こうなると、オーナーの意向は無視できませんね」
本條さんとエクスが、納得いったとうなずく。
ええと……。
ああ、対立してるのか。
二人が|DOWNLOADED.《完全に理解した》事実が、俺にも気付きを与えた。
「ドワーフたちは、地下世界への道を使いたい。エルフ的には、そんなものとっとと埋めてしまいたいというわけか」
「あいつらの気持ちも分かるけど、族長としてそのままにはしておけないですよぅ」
それは平行線だろう。
「落としどころとなると、ドワーフたちが地下へ行ってる間は変なのが出てこないか監視をするってところか」
監視やなにか起こったときの対処は冒険者に依頼。
そこで手に余るようであれば、月影の里やエルフの里からも人員を出す。
「……あれ? つまり、俺が尻持ちをするってことに?」
「なりますねぇ」
「おかしい。そんなはずでは……」
でも、ドワーフたちに諦めてもらうのも違うよなぁ。
「絶対に短期間で成功してもらうよう、ドワーフたちに助け船を出そう」
「素直に受け取るかしら?」
「そもそも、道が狭すぎてドワーフたち以外は無理ですよぅ」
「拡張するつもりですか、オーナー?」
「分かりました。リディアさんにポーションをたくさん作ってもらうんですね?」
「それもあるけど、それだけじゃないかな」
エクスは、無意識に選択肢から外したんだろうな。
「近くに、地の精霊とかうちで自由に過ごしてる風の精霊とかがいるじゃないか」
あれで尊敬されているみたいだし、精霊の助力なら断らないだろ。
それを受け入れたら、後はなし崩しに援助も受け取るようになるだろ。カエルは、ぬるま湯から茹でていかないと。
「精霊を使うなんて、さすがは勇者ね……」
赤い瞳を潤ませたカイラさんが、きらきらと光を放つ。あ、指輪のあれか。
なんか、久し振りに見たなぁ。
それから数ヶ月して。
「ドワーフたちが、秘宝を取り返して帰還したわ」
「……あ、ああ。そうか上手くいったんだ」
それはめでたい。きっと、一つの指輪を火山に投げ込むような冒険が繰り広げられたに違いない。
居間で本條さんからおすすめされた海外文学を読んでいた俺は、文庫本を閉じてカイラさんとララノアにソファを勧めた。
「大変だっただろうなぁ、おめでとうだな」
今日は、家庭の事情で本條さんはいない。リディアさんは、執筆のため缶詰だ。作家先生みたいですね。
「じゃあ、地下との道を埋めなくちゃか」
「それは、里が総出でやるですよぅ。念願ですから!」
「それもそうだけど、ドワーフたちがミナギくんに目通りを求めているわ」
「目通り? 目通りって、どういうこと?」
「傘下に入るので、挨拶をしたいということよね?」
「いやそのりくつはおかしい」
秘宝を取り返せたので、お礼を言いたいというのなら分かる。別に、しなくてもいいけど。まあ、社会通念上そういうのが必要なのは分かる。
だけど、傘下に入るってどういうことなの……?
「ちっ、ドワーフども上手くやりやがったですね」
「そうね。元々あまり親しくないのが幸いしたわね」
「なにを言っているのか分からないよ」
フェアリーフォームのエクスは、すまし顔でスルーしている。
カヲルくんも、ミサトさんもちゃんと説明して! なにがQだよ!
「こちらは、支配よりも先に友誼でつながってしまったもの」
「うちは、おばあちゃんの件の恩義と商取引が成立してしまったのですよぅ」
「そうなると、臣従を言い出すわけにはいかなくなるんですよね。オーナーが受け入れないことは分かってますし」
「交流が浅いことを逆手に取った、上手いやり方ですねぇ。どうしてやりましょうか」
ちゃんと説明を受けたら、どうにかなるものでもなかったよ……。でも、なにがシンだよってならなくて良かった。そこは本当に良かった……。
などと現実逃避していても、話は理解できてしまう。してしまう。
「エクスの言う臣従とまではあれだけど、ドワーフたちには俺がいかにも力を持っているように見えてしまっているわけか」
ようやく、状況が飲み込めた。俺が、なんかすごい人間のように見えているんだ。
要するに、千両道化のバギー状態だ。勘違いものではよくあること。
「そこは、ちゃんと説明すれば分かってくれるだろう。俺がただのアラフォーだったことはな」
しかし、この場に集った三対の瞳に同意の色はなかった。
今ほど、本條さんの不在を悔やんだことはない。
そうこうしているうちに、話は進んでいく。
「エルフたちとの仲を調停して、地下への道を維持させ」
「貴重なポーションを大量に提供して、ドワーフたちだけでの探索行を成功に導いたようなものですよぅ」
「その上、精霊まで協力させてますからね。それはそうなりますよ、オーナー」
そうかな……。
そうかも……。
「勇者改め黒幕、皆木秋也の誕生ですね、オーナー!」
「どういうことなの……」
セリエAのサッカー選手に憧れるよりも、ギャングスターに憧れるようになったことなんかないのに……。
俺の知らぬ間に、クラスチェンジが行われてしまった。
このダーマ神殿、ちょっとおかしくない!?
本編完結後は、なんかもうミナギくんは人を使う側になるんじゃないかと思ってこんな話になりました。
勇者もお姫様と結婚したら王様になりますからね。ある意味、当然のルートでしょう。
ミナギくんの場合、隠居の二文字がどうしても頭を過りますが(笑)。
それでは、次回は地球側で異世界から戻って来る子をお世話する話になると思います。
引き続き、よろしくお願いします。