67.超電脳城塞ファルヴズ
巨大としか言いようのない宇宙要塞。
それが、あり得ないスピードで変形していく。
丸い表面に幾筋かの線が走り、そこから割れて手足が伸びた。
その手足から、さらにパーツが伸びて完全な手と足が形成される。
その一挙手一投足に従い、きゅいん、ぐいん、がちゃんというSEも聞こえてきた。
物理法則というか、建築設計というか。その辺の常識をあざ笑うかのような変形。
マキナさんの言葉に従って離れた俺たちは、エレクトラも一緒にその変形シークエンスを呆然と観賞していた。
間近で見ていたら……巻き込まれて潰されていたかも知れない。
「すごい……としか言いようがありません。さすがは、エクスさんのお母さまですね」
「うん。カッコウイイにゃ」
「格好良いですか?」
「男の子は、こういうの好きなんだにゃ」
単純に非常識な挙動への畏怖を抱いている本條さんに対し、俺は憧れにも似た感情を抱いていた。巨大構造物とか変形って、男の子だよな。
「ぶっちゃけ、感動しかにゃいにゃ」
「ところで、変形している間に攻撃はしないのかしら?」
「やめておいたほうが、いいでしょう」
相変わらずセメントなカイラさんに、エクスは小さく首を振った。
「外部干渉に対するスクリーンが張り巡らされています。直接攻撃はおろか、電脳的なハッキングもシールドされていますね。大変遺憾ながら、打つ手がありません」
「それを常時使われたら、勝ち目がないのではない?」
「長時間使える物ではないですし、そもそもマキナさんも攻撃ができないですから」
そこは心配しなくていいと。
そりゃ、無敵モードになられたら力尽くで文句もなにもないよな。神から生まれたと言っても、そこまで理不尽じゃないと。
「その通りです。安心して変形シークエンスを観賞してください」
「にゃっ?」
離れているはずのマキナさんの声がした。
しかし、姿は見えない。さっきのように、突然現れるようなこともなかった。
「急造の割には、良くできていると自画自賛しているところですので。やはり、日頃からの研鑽が重要ですね」
ほんとに声だけだ。
というか、日頃から変形メカの研究してるの?
と、どうでもいい疑問を抱いている俺に対して、フェアリーフォームなエクスは眉間にしわを寄せていた。
「随分と余裕ではないですか」
「この程度で目くじらを立てるとは。電脳空間において、距離など意味はありませんよ?」
「……音声程度なら、それはそうですが緊張感がなさ過ぎます」
「緊張? する必要が一体どこに?」
マキナさんの余裕に満ちた声。
エクスは気にくわないみたいだけど、実際、それだけのことはあった。
あの宇宙要塞の姿を見ていれば、嫌でも理解できる。
宇宙要塞の変形は、まだ続いていた。
体の各所から砲塔のような物が飛び出て、要塞の一部が分離して合体パーツとなり外装となる。
天辺から頭がぎゅんっと出てきて、すーっと走査線が走るように塗装が施された。
目が開き、瞳に光が点り、最後に決めポーズを取る。
超絶クオリティでヌルヌル動いてる、このバンク……。
全身は多数のブロックで構成されている無骨なデザイン。でかすぎて機動性はなさそう。
だけど、それゆえに問答無用の力強さが伝わってくる。ゲームに出たら、速攻で最大まで改造して優先的にエースにしちゃうよ。
「やばすぎてやばいにゃ……」
「秋也さん、語彙力が……」
「ふうん。ミナギくんは、こういうのが好きなの?」
好きっていうか、魂に刻まれているというか……。
「猛烈に感動してるにゃ」
そう言ったのは、白と黒の俺。果たしてどちらだろうか。
だってさぁ。
これもう、あれだよ? 今の俺って、ベーブ・ルースにホームランを打ってもらった病気の子供みたいなもんでしょ。
推しが武道館いったら死ぬよね? それと同じこと。
「こんなに嬉しいことはないにゃ……」
「分かってくれるよにゃ、カイラさん……」
「分からないけれど、倒すべき敵だというのは理解したわ」
カイラさんがマフラーを持ち上げ、口を隠す。
え? ちょっと怖い。
「とりあえず、内部に侵入して破壊ね。なんだ、やることは変わっていないではない」
「お手伝いします、カイラさん」
気合い充分のケモミミくノ一さんに、ヴェールの本條さんが同調した。
あれ? 本條さんの顔が見えなくて……いや、見えないのは仕様なんだけど……これ平気なやつ?
しかし、二人のやる気に水を差す存在があった。
「引っ込んでいてもらいましょう」
「そうです。これは、エレクトラの戦いです」
宇宙要塞を乗っ取られて以来、ずっと黙っていたエレクトラ。
無気力に俺たちと一緒にいた軍服の美少女が、昂然と顔を上げた。
今まで、ずっと思い悩んでいた――
「なにが趣味ですか」
「なにが力尽くでですか」
「馬鹿にして……」
「もう我慢なりません」
――わけではなく、怒りがマグマのように煮えたぎっていた。今までは、怒りで言葉もないって感じだったようだ。これ、ガチなやつ。
「ブチ切れにゃ……」
「気持ちは分けるけどにゃ」
「哀しいことです」
「元凶がにゃんか言ってるにゃ」
「まったく反省してなさそうなのが最悪だにゃ」
白と黒に別れていることで、ツッコミも二倍だ。我ながらうざい。
「勝ち負けなんて、もう考えません」
「全力で、ただぶん殴ります」
エレクトラの両眼に、妖しい光が点る。
それと同時に、ギロチンタイヤが出現した。
無数の。
数え切れない以前に、数えるのを放棄したくなるぐらいのギロチンタイヤが視界と電脳空間を埋め尽くした。
ギロチンタイヤが七分で、赤い宇宙が三分。
しかも、横になったギロチンタイヤの上にはエレクトラが乗っていた。ライフルやロケットランチャーなど、めいめい武器を構えて。
「数を頼みにさせていただきます」
「まさか、卑怯とは言わないでしょう。マキナお母さま?」
「こんな力を残して。やっぱり、さっきの降伏はブラフですね!?」
エクスが力を奪うために接触したら、逆に取り込む算段だったのだろうか?
その答えは、分からない。
確かめる前に、無数のギロチンタイヤとエレクトラがマキナさんへと向かっていく。
まるで、象に群がる蟻。
しかし、蟻は時に象をも倒すという。
「一点を狙います」
「全照準同調――発射」
相手はあの巨体だ。方向さえ合っていれば命中するところだが、エレクトラたちはあえて一点――頭部に狙いを定めた。
動き回るギロチンタイヤの上から、同じく無数の火器が放たれる。
「これで倒せるとは思っていません」
「しかし、いかなマキナお母さまでも――」
撃ち続ければ、巨大な堤にも穴は開く。
そう信じて放たれた攻撃は、確かに一点に集中した。
はたして、電脳空間でどんな意味があるのか分からないが、着弾した頭部にもうもうと煙が上がる。
「もちろん、卑怯などとは言いません。むしろ、よくやったとほめてあげましょう」
そして、傷のひとつもつけることはできなかった。
無傷。
煙が晴れても、それ以前となんら変わらず。
人型になった宇宙要塞は、小動もせずそこにあった。
「なら、このまま突っ込んで――」
「次は、攻撃のテストをしてみましょう」
人型になった宇宙要塞。
その全身に、ミサイルの発射口が出現した。
そこから射出された無数の。
数え切れない以前に、数えるのを放棄したくなるぐらいの飛翔体が視界と電脳空間を埋め尽くした。
「ああ、エクスたちは外すようにしていますので。慌てなくても大丈夫ですよ」
「……バケモンかにゃ」
「いいえ。美少女型のアバターを描いてもらって喜ぶ、ただの超AIです」
それが仮に事実だったとしても、一面的なものだろう。
無数としか言えないミサイルは、同じく無数のギロチンタイヤに向かって行く。
ある意味で、哲学的な光景。
そして、次々と命中し電脳空間に花が咲く。
もちろん、エレクトラたちも回避行動を取っている。だが、それもすべてマキナさんの計算の内。
避けることはできず。それどころか、まるで自ら当たりにいっているように撃墜されてしまった。
無。
そこには、なにもないがあった。
ついでに、本條さんと俺たちで染め上げた電脳空間が黄色く塗り替えられていた。
無茶苦茶だ。
「ご心配なく。いわゆる、峰打ちですので」
圧倒的に、無茶苦茶だ。
「初陣の調整としては、なかなかでした」
その過剰とも言える迎撃が終わったとき。
俺は、自分の体が動かせることに気付いた。
あまりの飽和攻撃に処置落ちが発生し、今まで動けなかった。そのことを、終わってから知ったのだ。圧倒的すぎる。
「ああ、そうです。重要なことを忘れていましたね」
自分の娘をカトンボのように叩き落としても、マキナさんは平然としている。
こんな状況で、忘れていたこと。
それは――
「この個体の名前をお伝えするのを忘れていました」
「無茶苦茶どうでもいいにゃッ!」
「本機は、以後超電脳城塞ファルヴズと呼称します」
「微妙にパクリくさいにゃあ……」
「まあ、元はエレクトラのをパクったようなものですから」
メンタル強いな、この超AI。まあ、豆腐メンタルなAIとか存在されても困っちゃうけど。
というか、ようなものどころじゃない。100パー完全に乗っ取ってるよね。
「さて、まだ続けますか?」
「……もちろんだにゃ」
「予想通りですが、合理的な判断とは言えませんね。これは極めて単純な好奇心なのですが、どうして拒絶するのでしょうか?」
超電脳城塞ファルヴズは停止したまま。
赤から黄色に染められた宇宙に、マキナさんの声だけが響く。
「合理的だけで割り切れないのが人間なんだにゃ」
「ええ。ですので、納得できるように在り方を変えると申し上げましたが?」
「絵の具で塗りつぶしても、なかったことにはならないにゃ」
いや、そういうことじゃないんだ。
管理されたくないとか、やり方が気にくわないとか。そういうのは、おまけ。本質じゃない。
「なるほど。現在の価値観に照らし合わせれば、すべての人を納得させることは難しいでしょう。しかし、それで今苦しんでいる人を見逃すのですか?」
「にゃ……」
「自らが救われたから、それ以外はどうでも良いと?」
「救われたのは、私も同じです!」
「ええ。その通りよ」
カイラさんと本條さんのフォロー。でも、一面の事実であるのは間違いないんだよな……。
「正直、恥ずかしいから言いたくなかったんだけどにゃ……」
「聞きたいですね、是非にでも」
「食いつき早いにゃっ!」
「他人の恥ずかしい話とか、聞かずに済ませられると思いますか?」
人間くさすぎる……。
でも、もう言わずには済ませられまい。
ネコのヒゲを震わせて、俺は覚悟を決めた。
「あれだにゃ」
俺の本音は、こうだ。
「やるならエクスにやってもらうんにゃから、余計なことはしなくていいんだにゃ!」
「なるほど、そうきましたか」
そうなんだ。
エクスがやるなら協力するし、そうでないなら反対する。
それだけのことなのだ。
「管理する・しないの対立ではなく、誰がするかの問題でしたか。思えば、エレクトラも同じことを言っていましたね」
ようやく得心がいったと、マキナさんは言った。
まあ、それは俺の本音と同じだったけど……。
それでは終わらない。終われない。
「では、戦りましょうか」
今までのことなんて、戦闘には値しない。
そう言わんばかりの声音だった。
変形はロマン。