69.人型要塞対融合機(前)
最終決戦の前編です。
「《渦動の障壁》です」
「《時順の障壁》だにゃ!」
エクスが、水の壁を人型宇宙要塞――ファルヴズの拳を遮るように設置。
それと同時に、俺はゲシュタルトの周囲にお馴染みのバリアを張った。
しかし、それを前に躊躇するような相手ではない。
振り下ろされた拳は止まらない。
巨大。
他に表現しようがない拳がエクスの障壁をガラスのように破壊し、俺のバリアもあっさりと粉砕した。
黄色い電脳空間に、きらきらと障壁の残骸が舞い散る。
「今のでまた、ネットワーク障害が広がってしまいましたね」
まったく気にしていない様子で、マキナさんが言う。
一方、俺の胸は罪悪感で一杯。イマジナリー胃がしくしく痛む。聞きたくない電話の呼び出し音の幻聴すらしてきた。
しかし、懺悔している暇はない。
直接的なダメージこそないが、その余波でゲシュタルトはゴールキーパーみたいに吹っ飛ばされていた。
「それはそれとして、風情がありますね」
ほとんど間を置かずに破壊された二重の防壁。
パリンと割れたバリアを、まるで風鈴のように評するマキナさん。
でも、想定内。
「カイラさん!」
「姿勢制御完了。いつでも行けます!」
「ええ。でも、逃げるのは性に合わないわ」
もちろん、《時順の障壁》の加速効果は融合機の形態でも有効。
翅から水の粒子を発しながら、カイラさんが制御するゲシュタルトがファルヴズへと突出した。
だが、サイズ比は1対100か。それ以上?
超巨大半魚人を相手にしたときよりも差がある。
まさに、絶望的な壁。
もちろん、カイラさんは怯まない。
小刻みにステップを踏んでジグザグに移動する立体機動で、ゲシュタルトが人型宇宙要塞に迫る。マフラーが風にたなびくところが、なんとも格好良い。
「ちょこざいなっ、と言うところでしょうか?」
マキナさんがミサイルを発射するが、こっちも慣れたもの。
本條さんがレーザー魔法で迎撃し、撃ち漏らしを俺とエクスのマクロで処理。
カイラさんは移動に集中し、ゲシュタルトはまたミサイルの群れを越えた。
あっちの瞬間移動ほどじゃないが、肉眼で捉えるのも困難な超スピード。
「大男総身に知恵が回りかね……ということにならないといいわね?」
また瞬間移動されたら今までの努力が水の泡。
だからというわけではないがカイラさんが挑発し、マキナさんはあっさりと乗っかった。
「小回りが利かないと思われているのでしょうか? 心外です」
変わらない口調でマキナさんが言うと、ファルヴズの正面装甲が一斉にスライドした。
そこからせり出してきた無数の砲塔。
「これなら、どんなに取りつかれても撃墜できます」
「それを小回りとは言わないにゃ!?」
グエン・バン・ヒューじゃねーか。
エネルギーが充填され、迎撃用のビームが放たれる――
「魔力を三〇〇単位、演算を二〇〇単位。加えて、回路を一五〇単位。理によって配合し、電脳の理を紡ぐ――かくあれかし」
――その寸前、ゲシュタルトの背後に巨大な魔法陣が生まれた。
そこから炎狐が泡のように出現し、すぐさま尻尾から炎の弾丸を放つ。
ぶつかり合う、ビームとファイアボール。
黄色い電脳空間に爆発の花が咲き、音が物理的な圧力となってゲシュタルトを揺らす。
サイバーなのかSFなのかファンタジーなのか。分からないけど、とにかく窮地は脱した。
「間断なく、攻撃してください」
生みの親である本條さんのお願いに従い、もっふもふな炎狐たちが炎の雨を降らせていく。
空襲とか、そういうレベルじゃない。火の七日間って、こんな感じだったのだろうか。そう思わせるような大爆撃。
「この数は、さすがに異常では?」
「勝手に人の施設を乗っ取って変形させたマキナさんに言われる筋合いはありません!」
「我が子ながら、正論ですねぇ」
ファルヴズの装甲を爆発の嵐が襲う。
しかし、当然というかかすり傷にしかならない。エレクトラの攻撃よりはマシくらいだろう。
それでも、牽制にはなる。
「一気に突っ込むわ」
ゲシュタルトが翅から水の粒子を噴出して加速する。徐々に姿がブレ始め、本体が残像を置き去りにした。
水の粒子とマフラーが、その幻惑効果をさらに上昇させる。
そして、俺たちも見ているだけじゃない。
「《凍える投斧》です」
「《純白の氷槍》だにゃ」
「火を三〇単位、天を九〇単位。加えて、風を二〇単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
背中の翅から氷の斧と槍が。
オプションのように自動追尾する魔道書からレーザーが。
決め手にはならないが、有効な援護射撃となりファルヴズを襲う。
ここまでしてようやく、両手に握った光の刃が装甲に届き――かけた、その瞬間。
「これは厄介ですね。逃げるとしましょう」
「にゃ!?」
人型宇宙要塞ファルヴズが、消えた。
瞬間移動。
そりゃそうだけど、そりゃないだろ……。
「天頂方向に再出現しています!」
「損害状況確認。軽微。主砲発射に問題なし。全回路正常。エネルギー急速充填。完了。発射シークエンスへ移行」
頭上を仰ぎ見ると、ファルヴズの胸の装甲が左右に開き、巨大なレンズが姿を現していた。
その表面を、何重もの円を描くようにエネルギーが充填されていく。
それはあっさりと臨界に達し――
「ケラウノス発射します」
――視界を。いや、電脳空間を埋め尽くし、塗りつぶす絶対で必殺の一撃。
直撃!?
「そんなお願いはしていません!?」
本條さんの悲鳴が、魂のすぐ近くで聞こえた。
それを上げさせたのは、炎狐たち。
ファルヴズとゲシュタルトの間に壁を作り、行く手を阻む。
だが、足りない。
「オーナー、今は身を守ることをっ」
「にゃっ、《水鏡の障壁》だにゃ!」
「《水鏡の障壁》発動します。」
まだ、足りない。
二重の防壁は、あっさりと光に侵蝕され食い破られる。
それでも、《水鏡の眼》をなんとか形成し――
「――本條さん!」
「火を九〇単位、天を二七〇単位。加えて、風を六〇単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
過去にない。エレクトラが撃ったときのケラウノスを相殺したときを凌駕する、大火力。
もうとにかく、個人で出せるような出力じゃない。
マクロで増幅されたレーザーは、大陸ひとつ吹き飛ばせそうな威力。
……だったのに、完全に打ち消すことはできなかった。
いくつもの障害を越え、ケラウノスはなおもゲシュタルトへと迫っている。太陽の光から逃れる術などないかのように。
「無茶苦茶だにゃ!?」
「いえ、ここまでやってくれれば充分よ」
逃げ場などないけど、カイラさんは逃げなかった。
なおも視界と電脳世界を埋め尽くすケラウノスの光。
ゲシュタルトは、正面からそれに対峙し――光の双刀で十字に斬り裂いた。
「……にゃ?」
もう一度言おう。
カイラさんは。
光の双刀で。
要塞砲、ケラウノスの残滓を斬り裂いた。
「融合した意義があったわね」
……マジか。
光の双刀は折れ、ゲシュタルト自身もぷすぷすと煙を上げている。
それでも、ゲシュタルトが健在なのは紛れもない事実だった。
マジだった……。
「いや、困りました……」
マキナさんの、変わらない声。
さすがに、これを打ち消されるとは思わなかった……というわけじゃなかった。
「どうしましょう。要塞といえばワープかなと思ってつけたんですが、これ適当に引き撃ちしてれば勝ててしまいますねぇ」
「クソゲーだにゃ!」
「同感ですが、できるのをやらないのも違いますから」
もうちょっと融通きかせて。
そこはもっと、ラスボスらしい舐めプでいいんだよ!
「ここは、正攻法以外の正攻法が必要ね」
「え? ここで謎かけにゃ?」
「つまり、相手をこちらの土俵に引っ張り込む必要があると……」
カイラさんの意図を一瞬で理解した本條さん。
そして、その方法に至ったのはエクスだった。
「巨大化しましょう」
「巨大化!?」
そのフレーズに反射的に驚いてしまうが……ありだ。
「にゃるほど。それは、乗って来そうだにゃ」
これは確かに、正攻法以外の正攻法だ。
さっき、カイラさんがやった挑発と同じことだ。
「というか、確実に乗ってくるにゃ」
マキナさんが沈黙を保っているのが、その証拠。
「ですが、そんなに簡単に可能なのですか? 今までのやり取りで、かなり消耗しているはずでは?」
「巨大化はできるんです。エクスの体が、なにを元にしているかお忘れですか?」
「ヴェインクラル……」
ここで!? この最後の最後で、ヴェインクラルなのかよ!?
「正確には、ヴェインクラルの義腕の元になった超巨大半魚人ね」
「はい。ただし、稼働時間の問題が……」
「どれくらい、いけそうにゃ?」
「長くて5分ですね」
「構わないにゃ」
「……決断が早くてびっくりしました」
「まあにゃ」
ほんと、ヴェインクラルがあの世で大笑いしているかと思うと腹が立つ。だが、それはそれこれはこれ。
5年パンチや10年パンチで刻んじゃいけない。最初から、30年パンチを打つべき。それを、俺は仮面ボクサーで学んだんだ。
「出し惜しみは、にゃしだにゃ」
「受諾!」
がこんっと、軽い衝撃。
ゲシュタルトの装甲がスライドし、そこからスパコンで見たのと同じ。
緑色の光が放たれ、黄色い宇宙空間を染めていく。
「ゲシュタルト、ギガンティックモードへ移行します!」
そして、ゲシュタルトは光に包まれた。




