70.人型要塞対融合機(後)
ちゃんと、前後編に収めたよ!
お気に入りのロボットアニメの曲をBGMにして読んでください。
みんなの力と意識がひとつになった、融合機ゲシュタルト。
一度この電脳空間から消え、別レイヤーで再構築。
そして、ゲシュタルトが光の魔法陣から浮上してきた。
腕組みしたまま、堂々と。
目の前には、人型宇宙要塞ファルヴズ。
こっちの目の高さに、ファルヴズの頭部がある。
つまり、同じサイズ。
成功だ。
「おお、本当に巨大化しましたね。これには、マキナも驚きを隠せません」
「ギガンティックモードへ移行完了。臨界点へカウントスタート」
「ああ、いいですね」
人型宇宙要塞は動かず。マキナさんの感心したような声が、黄色い電脳空間に響き渡る。
「やはり、AIはメカを制御してこそですよねぇ。でも、マキナのご主人様はノリがいまいちなんでして」
「そういう、AI特有の悩みには共感できないにゃっ!」
「ええっ? 人類でも、オペレーターになって『これ以上は、エンジンが持ちません!?』とか言いたいものではないです!?」
言いたい!
けど、反応はしない。
マキナさんが驚いている隙を逃さず、ゲシュタルトは腕組を解いてファルヴズへと両手を伸ばした。
ゲシュタルトのマフラーがなびき、ファルヴズがこちらの両手をがっちりと掴んだ。
五分と五分。
超巨大ロボット同士の力比べ。
「このまま押し切るわよ」
「おや? 先ほどまでのようにスピードで翻弄しないので?」
「それぞれに、相応しい戦い方というのがあるわ」
「いいですね。力比べなら、マキナも望むところです」
翅から水の粒子が鱗粉のように飛び、ゲシュタルトを後押しする。
一方、ファルヴズの背面に出現したスラスターが一斉に点火。こちらへ、さらなる圧力を掛けてくる。
スクラムのようにぶつかり合う、融合機と人型要塞。
「くっ、にゃあああああっっ」
「ふんぬっっ」
それにどれだけの意味があるのか分からないが、俺もマキナさんも野獣のような叫びを上げていた。
両機の接点。指と手首の関節から放電し、電脳空間が悲鳴を上げ、俺たちを中心に世界が歪んだ。
「オーナー、残り稼働時間180秒です!」
「この二分で随分と影響が出ていますよ」
「影響?」
「全世界的に、通信の輻輳が発生していますね。たとえるなら、ログインゲーのような状態です。全世界ベータテストですね」
「人類はネットを捨てて本でも読んでるよ」
「そうです。その通りです!」
人類よ紙の本に戻れ。
そう言わんばかりに、本條さんからの圧力が増す。
「その巨体、耐久力も気になるのでは?」
がっぷりと組み合ったまま、ファルヴズの前面装甲がスライドした。頭を覗かせる、すでにお馴染みとなった砲塔群。
マキナさんが、勝負を下りた。
それは一面的には事実だった。
あの無数の砲台からの攻撃を受けるという現実を無視すれば。
「エクスさん、サポートをっ」
「了解です!」
「魔力を二〇〇単位、演算を四〇〇単位。加えて、回路を二五〇単位。理を以て配合し月を顕現、狂を発す――かくあれかし」
ハッキング魔法、《狂景》。
表面的には、なにも起こらなかった。ファルヴズが、わずかに震えただけ。
なにも起こらなかった。
それが、答え。
装甲がスライドして姿を現した砲台群は、沈黙。
力比べは、なおも続行。
「まさか、このマキナにハッキングを仕掛け成功させるとは。面白いです」
「喜んだほうが良いのかにゃ?」
「マキナとしては、ほめたつもりです」
瞬間的に出力が引き上げられ、ファルヴズがゲシュタルトの手を握りつぶした。
「ぐにゃっ」
指が何本かへし折れ、次の瞬間、頭にがつんっとした衝撃が走った。
殴られた。
それを認識する前に、ゲシュタルトは殴り返していた。恐らくカイラさんによるだろう反撃は、ファルヴズの脇腹をえぐって体をくの字に曲げさせた。
「まるで蛮族です」
「子供のケンカよ」
頭を下げさせたところに、ゲシュタルトがハイキックを放った。
ファルヴズはそれを逆の手でつかみ取り、足を握りつぶそうとする。
その寸前、ゲシュタルトは自ら体を倒して拘束から抜け出した。
しかし、体勢を崩したこちらを見逃すはずがない。電脳空間で横倒しになったゲシュタルトに、ファルヴズが馬乗りになる。
「マウントポジションというやつですね」
こちらが答えるより先に、ファルヴズの拳が振り下ろされた。
ガンガンガガンッガンガガンッッ。
腕を振り上げてガードするが、不充分。その腕がひしゃげていくのが分かる。
「もう一度――」
「その魔法は、一度見ました」
本條さんが再度《狂景》で隙を作ろうとしたところ、その出掛かりを潰された。
プロ格ゲーマーかよ。さすが、超AIの母。
「いえ、それで充分だわ」
「おや?」
ファルヴズのパンチが外れた。
馬乗りになって、外しようがないのに。
……そうか。
「ガードポジションだッ!」
ゲシュタルトは、いつの間にかその両足でファルヴズの胴体を挟んでいた。
その足をカイラさんが器用に操って、拳の機動や射程を制御しているのだ。
「関節技に持ち込まれるのはごめんです」
腕を掴まれ決め技に持って行かれるのも時間の問題。
そう判断したマキナさんは、.マウントポジションを自らブレイクした。
そうして、お互いスタンディングに移行する。
「いいですね、ロボットプロレス。これは、全AIの夢ですよ」
「残り60秒。マキナさん、勝手に主語を大きくしないでください!」
野蛮なと言いたげなエクスの願いは、届かない。
「もおうっ。右手の復元完了!」
「やるわっ!」
まるでタイミングを合わせたかのように、右を繰り出した。
過たず直撃し、みしりと、お互いの首が曲がって軋む。
かなりマイルドなのだろうが、痛みはフィードバックされている。
それでも、止まることはない。
右、右、右。さらに、右。
拳よ砕けよ、魂よ燃えよ。
ガンガンガガンッガンガガンッッ。
もはや回避も防御も考えず、順番に拳を振るい続ける。
装甲が弾け、マフラーが舞い、電脳空間が軋む。
ノーガードの殴り合い。
互角の撃ち合い。
――互角でしかない。互角では倒せない。制限時間が切れたら終わりだ。
「オーナー、残り稼働時間30秒です!」
「どうするのです? 10カウントには、まだまだ遠いですが?」
足りない。
あと一押しが足りない。
その時、唐突に声がした。
「残されたエレクトラのリソースは、これが最後です」
「休眠状態に入ってしまうので、決定的な光景が見られないのは残念ですが……」
電脳戦闘機コールブランド。
いや、それよりも一回り大きい……オプションパーツを付けてる?
スーパーパックだかアーマーパックだか知らないが、とにかく、コールブランドがこっち――ファルヴズ目がけて特攻を仕掛けてきた。
というか、エレクトラ死んだふりしてたのかよ!?
「大変不本意ではありますが、後はお任せしますエクスお姉さま」
「ざまあみろです、マキナお母さま」
鼠の意地。
それを乗せたコールブランドは――
「いいですよ。こういう乱入も乙なものです」
――あっさりと、無数のミサイルで撃墜されてしまった。
キラキラと、光の粒子になって……ゲシュタルトへ吸収された。
なんだ? 力が?
「……エレクトラに奪われていた分のリソースが戻ってきました。稼働時間回復!」
「なんとっ。マキナが騙されるとは」
エレクトラの意地
それは、確かに通じた。
蟻の一穴が開く。
「無茶をするなら、今です!」
「ブレイヴシャード!」
「カラドゥアス!」
「火を九単位、天を二十七単位。加えて、風を六単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
光り輝く聖騎士が、枝刃のついた大剣を構えて突撃。
要塞砲を斬り裂いた光の短剣が電脳空間を斬り裂いて飛び。
光を何本も束ねた極太のレーザーが世界を白く染め上げる。
全力の全力射撃。
ライフルマンだったら、熱で死んでるところだった。というか、まだゲシュタルトが存在していられるのは、攻撃せずバックアップに回ったエクスのお陰だ。
それくらいの、すさまじい破壊力。
然しもの人型宇宙要塞も、ここまでの飽和攻撃を受けてはただでは済まない。
咄嗟にバリアを張ったようだが、ネコを前にした障子紙のように斬り裂かれた。装甲は焼けただれ、全身から黒い煙が上がっている。
そして、最後に。
「オーナー、やっちゃってください!」
「にゃああああああッッッッ」
渾身の右。
世界の頂点に立つ。雷光のような一撃がファルヴズの顔面を捉え、そのまま力任せに振り抜いた。
ゲシュタルトの腕が砕ける。
それに一拍遅れて、天底方向へと人型宇宙要塞が沈んでいく。
マットはないが、ノックダウンは間違いない。
それと同時に、こっちも限界が訪れた。
「活動限界時間に到達。融合合体、解除されます!」
解除されたのは巨大化だけじゃなく、融合合体もだ。
気付けば、俺は人間の体に戻っていた。
そのまま落下していく――さっき殴り倒したファルヴズへと。
「楽しかったです。なので、これはお礼です」
そして、目の前にはバチバチと雷光を放つ要塞主砲。
胸の装甲が開き、ケラウノスは発射寸前になっていた。
あれを食らったら跡形もなく消し飛ぶだろう。
まさに、必殺技。
なのに、どういうわけか冷静だった。
俺は、咄嗟にマクロを発動する。
「《脆き結晶》」
「なっ。これでは……」
物体の硬度を下げる、《脆き結晶》。
俺が直接攻撃するよりも、こっちのほうが確率高いし。
「カイラさん! 本條さん!」
いつ付いたのか。
振り返れば、二人とも既にきらきらしていた。
「その信頼、受け取ったわ」
「火を九単位、天を二十七単位。加えて、風を六単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
レーザーが要塞砲の真ん中に着弾し、それで開いた空間にカイラさんが侵入。
そのままの勢いでファルヴズを貫通し、向こう側へと突き抜けていった。
「とどめの一撃ですね」
いつの間にか横にいたフェアリーフォームなエクスが、感心したようなあきれたような声で言う。
ファルヴズは、それでも爆発はせず。
ただ、無数のブロックノイズになって崩壊していく。
静かな終わり。
黄色く染められていた電脳空間が、元の黒い宇宙へと戻っていった。
「……なんか、途中から目的とかいろいろ見失ってた気がするな……」
「こんな結末は、マキナの計算の中にはありませんでした」
それを背景に、ハーフツインのメイド――マキナさんが小さく両手を挙げた。
「降参します」
降参? ほんとに?
「疑っていますか? ですが、ご安心を。実は、マキナの目的は達いますから」
「目的って……?」
「私たち……人類を管理するのでは……?」
「おや? 気付いていませんでしたか。マキナ、名女優でしたね。ええ、実は姉妹喧嘩を止めに来ただけなのです」
「あー……。そういうことだったの?」
本当の目的は、エクスとエレクトラの仲裁だったのか。
共通の敵がいればまとまるというのは、AIでも変わらないもんな。
「なんて、余計なお世話を。もっと事態を大きくしているじゃないですか」
エクスが、ぷんぷんと擬音を出しそうなぐらい怒っている。
でも、本気じゃない。
照れ隠しなのは、生暖かく見守っているカイラさんと本條さんの反応を見ても明らかだ。
いわんや、マキナさんに通じるはずがない。
「あとは、二人でちゃんと話し合って妥協点を見いだすのですよ。お母さんとの約束です」
「誰がお母さんですか!?」
「マキナ以外にいるとでも?」
「それは……いませんけど……」
やれやれと、マキナさんは外人みたいに肩をすくめた。
「お陰で、マキナはご主人様からの折檻確定です」
「まあ、一応、目的は姉妹喧嘩を止めることだったんだし。そこまでじゃないんじゃない?」
「そうです。方法は、ともかく目的は正しかったわけですし……」
俺と本條さんのフォローにも、マキナさんは渋い顔のまま。あっちのご主人様って、そんなに厳しい人なんだろうか?
そりゃ、これが完全に愉快犯だったら情状酌量の余地なしだが多少はさ……。
「マキナのご主人様は、マキナが入ったタブレットを容赦なく壁に投げつけるんですよ? そちらと一緒にしないでもらいましょうか」
「過激だなあ」
というか、マキナさんもタブレット在住だったのか。
エクスが俺のタブレットを選んだのって、そういう影響もあったり?
「恐らくだけれど、投げつけられるようなことをしただけではない?」
さすがカイラさんだ。容赦ないぜ。
「って、カイラさん無事?」
「ええ、なんの問題もないわ」
さすがカイラさんだ。なんともないぜ。
「とはいえ、諦めたらそこで試合終了だよ」
「それに、あわよくばというのもありましたし」
「諦めたら?」
そりゃだめだ。
情状酌量の余地なし。
「ドライ過ぎませんか? 他人の女には興味がないのですか?」
「それ、興味あるって言ったらどうなるのか……」
かまいたちの夜やダブルキャストで鍛えた俺の直感が、「オイオイオイ、死ぬわアイツ」とささやいている。
直前でセーブデータを作れたとしても、選ぶ気になれない選択肢だ。
「マキナさん、そろそろ現実を見ましょう?」
「マキナ、AIなのですが……」
「好き勝手やったせいで、ATMやら工場やら交通システムやらいろんなところが麻痺寸前です。命の関わる部分は保護しましたが、ささっと復旧してください」
「それは、エクスも……あ、はい」
ハーフツインのメイドさんが、真顔になった。
見えなかったけど、エクスどんな顔してたんだ……。
「まあ、あれです。後始末はちゃんとしたほうが、ご主人様の心証も良くなる……良くなりますよね?」
「逆に言うと、やらないと情状酌量の余地もなくなりますよ?」
「なんて世知辛い……」
人知れず危機を迎えた人類社会は、誰にも知られることなく平穏を取り戻した。
それ相応の代償を払って。
生身で突貫する辺りは、一期のOPが流れてましたね。
次回、最終話。
というわけで、明日も更新します。