71.エピローグ
「あっ、シューヤくん戻ってきた!」
「うん……? ああ……心配かけたにゃ」
「にゃ?」
「忘れるんだ」
俺は素早く立ち上がると、出迎えてくれた夏芽ちゃんに鋭い視線を向けた。
人間の尊厳を失ってはならない。
というか、汚染部分はパージしてくれるんじゃなかったの? もしかして、正常な部分に根ざしちゃったの?
と、エクスのほうに目を向ければ、まだ眠ったまま。カイラさんと本條さんも同じだ。
俺が最初に目が覚めたのか……。
理由は分からないが、ちょうどいい。先に話を聞いておくのは年長者の仕事だろう。
「それよりも。話には聞いていたけれど、よく撃退してくれた。ありがとう。本当に助かった」
「ははは。最後には、スパコンが溶けてなくなってどうしようかと思いました」
「結構無茶したからね」
合体の上、巨大化までしたからな。
マジックアイテムの台に乗せられていた、手製スパコン。
それは完全に役目を果たし、アイスクリームのように溶けていた。とりあえず、《ホールディングバッグ》へ収納することになるだろう。
あばよ、お前は最高のマシンだったぜ。
「まあ、楽勝だったぜ」
「楽勝ではないですが、なんとかなりました」
「ちょっ、苦戦したなんて格好悪いじゃねーか」
「こういうのは、ちゃんと報告しないと」
余裕を見せる大知少年を、宅見くんがたしなめた。
宅見くん、出来ておる喃……。
「でもさー。鉄砲を相手にするのは初めてだったけど、わりとよゆーだったわよね」
「ああ。銃口を見てればかわせるってのは、ほんとだな」
飛天御剣流かな?
さすが、異世界帰還者同盟。俺よりよっぽど修羅場をくぐってるだけのことはある。
「相手も、そこまで粘らずに逃げていきましたから。壁は穴だらけになっちゃいましたけど……」
「探偵事務所っぽいわよね!」
「不謹慎ながら、分かる」
とにかく、みんな怪我がなさそうで良かった。服も破れたりしてないし、ポーションで治したとしてもかすり傷だったのかな?
「余裕というのは、結果論ですわね。実は、この部屋には入れていませんが、外に同盟のメンバーを潜ませていましたの」
「ああ、ここにいる以外の?」
「ええ。もう、帰らせていますけど」
「そこまでしてもらって……。ありがとう。あとでお礼を……」
「いいえ。仲間外れにしたら、逆に面倒なことになっていましたわ」
「そうなの……?」
まだ見ぬ異世界帰還者同盟の面々、まだ濃いキャラが控えていたのか。
ちょっと脅威を感じていると、カイラさんが身じろぎする気配がした。
「ミナギくん……ネコは……」
「いません」
「冗談よ」
続けて、本條さんとエクスも目を醒ます。
「良かった、皆さん無事ですね」
「エレクトラも、引き際をわきまえていたということですね」
これで、全員復帰。
ミッションコンプリート……とは、まだいかなかった。
「そうだ! スマホがずっと圏外なの!」
「まあ、女子高生的には最重要か」
「そうでしょうか?」
「個人差はあるかもね」
それはともかく、ここは俺に手が出せる領域じゃない。
「悪いけど、エクス……」
「はい。マキナさんとのパスはつながってますから、順次――」
復帰したばかりのフェアリーフォームなエクスが枝角のアンテナを光らせ、復旧作業に取りかかる。
――くぅ。
そのタイミングで、小さく可愛らしい音がした。
「はー。やっぱ美少女は違うな。お腹の音もかわいいじゃん」
「バカイチっ、自害しなさいっ」
恩人が恩人に折檻されていた。
まあ、これは大知少年が悪い。
「エクス、お腹が空きました……」
「……なにかあります?」
「レトルトしか、ありませんわよ?」
備蓄してあったカップラーメンを、みんなで食べた。
とりあえず、電気とかガスとか水道は無事で助かった。
本條さんと星見さんはあまりいい顔をしなかったが……妙に美味く、そして、楽しかった。
それからの話をしよう。
原因不明の通信障害。しかも世界的に起こったそれは、世間を大いに賑わせた。
それだけで済んだのは、医療機関とか発電所とか。本当にやばいところは、エクスやマキナさんがしっかりガードしたからなのだろう。
その親娘の復旧作業により、夜半過ぎにはほぼ復旧を果たした。
まあ、とある時代遅れな帝国主義国家は情報やら悪事が“偶然”流出して大変だったみたいだけど……。
これは、エレクトラの仕業かも知れない。
そんなこんなで一段落したところ、オルトヘイムに戻った。
まあ、バカンスのようなものだ。
地球にいると、どうしても気にしちゃうからね。
リディアさんやら風の精霊にかいつまんで説明してからは、しばらく気が抜けたように静養していた。
充分な休息。
美味しい食事。
そして、心配事のない睡眠。
これが揃えば無敵。
しかし、一大イベントが発生したのは、その睡眠の最中だった。
「ここは……まさか?」
気付いたら、白い部屋にいた。
見たことなんてないのに、やたらと見憶えがある空間。
「夢だよな……」
その中心に、女神のような女性がいた。
いや、彼女こそが中心なのだ。
女神のような女性は、厳密な意味で女神ではない。
当たり前の話だが、他に表現のしようがない人もいる。
それを今、俺は知った。
他ならぬ、目の前に現れた女神のような女性によって。
瑕疵がひとつも見当たらない。けなすところがひとつもない容貌。
ちょっと垂れ目がちな青い瞳は、柔和で優し気。芸術神が手ずから描いたかのような鼻梁は、すっと通っている。腰まで伸びる髪は緩やかにウェーブを描き、まるで天に輝く星のよう。
肩がむき出しになった群青色のドレスは、それ自体がきらきらとして神秘的。スカートの丈は長く、彼女の魅力をこの上なく引き立てている。
露出が多いはずだが、気品がある。それは、首に巻かれたスカーフの効果だろう。カイラさんのお陰で、首になにか巻いてる女性への好感度が高めになる傾向を自覚しつつあるのだがそれは今は関係ない。
花のように可憐で愛らしい唇から紡がれる声は、春のように明るく朗らか。
「やー。どうもミナギシューヤさん、神サマは神サマです」
なのに、内容はひたすら軽かった。いきなり残念な神様だ。
……神様?
「は、はあ……。どうも、神様ですか……」
なんの神様だろうか? 打撃だろうか? サッカーだろうか? 服に青い紐はないよな?
「神サマは、太陽と天空の女神をやってるエイルフィードだよ」
「エイル……フィード……。あっ、ルーンの神様」
エイルフィード神は心も優しいとか、適当なフレーズで褒め称えてダンジョンを抜けることになった人……いや、神様だ。
「マジか……」
「ご招待したんだよ。エクスちゃんにしか会わなかったから、オーナーくんの顔も見たかったからね」
「マジか……」
オーナーくんって呼ばれると、ソシャゲの主人公になったみたいだな。
たぶん、姉キャラからの呼称。あの業界、見知らぬ血のつながらない姉とか普通にいるし。
「それで、オーナーくん的に神サマの世界はどうかな?」
「え? そういう話なんだ……。まあ、あんま見て回ったわけじゃないけど……」
交流したのも、わりと限られる。
月影の里の野を馳せる者たちに、冒険者ギルドと盗賊ギルドと、あとエルフか。それから、市場の人たち? 風の精霊もか。
その程度で、なにを言うのかってのはあるけど。
「楽しかった……かな」
エイルフィードさんは、にへらと笑った。
「じゃあ、もうひとつ質問。オーナーくんはこれからどうするのかなって?」
「これから?」
別に、予定はないよな?
やらなくちゃいけないことも……。
「世界征服とかしちゃう?」
「しないけど」
「えっ!?」
「驚くこと?」
世界征服とか、昭和の悪役じゃないんだから。
「でも、やろうと思えば英雄界を支配できるよねぇ?」
「否定はできない……けど。それは、俺じゃなくてエクスの力なので」
「えー? 一緒じゃない?」
「まあ、地球を支配した力が向けられたらという懸念は分かる」
完全に杞憂なんだよなぁ。
「それに、カヤノちゃんの接ぎ木も預けたし」
「カヤノちゃん?」
「ああ、世界樹の愛称みたいな?」
「愛称……」
あのアホ毛幼女のこと?
ログボの木という認識だけど、そう言われてみると世界的には大事な存在なんだよなぁ。
「ついでに、魔力航行船もだよね?」
「ああ、なるほど……。やろうと思えば、もう一回飛ばせないこともないのか……?」
あれはリディアさんのだし、そんなことは微塵も考えていない。
でも、信じられない気持ちも分かる。というか、いつの間にか厄ネタが集まりすぎだ。
どう言えば伝わるのか……。
白い空間で、俺は長考に入りかける……が、結局、正直に言うしかないという結論に達した。
「俺はもう社畜じゃない。まともな冒険者にもなりそこねた。かといって、異世界貿易に邁進するわけでもない」
中途半端な自覚はある。
そこが、エイルフィードさんの不安を助長しているんだろう。
だけど、それが俺なんだ。
「適当に生きて、適当に死ぬ。つまらない男だから」
「ふ~ん……」
エイルフィードさんは、訝しげに俺の天辺からつま先を見る。
が、すぐに笑顔に変わった。
「じゃあ、そういうことにしとこっか」
「実際にそうなんだけど」
大それたことはおろか、深いことはなにも考えてない。
どうにか理解してもらえた……ということでいいんだろうか?
「神サマも、そんなに心配はしてなかったけどねー。直接オーナーくんに会ったことなかったから念のため確かめたくて。ゴメンねっ」
「というか、最初に出会うもんじゃねえのか……」
「にゃはは。まあ、あの頃は神サマ的にもいろいろあったから」
緊急事態だったんだろうなぁというのは、エクスから聞いていた話で分かる。
それに、今までの会話を振り返ると……。転移直後の説明も、エクスからのほうが分かりやすかったよな。
「起こしちゃってゴメンね。それじゃ、夢の続きどうぞ」
「別に夢とか見てなかったんだけど」
「にゅははー」
エイルフィードさんは笑ってごまかし、大げさなぐらいにでっかく手を振った。
そして、来た時と同じように意識がいきなり途切れ……。
気付いたら、エクスの顔がすぐ近くにあった。
「おはようございます、オーナー」
「ん……ああ……」
混濁する意識の中、エイルフィードさんとフェアリーフォームなエクスの顔が重なる。
そうか……夢で……。
「女神……」
「オーナー、そういうことはカイラさんか綾乃ちゃんに言ってください」
ガチ目のトーンで返され、俺は一瞬で覚醒した。
「そうじゃなくてだな……。いや、否定するのも今後の人間関係に差し障りありそうでなんなんだが」
「これはもう、VTuberデビューのためのキャラ設定を詰めるしかないですね」
どういう流れ? ちゃんと、伏線とか意識して?
「エクスは、充分キャラ立ってると思うんだけど」
「なにを言っているんですか? デビューするのはオーナーですよ?」
「それこそ、なにを言ってるの?」
なんで? 俺がVTuberに? 八つ当たり?
しかし、エクスは答えない。
それどころか、とんでもない構想を口にする。
「エクス思ったんですけど、こちらの世界でも魔力を利用したインターネットってできるんじゃないでしょうか?」
「それでやるのは、VTuberなの?」
せめて、異世界人だけど質問ある? からにしない?
「まあそれは冗談ですが、要は寝ている暇なんてないということです」
「そこには同意しよう」
すっかりと覚醒してしまった俺は、布団をはね除けて起き上がる。
確かに、これは世界征服なんかしてる暇はないよな。
ちょっとだけ笑いながら、俺はベッドから一歩踏み出した。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。これにて完結です!
いろいろ言いたいことはあったはずなのですが、感謝の言葉しかありません。
本当に、ありがとうございました。
今はあんまり考えられないのですが、こんな番外編を読みたいというリクエストがありましたら、
感想欄とかTwitter(https://twitter.com/fujisaki_Lv99)へお気軽にどうぞ。
最後にもうひとつ。
本格連載はまだ先ですが、同時に新作を投稿しました。
「俺ごとやれ!と邪神と相討ちになって50年。思ったよりも早く転生したら、底辺クラスに配属された」
https://ncode.syosetu.com/n0696gi/
半年前にプロットはできていたのに、書く暇がなかったロボットもの。
星見さんの仲間だった勇者が主人公です(裏設定で、本條さんの父方の従兄でもあったり)。
たぶん本格連載は夏休み頃になると思いますが、読んだりブクマ入れてくれると嬉しいです。
それでは、今後ともよろしくお願いします!