番外編その3 ミナギくん、転職する?(前)
約半年ぶりの番外編は異世界側です。
対戦よろしくお願いします。
「それにしても、意外な話だったな……」
「そう? 目の付け所は、さすがギルドマスターだと思ったけれど」
「そこは同感だけどさ」
呼び出しを受けて訪れた、冒険者ギルド。
そこで切り出された要件というか、相談というか。あるいは、提案というか。とにかく、俺にとって、予想外の内容だった。
俺の一存でどうにかなるものでもなく、持ち帰って検討することになった帰り道。
俺たちは冒険者ギルドを出て、エクスと本條さんとの合流地点へ歩いていくところ。
「でも、俺に振られるとは思わないじゃん。まさか、エルフ装備の卸売りをしてるだけで仲介を求められるなんてさ」
ケモミミくノ一さんの横顔を見ながら、俺はとため息をついた。
これだと、カイラさんのお顔が良くてため息をついたみたいだな。別に、匣に入れたくなったわけじゃあない。
もちろん、実際に顔はいいんだが。俺がプロデューサーだったら、ティンッとくるぐらい。いや、それはプロデューサーじゃなくて社長か。
「そういう交渉役は、ララノアの仕事だったはず……。あれ? トップに立ったから誰かに引き継いだのか?」
「向こうから話を持ちかける分には、ミナギくんしかいないでしょう? ただ、ギルドに所属していないという事実を忘れているのではないかしら」
「あ……」
そういえば、俺も本條さんも別にギルド所属じゃなかったわ。
おかしい。異世界に来たら冒険者になるものじゃないのか?
初手に依頼を出したのが失敗だったか……。
「まあ、ララノアに話をするぐらいなら別にいいけどさ」
「その前に、アヤノさんね」
言われて気付く。
いつの間にか、集合場所。
街で一番大きな本屋にたどり着いていた。
「それじゃあ、呼んでくるわね」
「いや、俺も行くけど」
「ミナギくん」
アルビノのケモミミくノ一さんが、赤い瞳でじっと俺を見つめる。
「外でミナギくんが待っていると伝えるのと、ミナギくんが迎えに行くの。どちらが、効果的にアヤノさんを本棚から引きはがせるかしら?」
「お任せします」
本條さんには負けるし異世界転生して本を作ろうと思うほどではないが、俺も本好きを自称できる人間だ。
つまり、ミイラ取りがミイラになる可能性もゼロではない。
俺は、戦地へと赴くケモミミくノ一さんの背中を見送った。
「……お待たせしました」
「いや、待ってないよ」
予想よりも、全然早い 。精々、10分か15分ぐらいだろう。
小学生なら校庭でドッヂボールをやってるところだが、アラフォーになるとぼうっとしているとそれくらいあっという間に過ぎる。
人身事故で一時間以上待ちぼうけを経験した社畜だ。面構えが違う。
いや、別ルートで行こうと思えば行けたんだけど、もうちょっと早く復旧すると思ったんだよね。警察の現場検証が、もっと早く終わっていれば……ッッ。
「迷う綾乃ちゃんと、急かすカイラさん。令和の名勝負でしたよ」
「そんなに」
本條さんと同行していたフェアリーフォームのエクスが、一本足打法のポーズを取る。
全然令和じゃねえ。適当すぎる。
「さて、家に戻りましょう。ギルドからの話をどうするかも、検討しなくてはでしょう?」
心変わりをしないように、カイラさんが俺たちを急き立てる。まるで、お母さんだ。でちゅね遊びはしないだろうけど。
そうして、徒歩で家へと戻っていく。
エクスがフェアリーフォームになったことで、フェニックスウィングは定員オーバー。まあ、本條さんの時点で定員は超えていたという説もある。
海外バンドの来日公演じゃないんで、気軽に席を増やせないんだよなぁ。
というわけで、本屋での収穫を聞いたりしつつ歩いていく。
「少し困るというか悩みがありまして……」
「まさか、書斎が手狭になったとか?」
「それはまだ多少余裕があるんですが」
多少?
「地球の本とこちらの本を一緒に並べると、どうにも収まりが悪い感じがしてしまうんです」
「ああ……。それは確かに」
少し想像してみれば分かる。
やたら立派な装丁のこっちの本と、地球の本屋で売っている一般の書籍。後者が見劣りするのは、確定的にあきらか。
「部屋って、まだ余ってたよな」
「余ってますけど、書斎を増やすつもりですか?」
「それが一番簡単な解決法だろう」
こっちの本と向こうの本。別々に収納すれば解決だ。
物量は正義。フォーク准将もそう言っている。
「そうですけど、そのうち図書館を作る羽目になりますよ」
「図書館……っ」
本條さんが、目をキラッキラッさせる。
守りたい、この笑顔。
――などと、軽い攻防を繰り広げているうちに家が見えてくる。
結構距離があるけど、楽しく話しているとあっという間。スキルで健康になった体には、ちょうどいい運動だ。
そのうち、リングフィットのRTAに挑戦するのもいいかもしれない。要するに、ファミリートレーナーでしょ?
「……家の前に、誰かいるわね」
不意に、ケモミミくノ一さんが赤い瞳を細めた。
そして、止める間もなく姿がかき消える。
「オー! ジャパニーズニンジャ!」
「ジャパニーズじゃねえけどな」
エクスに適当なツッコミを入れていると、すぐにカイラさんが戻ってきた。これには、本條さんも目を丸くした。
「ララノアが来ているわ」
「ララノアが?」
本條さんの丸くなった目と目を見合わせる。昔の歌謡曲みたいなシチュエーションだが、純粋に驚いてるだけだ。
アイナリアルさんの孫娘。
エルフの新族長との約束はなかった。
ということは、なにか急な話なんだろう。
「またなにか厄介事かな」
「そう言いつつ早足になるオーナーって、いいと思いますよ」
「俺たちにも火の粉が飛んでくる話かもしれないだろ」
ほんの少し。歩道の信号が点滅しそうなタイミングぐらいの速度で、家へと急ぐ。
「おにーさん! どこに行ってたんですかぁ!」
俺たちの姿が見えると、ララノアがぴょんと跳び上がった。
「ちょっとなんとかしてくださいよ、おにーさん」
「落語が始まりそうな登場だな……」
ララノアが八っつぁんで、俺がご隠居のポジションだろうか。
その八っつぁん……ではなく、ララノアが長い耳をぴこぴこっと動かして頬を膨らます。
悪い予感しかしねえな。
留守番のヴァンパイアさんは、昼寝をして気付かなかったようだ。風の精霊も、どっかに行ったんだろう。自由だからな。
まあ、来ているものは仕方ない。
「立ち話もなんだし、上がってくれ」
「お茶の準備をしますね」
本條さんが張り切って、小さく拳を握る。
かわいい。
やっぱり、書斎を増やしてもいいんじゃない?
「昨日焼いたクッキーが残っていて良かったです」
「いただきまぁす!」
というわけで、本條さんがさっとお茶とお茶請けの準備をしてくれた。
屋敷の居間には、リディアさんを除く全員が集まっている。話の内容にも依っては呼ぶかもしれないけど、今は寝かせておいてあげよう。
クッキーを貪るエルフの族長とか、目撃者は少ないほうがいい。
「このしっとりとした生地に、上品な甘さ! 甘ければ甘いだけいいとかいう老いたエルフ好みなんて、食べられたもんじゃないですよぅ」
「そこはまあ、戦時中の苦労があったんだろうし」
エルフのジェネレーションギャップって、かなり長きに渡るから深刻だよなぁ。
だから、森の奥で排他的なコミュニティを形成するのか?
そんなことを考えていると、ララノアが紅茶に砂糖とミルクをドバドバ入れ出した。
一貫性? ああ、いいやつだったよ。ここじゃ、いいやつから死んでいく。
「どうかしたですぅ?」
「いや、なんでもない」
族長をやっていることは分かっている。
恐らく、というか確実にこの中で一番年上だろう。
なのに、子供みたいだ。
先に出会ったのはララノアなのに、どうもアイナさんの孫娘という印象が強い。まあ、アイナさんが強キャラ過ぎるから仕方ないんだけど。
愛は時空を超える?
本当に超えるやつがいるか!
「いるんだよなぁ……」
「なんの話をしてるんですか、もう」
頬を膨らませて、ぺしぺしと軽く俺の手を叩く。
相変わらず、あざとかわいいエルフの新族長だった。
「ちょっと、いらっとしますね」
フェアリーフォームのエクスが、敵意とまではいかないが不機嫌そうににらむ。相変わらず、キャラかぶりに厳しい。
でも、安心していいよ。エクスはそこまであざとくないからね。
「それで、俺になにをさせるつもりなんだ?」
「東の山のほうからドワーフが、森に大挙して現れたんですよ~」
「ああ、ドワーフがいるんだっけ。だいぶ前に、カイラさんから聞いたな……」
東の山のほうにはドワーフがいて、西には光翼族の天空庭園があるとかないとか。
実は、この島で人間の領域って南端の一帯だけなんだよな。だからこそ、冒険者の需要があるのかもしれないが。
しかし、ドワーフね。
もめ事を起こすとは、やっぱりエルフと仲が悪いんだな。
設定としては王道で良い。種族としては敵対だけど、個人としては友誼を結んでるとか最高だ。
けれど、現実となると話は別。
「縄張りを荒らしてるのはドワーフのほうとはいえ、いきなり実力行使して追い出せってのはどうかと思うぞ?」
「え?」
「え?」
違うの? 俺に交渉人をやれと? 拷問を受けるの嫌なんですけど……。
「おにーさんは、この周辺の支配者じゃないですか」
「は?」
は?
は?
「冒険者ギルドのギルド長と懇意でぇ」
確かに、話は聞いてもらえるけど。むしろ、相談されたりもしたけど。
「野を馳せる者たちを、実質的に支配下に置き」
「そうね」
「置いてねえよ! なんでそうやって、既成事実作るの!?」
「はい! 手っ取り早いからですよね!」
「エクス!?」
まあ、里のみんなは頼んだら手は貸してくれるだろうけどさ……。
「そして、私たちエルフの大恩人じゃないですかぁ?」
「そうかな……」
そうかも?
「そうやって箇条書きにされると、否定しにくいですね……」
俺の外付け事実認識機構である本條さんも、半ば受け入れている。ということは、客観的な事実なのか?
「もしかして、広い範囲の困り事があったら俺に話を通すような形になりかけている……?」
「そうね。ミナギくんに頼まれたら、里の人間はいくらでも動くわ」
「こっちも、同じですよぅ」
おかしい。
否定したいのに、否定できない。
「要するに、オーナーを巻き込んで安全に処理したいということですね」
「俺の安全は確保されてないんですが、それは」
「私が保証するわよ」
「そこは、信頼してるけどさぁ」
なんかこう、簡単にうなずけない。
外泊許可証だと思ってサインをしたら、地獄の一丁目への片道切符。ここは中東……作戦地区名エリア88……。最前線中の最前線!
なんてことになりかねない。そんな気がしてならなかった。
「ですけど、エルフの皆さんはお困りなのですよね?」
そこに、小さく手を挙げて疑問を呈す優しい女神。いや、本條さんだったわ。
どうせ依頼を受けるんだから、ぐだぐだ言わずに進行しろ。
ゲームマスターとしては、卓に一人欲しい逸材だ。
「はい! 困ってますよぅ。野蛮なドワーフどもに、吠え面かかせてやりたいですぅ」
「具体的に、連中はなにをしているの?」
「占領しているのが、こう、うちの領域ぎりぎり外みたいな場所で……。でも、木を切り倒して宿営地を作り出してるんですよぅ」
悪く解釈すれば、非武装中立地帯に拠点を作っているようなもの。
非は明らかに、ドワーフ側にある。
かといって、話し合いもせず追い出そうとするのは火に油を注ぐだけだ。
「秋也さん……」
「ああ。いろいろ言いたいことはあるけど、頼られたからには応えるべきか」
「そうですよ。頑張りましょう」
「それに、これは渡りに船ではない?」
「……そうなんだけどさぁ」
「オーナー? ギルドから、なにを言われたんですか?」
冒険者ギルドで相談されたのは、スタンピードが原因となる話だった。
あれが、まだ尾を引いているらしい。
ぶっちゃけ、ヴェインクラルの野郎とのあれこれで上書きされたし。その後の、エレクトラやらマキナさんの騒動で上書きされてレテ河の彼方だったんだが。
スタンピードでモンスターが減って、仕事が少ないんだそうだ。
「そんなわけで、冒険者ギルドから相談を受けたんだよな。エルフから依頼を受けられたりしないかって」
「オーナー……。もう、開き直ったほうが良くないですか?」
エクスが、もうすでに立派な黒幕じゃないですかって言ってくる。
「なんだよその、『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのねっ』て感じの残酷な目は」
「かわいそうですけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なんですね」
な、なーちゃん……! こいつ、いま煽った……!
「ええ。というわけで、ミナギくんはこの一帯の支配者と言っても過言ではないわ」
過言です。
「盗賊ギルドも、オーナーには逆らえないですもんね」
そんなことないよ?
まあ、大口の取引先とあえて敵対はしないと思うが……。
「それで、オルトヘイムの鎌倉の御前と呼ばれるオーナーはどうするんです?」
「鎌倉の御前……っ」
はい、そこ。本條さん、ちょっとうれしそうにしない。
政界の黒幕とか、存在しないんだからね。実在してたとしたら、今の日本の状況と考え合わせるとめちゃくちゃ政治ヘタクソってことになるからね。
現実なんて、クソゲーだ。
「とりあえず、この街の冒険者をドワーフのところに派遣して話し合いの土台を作るのがいんじゃないか?」
「そうですね。エルフの方々が向かわれても、最初は理性的な話し合いは難しいでしょうし……」
冒険者の中に、ドワーフの関係者ぐらいいるだろうしな。
「なら、里から人を出して話し合いに応じるように影から圧力をかけるわね」
「ドワーフって頑固なイメージがあるんだけど。反発されない?」
「抵抗なんて考えないくらい人数を揃えればいいだけではないの」
そりゃ、敵に対して少なくとも6倍の兵力を揃え、補給と整備を完全に行い、司令官の意志を誤またずに伝達すれば必勝だろうけどさぁ。
「それはさすがに、そんなにお金払えないですよぅ」
「エルフから取るつもりはないわ」
「ほんとですか!」
ララノア、めっちゃうれしそうだ。
つまり、雇い主はエルフじゃなくてあくまでも俺って言ってるんだけど理解してるんだろうか?
まあ、エルフ装備で世話になってるからなぁ。
「月影の里の分は俺が用意するとして……冒険者のほうも、こっちで負担するか」
「それくらい余裕ですよ。お金を貯め込んでも仕方ないですからね」
「助かるですぅ」
「良かったですね」
なんとかなりそうで、本條さんもうれしそうだ。
それは良い。
本條さんの笑顔は、今はまだ無理だがいずれ万病に効くようになるからね。
ただ……。
支配者というより、ヤクザかなにかになってない? 野望の王国を作るつもりはないんだけど?
「オーナー? これやっぱり、影の支配者じゃないですか?」
「いやいやいや。俺も現場に行くし」
「え?」
「ええっ?」
なぜか、カイラさんとエクスが驚いている。
どういうこと? と、本條さんと目を見合わせた。再び、昭和の歌謡曲みたいなシチュエーションだ。Bメロかな?
「いきなりトップが現場に出ては、鼎の軽重が問われるというものよ」
「こちらにも、そういうことわざがあるんですね」
「感心してる場合じゃなくない?」
「それに、黒幕じゃなければ依頼人なんですから。仕事を任せた相手を信頼してないってことになりません?」
「そう言われると、確かに」
クライアントの職場見学とか、鬱陶しくて仕方なかったもんなぁ。その気持ちは、分かる。とても分かる。
「そうですよ、おにーさん。どーんと、配下にお任せが正解ですよぅ」
「そうなる……。そうなりますよねぇ……」
「味方がいなくなった……」
配下じゃないんですけど……。森久保なんですけどぉ……と否定したが、聞き入れられることはなく。
俺は、家で報告を待つことになった。
前職では、チームリーダーすらやってなかったのにね。
15行のプロットが11,000文字になったので、後編は明日公開します。