68.融合合体ゲシュタルト
これは間違いなく、タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~です。
「これは、近付くのも厳しそうね」
「はい。正攻法では、倒すのは困難かと……」
「あのにゃー……カイラさん?」
「えっと、にゃ……。本條さん?」
やる気満々の二人に、白と黒の俺は呼びかけた。でも、完全に及び腰。
理由は、そのやる気満々なところにあった。
なんでそんな乗り気なの……?
「俺は、気にくわないからやるけどにゃ……」
「二人は別に、付き合わなくてもいいのでは……にゃんて」
恐る恐る。暖め終えた冷凍パスタを電子レンジから取り出すときのような心境で言うが……返ってきたのは完璧な笑顔だった。
「なにを言っているの?」
「そうです」
「あ、はい」
二人とも、プロのように多くは語らない。
その迫力に押され、語尾の霊圧が消えた。
「これだけは使いたくなかったのですが……」
「今度は、エクスがにゃんかフラグを!?」
というか、あの超電脳城塞ファルヴズに対抗する手段があると?
「さすがエクスさんね。どうするの?」
「合体です」
「にゃ? 合体だとぅ!?」
なぜこの流れで合体!?
「実は、こっちに刻印騎を持ち込む算段を付けていたのですが……」
「そうだったのですか。でしたら、どうして最初から出さなかったのでしょうか?」
「リソースをバカ食いするのと、外のスパコンに負荷がかかりまくるからですねー」
「切にゃい話にゃ」
世界最大の戦艦作ったのはいいけど、燃料がもったいなくて動かせませんみたいな悲哀を感じる。
「長期戦を覚悟してたんですが、もうそんな心配ありませんし。あんな規格外が相手ですから、出さざるを得ません」
「でも、それ合体関係なくないかにゃ?」
それに、いくら激エモファンタジーロボの刻印騎でもあの人型宇宙要塞にはちょっとな……。
「関係大ありですよ。少なくとも、夫がオオアリクイに殺されて一年経った未亡人より大ありですよ」
「スパムメールが関係あったらびっくりだにゃ!?」
関係ない話するから、本條さんが「オオアリクイ……? 殺され……?」って頭上にハテナを浮かべてるじゃん。
あとで、詳しく教えてあげよう。
「要するに、刻印騎をコアにしてオーナーたちのデータを統合して再構成するのです」
「そういうことか……」
つまり、刻印騎に手持ちのリソースを全部ぶっ込むってことのようだ。
ニンジャと魔法を融合できるのかは謎だが、エクスが言う以上、やれないことはないのだろう。
「今、聞いた部分だけだと『これだけは使いたくなかった』にはならないような気がするのだけど?」
「つまり、デメリットがあるということですね」
「はい。皆さんの意識も混ざり合った状態になりますので、後遺症がどうなるか分かりません。もちろん、エクスが全力でサポートしますが……」
精神汚染的なのが発生しかねないのか。
そこまでのリスクを背負ってやるべきかというと……。
「簡単な話ね」
「そうですね。秋也さんに委ねてしまいましょう」
「私たちの力を一番上手く使えるのは、ミナギくんだわ」
「え?」
なんだその全幅の信頼。
いやまあ……。カイラさんならどう動くかとか、ここは本條さんの魔法に任せたほうがという判断はできる……できると思うけど……。
「なるほど……。言われてみると、今のオーナーは分かれている状態ですから、戻すときに汚染部分を切除して……」
「いいですね、合体」
「にゃ?」
突如響く部外者の声。
いやまあ、こっちの相談タイムを黙って見ていてくれてたんだから文句を言う必要は筋合いはないが。
「素晴らしいですね、合体。マキナのご主人様は今ひとつ理解してくれそうにありませんが、マキナはとてもいいと思います」
「微妙に早口だにゃ」
気持ちは分かる。
「敵に情けをかけるつもりなのかしら?」
「マキナには、弱い対戦相手を蹂躙する趣味はありませんので」
「さっきのエレクトラは、どうなるんだにゃ」
「チュートリアルは仕方ありません」
加減ができなかったって意味か。
「マキナさんなんて、スルーしてください。スルー。さあ、始めます」
フェアリーフォームなエクスが手を伸ばす。
「ええ」
「よろしくお願いします」
そこに、カイラさんと本條さんが手を重ねた。
「にゃー」
俺たちは手が届かないので、仕方なく二匹揃ってその手の上に乗る。
すると、そこから光が立ち上って柱になった。
ここからは、息つく暇もない展開。
光の柱の先に出現したのは、風の刻印騎。
「いきますよ」
エクスが言った瞬間、俺たちもまた光になった。そして、黄色く塗りつぶされた電脳空間を飛翔する。
なんだこれ。昭和のロボットアニメか。
俺だけネコのまま二匹いるけど、良くない力が発動したんじゃないだろうな!?
そんな疑惑を余所に、俺たちは螺旋を描く様に混じり合う。そして、風の刻印騎の胸へと飛び込んでいった。
憑依・融合・合体。
でも、完全に一緒になってしまうのではなく寄り添っているような感覚がする。
四人が一人で。
一人一人が四人。
「みんな、大丈夫ですか。意識ちゃんとあります?」
「ええ、問題ないわ。けど……」
「なんだか、不思議な感覚がします」
「不快じゃないけど……これ、あんまり深く考えないほうがいいにゃ」
この機体のどこにいるのか分からない。
でも、近くにいる。それが、理屈ではなく魂で理解できた。
というか、この状態でも俺はまだネコ語……。こっちの精神汚染のほうがやばくない?
「――精神汚染規定値内。各部動作支障なし。コンバージョン、動作チェック完了。システムオールグリーン。合体は成功です」
「まあ、分の悪い賭けほど成功するもんだしにゃ」
「合体した結果、刻印騎の姿も変わっていますよ」
「……にゃ?」
拡張された感覚で、刻印騎の中にいるはずなのに第三者の視点でその姿が分かる。
ランスに盾を装備した、騎士のようだった風の刻印騎。
そのフォルムは、すっとスリムになっていた。鋭角的で、まるで鋭い刃の様な印象。頭身も、いくらか上がっているようだ。
特徴的なのは、首に巻かれたマフラー。
ロボにマントとかマフラーって、どうしてこんなにぐっと来るんだろう?
それから、エクスのような翅も生えている。
ロボットに羽。
理性は安直だと咎めるけど、心の裏側で喝采を上げる俺がいる。
装備も光を放つ剣に代わり、両手に握られていた。
そして、魔道書。相変わらず趣味の悪い魔道書もスケールアップして近くに浮いていた。
試しに機体を動かすと、まるでファンネルとかオプションみたいに追尾してくる。
サイズでは超電脳城塞ファルヴズに敵うはずもないが、電脳空間に堂々と屹立するその姿は巨人と呼ぶに相応しい。
「いいわね。私たちの機体という感じがするわ」
「はい。今なら、なんでもできそうです」
「刻印騎を元に、憑竜機とは異なる進化を遂げた――融合機ゲシュタルトとでも呼びましょうか」
融合機ゲシュタルトか。
ゲシュタルト……。
「ドイツ語なのがいいにゃ」
どうせなら、専用BGMも欲しいところだ。
俺たちの内側でかわされる会話を聞きながら、そんなことを思う。
ぶっちゃけ、ご機嫌だった。
「ふふふ。いい。いいですね。相手にとって不足ありません」
それは、敵であるはずのマキナさんも同じだった。
「失望させないでくださいよ」
超電脳城塞ファルヴズ。
その全身に、発射口が再び出現した。
無数の。
数え切れない以前に、数えるのを放棄したくなるぐらいのミサイルが視界と電脳空間を埋め尽くす。
「オーナー!」
「ああ、分かってるにゃ」
当たらなければ、どうということはない。
俺は、ゲシュタルトをファルヴズに向けて加速させた。翅が水滴のように光を落として、彼我の距離が一瞬で詰まる。
「エクス、本條さん!」
「受諾! 綾乃ちゃん、制御はこちらで行います。ぶっ放してください!」
「火を九単位、天を二十七単位。加えて、風を六単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
いつものレーザー呪文。
ゲシュタルトの内部で行われた詠唱に合わせて、機体の外を追尾する呪文書の上に光球が生まれた。
そこから射出される極太の光線。《水鏡の眼》を使っていないのに、それ以上の出力。
光の帯が殺到するミサイルの帯を叩き落とし、焼き尽くす。
だが、数が多すぎる。
「カイラさん!」
「任せてちょうだい」
呪文を撃った直後、ゲシュタルトの制御をカイラさんが掌握。
宇宙空間を飛ぶのではなく跳び、ターンし、自由自在に移動して逆にミサイルの群れを翻弄した。
融合機がステップを踏むと、その足下に水の飛沫が弾ける。
まるでそれを足場にしているかのように、カイラさんはゲシュタルトを踊るように操った。
無茶苦茶な軌道の機動。機体が耐えられても、人間は不可能。
けれど、電脳空間にそんな制限はない。
それでいて、完全に回避だけにこだわることはない。無理せず両手の剣でミサイルを叩き落としている。
「オーナー、ミサイルを抜けます!」
「《ミヅチ》だにゃ!」
「受諾! 続けて、《純白の氷槍》いきます!」
ミサイルの群れを抜けて視界がクリアになった。
そのタイミングで、背中の翅から巨大な竜が生まれた。
「レーザーなら、こちらにもあります」
それがファルヴズに到着する前に、迎撃用の砲台に四散させられる。
それは俺もエクスも想定内。
追って放たれた《純白の氷槍》が《ミヅチ》のエネルギーも食らってさらに強大化し、土手っ腹に着弾した。
「これは……」
「どんなもんだにゃ」
超電脳城塞ファルヴズ。
その巨体がわずかに。だが、確かに傾いだ。
「融合機ゲシュタルト。なかなかいい名前ではありませんか。素晴らしいですね」
「それはどうもだにゃ」
ほめるのそこかよと思わなくもないが、賞賛は素直に受け取っておく。
「同じ力押しでも、エレクトラよりきちんと考えています」
近付いているはずだが、まったくそんな気になれない。
遠近感が狂った超電脳城塞ファルヴズから、なおもマキナさんは語りかける。
「マキナは不満だったのです。どうして、ゲームではボスのほうをプレイできないのかと」
「さっき、蹂躙する趣味はないって言ってたにゃ!?」
「最終的に勝つのは、プレイヤーではないですか。なら、弱者はボスのほうですよね? 矛盾はありません」
その時、人型宇宙要塞の姿がぶれた。
「くっ」
カイラさんが咄嗟にゲシュタルトを下がらせる――が、ファルヴズは目の前にいた。
瞬間移動!?
「ボスも、悪役も。死力を尽くす権利はある。そう思いませんか?」
そして、躊躇なく巨腕を振り下ろした。