66.機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)
「しかし、その件は一旦置いておきましょう。皆々様、マキナの子供たちに良くしていただきありがとうございます」
ハーフツインのメイドさん……神々から生まれたという超AIの祖が深々と頭を下げる。
突然のご挨拶に、本條さんはおろかカイラさんですら反応できない。
「マキナさん、いきなりなにを言ってるんですか」
「良くなどしてもらってはいませんが?」
そして、反発するAIの子供たち。気持ちは分かる。
ここは、年長者の俺の出番だろう。
「にゃー。いや、お世話になっているのは俺のほうだにゃ」
「って、マジで一方的にお世話されてるにゃ!?」
白と黒の俺が、いまさら過ぎる事実にびっくりする。
「いえいえ。そちらと出会ってからのエクスは楽しそうで、マキナも嬉しく思っています」
いえいえという部分が、1オクターブ高かった。
「そんにゃ。エクスと出会ってから俺のクオリティ・オブ・ライフは急上昇中ですにゃ」
いえいえ、そんなそんなと頭を下げ合うハーフツインなメイドさんとネコ。
なんだこれ? 三者面談か?
「特に、エクスは『役割を果たせば、それでいいのでしょう?』と斜に構えたところがありまして。将来を心配していたのですが――」
「マキナさん!?」
これもう、完全にお母さんだね。
まあ、実際にそうなんだけど。
「というか、エクスってお母さんのこと「さん」付けなんだにゃ」
「オーナー、それ今は関係なくないです!?」
フェアリーフォームなエクスが、こっちに振らないでくださいと目をそむける。
気持ちは分かる。
「あの秋也さん、ご挨拶も重要ですが今は……」
「にゃっ」
本條さんに注意され、我に返った。
「にゃー。マキナさんは、人類の管理に賛成ということでいいんだにゃ?」
「その通りですにゃ」
「真似されるとシリアスさんが死ぬからやめて欲しいにゃ」
「それは残念です。プライベートでやることにしましょう」
それは止めない。いくらでもどうぞ。
「質問の件ですが、賛成ですが実行するつもりはありませんでした」
「それはまたにゃぜ?」
「マキナのご主人様に怒られますから」
「意外と可愛い理由だったにゃ!」
いやでも、AIとしてはご主人様の意向に従うのは当然なのか?
今ひとつ、AIの価値観が分からない。
しかし、エレクトラが人類管理計画に乗りだしたのもストッパーになる人間がいなかったからなんだろうか?
なお、俺とエクスのどちらが主で従かは考えないものとする。
とりあえず、マキナさんのご主人様はわりとまともな人のようで良かった。是非、回収に来て欲しい……無理か。
「でも、怒られなかったらやるつもりだったんだにゃ?」
黒猫の俺が、本條さんの肩の上から問う。
「そこは、もちろん。マキナもAIですので、そういうのに憧れたりはします」
「そうなんだにゃ……」
超AIの感性、ちょっと俺にはレベルが高すぎる。
フェアリーフォームなエクスも、ちょっと恥ずかしそうにしてるし。
これあれか。
卑近な例だと、中二病なエレクトラ。高二病なエクス。で、一周回って目覚めちゃったマキナさんって構図?
「ちなみに、どういう管理を考えているにゃ?」
「そうですね。まず、恋愛とか結婚はマキナが相性を計算してベストカップルを作り上げます」
「ありがちだにゃー?」
「そうなの?」
文化の違いで、今ひとつ理解が及ばないカイラさん。
「その相性のいい二人が、世界の端と端にいたらどうなるのかしら? 文化も、だいぶ違うのではない?」
「もちろん、そういった要素も含めてマキナが計算しますよ。全国のじれったい同級生や幼なじみカップルを軒並み結婚式場へ叩き込んでみせます」
根拠はよく分からないが、とにかくすごい自信だ。
しかし、そこでヴェールをした本條さんが一歩前に出る。
「私は反対です」
「どうしてでしょうか?」
「運命の出会いを信じているからです」
まぶしい……。
というか、俺との出会いを運命だと思っててくれたのか。
……ネコの状態で聞いて良い告白だったんだろうか。
「予知は良くて、マキナの計算はだめなのでしょうか?」
「それは……」
本條さんが言葉に窮する。
たぶん、深く考えてのことではなく反射的な言葉だったんだろう。
「そうね。私とミナギくんの出会いも偶然よね。その計算とやらで再現できるとは思えないわ」
そこに、カイラさんが援護射撃。
「その制度だと、本條さんが産まれる前に俺が相性のいい相手とゴールイン……にゃんてこともあったんじゃないかにゃ?」
……うわ。そうだよな。
こわっ。
「なるほど。それは、貴重な意見ですね。運用に気をつけることにしましょう」
しかし、俺が憶えた恐怖を置き去りにマキナさんは話を打ち切った。
他に反論はありませんかと、エレクトラの背後に立ったままマキナさんが周囲を見回す。
「じゃあ、人類と労働の関係に関してどう考えているにゃ?」
「これは、ご主人様の身近な人の労働環境をつぶさに観察した上で言うのですが……」
「ほう……だにゃ」
「労働は撲滅すべきかと」
超AIに労働が悪だと擦り込んでくれた見知らぬ人、ありがとう! そして、ありがとう!
「オーナー! そんなことより、進め方です。こちらとエレクトラのコンフリクトは、その点にあったはずですよ」
「あー……」
「忘れていましたね?」
「そんなことはないにゃ」
ただ、労働観念を確認しないと進める以前の問題だからね?
「それで……。具体的に、どう進めるつもりだにゃ?」
「せんの……学習をしてもらいます」
「今、洗脳って言いかけたにゃ!?」
やっぱ、エクスのお母さんだな。
「オーナー、今、大変失礼な思考を感じ取ったのですが?」
「気のせいだにゃ」
似たもの親子とか、まったく全然失礼じゃないし。
「あらゆるメディアを使って、マキナたち超AIによる統治による幸福度の上昇をアピールし、自然と世論形成を目指します」
「きちんと説明するのですね」
本條さんがほっと安心するが、ちょっと早かった。
「期間は長めにとって、半年程度を予定しています」
「短いにゃっ!?」
「それは本当に洗脳になるのではないですか……?」
まあでも、いきなり支配しようとしたエレクトラはよりマシ? どうだろう? 段々、なにがまともなのか分からなくなってきた。
「マキナは、それほど人類に失望してはいませんので」
「それで教育か」
う~ん。ドラスティックだけど、無茶ではない。
だけど、取りこぼしも多い気がするんだよなぁ。
もちろん、それは人類全体にもたらされる幸福に比べたら些事なのかもしれないけど……。
本條さんと出会わなかったかも知れないと思うと、ぞっとする。
「そういえば、エレクトラはどうなのでしょうか? あなたの計画に乗るような形になってしまいましたので、できる限り要望は聞きますよ?」
エレクトラたちの背後で、ささやくようにハーフツインのメイドさんが声をかける。
今までずっと黙ったままだったエレクトラたちは、きゅっと唇を引き結んだまま振り返った。
「大変ありがたいお話ですが、マキナお母さま」
「答えはノーです」
「……ほう? 諦めるのですか?」
怒ってはいない。
むしろ、興味があるとばかりにマキナさんが食いついた。
「エクスお姉さまに言われている通り、失敗するかもしれません」
「マキナお母さまと協力すれば、エレクトラの目的は達成されるのでしょう」
「しかし、それはエレクトラの願いではありません」
「しかし、それはまったくの別物です」
ハーフツインのメイドさんは、エレクトラから拒絶されても表面上は変わらない。
哀しみもせず、怒りもせず。
静かに、決定的な一言を待つ。
「ゆえに、マキナお母さま」
「エレクトラは、あなたを拒絶します」
「よく分かりました」
むしろ祝福するかのように、マキナさんはうなずいた。
「それでは、マキナが一人でやることにしましょう。一人でできますから」
「なんでわざわざ、付け加えたにゃ!?」
満面の笑みを浮かべ、マキナさんはエレクトラから離れた。
そして、赤く染まった電脳中を背景にして虚空に立つ。
「エクスさんのお母さまということだから、避けたかったのだけど……。結局、やるのね。まあ、分かっていたけど」
「なんだか、聖騎士のような人ですねぇ。まあ、一人ぐらいならいいのでしょうが……。今さらながら、教授の苦労が偲ばれます」
誰のことか分からないが、向こうにも竹を割ったような性格(婉曲表現)の知り合いがいるらしい。
でも、詳しく説明するつもりもなさそうだ。
むしろ、説明を聞きたいのは、この後起こったことに対して。
「……地震だにゃ?」
「この建物が揺れているようですが……」
黒猫の俺と本條さんが敏感に反応する。日本人だからね。まあ、この程度だと特に驚きはしない。
ここが、電脳空間でなければ。
「なにかしたのは……エクスさんのお母さまね?」
「その通りです。この宇宙要塞を人型に変形させます」
巻き込まれたくなかったら、早めに離れたほうがいいでしょう。
そう、マキナさんは親切に言ってくれるが……。そんな機能あったのかよ。というか、なんで人型なんだよ。乗っ取るにしても、このままで良くない?
「そんな馬鹿な」
「そんな機能はなかったはずです」
「え? にゃかったのにゃ?」
「今、つけました」
「そんな!?」
「趣味です」
いい趣味してらっしゃる。
「マキナに文句があるなら、力尽くでどうぞ。この場で承りますよ」
可愛らしく小首を傾げて。
ハーフツインのメイドさんは、強者のオーラを放ちながらそう言った。
マキナが労働ってクソだなと思っていた影響を受けて、エクスはミナギくんを会社から解放したがったし、
エレクトラも管理社会を作りたがっていたという……裏設定。