番外編その2 バレンタイン/エルフの秘薬/未来予知
ミナギくんのモデルの友人から、年賀状で更新まだーと言われたので初投稿です。
……別作品のコミカライズのあれこれでモチベーションだだ下がりで遅くなりました。
本当、申し訳ないです。
「バレンタインデーという催しですが、オルトヘイムでも一部で行われておりましたわ」
異世界オルトヘイムから一人。そして、自力で地球へと片道切符で転移したエルフの長老アイナリアル。
元は吸血鬼の真祖メフルザードの所有物だった探偵事務所を、借り受けている立場。しかし、どう見ても女主人の風格を有している。
「もっとも、邪神戦争の前になりますが。今となっては、あちらにカカオが現存しているかも分かりません」
ソファに深く腰掛け、コーヒーカップをソーサーに置いた。かちゃりと、小さな音がした。
幼い相貌にもかかわらず、否応なく男を魅了する。魔性の微笑み。
しかし、女としての愛情はただ一人の元勇者へと注がれている。優に数人分の愛はあるのだが、注ぐ先はただ一人。
この数百年変わることなく。
「それは、秋也さんよりも前の地球人が伝えたということでしょうか?」
「ええ。永遠の女王と契った王配。希代の刻印術師が広めたと言われていますわ」
黒髪の完璧な美少女、本條綾乃の確認にうなずきつつ。当時は客人と呼ばれていましたがと、アイナリアルが補足した。
「邪神戦役以前の黄金時代ね」
コーヒーにたっぷりの砂糖とミルクを入れていた野を馳せる者が、かき混ぜていたスプーンから手を離した。
満足そうに、耳がぴんっと立っている。
「ということは、カイラさんもバレンタインはご存じないんですね」
「正式なところは、理解していないわね」
「別に、そんなことどうでもいいですよ! 手作りするんでしょう、チョコを?」
彼女のオーナーがフェアリフォームと呼ぶ、実体を得た電子の妖精エクスがにんまりと笑った。楽しい未来予想図が見えているに違いない。
「ええ。ご協力いただきたいですわ」
「経験はないですが、そういうことでしたら協力させていただきます」
「私もやったことはないけど、一般的なことなのよね? それなら、問題ないわ」
「レシピ検索は任せてください」
綾乃、カイラ、エクスが口々に賛同する。
アイナリアルが呼び出したのは、この三人。異世界帰還者同盟の女性陣は召喚されていなかった。
「ところで、なぜ呼ばれたのが私たちだけなのでしょうか?」
「タクマへの情報漏洩の可能性を下げるためですわ」
「そういうことですか」
綾乃が、あっさりと納得した。黒髪のあり得ないレベルの美少女は、性格も善良。疑うという選択肢すら持ち合わせていなかった。
「なるほど、そういうことね」
「カイラさんも、バレンタインのことをちゃんと理解されていますよね。やはり、サプライズは大切――」
「――なにか仕込むのなら、関係者は少ないほうがいいものね」
「……はい?」
綾乃が思わず動きを止めるが、アイナリアルは黙して語らない。
ただ、瞳に真剣な光を灯す。
「過去にだまし討ちをしてるのに、まだやるとは。やりますね。電子の妖精も、ビックリです」
「エルフの永遠の女王は、こう仰いました。『振り返るのは止めて、前を見ましょう。希望は、そこにあるのです』、と」
「それは、エルフと他種族は寿命が違うので過去のしがらみを忘れようという意味なのでは……」
「なるほど。そのような解釈も成り立ちますね」
アイナリアルが、コーヒーカップを手にして中身をくっと飲み干し。
そして、艶やかに破顔した。
「もちろん、冗談です。タクマも、バレンタインは意識しても手作りとは思わないでしょうから、秘密にしたかったのです」
「ああ、そう。そうですよね」
ほっとして、綾乃が高校生離れした豊かな胸を撫で下ろす。
「そういうことなら、問題ないです。せっかくですから、一緒に作りましょう」
「ですね。エクスとしても、オーナーにチョコをあげたいですから」
「賛同いただけて、うれしいですわ」
にっこりと微笑む、エクスとアイナリアル。
彼女たちの関係者の男性が見ていたら、それだけで胃を手で押さえていただろう。
「ちなみに、これは完全な興味本位なんですけど。どうやって、落としたんです?」
「簡単です」
なにを言っているのかと、アイナリアルは薄く笑った。
「人間とは、自分のことが好きな人間を好きになる。そういうものです」
簡単な定理を証明かのように、エルフの元族長は笑う。
その声に、表情に。
経験者の凄味が、あった。
重量級の愛を注がれている元勇者が寒気を感じたのか、どうか。
それは、本人にしか分からない。
「ただ、不自由なことに早々簡単に素直になれるものではありませんわ」
「……それは、はい。そういうものだと思います」
だからこそ、そこを乗り越えた愛は尊いのだ。
「なので、素直になる薬を使いました。自分に」
「ああ、それで既成事実を作っちゃったわけですか」
「え? え?」
綾乃は混乱している。
フィクションでは遭遇したことがあっても、ノンフィクションに直面したら戸惑うことしかできない。
「このポーションですわ」
どこからともなく取り出したガラス瓶に、黒い液体が半分ほど残っていた。
オルトヘイムにいるリディアが見たら、片眼鏡の向こうの瞳を輝かせていたかもしれない。
「永遠の女王の親友であるダークエルフの薬師が開発したという、由緒正しいエルフの秘薬です」
「それは立派な来歴じゃないですか。鑑定団に出したら、高値がつきますよ!」
「よろしければ、今回のお礼としてお譲りしましょうか? もう、必要のないものですから」
「それはそうでしょうね」
カイラが、当然だとばかりにうなずいた。
黒喰たる彼女に、ポーションの合法性を問い質す思考はない。
「自白剤として使えるのではない? 悪用はしないから少し分けて欲しいわね」
「構いませんわ。手作りチョコに少量混ぜても、よろしいのではなくて?」
「そ、そんなこと駄目ですよ」
両手を突き出し、顔を真っ赤にして綾乃が反対した。そんなことは許されない。
「では、チョコを渡すときにご自分で飲まれては? 少量であれば、やや理性のたがが外れる程度で済みますわ」
「飲酒程度ってことね。それぐらいなら、問題ないわね」
「ありますよ!」
任せてはおけないと、綾乃がテーブルの上のポーションを手にする。
「あっ」
そのとき、電撃でも走ったかのように硬直した。
「綾乃ちゃん、もしかして……」
「予知が下りたのね?」
「ち、違います。違いませんが、それよりもチョコです。チョコを作らないとです。まずは、お買い物に行きましょう!」
真っ赤な顔で首を横に振ると、黒髪が波打った。そのまま、自身の《ホールディングバッグ》へポーションを仕舞い込む。
「そうね。不測の事態が起こらないとも限らないし、行動は迅速に済ませましょう」
誰もそれ以上追及せず、チョコレートの材料やラッピングに必要な材料を少し離れた街で購入した。そのとき、明らかにバレンタインには関係ない店にも立ち寄ったのだが些細なことだろう。
意外にもというべきか、作業は滞りなく終わり。
そうして、それぞれのバレンタイン当日を迎えた。
「振り返ってみれば、バレンタインにはいろいろな思い出がありますよね」
隣接するキッチンから移動してきたフェアリフォームなエクスが、翅をぱたぱたさせて浮遊しながら語り出した。
「あったっけ?」
お米を作って魔物を退治するゲームをプレイしていた手を、思わず止める。
肥だめバグを使ってしまうかどうか。悩んでいたところなので、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
これを直すと他の部分が動かなくなるバグとか、身につまされるんだよなぁ。
ほんと、なんで動いているのかチームの誰も理解してないプログラムが……おっと、誰か来たみたいだ。いや、エクスがいたわ。
「確かに今日はバレンタインだが……。エクス、なにを始めるつもりなんだ?」
「ディスプレイに嫁を映し出し、その前にチョコを置いてまるでチョコをもらうようなシチュエーションの写真を取ったりとか」
「俺はやってない。掲示板に貼られる写真見て笑ったりはしたけど」
昔懐かしいネット文化だな!
でも、今にして思うとまだ健全だったと思わなくもない。
だって、今じゃ幼女ママにおぎゃったりしてるんだもん。同じ二次元でも嫁のほうがマシじゃない?
「それから、時は過ぎ。もはや、バレンタインなんてソシャゲのイベントとしか思えなくなった現代」
「やめてくれ、エクス。その術は俺に効く」
というか、だいたいの年中行事はそうなるからね? 年がら年中ガチャの季節だよ!? ハーフアニバーサリーとか、本当に記念日かよく考えよう?
「今年のバレンタイン季節限定キャラは、誰になるのか。去年のキャラは引いたから、復刻ガチャは高みの見物だな。やったぜ」
「分かりみが深すぎる。超AI、人間理解しすぎでは?」
実際、ガチャ引く必要がないときの精神の安定感は異常だよね。
水の呼吸拾壱ノ型ぐらい、凪。
「このチョコを受け取るシーンのシナリオ、去年読んだんだよな……。またやるのうぜえ……。でも、もらえるアイテムは経験値的に美味いからやんなきゃ……なんてバレンタインともおさらばです!」
「あ、終わった?」
「茶番は終わりましたよ!」
「自分で茶番って言っちゃったよ」
分かってたけどさ。
たぶん、トラウマを抉ってからのメインイベントだってことも。
……トラウマを抉る必要、あった?
「というわけで、この前アイナリアルさんのところで一緒にチョコを作ってきました」
「ああ。前に、三人で出かけてたときか」
「はい。今日はバレンタインデーなので、順番にチョコを渡す感じでいきます」
立ち合いは強く当たってあとは流れでお願いしますぐらいのノリで、エクスが誰かを迎え入れる。キッチンのほうに、待機していたらしい。
「最初は、私からよ」
「カイラさん」
「まあ、私は前座ね」
ケモミミくノ一さんが、なんの衒いもなくすっと赤い紙で包装されたチョコレートを差し出してきた。
慌てて立ち上がり、若干手が震えつつ受け取る。
これが……伝説の……。
「ありがとう。もしかしてこれ……?」
「ええ、手作りしたわ。誰でも甘い物を自分で作れるなんて、やはり英雄界はすごいわね」
「びっくりしたけど、うれしいよ。いやぁ、これが手作りチョコかぁ」
実在していたなんて。
手作りチョコが存在するってことは、ツチノコとかチュパカブラもどこかにいるのでは? 村おこしできるよ。
「うん、なんだろう。上手く言えないけど、めちゃくちゃうれしいわ。初めてで、大変だったんじゃ?」
お礼を言いつつ労う俺を、カイラさんが赤い瞳で見つめる。
まるで蛇ににらまれた蛙のように動けなくなり――
「……え?」
――カイラさんが、カプリと俺の首筋に噛みついた。
なんで!?
なんで俺噛まれたの!? 痛くないけど。え? え?
「こうすれば、チョコレートというお菓子を食べるときに私の顔が思い浮かぶでしょう?」
「……はい」
カイラさんはとんでもない物を盗んでいきました。俺の心です。
借りてきた猫のような俺に満足したのか、怪盗ならぬケモミミくノ一さんは部屋から去って行った。
尻尾を、めっちゃふぁっさふぁっささせながら。
「はい。というわけで、なんとも強力な前座でしたね」
「前座というか、先発だったのでは?」
まだ中継ぎとクローザーが控えてるの? マジで?
「次はエクスですが、さくさくいきましょう」
「おお、エクスも作ったの?」
「もちろんですよ。ちゃんとラッピングもしましたよ」
と、目の前に突きつけられたのは蒼い包み紙のチョコレートだった。
「これは本命なんですから、誤解しないでくださいよね!」
「誤解の余地ないよ」
剣もないよ。
「味見はちゃんとしてますし、変な物も入ってないですよ」
「エクスのお墨付きか」
「ええ。ただ、オーナーが口にしない分は感知していません」
そうか……。頑張れよ、宅見くん。
なお、死して屍拾う者なし。死して屍拾う者なし。
「それじゃ、大トリの綾乃ちゃんに出番を譲りましょう」
「え? もうですか?」
「心配しないで。骨は拾ってあげるわ」
うちは、有情だなぁ。
「……し、失礼します」
NEKOMIMIだった。
制服に、NEKOMIMIだった。
「……は?」
おずおずと、ネコミミが入ってきた。
ネコミミじゃない。ネコミミだが、本條さんだった。
「その、バレンタインです……」
白い包み紙で綺麗にラッピングされたチョコを、俺は無意識に受け取った。気を失いつつ戦う格闘漫画の登場人物って、こんな感じに動いてるんだろう。
「ありが……とう……」
まさかそんな本條さんがネコミミ装備してるとかわけがわからないんだけど。なにが起こったの?
彗星かな? 違うよな。彗星はもっとこう……バァーッて動くもんな!……暑っ苦しいなぁ、ここ。うーん……出られないのかな?……おーい、出して下さいよ。ねえ!
――はっ。危なかった。刻が見えたわ。
「あの……アイナリアルさんと一緒にチョコレートを作ったのですが、そのときに予知でこのような光景が」
「なるほど……」
「それも、あの。アイナリアルさんから、本音のままに動くというエルフの薬を渡されて、少しだけですね……って。秋也さん一体なにを!?」
ぱっちーーんっという、良い音が室内に鳴り響いた。
危ない。
自分で自分に平手打ちをして、なんとか魂を現世に留めることに成功した。
これね、ファミリーの平手打ちだよ? しかし、平手打ちまでの判断が遅かった。
「もしかして、カイラさんも同じ薬を……?」
「あ、エクスは実体があってもそういうのかからないので。タブレットで一部始終を撮影しておきますね」
「するなよ。止めよう?」
「問題があったら消すので、問題は発生しません。いいですね?」
「あ、はい」
すまない、本條さん。腑甲斐ない俺を嫌いになっても、エクスのことは嫌わないであげて欲しい。
「ああ、うん。でも、なんでネコミミを……?」
「だって、見ているではないですか」
「見てるけど?」
すまない。本当にすまない。
「そうではなく……その……」
リンゴみたいに顔を真っ赤にして、本條さんがもじもじとする。
……次の瞬間。顔を上げた。
「カイラさんの耳と尻尾、いつも見ていますよね!? それがうらやましくて、その……」
「あ、はい……」
例の薬のせいで本音がダダ漏れたので、ご用意なさったと。
そういうことらしいです。
「ああ、もう。どうすれば、お嫁に行けません!?」
「その辺の責任は、こう、取らせていただく所存というか……ね?」
「はい」
はい。
「きょ、今日の食事はお酒に合う料理をたくさん用意しますから。たくさん飲んでくださいね!」
「え? 酔いつぶされてなにされるの!?」
アイナさんに、入れ知恵されたの!?
「しません! お酒を飲んだら記憶を失うんですよね?」
「ああ、そういう……」
気持ちは分かる。
分かるけど、普通に忘れないと思う……。
「よーし。明日も休みだし、リディアさんを見習ってたくさん飲んじゃうかなー」
「休みは、明日だけじゃないですけどね」
「うん。エクスのお陰で」
「電子の妖精として、鼻が高いです」
こうして、人生で最も騒がしいバレンタインの翌日は二日酔いで確定した。
まあ、三人からチョコをもらえた代償だと思えば羽根のように軽いけどね。
「ふんふん。なるほど、なるほど」
子供も大人も寝静まった夜。
バレンタインの宴は大盛況に終わり、起きているのは超AIエクスのみ。
今日撮影した動画ファイルだけで、向こう三十年は笑顔で過ごせる。
そんな満足感を胸に、タブレットに戻った電子の妖精は、《ホールディングバック》のアプリから気になる点を調べていた。
結果は、すぐに出る。
「あれれ~。おかしいですね。エルフの素直になるお薬が、まったく減ってないじゃないですか」
眼鏡に蝶ネクタイという探偵スタイルのエクスが、くふふとほくそ笑む。
「綾乃ちゃんかわいい。かわいすぎません?」
あの痴態は、薬に頼らず自分の意思でやったことになる。
「いやはや、オーナーは果報者ですね!」
この件は、エクスのメモリに留めておくことにした。
それはつまり、ほぼ永遠に残るということを意味していた。
昨日の朝から風邪気味だったりしましたが、今日だけで7,000文字も書けたよ。ほめて。
それで、次回は前に予告した別の異世界から帰ってきてしまった少年少女をその世界へと戻るのに協力する話。あるいは、異世界側の話になりそうな気がします。
というかですね、今ノベリズムという小説投稿サイトで「使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記」という作品を契約作品として毎日連載中でして。
別の異世界から帰ってきてしまった少年少女は、この作品の主人公になる予定です。
それでですね、「使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記」途中から有料になるんですが、カラーイラストがついてくるんです。
つまり、視点違いで同じ話を連載するとミナギくん……はどうでもいいけど、エクスやカイラさんや本條さんにイラストがつくはず!
という遠大な野望を抱いていますので、まだ先になると思いますが「使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記」もよろしくお願いします。
ノベリズムで検索して出てくるスマホアプリからだと、広告視聴とかすると1日で4話ぐらい無料で読めるぐらいポイントもらえるので今からでも追いつけると思います。